学位論文要旨



No 123447
著者(漢字) 杉本,広紀
著者(英字)
著者(カナ) スギモト,ヒロキ
標題(和) フォトルミネッセンスイメージングを用いた太陽電池用半導体基板の品質評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 123447
報告番号 甲23447
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6763号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田島,道夫
 東京大学 教授 齋藤,宏文
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 教授 田中,雅明
 東京大学 准教授 高橋,琢二
 東京大学 准教授 杉山,正和
内容要旨 要旨を表示する

近年,環境・エネルギー問題への関心の高まりから,持続可能なクリーンエネルギーとして太陽光発電が注目されており,太陽電池産業は急速に拡大している.その中で,コスト性に優れた多結晶Siを基板材料とする太陽電池が全体の6割以上を占めており,現在もシェアを拡大している.しかしながら,多結晶Si太陽電池の光電変換効率はまだ理論効率には及ばず,品質の改善が課題となっている.多結晶Si太陽電池の品質改善のためには,品質を正しく評価し,品質低下の原因がどこにあるかを調べる必要がある.本論文では半導体基板の品質を高感度に評価できるフォトルミネッセンス(PL)法を応用して,多結晶Si太陽電池の品質を調査した.まず初めに,最近の多結晶Si太陽電池の品質を低下させているものが何であるか詳細に調べ,原因を明らかにした.次にそれらを高速に評価するための新評価法を開発した.さらに,多結晶Si太陽電池だけでなく,様々な太陽電池の品質評価にもそれを応用し,新手法の有効性を実証した.下記にそれぞれの概要を述べる.

・太陽電池の品質低下要因の解明

多結晶Si太陽電池の特性には多結晶Si基板の品質が大きく関与している.そこで,何が基板品質を低下させているか調べるために多結晶Siインゴットから切り出した基板を用意し,高空間分解能を有するPLマッピング法によりバンド端PL強度の2次元分布を調べた.PLマッピングによる評価は少数キャリアライフタイム分布や少数キャリア拡散長分布などの電気特性とよく一致しており,基板の品質を正確に反映していることを確認した.PLマッピングから,インゴット外周部はルツボ不純物の拡散により,上部はインゴット中の不純物の偏析により品質が低下していることが,また,インゴット中央部は高密度に密集した欠陥により大きく品質低下していることが明らかとなった.

次に欠陥の構造を調べるため,PLマッピングと基板の薄片化を繰り返し,欠陥の3次元的な構造を解析した.その結果,欠陥は面状に分布した構造をしており,結晶成長方向に伸びる筒状の形状であることがわかった.これらの欠陥の構造は,結晶成長条件により異なり,低速に凝固したインゴットでは少数の大きい構造の欠陥が発生するが,高速に凝固したものでは小さい構造の欠陥が高密度に集まることがわかった.

さらに,欠陥の起源を突き止めるため,PLマッピングに加え後方散乱電子回折像測定により結晶方位分布を調べた.また,ダッシュエッチングを施しエッチピット観察を行った.その結果,PLマッピングで見られた欠陥は亜粒界に起因する転位クラスターであることが判明した.次に,欠陥部分にて低温PLスペクトル測定を行い,軽度に重金属汚染された転位から発生するDラインが観測されたことから,転位にさらに重金属汚染が関与していることがわかった.また,室温のPLスペクトル測定において欠陥部分から酸素析出物に起因する発光が見られ,欠陥に酸素析出も関与していることが明らかになった.

・太陽電池の高速品質評価手法の開発

太陽電池の高品質化のためには基板のどこにこれらの汚染や欠陥が発生しているか評価する必要がある.評価の目的は太陽電池製造工程のそれぞれを評価し,最適な作製条件を導くことと,品質の悪い基板を製造ライン初期で除外しコストを下げるという2つの側面がある.そのためには,すべての製造工程に適用可能で,高速かつ高空間分解能な評価法が求められる.

現在,太陽電池産業の要求をすべて満たす評価手法はなく,革新的な評価技術が渇望されている.そこで,本研究ではPL法を応用してこれらの要求をすべて満たす,PLイメージング法の開発を行い,測定時間数秒,空間分解能100 μm程度で基板にも適用可能な評価法をめざした.本手法は,一様な光を試料全面に照射し,発生したPL像の写真をとるという非常にシンプルな手法である.これにより,非破壊・非接触で高速かつ高空間分解能に試料の品質を評価することができる.

まず,本手法の実証のため,PLイメージング測定装置を作製した.励起光としては高出力LEDアレイを用い,試料から発生したPLはバンドパスフィルタで選別し,近赤外領域に感度を持つ冷却CCDカメラにてPL像を撮像した.

次に,実際の太陽電池や基板を用いて本手法の実証を試みた.単結晶Si太陽電池および多結晶Si太陽電池の品質を評価し,試料1枚あたり空間分解能50 μm,測定時間1秒で評価できることを示した.単結晶Si太陽電池については,結晶性の面内均一性が非常に良好であることが確認され,多結晶Si太陽電池については,品質を低下させる結晶欠陥の分布を評価することができた.

デバイス化される前の表面パッシベーション膜付多結晶Si基板においても,太陽電池同様の高速・高空間分解能評価が可能であることがわかったが,表面状態が劣悪な基板の場合,表面再結合の影響で測定時間が数十秒と長くなってしまい,雑音が多く,正確な測定が困難であることがわかった.このように,製造段階初期の基板を評価する場合,新たな工夫が必要であることがわかった.

・フッ酸水溶液浸PLイメージング法の開発

ここで,PL強度に対する表面再結合速度の影響を理論的にシュミレーションし,どのような影響があるか調べた.その結果,表面再結合速度が高い場合,基板の高品質領域にてPL強度は飽和してしまい正確な品質評価が困難であることがわかった.また,基板厚が薄い場合特に表面再結合の影響を大きく受けることも確認された.それに対し,表面再結合速度が抑制されることにより,PL強度が約2桁増加し,PL強度と少数キャリアライフタイムが正比例するようになり,さらに基板厚の影響も除去できるということがわかった.

そこで,表面再結合の抑制が重要な鍵となるが,デバイスの製造工程で一般に用いられるHF水溶液が非常に良好な表面状態を作り出すことに着目した。そして,試料を希薄なHF水溶液に浸し,表面状態を最良にしたまま品質を評価するHF水溶液浸PLイメージング法を開発した。そして,HF水溶液浸PLイメージング法を実際の試料を用いて検証し,表面パッシベーション膜なしの多結晶Si基板においても,品質を空間分解能100 μm,測定時間1秒で評価できることを示した.シミュレーションの結果通り,表面再結合を抑制することにより,約2桁のPL強度の増加が確認された.また,HF水溶液濃度は5 %が最も表面再結合抑制効果があることがわかった.

HF水溶液浸PLイメージング法の開発により,アズスライスド基板を高速に評価できるようになったことから,多結晶Siインゴット断面の結晶品質評価やインゴットから切り出した数百枚の連続する基板をすべて評価することが可能となった.これにより評価から製造へのフィードバックが格段に高速化された.様々な成長条件で作製された多結晶Siインゴットの品質を評価した結果,凝固速度やルツボの種類が結晶性に大きく影響していることが明らかになった.また,連続した基板それぞれの2次元結晶性分布を取得し,それらを組み合わせることで,インゴットスケールにおける不純物汚染や結晶欠陥の3次元分布を明らかにした.さらに,リンゲッタリング前後の3次元結晶性分布を評価し,ルツボからの不純物汚染がゲッタリングによって除去される様子を示し,インゴット下部においてゲッタリングが非常に有効であることを明らかにした.

以上より,多結晶Si太陽電池のすべての製造工程を評価できる評価法が実現したが,本手法は相対値評価であるという問題があった.そこで,絶対値評価をめざし,本手法の定量化を図った.その結果,表面再結合速度を抑制した場合,抵抗率とライフタイムが既知の標準試料を用意することで,誤差は大きいがPL強度からライフタイムへの変換が可能であることがわかった.

・選択励起PLイメージング法の開発

最後に,光学系を拡張し,複数の波長の光源と適切な光学フィルタを用意することで,本手法を結晶Si太陽電池だけでなく,次世代太陽電池として注目されるInGaP/GaAs/Ge多接合太陽電池やCuInGaSe太陽電池の品質評価にも応用した.これらの太陽電池は複数の異なる半導体材料が積層した構造をしているため,複数の波長の光を用いて選択的に各層を評価できる選択励起PLイメージング法を開発した.これにより,多層構造を有する試料の各層選択評価も実現した.

本手法を用いてInGaP/GaAs/Ge 多接合太陽電池のInGaPトップ層とGaAsミドル層を評価しInGaP層に黒い斑点状の欠陥が多く見られることがわかった.それに対し,GaAs層は目立った欠陥はほとんどなく,面内均一性が優れていることがわかった.CuInGaSe太陽電池についてはCdSバッファー層とCuInGaSe光吸収層を評価できることを示した.CdS層については溶液成長で発生したと思われる筋状のムラが観測され,CuInGaSe層については面内均一性が良好であることが確認された.また,本手法により太陽電池の直列抵抗,並列抵抗成分の分布も評価できることがわかった.

以上,PLイメージング法とさらにそれを拡張したHF水溶液浸PLイメージング法,選択励起PLイメージング法により,結晶Si太陽電池や化合物太陽電池におけるすべての工程の品質評価を可能とした.本手法は太陽電池の品質評価に非常に有用であることが示され,高効率・高品質化に向けた太陽電池製造プロセスの改善に大きく貢献できると思われる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「フォトルミネッセンスイメージングを用いた太陽電池用半導体基板の品質評価に関する研究」と題し、近年、クリーンエネルギー源として注目される太陽電池の品質低下要因を明らかにするとともに、品質を高速かつ高空間分解能に診断する新評価手法の開発および実証について論じており、6章より構成され、和文で記されている。

第1章は序論であり、急速に拡大する太陽電池市場の動向と、太陽電池の品質改善に向けた最近の研究動向を概説した後、本研究の目的を明らかにしている。

第2章は「多結晶Si太陽電池の品質低下要因」と題し、太陽電池の中で現在最も主流な多結晶Si太陽電池の製造法と構造について説明し、フォトルミネッセンス(PL)を用いた品質評価の原理を説明している。そして、多結晶Si基板の品質低下要因の解析の結果、多結晶Siインゴット外周部はルツボ不純物の拡散により、上部はインゴット中の不純物の偏析により、また、中央部は高密度に密集した欠陥により品質が低下していることを明らかにしている。さらに、これらの欠陥は結晶成長方向に伸びる筒状の形状を有し、亜粒界に起因する転位クラスターであることを示し、転位クラスター部に軽度の重金属汚染と酸素析出物が関与して品質低下を引き起こしていると結論付けている。

第3章は「太陽電池の高速品質評価法の開発」と題し、太陽電池の品質を高速かつ高空間分解能に診断するための新評価手法であるPLイメージング法を提案し、装置の作製および実際の結晶Si太陽電池を用いて実証を行なっている。そして、コンパクトで簡便な装置で、従来法と比較して空間分解能を数十倍に細密化し、なおかつ測定時間を千分の一まで短縮できることを実証している。しかし、太陽電池製造工程初期の低品質な表面を有する結晶Si基板を評価する場合、キャリアの表面再結合の影響で高速かつ正確な測定が困難となることを示し、表面状態の重要性を示唆している。

第4章は「HF水溶液浸PLイメージング法の開発」と題し、初めに数値シミュレーションにより結晶Si基板の表面状態がPL強度に与える影響について議論している。次に、表面再結合を抑制するための様々な手法に言及し、弗酸(HF)水溶液の透光性および表面再結合抑制効果に着目し、試料をHF水溶液に浸した状態で品質評価を行うHF水溶液浸PLイメージング法を提案している。そして、低品質な表面を有する多結晶Si基板を用いて実証を行い、HF水溶液浸法を用いることで高速かつ正確な品質評価が可能であることを実験的に明らかにしている。また、基板を切り出す前のインゴットの状態でも品質評価が可能であることを示し、結晶Si太陽電池のすべての製造工程を診断できる技術を実現している。さらに、本手法の高速性を利用して、従来法では実現困難であった結晶品質の3次元評価を行い、インゴットスケールで不純物汚染や欠陥の分布を明らかにしている。そして、最後にPLイメージング法の定量化について理論的に考察するとともに、誤差は大きいが実験的に定量化が可能であることを示している。

第5章は「PLイメージング法による化合物太陽電池の品質評価」と題し、複数の波長の光源と適切な光学フィルタを用意することで、PLイメージングを結晶Si太陽電池だけでなく、次世代化合物太陽電池として注目されるInGaP/GaAs/Ge 多接合太陽電池やCuInGaSe(CIGS)太陽電池の品質評価にも応用している。これらの太陽電池は複数の異なる半導体材料が積層した構造をしているが、選択的に各層の品質評価を行うため選択励起PLイメージング法を提案し、InGaP/GaAs/Ge 多接合太陽電池のInGaPトップ層とGaAsミドル層、CIGS太陽電池のCdSバッファー層とCIGS光吸収層の品質評価を選択的に行えることを実験的に示している。また、本手法により太陽電池の直列抵抗、並列抵抗成分の分布も評価できることを明らかにしている。

第6章は結論であり、本研究で得られた成果を要約し、将来の課題・展望について言及している。

以上これを要するに、本論文は太陽電池の品質低下要因を明らかにするとともにフォトルミネッセンスイメージング法とそれを拡張した弗酸水溶液浸法および選択励起法を開発することにより結晶Si太陽電池や化合物太陽電池の各製造工程における品質評価を従来法に比して飛躍的に高速かつ高空間分解能で実現したものであり、電子工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/28829