学位論文要旨



No 123433
著者(漢字) 中田,大将
著者(英字)
著者(カナ) ナカタ,ダイスケ
標題(和) MPDスラスタの放電形状とエネルギ収支
標題(洋) Discharge Pattern and Energy Balance in an MPD Thruster
報告番号 123433
報告番号 甲23433
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6749号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 津江,光洋
 東京大学 教授 国中,均
 東京大学 准教授 小紫,公也
 東京農工大学 教授 都木,恭一郎
内容要旨 要旨を表示する

MPD(MagnetoPlasmaDynamic)スラスタは円筒状陽極と棒状陰極間に大電流アーク放電を起こし、アンペール則に従って誘起される周方向磁場と放電電流自身との相互作用によりプラズマを高速排気すると云うコンセプトに基づいた電磁加速型外燃機関である。

コンパクトな形状から大きな推力密度を達成出来ること、またほとんどあらゆる種類の物質を推進剤として利用可能であることから、将来の大規模軌道間、惑星間輸送における高比推力主推進機関としての利用が期待されている。一方で、外部電源より投入した電力を推進剤の排気流運動エネルギに変換する効率が未だ低く、その改善が求められている。

過去においては空気力学的側面を強調することによりこの変換効率の改善を図る試み等が為されたが、単一のスラスタ形状及び推進剤種において最大効率を達成するのは臨界作動点付近の電磁加速が支配的な領域であるから、純粋な電磁加速に着目したエネルギ収支の改善を行うことが重要である。

とりわけ、電磁加速流れ場における電極形状のあり方についてはターゲットとなる作動条件の違いを考慮しても諸説入り乱れており、高い一般性を有した設計指針の確立が望まれる。第1章では以上のような背景について述べられる。

第2章では純粋な電磁加速のみに焦点を絞り、効率改善のための理論的背景について、國井・都木らの準一次元解析を取り上げて紹介する。その趣旨は磁気レイノルズ数が十分に高く電磁加速が支配的な領域では、一定断面積の流れ場において放電電流はチャネル入り口及び出口に集中し、効率の低下を招くと云うものである。これを緩和するには狭まり広がり形状によってチャネル中央付近に放電電流を誘導し、全体に均一な電流分布を達成することが有効と推察される。過去の多くの解析例では直線型、広がり型、狭まり広がり型と云った代表的な形状の単一のケースについてのみ取り上げ、入り口径、スロート径、出口径と云った詳細なパラメタについて取り上げられることは無かったが、本論文ではこれらのスケールパラメタの影響によって代表的な形状の優劣は上下することも示す。

第3章では電極形状と放電電流分布、推進性能の関連性について実験的に確認すべく7種の電極形状を作成してスラストスタンドにより推力測定を行った。推進剤としては理論に従いやすい希ガスであるアルゴンを採用した。推力より排気流の平均的な運動エネルギが求まり、これと投入電力との比から電磁加速流れ場におけるエネルギ変換効率が算出される。結果として、広がり形状における出口径や、狭まり広がり形状におけるスロート径はエネルギ変換効率にあまり影響を及ぼさないと分かった。単純広がり形状においては磁気感応シートを用いた電流分布の実験的推定を行い、電極壁の出口径によらず放電電流分布はほぼ同じ状態になっていることが確認された。これは陽極固体壁の形状の変更によって実際の放電形状を制御することが必ずしも可能ではないことを意味している。

また、陰極材料について従来のThO2-Wに加え、Y2O3-WとLa2O3-Wをこの分野において初めて適用した。その結果、全く同じ推力を発生する一方で放電電圧は下がり、エネルギ変換効率は大きく改善されることが確認された。

さらに本論文第4章では、電極表面のごく薄い静電境界層(シース)における降下電圧の重要性に着目し、確度の高い手法を用いてこれを求めた。具体的には、溶接アーク分野で広く用いられている電極間隔接近法と呼ばれる手法である。これをMPD流れ場に適用するに当たり、間隔を接近した際の磁場強度が変わらないことを重視して新たに5ch平行平板型のチャンネルを製作し、実験を行った。陽極・陰極間隔を次第に近づけ放電電圧についてゼロの極限を取った値は約18Vとなり、これが両電極のごく近傍における降下電圧の和であると推定することが出来る。なお、ラングミュア単針法を用いたプラズマ空間電位の測定により、電極降下の多くは陰極側に存在することを確認した。また、電極の損耗量が推進剤投入量に対し十分無視し得る量であることも併せて確認した。

最終章では上記の推力測定と電極降下電圧の結果を踏まえ、準一次元解析と実験結果の差異について考察を行った。同軸形状においては陰極近傍と陽極近傍における磁気レイノルズ数の差が大きく、陰極付近では準一次元解析で示されたようなチャネル端への電流集中が起きやすい一方で、陽極付近における電流分布は電極間距離或いは準一次元解析では省かれたホール効果に従っていると考えられる。また、4章で求めた電極降下電圧を考慮に入れた結果、狭まり広がり形状では電極降下電圧の占める割合が大きく、結果として推進効率の大幅な上昇にはつながっていない。しかしながらこれを省いて考えるとチャネル内での熱ロスは改善されており、一定の形状効果が認められる。今後、電極降下電圧に対して十分な電磁加速逆起電力を取ること、陰極面の形状変更などが効率の改善に有効であるとの指針を提案する。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)中田大将提出の論文は「Discharge Pattern and Energy Balance in an MPD Thruster(MPDスラスタの放電形状とエネルギ収支)」と題し、英文で書かれ、5章と付録からなっている。

MPDスラスタは、陽極・陰極間に流れるアーク放電によって推進剤を加熱・電離し、生じた高密度プラズマを放電電流と自己誘起磁場とによるローレンッカによって加速するという代表的な電磁加速型電気推進機である。MPDスラスタは推力密度が高いこと、高電圧を必要としないこと、多種にわたる推進剤ガスを利用できることなど数多くの利点を有するためこれまでに数多くの研究が行われてきたが、推進性能が高くないこと、内部機構の解明が充分でなく比例則も未だ確立いないため実用化に至っていない。

本研究は、MPDスラスタの放電形状がプラズマの加速過程に及ぼす影響が大きいことに着目し、推力測定、プラズマ診断などの実験と理論解析の両面から、推進性能ならびにエネルギ収支について詳細に分析したものである。

第1章は序論であり、MPDスラスタ実用化のため改善されるべき推進性能の目標値について昨今の動向を踏まえて言及している。

第2章はプラズマ加速に関する準一次元解析を用い、MPDスラスタにおいて電極形状が推進性能に与える影響について調べたものである。過去の研究者の多くが直線型、末広がり型、先細り末広がり型と云った大まかな形状変化の影響のみを論じているのに対し、ここでは入口出口比などの多様なスケールパラメタや、磁気レイノルズ数の違いについてもふれて、これらの設定によっても推進性能が大きく変化することを指摘している。

第3章は7種類の陽極形状を用い、実際のMPDスラスタにおける作動特性(電圧特性、推力特性、電流分布)を実験的に求める方法とその結果について述べたものである。実験データは過去の事例と比してより高い測定精度で取得されており、各形状の特性を詳らかにしている。さらに、形状の効果に加え、推進剤ガス種の影響、陰極材料の影響についても言及している。陰極材料では世界で初めて酸化イットリウムタングステン及び酸化ニランタンタングステンをMPDスラスタの陰極として適用し、高い推進効率を得ることに成功している。

第4章では電極近傍の薄い境界層「静電シース」における降下電圧について実験的に求める手法とその結果を述べたものである。一般にこの静電シースの降下電圧は理論解析や数値シミュレーションでは定量的な見積もりが困難であるが、MPDスラスタのエネルギ収支を論じるには欠かせないものである。本研究では溶接アークの分野で用いられている電極間隔接近法と呼ばれる手法を用いて降下電圧の定量化を行った。その結果、降下電圧の値は予測した値に比べて数倍程度大きく、推進性能やエネルギ収支に及ぼす影響は大であることがわかった。

第5章では前述の結果をふまえ、実際のMPDスラスタの内部流について定量的な考察を行った。まず、第3章から得られた性能特性より各形状における実効的な陽極内径と電気伝導度、そして局所的な磁気レイノルズ数を求めた。磁気レイノルズ数は陽極付近では概ね1以下であり、電流のチャンネル入口及び出口への集中は見られず、陽極形状が性能に及ぼす影響は小さいことがわかった。一方で陰極付近では5から10程度の磁気レイノルズ数があり、形状効果による推進性能の向上の可能性が示唆された。また、第4章より得られた電極降下電圧を考慮して、各形状におけるエネルギ収支について論じている。末広がり型や先細り末広がり型は直線型に比べ内部での熱損失を若干低減する効果がある一方、準一次元解析をはじめとするこれまでの多くの数値解析では考慮されることのなかった電極降下電圧がエネルギ収支に大きく影響していることを指摘した。このような知見は多様な形状について定量的に論じた例はなく、推進性能の向上や比例則を確立する上で極めて有益であると考えられる。

以上を要するに、本論文は、MPDスラスタの放電形状がプラズマの加速過程に及ぼす影響が大きいことに着目して、実験と理論解析の両面から、推進性能ならびにエネルギ収支について詳細に分析したものであり、その成果は宇宙推進工学上貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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