学位論文要旨



No 123437
著者(漢字) 初鳥,陽一
著者(英字)
著者(カナ) ハツトリ,ヨウイチ
標題(和) 衛星姿勢制御用ホイールの振動アイソレーション法に関する研究
標題(洋)
報告番号 123437
報告番号 甲23437
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6753号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 町田,和雄
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 准教授 土屋,武司
内容要旨 要旨を表示する

近年の人工衛星はミッションの高度化・複雑化にともない,高い指向精度・指向安定度が要求されている.例えば2006年夏,宇宙航空研究開発機構(JAXA)により内之浦宇宙空間観測所からM-V-7号機で打ち上げられた太陽活動観測衛星Solar-B「ひので」は,観測上の要求から10秒間の短期安定度が60ミリ秒角という,わが国の衛星では前例のない極めて高い指向安定度が要求された.このような高安定度衛星の実現にはさまざまな課題があり,衛星の内部擾乱源の系統的管理,擾乱の低減化,アイソレーションの高精度化に関する研究が進められている.特に,人工衛星の高精度姿勢制御用アクチュエータとして広く利用されているリアクションホイールは,内部に高速で回転する回転体を有しており,それ自身が主要な内部擾乱源のひとつとなっている.したがって,リアクションホイールには要求される制御トルクを高精度に発生しつつ,擾乱の発生は極めて低レベルに抑えることが求められている.そのため,この課題解決に向けて固有振動モード配置の最適化,熱歪みの低減,潤滑特性の改善,モータノイズの低減などに関するさまざまな研究が盛んに行われている.しかし,次世代の地球観測衛星や天体観測衛星では全周波域にわたり擾乱管理要求がいっそう厳しくなるため,リアクションホイールの加工精度や組み立て精度の向上といった技術的な努力や研究では実現が困難になりつつある.

そこで,リアクションホイールから生じる擾乱を抑制する手法として振動アイソレータが提案されている.振動アイソレータとはリアクションホイールと人工衛星の間にダンパを導入することにより擾乱の伝達を抑制する装置のことである.宇宙用の振動アイソレータは,柔軟構造物の振動抑制や打ち上げ時のロケットからの振動を抑制することを目的としてさまざまな研究がすでになされている.しかしながらリアクションホイールは衛星姿勢制御用のアクチュエータであることから,リアクションホイール用の振動アイソレータ固有の問題として,発生擾乱の伝達を抑えると同時に制御トルクの伝達は維持するという,相反する要求を満たさなければならない.

そこで本論文では,発生擾乱の伝達を抑えると同時に制御トルクの伝達は維持するという,相反する要求をみたす振動アイソレータの設計法に関して述べる.まず,リアクションホイールの内部構造をモデル化し,数値解析を行うことでリアクションホイール発生擾乱の特性把握および定量的評価を行った.その結果,擾乱トルクの主成分は回転体のスピン軸と慣性主軸がずれることによって生じる成分であることを確認し,その周波数はホイール回転周波数に同期することを明らかにした.つぎに,スチュワートプラットフォーム型振動アイソレータの数学モデルを構築した.この数学モデルにより,スチュワートプラットフォームを設計する上での入力パラメータと出力を明らかにし,擾乱と制御トルクの伝達特性を定式化した.

リアクションホイール発生擾乱とスチュワートプラットフォームの伝達特性を用いて,設計パラメータを探索する手法を三種類提案した.一つ目の手法として,制御トルクの伝達が必要とされる周波数領域と擾乱を低減する周波数領域が異なる点に着目し,評価関数を用いて設計パラメータを最適化する手法を提案した.しかしながら,評価関数を用いた解探索手法は設計にミッション要求を考慮していないため最適化結果は必ずしも要求を満たさないことを明らかにした.二つ目の手法として,衛星のダイナミクスやミッション要求,制御系の特性からスチュワートプラットフォームに対する設計要求を定式化した.この設計要求を用いることで設計パラメータの探索方法を不等式拘束条件つきの非線形最適化問題へと落とし込み,設計パラメータの解探索方法を提案した.提案した手法を用いて,一軸回転テーブルを用いた実験を行ったところ,制御トルクの伝達を維持しつつ擾乱トルクの伝達を抑制できることを確認した.三つ目の手法として,設計パラメータだけでなく制御系パラメータも設計パラメータとして問題を定式化した.このとき,ミッション要求だけでなく,リアクションホイールの仕様や構造的な制約などさまざまな制約・仕様を考慮することで,実際の衛星設計の際に考慮しなければならない制約内で制御系および構造系のパラメータを同時に探索できることを確認した.

最後に三種類の手法を数値解析によって検証することで,提案手法がミッション要求やコンポーネントの仕様を満たした上で解が探索されていることを確認した.

以上により,制御トルクの伝達と擾乱の低減という,相反する要求を満たす振動アイソレーション法を確立した.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)初鳥陽一提出の論文は,「衛星姿勢制御用ホイールの振動アイソレーション法に関する研究」と題し,8章と附録からなっている.

衛星姿勢制御用ホイールは人工衛星の高精度姿勢制御用アクチュエータとして広く利用されている一方,主要な内部擾乱源であることが知られている.特に,次世代の地球観測衛星や天体観測衛星では全周波域にわたり擾乱管理要求がいっそう厳しくなるため,ホイールの加工精度や組み立て精度の向上といった手法では超高姿勢安定度の実現が困難になりつつある.そのため,ホイールから生じる擾乱を抑制する手法として,擾乱源と人工衛星本体の間にダンパを導入することにより擾乱の伝達を抑制する振動アイソレータの研究・開発が行われてきた.宇宙用としては柔軟構造物の振動制御や打ち上げ時のロケットから衛星への振動の伝達を抑制することを目的とした研究が例に挙げられる.一方で,ホイールの擾乱の伝達抑制については,ホイールが衛星姿勢制御用のアクチュエータであることから,発生擾乱の伝達を抑えると同時に制御トルクの伝達は維持しなければならないという固有の問題を有しており,それに対応した設計手法は確立されていない.

そこで本論文では,衛星ミッションから導出される安定度要求をもとに,ホイールのトルク伝達特性と擾乱の伝達抑制の双方を考慮に入れた上で,制御系と構造系を同時に最適設計する手法を提案している.特に本提案手法の特徴として,制御系および構造の設計自由度を周波数空間における重み関数とゲインの成形に置き換えることで,安定度をはじめ種々の要求・制約条件を非常に扱いやすくなるだけでなく,H-infinity制御などの確立した制御系設計手法が利用できるようになり,ロバスト性も考慮した実用的・効率的な設計を行うことが可能になる点があげられる.これにより,高精度姿勢制御が要求される今後の人工衛星をはじめ,制御と構造の同時最適設計が必要とされる自動車分野,建築分野など幅広い分野への応用が期待される.

第1章は序論であり,問題設定を行い,振動アイソレータや制御と構造の同時最適設計に関する研究の現状を明らかにすることで,本研究の位置づけや目的を明確化している.

第2章では,衛星姿勢制御用ホイールの内部構造をモデル化し,数値解析を行うことで擾乱特性の把握および定量的評価を行っている.その結果,擾乱トルクの主成分は回転体のスピン軸と慣性主軸がずれることによって生じるものであることを確認し,主たる擾乱の周波数はホイール回転周波数に同期することを明らかにしている.

第3章では,振動アイソレータの数学モデルを構築することで,ホイール発生擾乱および制御トルクの衛星本体への伝達特性を定式化し,設計に必要なパラメータと伝達特性の関係を明らかにしている.

第4章以降では3つの設計法が提案され,評価・比較されている.まず第4章では,経験則に基づく設計法として,制御トルクの伝達が必要とされる領域と擾乱の抑制が必要とされる領域が周波数空間で異なることに着目して評価関数を設定し,最適化問題として定式化している.しかし,この手法ではミッションから来る要求を陽に考慮できないため所定の姿勢安定度要求を満たさないことを示し,要求を陽に考慮した設計法の必要性を指摘している.

第5章では,制御系を先に設計し,それを前提にアイソレータの構造設計を行う逐次設計法を提案している.まず,衛星のダイナミクスやミッション要求,および先に設計された姿勢制御系から振動アイソレータに対する設計条件を導く方法を述べている.このとき,制御系の特性を前提とすることで設計条件は不等式の拘束条件として定式化できることが示され,設計問題を不等式拘束条件付の非線形最適設計問題として定式化し,最適化を行っている.

第6章では,第5章の手法を発展させ,構造系と制御系の同時最適化手法を提案している.本手法では,制御系設計のための重み関数と構造系のゲイン特性の成形という周波数空間における設計自由度を定義し,その空間で探索することで同時最適化を行う.制御系は重み関数からH-infinity制御系設計法により自動的に導出することで,内部安定性やロバスト性を考慮した設計ができることを明らかにし,また,重み関数という自由度を利用するため計算が容易であるだけでなく,ミッション要求を扱いやすいこと,周波数領域の制約だけでなく時間領域での制約も考慮可能であることなど,実用面で優れた手法であることを示している.

第7章は,それぞれの手法の比較および考察を行っている.シミュレーション結果をもとに各手法の特徴について議論するだけでなく,設計パラメータと制約条件との関係を理論的に説明し,最適設計問題の収束性についても議論している.

第8章は結論であり,本研究で得られた成果をまとめ,今後の課題および展望を述べている.

附録では,ホイールの擾乱のモデル化のためのダイナミクス方程式が説明されている.

以上要するに,本論文は衛星姿勢制御用ホイールの振動アイソレーションの問題に対して,ミッションから来る姿勢制御要求を陽に考慮できる新たな構造と制御の同時最適化法を提案し,効率的・実用的な設計論を展開したものであり,宇宙工学,機械工学上貢献するところが大きい.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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