学位論文要旨



No 123434
著者(漢字) 西川,雅章
著者(英字)
著者(カナ) ニシカワ,マサアキ
標題(和) 繊維強化複合材料の微視損傷過程と破壊に関するマルチスケールモデリング
標題(洋)
報告番号 123434
報告番号 甲23434
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6750号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 藤本,浩司
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 准教授 岡部,洋二
内容要旨 要旨を表示する

近年,CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics)は,航空機一次構造を初めとする,軽量化を要する様々な分野で実用化段階に入っている.一般にCFRPとして用いられている長繊維強化プラスチックは,繊維を配向させることが難しく,成形性に乏しいため,特に幾何形状の複雑な構造部位(例えば航空機のウィンドーフレームや自動車の車体構造)への適用においては,その利用は極めて限られる.そこで,成形性に優れる,短繊維の利用が不可欠であるとされている.

しかしながら,短繊維強化プラスチックにおいては現在のところ,比強度に問題があり,適用可能な構造部位は極めて限られている.これらは短繊維強化複合材料において生じるマトリクスクラックや界面はく離が強度に大きな影響を与えるためである.長繊維の優れた強度特性を保持した短繊維強化複合材料の開発といった観点から,このような繊維強化プラスチックの強度向上につながるメカニズムを解明することは重要である.本研究では,特に,炭素繊維・エポキシ樹脂の材料系について,繊維強化複合材料に特徴的な微視損傷過程をモデル化する手法を確定させ,その数値解析手法を援用し,材料の微視構造が短繊維強化プラスチックの強度に与える影響を詳細に議論した.

第2章では,繊維強化複合材料における典型的な損傷である繊維破断やマトリクスクラック,界面はく離を有限要素法で扱うための微視損傷モデルについて示した.特に,界面はく離のモデル化について,ダグデール型損傷進展要素の定式化を示し,有限要素法への実装を行なった.ここでは,提案する微視損傷モデルを組み込んだ有限要素シミュレーションの解法にRmm法を適用することにより,多数の損傷が累積する場合でも順々に損傷進展を追跡することを可能としている.提案した損傷進展要素の特徴を議論し,ダグデール型要素は破壊力学理論解に近い解が安定に得られることを示した.

第3章では,単繊維複合材料(Single-Fiber Composite,SFC)試験を用いた構成材料特性の評価を行なう上で必要な知見を得るため,SFCにおける繊維破断過程に関してモデリングを行い,そのメカニクスを明らかにした(Fig.1,2).まず,繊維・母材界面の破壊特性パラメータを変化させた時,SFCにおける繊維破断過程に関わる微視損傷形態が大きく変わることが明らかとなった.特に,繊維破断周りに発生する微視損傷が界面はく離からマトリクスクラックに遷移するというトランジションメカニズムは,SFC試験結果を解釈する上で重要な役割を担うと言える.つまり,界面が弱い場合,界面特性は,破断累積過程と界面はく離進展とを注意深く解析することで合理的に評価することができる.一方,界面が強い場合,マトリクスクラックへのトランジションが,SFC試験牽用いた界面特性評価を困難にすることが示された.さらに,低ひずみ域においては,繊維破断近傍の微視損傷の影響が無視できるため,理論モデルを用いた繊維強度パラメータ推定手法は低ひずみ域の繊維破断数を用いることに注意すれば妥当であることが分かった。

第4章では,実際の単繊維複合材料試験結果における破断累積過程や界面はく離進展過程を用いて,繊維強化複合材料における構成材料単位の破壊特性を定量化することを検討した.この手法は,3章の,SFCにおける微視損傷と破断累積過程に対する損傷進展要素によるモデリングを基にしたものである.繊維破断近傍の主な損傷が界面はく離であるSiC繊維・エポキシ樹脂複合材料においては界面特性が合理的に同定され,本手法の有用性が示された.一方,本研究が対象とする炭素繊維・エポキシ樹脂複合材料の場合,一意な界面特性を特定することができなかった.なぜなら,あるトランジションラインを境に,それよりも優れた界面特性値を損傷進展要素のパラメータに用いた場合は,どの値を用いても,SFCにおける破断累積過程を合理的に説明できたからである(Fig.3).この困難は,支配的な損傷がマトリクスクラックへとトランジットしたために生じたものである.しかしながら,界面特性値として考えられる下限ラインを明確にすることができた.また,これらのことから,炭素繊維・エポキシ樹脂系は,界面の強い材料系であると言える.

第5章では,SFC試験で十分に界面特性を定量化できない場合,代替の手法として,界面にはく離を進展させて繊維の引抜きを行なうマイクロボンド試験法が有用であると考えられるため,マイクロボンド試験法を用いた界面特性評価のための指針について検討した.ここでは,マイクロボンド試験における破壊現象を,母材の破壊についても考慮しながら,微視力学的に理解することを試みた。ナイフエッジ位置の変化により,クラックがナイフエッジ位置から界面に到達する場合や,メニスカス領域でクラックが発生する場合があることが分かった(Fig4).特に,前者は引き抜き荷重の低下を招く.ナイフエッジ位置の制御が困難である場合,繊維埋め込み長さを一定とした時の引き抜き荷重の上限として純粋な界面はく離進展による試験結果が得られているので,その上限値を評価すれば,クラック発生による誤差を排除した適切な界面特性評価が行なえると言える(Fig.5).

第6章では,短繊維強化プラスチックにおける基本的な損傷メカニズムを理解することを目的として,これまでの章において検討してきた微視損傷モデルを用いた周期セルシミュレーションを提案した.このシミュレーションを用い,特に,繊維配向角や繊維体積含有率といった材料構造が,複合材料の破壊特性に及ぼす影響について調べた(Fig.6,7).繊維体積含有率は母材への応力集中の度合いに影響し,繊維配向角は,微視損傷の発生位置に影響する.これらの微視的要因の影響が,前者は最大応力を与えるひずみとして,後者は最大応力を与えるひずみと最大応力後の応力低下挙動として,巨視的応カーひずみ応答に現れていることが分かった.つまり,短繊維強化プラスチックにおいては,材料の微視構造は内部の微視損傷過程に影響し,それによって,強度や吸収エネルギーといった観点から破壊モードが変化する.これらの観点で最適な構造は,繊維が引張方向に配向した場合である.このとき,引張強度が優れているのは引張方向の剛性に対する繊維の強化効率によるものであり,吸収エネルギーが優れているのは,繊維端で生じるマトリクスクラックが繊維を回避するジグザグな経路で連結しているためであることが明らかとなった.

第7章では,特に,引張方向に繊維が配向した場合にっいて,短繊維強化プラスチックが長繊維強化プラスチックに比べて強度特性が劣っている要因にっいて,材料内の微視損傷メカニズムを明らかにすることで検証した.具体的には,繊維端から発生するマトリクスクラックの挙動に着目した周期セルシミュレーションを行なった.一方向不連続繊維強化プラスチックにおいては,繊維端から生じるマトリクスクラックが,繊維を回避して進展する破壊形態と,繊維を破断させて進展する破壊形態があり,どちらの破壊形態をとるかは繊維長によって制御されることが明らかとなった(Fig.8).特に,上記のトランジションが起きる近傍の繊維長においては,複合材料強度が著しく低下する.この過渡領域においては,繊維端におけるマトリクスクラックの集積によって,クラックを捕捉する繊維が受ける応力集中,および,その応力集中の状況によって繊維破断ないし繊維の回り込みを選択的に生じさせることによる集積部の拡大のメカニズムが,複合材料強度において重要な役割を果たしている.さらに,不連続繊維強化プラスチック内部の不連続繊維の配置は,繊維端におけるマトリクスクラックの集積や,その後の連結過程に影響を与えており,特に過渡領域において,複合材料強度に与える影響は大きい(Fig.9).っまり,複合材料強度が著しく低下する臨界繊維長付近の繊維長を用いる場合,繊維端の集積部やマトリクスリッチ部が少なくなるように制御できれば,複合材料強度は大きく改善されると結論づけられる.これらの知見は,長繊維強化複合材料の強度特性を保持した短繊維強化複合材料を製作する材料設計に貢献するものと考える.

本研究が対象とした短繊維強化プラスチックの強度特性向上については,素材メーカーが精力的に研究を行なっている課題であり,本研究で与えた知見を基に,材料設計の改善に役立っことを期待する.また,このようなマルチスケールモデリングは,複合材料構造設計において,構造設計と材料設計の横断的な設計につながる可能性がある.つまり,各構造部位が受ける応力状態に最適化させた材料構造の提案ということも可能となってくるだろう.本手法は,材料構造の変化に柔軟に対応できる手法となっているため,材料設計を支援する数値シミュレーションの汎用的なプラットホームとなりうる.今後,様々なタイプの材料構成や負荷条件の異なる場合(特に衝撃負荷)に適用するためのシミュレーションとして洗練させていくことも可能であると考える.これらは今後,軽量・高信頼性の複合材料構造を製作する上で,素材の最適化や低コスト化にっながり,ますます繊維強化プラスチックの付加価値を高めるものと期待する.

Fig. 1. Microscopic damage in the fragmentation process in SFC significantly changes, depending on the characteristic parameters for the fracture at the fiber-matrix interface.

Fig. 2. Cumulative number of fiber breaks as a function of the applied strain in SFC. The effect of the microscopic damage around fiber breaks is significant at high applied strains. As the fiber-matrix interface is strong, the fragmentation process is mostly controlled by matrix shear yielding behavior, where the elastic-plastic shear-lag model is applicable.

Fig. 3. Comparison of the microscopic damage between experiment and simulation in a carbon single-fiber epoxy composite. The detailed analysis reinforces our understanding that this material system has a strong interface, and provides the lower limit of the possible interfacial fracture properties.

Fig. 4. Matrix cracking behavior depending on the knife-edge position during the fiber-pullout in the microbond tests.

Fig. 5. Comparison of the pullout force in the microbond tests between experiments and simulations. The elastic-plastic pullout simulations well explain the upper limit of experiments.

Fig. 6. Simulated stress-strain curves for short fiber-reinforced plastics promote a better understanding of the optimal material microstructure in terms of the strength and energy-absorbing capacity when the fiber orientation angle is varied.

Fig. 7. Microscopic damage to influence the macroscopic stress-strain response in short fiber-reinforced plastics when the fiber orientation angle is varied.

Fig. 8. Transition of the microscopic damage to influence the fracture properties of discontinuous fiber-reinforced composites.

Fig. 9. Effect of the material microstructure on the composite strength versus fiber length for discontinuous fiber-reinforced composites.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学) 西川 雅章 提出の論文は、「繊維強化複合材料の微視損傷過程と破壊に関するマルチスケールモデリング」と題し、8章よりなる。

近年、CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics)は、航空機一次構造を含む、軽量化を要する様々な分野で実用化段階に入っている。一般にCFRPとして用いられる長繊維強化プラスチックは、幾何形状の複雑な構造部位への適用においては、成形性の面から、その利用は限られる。部材によっては、成形性に優れる短繊維の利用が不可欠である。しかし、短繊維強化プラスチックは現在のところ、比強度に問題があり、適用可能な構造部位は限られている。これは短繊維強化複合材料において生じるマトリクスクラックや界面剥離が強度に大きな影響を与えるためである。長繊維の優れた強度特性を保持した短繊維強化複合材料の開発といった観点から、このような繊維強化プラスチックの強度向上につながるメカニズムを解明することは重要である。本研究では、炭素繊維・エポキシ樹脂の材料系について、繊維強化複合材料に特徴的な微視損傷過程と破壊に関する知見を基に、ミクロ的視点からマクロ的視点までを網羅した新しいマルチスケールモデルを提案するとともに、微視損傷過程の効率的な可視化が可能な数値解析手法を開発し、材料の微視構造が短繊維強化プラスチックの強度に与える影響を詳細に議論している。

第1章は「序論」であり、本研究の背景についてまとめ、従来研究の問題点を総括するとともに、本研究の目的と本論文の構成について述べている。

第2章は、「ダグデール型損傷進展要素を基にした微視損傷モデルの検討」であり、繊維強化複合材料における典型的な損傷である繊維破断やマトリクスクラック、界面剥離を有限要素法で扱うための微視損傷モデルを提案している。とくに、界面剥離のモデル化について、ダグデール型損傷進展要素の定式化を示し、有限要素法への実装を行い、多数の損傷が累積する場合でも順々に損傷進展を追跡する有限要素シミュレーションを可能としている。

第3章は、「単繊維複合材料における微視損傷過程のマイクロメカニクス」であり、単繊維複合材料(Single-Fiber Composite、SFC)試験を用いた構成材料特性評価を行う上で必要な知見を得るため、SFCにおける繊維破断過程のモデリングを行い、その力学的支配因子を明らかにしている。繊維・母材界面の破壊特性パラメータを変化させると、SFCにおける繊維破断過程に関わる微視損傷形態が大きく変化することを定量的に明らかにしている。

第4章は「単繊維複合材料試験を用いた構成材料の破壊特性同定」であり、実際の単繊維複合材料試験結果における破断累積過程や界面剥離進展過程を用いて、繊維強化複合材料における構成材料単位の破壊特性を定量化することに成功している。

第5章は「マイクロボンド試験を用いた界面特性評価に関する微視力学的検討」であり、SFC試験では界面特性を定量化できない場合の代替手法として、界面に剥離を進展させて繊維の引抜きを行うマイクロボンド試験法を用いた界面特性評価の方法を検討している。母材破壊を考慮しつつ、微視力学的破壊現象をモデル化し、ナイフエッジ位置の変化により、クラックがナイフエッジ位置から界面に到達する場合や、メニスカス領域でクラックが発生する場合があることを明らかにし、クラック発生による誤差を排除した適切な界面特性評価が行えることを示している。

第6章は「短繊維強化プラスチックにおける材料構造に依存する破壊モード」であり、短繊維強化プラスチックの基本的な損傷メカニズムを理解するため、これまでの章において検討してきた微視損傷モデルを用いた周期セルシミュレーション法を提案している。また、このシミュレーション法を用いて、繊維配向角や繊維体積含有率などの材料構造が複合材料の破壊特性に及ぼす影響について調べ、前者は最大応力を与えるひずみとして、後者は最大応力を与えるひずみと最大応力後の応力低下挙動として、巨視的応力-ひずみ応答に現れることを明らかにしている。

第7章は「不連続繊維強化プラスチックの強度特性に関連する微視損傷遷移メカニズム」であり、引張方向に繊維が配向した短繊維強化プラスチックが長繊維強化プラスチックに比べて強度特性が劣っている要因について、材料内の微視損傷メカニズムを明らかにすることで検証している。一方向不連続繊維強化プラスチックにおいては、繊維端から生じるマトリクスクラックが、繊維を回避して進展する破壊形態と、繊維を破断させて進展する破壊形態があり、どちらの破壊形態をとるかは繊維長によって制御され、上記の破壊形態の遷移が起きる近傍の繊維長においては、複合材料強度が著しく低下する要因を解明している。これらの知見は、長繊維強化複合材料の強度特性を保持した短繊維強化複合材料を製作する材料設計に貢献するものである。

第8章は「結論」であり、本研究で得られた結論を述べ、今後の課題について検討している。

以上要するに、本論文では、繊維強化複合材料に特徴的な微視損傷過程と破壊に関する知見を基に、ミクロ的視点からマクロ的視点までを網羅した新しいマルチスケールモデルを提案するとともに、微視損傷過程を詳細に可視化できる数値解析手法を開発し、材料の微視構造が短繊維強化プラスチックの強度に与える影響を定量化することに成功している。本論文で得られた成果は、繊維強化複合材料の材料設計を支援する汎用的な数値シミュレーションプラットホームを提供しており、複合材料工学、損傷力学、複合材料設計学の新しい発展に大いに寄与する有益な知見を与えている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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