学位論文要旨



No 123430
著者(漢字) 久保,大輔
著者(英字)
著者(カナ) クボ,ダイスケ
標題(和) 環境変動型GAを用いたロバスト最適化およびTail-Sitter Mini UAVの飛行制御系設計への応用
標題(洋)
報告番号 123430
報告番号 甲23430
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6746号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 准教授 土屋,武司
内容要旨 要旨を表示する

本論文では新しいTail-Sitter Mini UAVの設計案を提案し,その飛行特性を検討するとともに,ロバストな遷移飛行制御系の設計手法を提案した.飛行特性解析においては遷移飛行において失速の制約が厳しい制約であることを明らかにし,その解決策として前縁スラットを用いることを提案した.ロバストな制御系設計手法として,ニューラルネットワークを用いた制御系の構成を提案した.またそのパラメータをロバスト最適化するため,新しいロバスト最適化手法である環境変動型遺伝的アルゴリズム(Variable Environment Genetic Algorithm: VE-GA)を提案し,その有効性を検証した.これらの手法で設計された制御系の性能が確認された.

新しいTail-Sitter Mini UAVの提案

Tail-Sitterの従来研究に関して検討を行い,Mini UAVの課題の一つである離着陸に必要なスペースの条件を緩和するため,障害物に囲まれた狭いスペースからでも運用可能な,新しいTail-Sitter Mini UAVの設計を提案した.この設計ではMini UAVの特徴を考慮した設計を行なっており,シンプルな機構・構造を追及した.特徴としては単純な機構となる双発の逆回転プロペラの採用や,Tail-Sitter特有の尾部降着装置の簡素化が挙げられる.

第3章では,提案機体の飛行特性を明らかにするため,要素ごとの推算手法に基づいて構築された非線形飛行モデルを用いて解析を行なった.トリム飛行解析においては,中速域(約5~8 m/s)に失速の制約のため水平飛行不可能な領域が存在することが明らかになった.この制約はある向い風の中で釣り合いを保った垂直効果が不可能であることを示しており,Tail-Sitter Mini UAVのコンセプトが破綻してしまう.そこで本研究ではこの問題を解決するために,高揚力装置(High Lift Device: HLD)を用いることを提案した.失速制約の緩和には特に前縁スラットが有効であり,これを用いることにより全ての速度域で2 m/sの降下率を達成することが可能であることが明らかになった.これにより提案したTail-Sitter Mini UAVのコンセプトが成立することが示された.

動的最適フィードフォワード制御解析においては,最適な順遷移飛行と逆遷移飛行を明らかにした.順遷移飛行は加速飛行であるため,プロペラの後流が強まり,そのため有効迎角が小さく抑えられ,失速しにくくなる.定常飛行においてはHLDを用いない場合は失速のため水平飛行不可能な速度域が存在したが,動的な順遷移飛行においては水平飛行を維持したまま失速せずに巡航状態に移ることが可能である.一方,逆遷移飛行は減速飛行であるため,プロペラの後流が弱まり,有効迎角が大きくなり失速し易い傾向にある.これを回避するために上昇(機体軸速度Uを大きくして有効迎角を小さくする)が必要となった.上昇飛行は致命的な問題ではないが,着陸前に行なわれる逆遷移飛行において高度が上昇してしまうのは着陸の方向と反しており好ましくない.ここでもHLDを用いた場合の解析を行なった結果,スラットを用いた場合には高度変化のない逆遷移飛行が実現可能であることが明らかになった.また,フラップを用いた場合には抵抗が増えることから,より少ない時間・飛行距離で遷移を完了できることが明らかになった.

このような失速制約に関係する飛行特性については,従来のTail-Sitter UAVでは必ずしも十分には考慮されていなかった.そのため,遷移飛行に成功している研究例でも,逆遷移飛行時に機体が不安定に揺れる現象が確認できる.これは主翼が部分失速し,不安定な空気力状態に陥っているためであると考えられる.本研究の成果により,Tail-Sitter設計における一つの重要な指針が明らかになったと言える.

制約条件を考慮した飛行制御系の提案

飛行特性解析の結果により得られた知見に基づき,実用的な遷移飛行制御系を設計するための手法を提案した.制御系の構成には,早いダイナミクス(ピッチ角,プロペラ回転数)を制御するインナーループ制御系と,このインナーループ系に指令値を与えるアウターループ制御系を用いる階層型を採用した.ピッチ角の制御には,広い動作範囲と非線形性に対応可能なゲインスケジューリング制御器を用いた.また,プロペラ回転数の制御にはダイナミクスの変動が小さいため,固定ゲインの制御器を用いた.

従来の研究では指令値の生成に関して十分には考慮されていなかった.非常に単純なロジック(ランプ入力など)などが用いられており,それによって失速に至る飛行状態に陥る危険があった.そこで本研究では失速の制約条件を陽に考慮した目標値生成を行なうため,オフライン最適化されたNNを用いた.状態量を入力とし目標値を出力とするNNをオフラインシミュレーションに基づいてロバスト最適化して用いる.

本研究で提案した新しいロバスト最適化手法(後述)を用いてNNをオフライン最適化し,これにより失速などの制約やモデル化誤差,外乱などの要素を陽に考慮に入れた目標値生成器設計が可能となり,ロバストな飛行が達成される.非線形シミュレーションベースのモンテカルロシミュレーションによりその有効性を示した.

新しいロバスト最適化手法の提案

本研究では新しいロバスト最適化手法を提案した.一般に,外乱などの確率的変動まで考慮するロバスト最適化には,評価関数の期待値や分散などの統計値の評価が必要となるため,ノミナルケースに対する最適化に比べて計算コストが桁違いに高くなる.そのため,従来研究においては,実験計画法などに基づいて効率良く応答曲面を構築した後,間接的にロバスト最適化を行なうという手法が主流であった.このような手法ではどれだけ精度の高い応答曲面を構築できるかが鍵であり,研究の主眼であった.しかしながら近年の計算機処理能力の発展を考えると,近似に基づかないより柔軟性の高い手法も求められていると考えられる.

そこで本研究では,応答曲面などに基づかないながらも,計算コストを削減できる新しいロバスト最適化手法であるVE-GAを提案した.VE-GAは実数値GAに基づいた手法であり,ある世代が経過するごとに評価関数(評価シミュレーション)で考慮する環境(不確定性の設定)を変更する.これにより世代を重ねるにつれて個体群が様々な環境を経験し,ロバスト性を備えるようになる.このような考え方を取り入れた研究は過去にも見られるが,それら従来研究においては一定世代ごとに環境を変化させるものとしており,これが計算の安定性を損ねていた.つまり容易で頻度の多い環境には適応するものの,頻度の少ない難しい環境への適応性は失われ易くなってしまっていた.そこで本研究では新しい環境への個体群の適応度平均を基準として,新しい環境が容易な環境であるか困難な環境であるかを判断し,新しい環境が継続する世代数を逐次決定する手法を提案した.これにより計算の安定性が格段に向上した.

VE-GAは実数値GAに基づいた手法でありため,大域的な探索と同時にロバスト解に接近することができる.しかしVE-GAには(a)後半における効率の悪さ,(b)制約条件の曖昧な取り扱い,という課題もある.そこでこれらの課題を克服すべく汎用性の高い局所最適化手法であるPowellの共役方向法(Powell's Direction Set Mehod: PDSM)を導入し,VE-GA/PDSM法として提案した.PDSMは評価関数に含まれる統計値を直接評価するため計算コストが高いが,あらかじめVE-GAで最適解近傍まで到達しているため必要となるイタレーションは少なくて済み,トータルとしての計算コストは妥当な範囲に抑えられる.

本手法を倒立アームの振り上げ制御の例題に適用し,その有効性を検証するとともに,アルゴリズムの特徴を明らかにした.また上述のTail-Sitter Mini UAVの遷移飛行制御系設計問題に適用し,得られた制御器の性能をモンテカルロシミュレーションにより評価,確認した.

このロバスト最適化手法はNNのパラメータ最適化や制御系の最適化のみならず,一般的なロバスト最適化問題に適用可能である.特に大域的探索手法に基づいていることから,NNパラメータ空間のような多峰性空間でのロバスト最適化において有効であると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)久保大輔 提出の論文は「環境変動型GAを用いたロバスト最適化およびTail-Sitter Mini UAVの飛行制御系設計への応用」と題し、8章と補遺からなっている。

全備重量が数kg程度の小型無人機(Mini UAV)は、手軽に利用可能であるため空撮や科学観測、防災などの様々なミッションへの応用が期待されている。筆者は実際にMini UAVを開発し、科学観測の実証試験を行った経験から、限られた空間での離着陸がMini UAVの技術的な課題の一つであると実感し、簡単な機構で垂直離着陸が可能なTail-Sitter Mini UAVの提案を行っている。飛行特性の解析から、特にホバーから巡航への、また、その逆の巡航からホバーへの遷移飛行への自動制御系設計の検討を行っている。遷移飛行は飛行状態が大きく変動し、失速の制約が厳しく、特にMini UAVは風の影響を受けやすいので、自動制御系の設計は容易ではない。筆者は、環境変動型遺伝的アルゴリズムと名付けたロバスト最適化手法を新たに提案し、その有効性をTail-Sitter Mini UAVの制御系設計により検証することを試みている。

第1章は序論で、Tail-Sitter Mini UAVを研究するに至った背景の説明と、現状の研究開発状況の概観のあと、遷移飛行制御系設計へのアプローチの方針を述べ、最後に本論文の構成を整理している。

第2章では、垂直離着陸UAVの開発動向を整理した後、提案するTail-Sitter Mini UAVのミッションを設定し、設計要求を明らかにしている。

第3章では、Tail-Sitter Mini UAVの垂直面内運動の数学モデルを構築し、飛行特性を分析している。静的な釣り合い状態を求めるトリム解析の結果では、ホバーと巡航の中間の飛行状態において失速の制約から水平定常飛行が不可能な領域が存在することが示され、前縁スラットの必要性が明らかにされた。また、最適飛行経路解析の結果より、遷移飛行における最適操縦履歴が求められ、巡航からホバーへの遷移飛行においては、失速を避けるために一旦上昇した後にホバーに移行することが必要であることが示され、この場合も前縁スラットが有効に機能することが確認されている。

第4章では、第3章の考察を踏まえ、遷移飛行を達成するための制御系の構成を提案している。提案する制御系は機体ピッチ角とプロペラ回転数の指令値を与えるコマンド生成部(アウターループ制御器)と指定された機体ピッチ角とプロペラ回転数を実現するインナーループ制御器から構成される。インナーループ制御器では、機体ピッチ角制御に関してはホバーから水平飛行という異なる飛行状態を連続的に制御するために、飛行速度をスケジューリング・パラメータとするゲインスケジュール制御則を採用し、プロペラ回転数制御に関してはPID制御を採用している。ゲインスケジュール制御に関しては、ホバー、中速度、巡航速度の3つの速度での線形時不変モデルに対する線形レギュレーターと目標に追従させるためのフィードフォワード制御器を設計し、速度に応じて制御則を内挿している。機体ピッチ角とプロペラ回転数の目標値を設定するアウターループ制御器に関しては、従来の研究では単純な目標設定しかなされていなかったため、筆者は飛行状態に応じて柔軟に目標値を生成できるニューラルネットワークの導入を提案し、ニューラルネットワークを失速への制約や、風やモデルの不確かさを考慮して学習させることで、ロバストな制御系を構築することを提案している。

第5章では、ロバストなアウターループ制御器を設計するために、ニューラルネットワークを学習させる新しいロバスト最適化手法「環境変動型遺伝的アルゴリズム」を提案している。その手法は実数値遺伝的アルゴリズムの進化過程において、外乱を統計的に与えた環境を定期的に変動させ、ロバスト性を付加させるものである。特に、環境への個体群の適応度に応じて、その環境を継続させる世代数を調節する手法を提案し、探索の最終段階でPowellの共役方向法を用いることを検討している。

第6章では、第4章および第5章で提案したロバスト制御系の設計手法を倒立アームの振り上げ制御問題に適用し、制御系の特性を検証するとともに、提案する手法が優れたロバスト性と解の収束性を持つことを実証している。

第7章では、具体的にTail-Sitter Mini UAVの遷移飛行制御系を設計し評価を行っている。すなわち、アウターループ制御器としてのニューラルネットワークのパラメータを、失速などの制約条件やモデル誤差、外乱などの要素を陽に考慮し、提案する環境変動型遺伝的アルゴリズムを用いて最適化し、最終段階でPowellの共役方向法により最適解を得ている。得られた制御系の特性を評価するために、非線形モデルを用いたモンテカルロシミュレーションを実施した結果、失速制約を満たしつつ、高度変化の小さい遷移飛行が実現され、高いロバスト性を持った制御系が構築できたことが確認されている。

第8章では、本研究の成果をまとめると同時に、さらなる研究課題について述べている。

以上要するに、本論文は、垂直離着陸可能なTail-Sitter Mini UAVを提案するとともに、その飛行特性の分析を通して、制御の難しいホバーと巡航飛行の遷移飛行制御を設計するための環境変動型遺伝的アルゴリズムを用いたロバスト最適化手法を提案し、その有効性を外乱やパラメータ変動を考慮した非線形シミュレーションによって実証した。提案するロバスト最適化手法は広範な工学問題に応用できる可能性を持ち、これらの成果は、航空工学上貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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