学位論文要旨



No 123427
著者(漢字) 杉浦,正彦
著者(英字)
著者(カナ) スギウラ,マサヒコ
標題(和) 表面張力を利用して水面上を移動する微小機械の推進機構
標題(洋)
報告番号 123427
報告番号 甲23427
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6743号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 准教授 姫野,武洋
 東京大学 教授 神崎,亮平
 東京大学 教授 下山,勲
内容要旨 要旨を表示する

生物が地球上に誕生してから35億年という長い時間が経っているが,その間に生物の形態は,生活様式に応じて様々な形に変化し,またその形に合わせて運動方法も変化してきた.水中・空中の両方から捕食者に攻撃されるにもかかわらず,現在アメンボのような半水生昆虫が繁栄している.表面張力によって小型の昆虫は水面に捕えられるので,半水生昆虫が簡単に捕食できるということがこのように繁栄している理由のひとつとして挙げられる.もうひとつの半水生昆虫の利点は,体を空中に置くことで抵抗を減らし,脚を用いて推進するため,推進効率が高いと考えられる.このように推進効率が高いと考えられるアメンボを真似て,近年,水上歩行微小機械が開発されている.しかし,いまだに水上歩行微小機械を作る上での明確な設計指針がない.そこで,本論文では脚部に働く上下方向の力を理論解析により,水平方向の力を定常流実験により調べた.また,脚部の断面形状に着目し,どのような断面形状が浮上能力・静安定が高いか,大きい推進力を発生するかを調べた.

水面上で運動する微小機械にとって,その重量を支える上下方向の力が重要であるが,上下方向の力を解析するにあたり,静的な条件で,円柱および角柱に働く表面張力,静圧,浮力による釣り合い式を導いた.この釣り合い式より,水中に完全に没した物体と比べると,水面で表面張力を用いている物体の上下方向の力ははるかに大きいことがわかった.また,サイズが小さくなるほど,表面張力の作用により,浮力だけを用いる場合に比べてこの上下方向の力が大きくなることがわかった.このように表面張力を用いて水面で自重を支えるとき,同じ密度で比較した場合,円柱よりも角柱の方が浮上能力が高いことがわかった.さらに,静安定を比較した場合も,同様に円柱よりも角柱の方が静安定が高く,上下方向において円柱よりも角柱の方が優れていることがわかった.また,サイズの変化にともない,水面上で釣り合うための,表面張力,静圧,浮力の割合は変化するが,これを円柱,角柱,球,立方体についてあきらかにした.

水面上で運動する微小機械にとって,推進力として利用する水平方向の力が上下方向の力とともに重要であるが,この力を定常流を用いてあきらかにした.実験的に得られたデータをウェーバー数と抵抗係数の関係あるいはフルード数と抵抗係数の関係にまとめた結果,水中に完全に没して運動する円柱や角柱と比較すると,水面で表面張力を用いて運動する物体は,水平方向の力はやや少ないことがわかった.円柱と角柱の比較を行うと,ウェーバー数で見た場合,ウェーバー数が2より大きくなると,円柱の抵抗係数が一定になるのに対し,角柱の抵抗係数の一部は増加することがわかった.これは,物体を深く沈めることによる形状抵抗の増加が円柱よりも角柱において顕著であるからと考えられた.また,フルード数で見た場合,円柱では,フルード数の増加に伴い,抵抗係数がなだらかに減少するのに対し,角柱では,いったん抵抗係数が上昇する遷移領域があることがわかった.このように,ウェーバー数2以上あるいはフルード数2弱において,抵抗係数が円柱よりも角柱の方が大きいので,定常前進運動においても,円柱よりも角柱の方が優れていることがわかった.また,水面形状が把握できる範囲で,抵抗を表面張力による抵抗と形状抵抗に分離することができた.

さらに,このように表面張力が作用する自由表面のある流体を最適制御を用いて解析できる可能性を示した.

最後に,水上歩行微小機械という点からアメンボの形状と運動について考察を行った.アメンボは脚部に働く大きな上下力を利用して,胴体を空中に支持して,胴体の抵抗を大きく減らし,少ない水平力でも高速が出せること,没水体と比較すると,消費エネルギが極めて少なくて済むことがわかった.このメリットを充分に生かすためには,脚部が充分に小さい必要があることがわかった.アメンボのもうひとつの利点として,水と空気の密度差を利用することで,脚部の運動が極めて省エネルギであることがわかった.さらに,表面張力を充分に利用できる物体の大きさではレイノルズ数が小さく,揚力がほとんど利用できず,抗力の利用が主となるので,アメンボの脚部の運動は,この点からも優れた方法といえた.最後に,これらの利点をそのまま生かし,かつ機械的に製作しやすい機構として脚部を回転させながら自重を支えかつ推進力を出す方法を採用した水上歩行微小機械の試作例を示した.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学) 杉浦正彦 提出の論文は「表面張力を利用して水面上を移動する微小機械の推進機構」と題し、7章と捕遺からなる。

近年の技術の進歩により微小機械の実現性が増しているが、機械の大きさが変わるとそれをとりまく環境や物理量が大きく変化し、機械の大きさによって特有の機構が必要となることが多い。センチメートルからミリメートルの大きさの生物では、アメンボを代表例として、表面張力を利用して水上生活を行い、広く繁栄している一群の昆虫が存在している。生物の自然淘汰の歴史を考えると、このような生物には、何らかの有利な機構があるものと思われ、アメンボ型の微小機械がいくつか開発されて来た。しかし、これらの開発では、アメンボの形状や推進機構をそのまま模倣したものが多く、設計に際して必要な流体力や機械の大きさは、ほとんど解明されていなかった。

このような観点から、筆者は表面張力を利用して水面上を移動する微小機械の物理的特徴を明らかにし、その可能性を考察している。

第1章は序論でありこれまでの研究を概観し、本論文の目的と意義を述べている。

第2章は表面張力について説明し、種々の材料やアメンボの脚部の接触角について述べている。

第3章は水面上に浮かぶ物体に働く上下方向の力の釣り合いを、静的条件下で調べている。微小物体に働く上下方向の流体力は、浮力と表面張力そのものによる力の他に、水面の変形によって生ずる静圧による力があることを説明し、主に浮力のみによるメートルサイズの物体に比較して、はるかに有利であることを定量的に示している。そして物体の大きさが変化したとき、これらの流体力成分の割合がどのように変化するかを明らかにしている。また物体形状によってこれらの力がどう変化するかを解析し、角柱のような角のある物体が、円柱のように角のない物体より流体力の大きさも、上下の安定条件も有利であることを導いている。

第4章は物体が水に対して一定速度を持っている状態を実験的に調べている。相対速度があると水面が物体の前後で非対称形になるため、表面張力や静圧に起因して、それぞれの抗力成分が発生することを説明している。しかし、発生する抗力は表面張力による成分を考慮しても、完全に水没した物体と比較すると、定量的にやや少ないことを明らかにし、微小機械の前進力として使用する際には、必ずしも有利ではないことを導いている。さらに物体の形状による変化を調べ、円柱よりも角柱のほうが大きな抗力を発生できることを見いだしている。

第5章はこのような水面の変形を伴った流体現象に、評価関数を最小にして解を得るという新しい解析法を提案し、この方法が最適制御理論と同等の定式化が行えること、その結果、既存の最適制御理論に対する優れた数値計算法がそのまま適用できることを示している。

第6章は以上の結果を総合して表面張力を利用した水面移動微小機械の可能性、有効性およびその限界について議論し、アメンボの機構がその大きさでは非常に優れていることを説明している。すなわち、没水体に比べてはるかに大きい上下方向の力を利用して、胴体を空中に維持して、前後方向の抵抗を没水体の約1000分の1に減らし、小さな推進力でも高速かつ省エネルギで移動できること、そして脚部を駆動時には水中で、戻し時には空中で運動させ、高効率の推進を可能にしていることを示した。さらにこれらの特徴を生かした、表面張力を利用した機構の一例として、回転型の微小機械を提案し試作している。

第7章は結論であり、本研究で得られた新しい知見をまとめている。

以上要するに本論文は、表面張力を利用して水面上を移動する微小機械の可能性、有効性及びその限界を定量的に明らかにし、それに基づいて回転型の試作機を提案し制作したもので、流体力学上貢献する所が大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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