学位論文要旨



No 123432
著者(漢字) 高柳,大樹
著者(英字)
著者(カナ) タカヤナギ,ヒロキ
標題(和) 高感度レーザー吸収分光法の高エンタルピー気流診断への応用
標題(洋) Application of High-Sensitive Laser Absorption Spectroscopy to High Enthalpy Flow Diagnostics
報告番号 123432
報告番号 甲23432
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6748号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小紫,公也
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 稲谷,芳文
 東京大学 准教授 鈴木,宏二郎
内容要旨 要旨を表示する

高感度レーザー吸収分光法の高エンタルピー気流診断への応用に関して研究を行った.本論文は7章から構成されており,第1章では背景としてレーザー吸収分光法の適用例をまとめた.レーザー吸収分光法は燃焼におけるすすの生成過程の解明や環境工学におけるエアロゾルの観測,医療分野における呼気センシング,半導体製造時の不純物の検出,反応過程の精密制御など様々な分野において用いられている.宇宙工学においても大気への突入環境を模擬するための高エンタルピー風洞や電気推進器の開発においてそれらの作り出す気流の特性を診断すること重要であり,また非平衡流流体力学計算コードの妥当性の検証にも役立つ.レーザー吸収分光法は同じ非接触の発光分光法やレーザー誘起蛍光法と比較して並進温度や数密度が容易に測定できること,光学的に厚いプラズマにも適用可能であること,実験装置が比較的携帯性に優れることなどの長所がある.しかしながらこれらの分光法と比較して測定感度が低いために適用範囲が限られるという短所がある.高感度レーザー吸収分光法に関しては先に示した分野において近年盛んに研究されているが,これらの測定対象に対して高エンタルピー気流は空間分布があるため1mm以下の空間分解能が必要であること,作動時間に制限があること,また発光強度が大きいという特徴がある.そのため本研究においてはこれらの条件を満たす高感度レーザー吸収分光法の開発を目的とした.

第2章ではレーザー吸収分光法と高感度レーザー吸収分光法の原理を述べ,レーザー信号強度,空間分解能,測定データ量,レーザー発振安定性に関して比較検討した.その結果,キャビティエンハンスト法におけるレーザー信号強度はシングルパスレーザー吸収分光法に比べて弱いが空間分解能が高くレーザー発振に影響を与えずに安定した測定を行うことができる.また測定データ量はキャビティリングダウン法に比べて少なく大容量のデータを素早く保存できるデータローガーを用いることで1断面を20分程度で診断可能であり,高エンタルピー気流診断に適した手法であると結論付けた.

第3章ではキャビティエンハンスト法の測定系を構築し,大気圧プラズマ気流に適用した.空間フィルターを加え,モードマッチングを行うことによって多次モードを抑えS/N比の高い吸収プロファイルを得ることができた.またプラズマトーチ気流が放射冷却や周辺空気の取り込みによって出口からの距離に対して吸収準位アルゴン原子数密度が急激に減少することを利用してキャビティエンハンスト法の検出限界について検討した.その結果,シングルパスレーザー吸収分光法よりも2桁以上高い測定感度を達成した.

第4章ではマイクロ波放電管による低圧プラズマにキャビティエンハンスト法を適用した.ブリュースター窓と偏光制御器を用いることによって高反射ミラーを真空容器の外に置いたままで低圧プラズマに対してキャビティエンハンスト法を適用することができた.その結果を用いてキャビティエンハンスト法における実効増倍率について議論した.シングルパスレーザー吸収分光法を併せて適用できる場合には両者から求めた吸収プロファイルを比較することによって実効増倍率を求めた.一方,シングルパスレーザー吸収分光法が適用できない場合には共振器前後でのレーザー強度比から実効増倍率を求める方法を提案し,30%程度の誤差で実効増倍率が求められた.

第5章ではキャビティエンハンスト法における測定誤差と温度の誤差,吸収飽和の影響について検討した.測定誤差は平均回数を増やすことによって小さくでき,10掃引で数%程度となることを実験的に検証した.次に測定誤差と温度誤差の関係を理論的に考察した結果,測定誤差が1%以下のときキャビティエンハンスト法における吸収率が40%以上あれば5%以下の誤差で温度が求められることがわかった.最後にキャビティエンハンスト法におけるレーザー強度と吸収プロファイルの関係について検討し,キャビティエンハンスト法においても従来のレーザー吸収分光法と同様に吸収飽和が見られることを実験的に確認した.また飽和内部レーザー強度は共振器理論から予想されるレーザー強度よりも小さくなることを示した.

第6章ではアーク風洞に対してキャビティエンハンスト法を適用した.まず初めにシングルパスレーザー吸収分光法が適用可能なアルゴン原子に対してキャビティエンハンスト法を適用し実効増倍率を求めた.次にアルゴン気流に0.2%ドープした酸素原子に対してキャビティエンハンスト法を適用し,アルゴン原子よりも2桁程度低い積分吸収係数の酸素原子における吸収プロファイルを得た.その結果,アルゴン原子に対して行ったシングルパスレーザー吸収分光法から得られた温度分布とよく一致し、本手法が高エンタルピー気流診断に有効な手法であることを示した.

第7章では以上の結果をまとめている.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)高柳大樹提出の論文は、"Application of High-Sensitive Laser Absorption Spectroscopy to High Enthalpy Flow Diagnostics"(邦題:高感度レーザー吸収分光法の高エンタルピー気流診断への応用)と題し、7章および付録から成っている。

レーザー吸収分光法は燃焼工学におけるすすの生成過程の解明、環境分野におけるエアロゾルの観測、医療分野における呼気センシング、半導体製造時の不純物の検出など様々な分野で用いられており、宇宙工学分野においても大気圏突入環境を模擬する高エンタルピー風洞気流や電気推進機プラズマの診断に用いられている。同分光法は同じ非接触診断法である発光分光法やレーザー誘起蛍光法と比較して、気流中の並進温度や数密度が直接測定できること、光学的に厚い気流にも適用可能であること、実験装置の携帯性に優れることなどの長所がある一方、測定感度が低い為に低濃度の吸収粒子には適用できないという短所があった。

しかし近年、様々な高感度レーザー吸収分光法が提案されてきている。本論文では、高エンタルピー風洞気流診断に最適な高感度レーザー吸収分光法について比較検討を行った結果、キャビティエンハンスト法を選定し、気流診断に適用するための光学系を構築するとともに、高いS/N比を実現するために様々な工夫を行って、最終的にアーク加熱風洞気流診断に適用し、その感度、精度について議論している。

第1章は序論であり、研究の背景と目的を述べている。

第2章では、高感度レーザー吸収分光法の原理と適用性について述べている。高エンタルピー風洞気流の診断に必要なレーザー信号強度、空間分解能、測定データ量、レーザー発振安定性の観点から4つの高感度レーザー吸収分光法の優劣を比較検討し、その中からキャビティエンハンスト法を最も適した方法であると結論付けている。

第3章では、高感度レーザー吸収分光法光学系にモードマッチングレンズと空間フィルターを付加することによって多次モードの共振を抑え、 S/N比の高いレーザー共振信号を得ることに成功している。また大気圧プラズマ気流診断に適用し、シングルパスレーザー吸収分光法よりも2桁高い測定感度を達成できることを実証している。

第4章では、圧力容器の外側からガラス窓を挟んで共振器を形成することを試みている。一般に高エンタルピー風洞気流は減圧された圧力容器内に形成されるが、圧力容器のガラス窓でのレーザー光の反射、吸収がレーザー共振を困難にする。そこで、ブリュースター窓と偏光制御器を用いて窓での反射、吸収を抑えることにより、圧力容器中で生成されたマイクロ波低圧プラズマの診断において、大気中での測定と同じく2桁高い測定感度を達成している。また、圧力容器窓を含めた共振器全体のレーザー透過率と、個々の高反射ミラーの透過率を測定することにより、測定感度の実効増倍率を求める方法を提案している。

第5章では、吸収率および並進温度の測定誤差を理論的に検証している。10回の波長掃引データの平均を取ることにより、吸収率測定誤差を1%程度に抑えることができること、また吸収率が40%以上となるよう感度を保つことができれば、並進温度の推定誤差を5%以下に抑えられることを示している。さらに、レーザー強度と吸収飽和現象について検証を行い、レーザー強度が高くなるにつれて計測される吸収率が低下することを確認している。しかし、その飽和曲線から見積もられる共振器内の実効レーザー強度は、無吸収の共振器理論から予想される強度より弱く、一般に吸収飽和は起き難いと述べている。

第6章では、キャビティエンハンスト法をコンストリクタ型アーク風洞気流診断に適用し、気流断面の並進温度分布を計測している。アルゴンアーク気流に0.2%ドープした酸素を対象にレーザー吸収率を測定した結果、2桁以上高い測定感度を達成すると共に、得られた並進温度分布が、アルゴンを対象に行われたシングルパスレーザー吸収分光計測の結果とよく一致し、本手法が高エンタルピー風洞気流診断に有効な手法であることを示している。

第7章は結論であり、本論文の研究成果をまとめている。

以上要するに、本論文は高エンタルピー風洞気流を診断するための高感度レーザー吸収分光計測システムを開発したものであり、その性能、精度を検証した上でアーク風洞気流診断に適用し、得られた温度分布の妥当性を示しており、これらの結果は高エンタルピー風洞や電気推進機の特性評価、およびその設計、改良に応用でき、航空宇宙工学、特に高温空気力学に貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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