学位論文要旨



No 123426
著者(漢字) 柏,宗孝
著者(英字)
著者(カナ) カシワ,ムネタカ
標題(和) 膜面のリンクル解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 123426
報告番号 甲23426
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6742号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 教授 藤本,浩司
 東京大学 教授 樋口,健
内容要旨 要旨を表示する

近年、膜面は収納の容易さや軽量性から、宇宙用の大型構造物の構造部材として注目を浴びており、直径数10mの膜面を宇宙空間に展開し、光圧から推進力を得るソーラーセイルなどの宇宙ミッションが数多く提案されている。しかし、膜面は非常に小さな曲げ剛性しか持たないため、わずかな圧縮荷重が作用しただけで面外方向にしわ状の変形(リンクル)を生じる。膜面に生じたリンクルは、膜面の形状精度を低下させるだけでなく、膜面の動特性を変化させることが知られている。膜面の形状精度や動特性は、膜面アンテナや膜面鏡などのミッションにおいては、ミッションの実現性を左右する重要な設計要素であることから、リンクルが膜面の挙動に与える影響を設計の段階で精度よく予測する必要がある。しかし、地上実験では重力などの影響により、正確なリンクルの影響を把握することは困難であることから、数値解析による予測が不可欠である。ただし、ソーラーセイルなどの宇宙用の大型構造物は数mmの非常に薄い膜厚の膜面を数10mにわたって展開するため、解析においてはスケールの大きく異なる構造物の挙動を計算する必要があり、数値計算の安定性と計算時間の点から、非常に解析が困難な問題となっている。そのため、ソーラーセイルなどの宇宙用大型膜面構造物の膜面に生じたリンクルが膜面の挙動に与える影響を安定かつ効率的に予測可能な数値解析手法の確立が求められている。

本研究では、将来の宇宙用大型膜面構造物の解析に適用可能な安定かつ効率的なリンクルの解析手法(以下、リンクル解析手法と呼ぶ)を確立することを目的としている。この目的の達成のために、高い解析の安定性と計算の高速性を兼ね備える新しいリンクル解析手法の提案を行い、従来までに提案されている解析手法と比較することで、提案する手法の妥当性と有効性の評価を行う。そして、本研究で提案するリンクル解析手法を実際にISAS/JAXAで計画されているスピン型ソーラー電力セイルミッションの諸問題に適用し、現在スピン型ソーラーセイルの実現において課題となっている事項の検討を行う。以上を本研究の主題としている。以下、本研究で得られた知見をまとめる。

1)既往のリンクル解析手法の検討

リンクル解析手法の安定性と収束性(計算時間)は、変形としてリンクルを表現するためのリンクル表現手法の安定性・収束性と、その表現手法を用いて有限要素法による平衡方程式を求解するための数値解析法の安定性・収束性によって決定される。そこで、本研究では膜面のリンクル解析手法を考えるにあたり、リンクル表現手法と平衡解を得るための数値解析法の2つを区別して取り扱い、それぞれの既往の研究を安定性と収束性の観点から検討した。検討の結果、リンクル表現手法に関しては、膜厚と寸法の代表長さの比が非常に小さい場合には、張力場理論は分岐座屈理論と比較して高い解析の安定性を示すことを明らかとした。また、張力場理論はもともとリンクル状の面外変形を表現することはできないが、加えてリンクルを含む膜面の面内変形も正しく表現できない可能性があることを明らかとした。一方、平衡解を得るための数値解析法に関して、静的反復法は解析の初期値が解から大きく異なる場合には反復計算が収束せず、特に座屈点を含む解析では、安定化の手法を施しても計算が発散し、不安定となる場合があることを示した。動的緩和法は、解析の初期値が解から大きく異なり、かつ解析に座屈点を含む場合でも計算が発散することなく、安定に解析が可能であるものの、解析に要する計算時間が静的反復法と比較して数倍以上と長く必要となる例があることを確認した。

以上の検討の結果から、本研究で目的とする膜面に生じたリンクル状の変形が膜面挙動へ与える影響を安定かつ効率的に予測可能なリンクル解析手法の確立には、リンクル表現手法としては分岐座屈理論に基づく解析手法を用いる必要があり、また平衡解を得るための数値解析手法としては、静的反復法の安定性を向上させる手法ないしは動的緩和法の計算時間を短縮する手法が必要であるとの考察を行った。

2)新しいリンクル解析手法の提案

2-1)静的反復法と動的緩和法を組み合わせた新しいリンクル解析手法

前節の検討に基づき新たなリンクル解析手法の提案を行った。それは、リンクルの表現手法としては従来までの分岐座屈理論を用い、平衡解を静的反復法と動的緩和法を組み合わせて、計算の安定性に応じて手法を切り替えながら求めるものである。さらに、本手法において重要となる静的反復法と動的緩和法の切り替えの判定条件について、解析の安定性を維持しながら効率的に平衡解を求めるための判定条件についての考察を行い、判定条件の提案を行った。提案した手法の解析の流れを図1に示す。まず、解析の初期値は一般的に解の近傍にないと考えられるため、動的緩和法を用いて安定に解近傍と思われる程度まで解析を収束させる。そして、解析が十分に解近傍まで収束されたら、動的緩和法から静的反復法へと解析を切り替える。しかし、この時静的反復法による解析の初期値となる動的緩和法の収束解が静的反復法で安定に解析できる程十分に解近傍の結果となっている保証はない。そのため、切り替え後の静的反復法の解析途中で解析が不安定となっていないかどうかの確認を毎ステップごとに行う。静定反復法における解析の安定性の判定は、1)接線剛性マトリクスの行列式の符号の変化の有無、2)反復計算の反復回数がある一定以上の回数を超過していないかどうかで判定を行う。もし、動的緩和法の収束結果が、静的反復法で安定に収束できるほど十分に解近傍になく、解析が不安定となっていると判定されたら、解析手法を静的反復法から動的緩和法へと再び切り替える。その時に動的緩和法の収束の判定条件を前回の収束条件よりもさらに厳しく設定することによって、より解の近傍まで動的緩和法を用いて解析を収束させるようにする。そして、再び動的緩和法によって解近傍まで解析を収束させた後、静的反復法へと切り替えて解析を行う。この動的緩和法と静的反復法の切り替えを静的反復法において平衡解が得られるまで繰り返す。

以上が提案した手法における解析の一連の流れである。提案した手法を用いることによって、動的緩和法が持つ解析の高い安定性は維持したまま、静的反復法が持つ高い局所収束性を利用した解析を行うことが可能となる。また、提案する手法において動的緩和法と静的反復法それぞれには特別な修正を必要としないため、従来までの動的緩和法にそのまま本手法に適用することが可能である。そのため、過去の研究で提案されている動的緩和法の高速化手法や静的反復法の安定化手法をそのまま利用して解析を行うことが可能である。

2-2)張力場理論による解を初期値として用いる解析手法の提案

2-1)で提案したリンクル解析手法をさらに高速化する手法として、張力場理論により求めた解を2-1)で提案したリンクル解析手法の初期値に用いる手法を提案した。提案した手法では、まず分岐座屈理論よりも安定に解析可能な張力場理論による解析を静的反復法によって求解し、膜面全体の大局的な変位を求める。この解析結果は、リンクルによる面外変形を含まないものの、大局的にはより解に近い結果となっている。次に、張力場理論に基づいて得た膜要素による解析結果をシェル要素による解析の初期値に変換する。そして、この初期値を用いて2-1)で提案した解析を行う。このような解析手法を考えることによって、2-1)で提案した手法と比べて、動的緩和法における解析の初期値が解に近い状態にあるため、より短時間で静的反復法へと解析を切り替えられ、解への収束に要する計算時間を更に短縮することが期待される。

2-3)提案するリンクル解析手法のまとめ

2-1)と2-2)で提案した手法は最終的に図2に示すような1つのリンクル解析手法にまとめられる。図2に示す手法では、まず2-2)で提案した手法を用いて解析する。そして、その膜要素による解析結果をシェル要素による解析の初期値に変換し、2-1)で提案した解析を行う。もし、2-2)で提案した解析手法において張力場理論による解析が収束せず、解が得られない場合には、張力場理論による解析を途中で打ち切り、2-1)で提案した解析を行う。

以上のような手法を考えることにより、2-2)で提案した手法で解が得られる場合には、2-1)で提案した手法を用いた解析よりもさらに高速に解析が可能であり、またもし、張力場理論に基づく解析で収束解が得られない場合でも、2-1)で提案した手法を用いて解析するため、従来までの手法と比べて高速に解析することが可能である。

3)数値解析による提案した手法の有効性の確認

まず,提案した手法の有効性を確認する前に、作成した非線形有限要素法の計算プログラムにおいて、各構造要素やリンクル表現手法が正しく実装されているかを、大変形・大回転を含む解析例について解析解と比較することによって確認した。提案した手法を用いて得られた数値解析結果と解析解との比較の結果、いずれの例についても提案した手法で得られた結果は解析解と高い精度で一致していることを確認した。

次に、提案した手法の有効性を吟味するために、「矩形膜の単純せん断変形問題」と「矩形膜の単純引張り問題」、「加圧膜面への面外荷重問題」を例として取り上げ、提案した手法といくつかの従来の手法を用いて解析した。例として「矩形膜の単純引張り問題」を提案した手法を用いて解析した時の面外変位の様子を図3に示す。図において、色が赤色になっている部分が紙面手前に、色が青色になっている部分が紙面奥に変形していることを示しており、図から膜面中央に6本のリンクルが生じている様子が確認できる。また、本問題を提案した手法を用いて解析を行った場合に要した計算時間と、従来までに提案されているリンクル解析手法で要した計算時間の比較を表1に示す。表1の結果から、提案した解析手法は、従来までの手法の内で最も計算時間が短かったものと比べても、約1/10以下の計算時間で解析が可能であった。このことから、本研究で提案した解析手法を用いることによって、リンクル解析に要する計算時間を大幅に短縮することが可能であることを確認した。また、提案した手法は、初期値が解から大きく異なる場合や飛び移り座屈や分岐座屈を含む問題に対しても、解析が不安定となることなく収束解を得ることができたことから、動的緩和法が持つ高い安定性を維持して、安定に解析が可能な手法であることを確認した。

4)スピン型ソーラーセイルの解析への適用

本研究で提案した解析手法を、現在ISAS/JAXAで計画されているスピン型ソーラー電力セイルの解析へ適用し、現在スピン型ソーラーセイルの実現において課題となっている事項の検討を行った。本研究でとり上げた課題は、「スピン型ソーラーセイルのスピントルク制御法の検討」と「膜面に貼り付けた薄膜太陽電池におけるバイメタル効果の影響の把握」の2つである。

4-1)スピン型ソーラーセイルのスピントルク制御法の検討

セイル膜面に貼り付けた圧電フィルムに電圧を印加した際のセイル膜面の変形を、提案した手法を用いて解析し、その変形の様子(図4)や変形により発生可能なスピントルクの大きさについて定量的に検討を行った。検討の結果、膜面の周方向長さを展開に必要な膜面の周長(直径のp倍)よりも2%程度長く製作しておけば、長期間の運用を考えると、スラスタ等のスピン制御法に比べてはるかに軽量にスピン制御を行えることを明らかとした。

4-2)膜面に貼り付けた薄膜太陽電池におけるバイメタル効果の影響の把握

薄膜太陽電池のバイメタル効果が与える影響として特に、バイメタル効果によって展開後の膜面全体に生じる大局的な変形と、結合索間の自由縁付近の膜面に生じる局所的な変形について検討を行った。展開後の膜面全体に生じる大局的な変形については、発生する面外変位量と無次元化した遠心力による張力との関係を定量的に求め、遠心力による張力が大きい場合(FL/M≦1×104)には,無次元化した面外変位(面外変位/L)は1×10-4以下となることを示した。ここで,Fは遠心力により膜面に生じる張力、Lは代表長さ、Mはバイメタル効果により生じるモーメントである。結合索間の自由縁付近の膜面に生じる局所的な変形についても同様に、面外変位量と無次元化した遠心力による張力との関係を定量的に求めた。そして、大局的な変形の面外変位量が1×10-4以下となるスピン角速度(>30rpm)において、結合索間の局所的な変形の面外変位量は、大局的な変形の変位量と比べて50倍以上大きいことを明らかとし(図5)、大局的な変形よりも結合索間の自由縁付近の局所的な変形の方が課題となる可能性が高いことを示した。

本研究で提案したリンクル解析手法は、数値解析例を通した従来までの手法との比較から、動的緩和法が持つ高い解析の安定性を維持しながら、大幅に計算時間を短縮する解析手法であることを確認した。そのため、従来までの解析手法では解析の安定性や計算時間の点から解析が困難であった様々な膜面構造物の問題に対しても、本研究で提案した手法を用いることで解析が可能となり、複雑なリンクルを伴う膜面構造物の設計が容易になると考えられる。

特に、ソーラーセイルなどの将来の宇宙用大型膜面構造物の実現に向けた検討に本研究は大きく寄与するものと期待する。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)柏宗孝提出の論文は「膜面のリンクル解析に関する研究」と題し、本文7章及び付録から成っている。

膜面は収納の容易さや軽量性から、宇宙用の大型構造物の構造部材として注目を浴びており、ソーラーセイルなど膜面を構造部材として使用する宇宙ミッションも数多く提案されている。しかし、膜面の曲げ剛性は極めて小さいため、僅かな圧縮荷重が作用しただけで、しわ状の変形(リンクル)が生じる。リンクルは、膜面の形状精度を低下させるだけでなく、膜面の応力分布や動特性を変化させるため、宇宙で用いる膜面の設計にあたっては、リンクルの発生を含めて膜面の挙動を精度よく予測する必要がある。地上実験では重力などの影響が避けられず、リンクルの発生等を正確に把握することは通常は困難であるため、数値解析による予測が不可欠である。しかし、数mmの薄膜を数10mにわたって展開した宇宙用の大型膜面構造物などの解析は、数値計算の安定性と計算時間の点で容易でないのが現状である。そのため、このような大型膜面構造物のリンクルを含めた解析を安定かつ効率的に行える手法の確立が求められている。

この様な現状に鑑み、本論文では、上記のような宇宙用大型膜面構造物のリンクルを含む挙動の解析に適用可能で、高い安定性と計算の高速性を兼ね備える解析手法の確立を目的としている。先ず、従来のリンクル解析手法について、安定性と収束性の観点から比較検討し、それらを巧みに組み合わせて、新たなリンクル解析手法を提案している。そして、複数の例題について従来の手法と比較することで、提案した手法が高い安定性を有し、従来の手法と比較して大幅に計算時間を短縮することを確認している。更に、安定性と計算時間の観点で従来は解析が困難であった大規模解析に本手法を適用し、現実に開発が行われつつあるスピン型ソーラー電力セイルに関する課題について有用な知見を得ている。

第1章では、本論文の背景として、リンクル解析手法に関する従来の研究の動向と問題点を総括し、本論文の目的を明らかにしている。

第2章では、後の議論の準備として、幾何学的非線形性を考慮した膜面の非線形有限要素法の定式化を行っている。曲げ剛性を考慮しない膜要素と、ロッキング が生じないとして知られているMITC(Mixed Interpolation of Tensorial Components)シェル要素について、接線剛性マトリクスと内力ベクトルを導出する過程を示している。更に、非線形有限要素法によって得られた非線形方程式の解を得るための数値解析手法として、静的反復法と動的緩和法について述べている。

第3章では、リンクルを考慮した膜の解析を行うためのリンクル表現手法として、張力場理論に基づく膜要素を用いる手法と、MITCシェル要素を用いて座屈として表現する手法を示している。

第4章では、先ず、従来のリンクル解析手法を、解の精度と安定性、収束性の観点から比較検討している。その検討結果から、リンクル波形をも求めることができ、複雑な解析に対しても高い安定性と高速性を両立させるために、リンクル表現手法としてはシェル要素を用い、平衡解を得るための数値解析手法として、収束速度は速いが安定性に欠ける静的反復法と安定性は高いが収束の遅い動的緩和法を巧みに組み合わせる手法を考案している。更に、安定性の高い張力場理論により求めた解を上記の手法の初期値として用いることにより計算速度を更に向上させる手法を提案している。

第5章では、先ず、解析解の知られている例題に本手法を適用し、解析解と高い精度で一致する解が得られることを確認している。次に、リンクルを伴う膜面の挙動の解析に本手法を適用し、従来の手法の内で最も計算時間が短かいものと比較して、計算時間を約1/10に大幅に短縮できることを複数の例で示している。

第6章では、従来は計算時間の点で詳細な解析が困難であったスピン型ソーラー電力セイルに関する大規模解析を、本手法を適用する事により実施している。先ず、セイル膜面に貼り付けた圧電フィルムの効果により生じる膜面の変形を詳細に求め、圧電フィルムを用いたスピントルク制御法の効果を明らかにしている。次に、膜面に貼り付けた薄膜太陽電池のバイメタル効果が膜面に与える影響について、膜面全体に生じる大局的な変形と、自由縁付近に生じる局所的な変形それぞれと、遠心力による張力との関係を定量的に求め、セイルの設計に有用な知見を得ている。

第7章は、結論であり、本論文で得られた成果を総括している。

付録では、MITCシェル要素の幾何剛性マトリクスの定式化について述べている。

以上要するに、本論文は、高い安定性と計算の高速性を両立する新たなリンクル解析手法を提案するとともに、その有効性を示すことにより、将来の宇宙用大型膜面構造物等の設計や開発に有用な解析手段を導入したものであり、航空宇宙工学、構造工学上貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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