学位論文要旨



No 123440
著者(漢字) 石田,忠
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,タダシ
標題(和) MEMS針端の形状変化のTEMその場観察と電気・機械特性の同時測定
標題(洋)
報告番号 123440
報告番号 甲23440
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6756号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 教授 田中,雅明
 東京大学 准教授 高橋,琢二
 東京大学 准教授 年吉,洋
 東京大学 准教授 杉山,正和
内容要旨 要旨を表示する

ムーアの法則に則った持続的な半導体技術に代表される工業製品の微細化に対して、ナノテクノロジーは大きく貢献しており、今後の微細化のブレークスルーにはナノテクノロジーの発展が不可欠であるといえる。1980年に走査型トンネル顕微鏡(STM)が開発されたことで、原子レベルでの表面観察や単原子操作が可能となり、人類は原子レベルの世界への扉を開いた。しかし、STMは探針と試料の間に高電界が発生するため、探針と試料の表面において形状変化が起こっている可能性があった。そこで、STMと透過型電子顕微鏡(TEM)を組み合わせた装置を用いて、探針-試料間の形状変化を可視化する研究が行われた。このSTMとTEMを組み合わせた特別な装置によって、たとえば、ナノサイズにとがった針をお互いに近づけると接合し、引き離すとナノワイヤとして伸びるという現象を見出した。ところが、このシステムは装置が複雑であることや、さらに応力、電界、熱などナノ構造をとりまく環境を変えた実験を行う際にはさらに装置が複雑になるという問題があった。そこで本研究では、同等の実験を行えるMEMSデバイスをTEMに挿入することでこの問題を解決することを提案した。

第2章では、上述のMEMSデバイスの設計を論じた。TEM内でSTM探針-試料間における現象と同等の現象を引き起こし、安定した実験を行うことが可能なツールとして、ナノ界面研究用MEMS(MINI)を設計した。設計した条件を実現するためにMINIを作製するためにさまざまな方法を考案し、シリコン対向探針、金対向探針、金対シリコン対向探針をもった3種類のMINIの作製方法を確立した。

第3章では、実験で使用したTEMとTEM電子ビームがナノレベルの形状変化に与える影響を論じた。対向探針間の現象を観察する方法としてTEMを用い、TEM試料室内部でMEMSを駆動するための試料ホルダを利用することで、原子レベルで対向探針先端形状とその動きを観察しながら電気的・機械的測定を行うための可視化計測系を開発した。TEM電子線による観察対象への影響についての考察を行い、電気的・機械的特性への影響を実験的に調べた。また、本論文で行った対向探針間のナノ界面における実験と、探針間に形成するナノ構造の電気的特性と機械的特性の評価方法について説明した。

第4章では、シリコン探針MINIをTEM試料室に挿入し、TEMの観察を行いながらシリコン探針MINIを駆動する実験について述べた。シリコン探針MINIに駆動電圧を印加することで可動探針が固定探針に接近し、対向探針間にナノコンタクトを形成した。ナノコンタクト形成後、それを引っ張り、最終的に破断させた。一連の過程において、シリコン対向探針先端の形状変化を観察し、同時に電気的特性と機械的特性を測定した。TEMによる観察により、シリコンナノコンタクトはバルクと異なり、非常に延性に富んだ変形をした。またTEMによる観察の元、ナノコンタクトに電流を流してエレクトロマイグレーションによりシリコンナノコンタクトの形状変化や破断を行った。

第5章では、金探針MINIをTEM試料室に挿入し、TEMの観察を行いながら金探針MINIを駆動する実験について述べた。シリコンMINIの実験同様、金対向探針を接近させ、探針間においてトンネル現象や原子の再配列による金ナノコンタクトの形成や引張試験を行った。金ナノコンタクトの引張過程において電流測定を行ったところ、形状変化に伴いコンダクタンスが量子化コンダクタンスの値に対応して階段状に減少することを確認した。対向探針間のバイアス電圧を変えることで対向探針の接触により形成されるナノコンタクトのサイズが変わることや、ナノコンタクトの引張方向を変えることでナノコンタクトの形状が大きく変わることを見出した。また、エレクトロマイグレーションによる金ナノコンタクトが形状変化し破断にいたる過程を観察し、同時に電流測定を行った。

第6章では、金対シリコン探針MINIをTEM試料室に挿入し、TEMの観察を行いながら金対シリコンMINIを駆動する実験について述べた。金探針とシリコン探針を接触させ100 μA程度の電流を金とシリコンの界面に流すことで、金がシリコン探針上を拡散する様子や、金対シリコン探針間において放電を起こすことで金ナノクラスターをシリコン探針上に散布し、金ナノクラスターがシリコン探針内部へ室温で拡散する様子を可視化した。

第7章においては、ナノ界面におけるさまざまな現象の観察と特性評価を実現したMINIが、ナノ領域を研究に対して非常に有効なツールであることについて述べた。特にMINIにマイクロヒーターやマルチプローブといったMEMSデバイスを集積化することで、従来手法では困難なナノコンタクトの引張試験における温度の影響やマルチプローブを用いたナノコンタクトのデバイス化などを実現可能である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「MEMS針端の形状変化のTEMその場観察と電気・機械特性の同時測定」と題し7章と付録からなる。固体の変形や拡散現象を原子レベルで観察・操作するため、透過電子顕微鏡(TEM)内でMEMSデバイスを駆動して、シリコンや金でできた針端や微小接合の機械的変形や電気特性を評価する研究について述べている。

第1章は序論であり、本研究の研究背景を述べている。ナノテクノロジーにおける原子レベルの観察・操作の重要性を述べ、これまでの研究を総括してその問題点を明らかにするとともに、透過電子顕微鏡中で動作するMEMSを用いた実験系を、解決策として提案し、本論文の目的と研究の意義を提示している。

第2章は、ナノ界面研究用MEMSデバイスの設計と作製に関して論じている。対向した探針間における機械的、電気的現象を、再現性良く、安定して実験できるツールとして、ナノ界面研究用MEMS(MEMS for Investigation of Nano Interface: MINI)を設計する。シリコン対向探針、金対向探針、金対シリコン対向探針を持ったMINIを作製するためにさまざまな方法を考案し、最良の方法を模索した結果を述べている。

第3章は、ナノ現象観察用TEMと電子線による影響に関し、まず対向した探針間における現象を観察する方法として、TEMを用いる意義を説明する。TEM試料室内部で、MINIを電気的に駆動して、原子レベルで対向探針先端を観察しながら、電気的・機械的測定を行うための可視化計測系の説明を行う。また、TEM電子線による観察対象への影響について考察を行い、電気的・機械的特性への影響を実験的に調べた結果を示している。

第4章は、シリコンナノコンタクトの引張試験を述べている。シリコン探針MINIをTEM試料室に挿入し、顕微観察を行いながら駆動する。シリコン対向探針を用いた接近-接触-引張-破断の過程を説明し、シリコンナノコンタクトの形成、引張試験の結果を示す。シリコンナノコンタクトの引張過程と、破断後の破断面の丸まり過程については、第一原理ベースのポテンシャルを用いた共役勾配法と分子動力学法による、原子レベルでシミュレーションと比較して実験結果の解釈を行う。さらに、シリコンナノコンタクトの引張試験において得られた電気的特性と機械的特性の変化を対応付けている。また、通電によるシリコンナノコンタクトの形状変化を観察した。

第5章は、金ナノコンタクトの引張試験を述べている。金対向探針をもちいて、TEM内でシリコンナノコンタクトと同様の実験を行ったところ、金ナノコンタクトの形状変化に伴いコンダクタンスが量子的に減少した。さらに金ナノコンタクトの形成においてはバイアス電圧依存性や、形状の伸張方向依存性が見られた。また、通電による金ナノコンタクトの破断も観測された。

第6章では、金のシリコンへのナノスケール拡散現象を扱っている。TEMの観察を行いながら金対シリコン対向探針MINIを駆動し、通電による金のシリコン探針上の表面拡散過程や、室温での金ナノクラスターのシリコン探針内部への拡散過程の可視化に成功した。

第7章は結論であり、本論文で得た成果をまとめ、その意義を論ずるとともに、今後の研究の進むべき方向を述べている。

以上これを要するに、本論文は、シリコンや金でできた対向可動探針を持つMEMSデバイスを透過電子顕微鏡内で駆動する新しい実験系を開発し、高電界による針先形状変化、圧接によるナノコンタクト形成、ナノコンタクトの引張や通電による破断、シリコンへの金の拡散過程、などを原子レベルで実時間観察すると同時に、ナノ構造の機械特性や電気特性を評価し対応付けたもので、電気工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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