学位論文要旨



No 123448
著者(漢字) 西野,智弘
著者(英字)
著者(カナ) ニシノ,トモヒロ
標題(和) 位相情報を積極的に利用した超音波イメージング
標題(洋)
報告番号 123448
報告番号 甲23448
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6764号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣瀬,明
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 准教授 何,祖源
 東京大学 准教授 杉本,雅則
内容要旨 要旨を表示する

超音波イメージングは医療分野をはじめ,水中における魚群探知や海底探査,ロボット工学,物理探査,そして建造物の非破壊検査など,さまざまな分野で利用されている.これほど広く利用されるのは,超音波が人体に対し安全であることや,超音波が持つ高い指向性が計測に好都合であること,さらに,装置が比較的安価であることなどが理由である.

上述した分野では一般的にパルスエコー法が用いられる.これは,超音波パルスを放射し,後方散乱波の強度および到達時間を計測する手法である.強度によってエコー源の材質を推定できる.一方,到達時間によってエコー源までの距離を計測できる.しかし,後方散乱波の自己干渉により,後方散乱波の振幅がしばしば計測できないほど小さくなる.送信波を走査し物体の3次元形状計測が行われるが,この現象のために再現される形状が実物と大きく異なる問題が起こる.

一般的にパルス波が計測に用いられる理由は,絶対的な距離が計測可能であること,および信号処理が容易であることが理由である.現在のところ,位相情報を利用する超音波イメージング手法はほとんど報告されていないが,物体の表面形状計測のように絶対的な距離を計測しない場合には,位相情報を利用した方がデジタルエレベーションマップ (Digital elevation map: DEM)の精度が高くなる.

本論文では,パルス波ではなく連続波を用いて位相情報を積極的に利用する超音波イメージングについて述べる.特に,海底面や湖底面の形状調査への応用を目指し,物体の表面形状を計測対象とする.論文は以下の章立てにより構成されている.

第1章では,序論と題し,超音波イメージングにおける最近のトピックと,本論文の位置付けについて述べる.

第2章では,超音波イメージングの原理と課題と題し,現在広く利用されている超音波パルスを用いたイメージングの原理について述べる.さらに,問題点として,後方散乱波の自己干渉により,後方散乱波の振幅が計測できないほど小さくなってしまう現象について述べる.これは原理的に避けられないものであり,計測中にしばしば起こる.その結果,パルス到達時間が無限大と計測され,作成されるDEMは実物と大きく異なった形状になってしまう.さらに,この現象はパルス到達時間が無限大と計測される周辺の計測値も歪ませている.そのため,無限大と計測された数値をその周囲4点の平均値により補間しても,十分な補正ができない.

第3章では,複素振幅法による超音波イメージングと題し,従来のパルス波利用の超音波イメージングではなく,連続波を用いた超音波イメージングについて述べる.この手法を複素振幅(Complex-amplitude: CA)法と呼ぶ.CA法では,i) 後方散乱波の複素振幅を計測すること,ii) DEMを作成する際には位相アンラッピング(Phase Unwrapping: PU)処理が必要となること,および,iii) 干渉の影響が位相の回転成分,すなわち位相特異点(Singular point: SP)として現れることを述べる.

SPが含まれる位相値マップは保存場となっていないが,衛星や航空機搭載レーダを用いた地表面計測の分野で広く用いられているPU法(M. Costantini, 1998.)を用いると,保存場でない位相値マップからDEMを作成できる.このDEMが,パルスエコー法で得られるDEMに比べて実物に近い形状であることを示す.針を接触させて物体形状をスキャンしたデータを参照データとし,パルスエコー法とCA法で得られたDEMの最大誤差SN比と平均SN比を評価した.最大誤差SN比で15.7dB,平均SN比で13.6dBの改善があった.しかし,従来のPU法で作成したDEMでは,孤立したSPが存在する箇所で実在しない崖が生じてしまう.この崖が実形状との違いを際立たせている.さらに従来のPU法では,SPの数が多くなると計算コストが爆発的に増大してしまう問題もある.これらの問題を解決するべく,次章で新たなPU法を提案する.

第4章では,位相特異性拡散法による位相アンラッピングと題し,位相値マップに含まれるSPを拡散させるPU法を述べる.これを位相特異性拡散(Singularity-spreading phase unwrapping: SSPU)法と呼ぶ.SSPU法では,保存場となっていない計測データからDEMを作成できるだけでなく,従来のPU法で問題となっていたDEM中の崖を生成しない.さらに,SPの数が増えた場合にも,計算コストが線形的にしか増加しない利点がある.

SSPU法での処理は,逆符号の回転成分の値をSPの周囲4辺に分散して埋め込み,回転成分を周囲に拡散させることである.画像全体で回転成分が無視できるようになるまで,この処理を繰り返す.この操作により,回転成分は近傍の逆符号の回転成分とゆるやかに結合し打ち消しあう.同時に,孤立して存在する回転成分は周囲に拡散され消失していく.1回ずつの補正は等方的であるが,補正量はSPの分布状況を反映するため,最終的にはSPの分布に対応した補正を実現している.

CA法で計測したデータをSSPU法でアンラップして得たDEMは,従来のPU法を用いて得たDEMよりも実物に近い形状を再現できていることを示す.起伏が少ない単純な形状物体と複雑な形状物体の2種類の計測結果を示す.この結果を最大誤差SN比と平均SN比で評価した.単純な形状物体の場合,最大誤差SN比で1.8dB,平均SN比で1.7dBの改善があった.これは,従来のPU法で生成されてしまう崖が解消されたためである.また,複雑な形状物体の場合,最大誤差SN比で4.1dB,平均SN比で7.4dBの改善があった.干渉が多く起こる形状ほど,SSPU法の有用性が示された.

第5章では,複素マルコフランダムフィールドモデルに基づく位相特異点の除去と題し,位相値マップでSPを構成している4つの計測値の真値を,マルコフ性に基づき近傍の計測値から統計的に推定し,計測値を補正することでSPを除去する手法を述べる.これを複素マルコフランダムフィールドモデルに基づく位相特異点除去(Complex-valued Markov-random-field-model-based singular-point elimination: CMSE)法と呼ぶ.CMSE法は以下の操作を行う.1) SPを構成する4つの計測値とその近傍の計測値との相関ベクトルを定義する.2) 周囲データの相関より相関ベクトルを学習する.その際,SPを含む周囲データからの影響を少なくする.3) 学習した相関ベクトルを用いて,近傍データからSPを構成する計測値の真値を推定し,値の更新を行う.4 ) 1)から3)の処理を画像全体のSPについて行う.これにより,正と負のSPが結びつくように移動し,互いに打ち消しあう.この処理を繰り返し,SPの数を減らす.

CMSE法はDEM作成時にPUの前段階で施される.CMSE法により,SPの数が285個から5個に減った例を示す.その結果作成されるDEMは,CMSE法を用いずにPUしたDEMに比べて実物に近い形状となった.最大誤差SN比で6.3dB,平均SN比で6.0dBの改善があった.さらに,第4章で述べたSSPU法と併用することで,僅かに残ったSPが生む崖を解消し,よりSN比の高いDEMを作成することができる.

第6章では,超音波フェーズドアレイの移相値制御による適応的ビームフォーミングと題し,山登り法を用いて超音波フェーズドアレイのビームパタンを最適化する手法を述べる.一般的に,超音波アレイの放射はフェーズドアレイ原理に基づく移相制御を行っても,ビーム放射が所望角度からずれてしまう.この理由は,実際の超音波アレイでは,グレーティングローブやアレイシェーディング,クロスカップリングなどの現象があるためである.この問題を改善することで,超音波アレイの性能が向上し,画像に含まれるアーチファクトを低減できる.本研究では,超指向性音響システムにおける超音波フェーズドアレイを用いた.実験用に作成した5×5の超音波フェーズドアレイを用い,水平方向のビーム放射制御を行った.そのため,縦方向に配置された素子には同一移相の搬送波を与えている.送信信号にはキャリア周波数200kHzに4kHzの可聴音を振幅変調したものを用いた.目標とする位置にマイクを設置し,マイクが受信する音声信号の音圧が最大となるように,山登り法を用いてアレイの各エミッタに与える搬送波の移相値を最適化する.提案手法による制御を用いて,目標角度2.5°と5°方向にビームを向けることに成功した.

第7章では結言として,本論文のまとめを述べる.本論文により,位相情報を利用した超音波イメージングが.DEM作成に有用であることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「位相情報を積極的に利用した超音波イメージング」と題し7章よりなり、パルスの到来時刻を用いる従来型の超音波イメージング方式と異なり、位相情報を積極的に利用する超音波イメージングの考え方とそれを実現するいくつかの手法を提案するものであり、また実験を行ってその優位性を示すものである。

第1章は「序論」であり、超音波研究の近年の状況と本論文の位置づけについて述べている。

第2章は「超音波イメージングの原理と課題」と題し、現在広く利用されている超音波パルスを用いたイメージングの原理と課題について述べている。特に、パルスの広報散乱の自己干渉が引き起こすパルス振幅の不安定性について説明し、これが計測上大きな問題となることを示している。

第3章は「複素振幅法による超音波イメージング」と題し、従来のパルス波利用の超音波イメージングではなく、連続波を用いた超音波イメージングを提案し、そこに必要となる信号処理について述べている。特に複素振幅(Complex-amplitude: CA)法と名付けた方法を提案している。CA法では、i) 後方散乱波の複素振幅を計測すること、ii) DEMを作成する際に位相アンラッピング(Phase Unwrapping: PU)処理が必要となること、およびiii) 干渉の影響が位相の回転成分すなわち位相特異点(Singular point: SP)として現れることを述べている。SPが含まれる位相値マップは保存場となっていないためそのままの位相値では距離が算出できない。ここで衛星や航空機搭載レーダを用いた地表面計測の分野で用いられているいわゆるミニマムコスト・ネットワークフロー・位相アンラッピング法(MCPU法)を適用することにより、高さ地図(ディジタルエレベーションマップ:DEM)を推定できることを示している。そして実験によって、本手法で得られるDEMがパルスエコー法で得られるDEMに比べて高いSN比を持つことを実証している。

第4章は、「位相特異性拡散法による位相アンラッピング」と題し、位相値マップに含まれるSPを拡散させるPU法を提案する。これを位相特異性拡散(Singularity-spreading phase unwrapping: SSPU)法とよぶ。SSPU法では,保存場となっていない計測データからDEMを作成できるだけでなく,MCPU法を含む従来のPU法で問題となっていたDEM中の崖を生成しない利点がある。さらに、SPの数が増えた場合にも計算コストが線形的にしか増加しない。実験を行い、CA法で計測したデータをSSPU法でアンラップして得たDEMは、従来のPU法を用いて得たDEMよりも実物に近い形状を再現できていることを示している。また起伏が少ない単純な形状物体と複雑な形状物体の2種類の計測結果を示して、いずれの場合にもSN比が大きく改善されることを実証している。

第5章は、「複素マルコフランダムフィールドモデルに基づく位相特異点の除去」と題し、位相値マップでSPを構成している4つの計測値の真値を,マルコフ性に基づき近傍の計測値から統計的に推定し,計測値を補正することでSPを除去する手法を提案している。これを複素マルコフランダムフィールドモデルに基づく位相特異点除去(Complex-valued Markov-random-field-model-based singular-point elimination: CMSE)法とよぶ。これにより、正と負のSPが結びつくように移動し、互いに打ち消しあう。この処理を繰り返すことによりSPの数の減少を実現することを、実験により示している。

第6章は、「超音波フェイズドアレイの位相値制御による適応的ビームフォーミング」と題し、山登り法を用いて超音波フェイズドアレイのビームパタンを最適化する手法を述べている。一般的に超音波アレイの放射は、フェイズドアレイ原理に基づく位相制御を行ってもビーム放射が所望角度からずれてしまう。この理由は、実際の超音波アレイではグレーティングローブやアレイシェーディング、クロスカップリングなどの現象があるためである。この問題を改善することで、超音波アレイの性能が向上し画像に含まれるアーチファクトを低減できる。ここでは超指向性音響システムにおける超音波フェイズドアレイを考えている。送信信号にはキャリア周波数200kHzおよび40kHzの超音波を可聴音を振幅変調したものを用いている。目標とする位置にマイクを設置し、マイクが受信する音声信号の音圧が最大となるように、位相領域で山登り法を用いてアレイの各エミッタに与える搬送波の位相値を最適化する。実験を行い、提案手法によってビームフォーミングに成功している。

第7章は「結言」であり、これらの内容をまとめている。

以上これを要するに、本論文は、パルスの到来時刻を用いる従来型の超音波イメージング方式と異なり、位相情報を積極的に利用する超音波イメージングの考え方とそれを実現するいくつかの手法を提案し、実験を行ってその優位性を示したものであり、電子工学、特に超音波工学の発展に貢献するところが少なくない。

したがって、博士(工学)の学位を授与できると認める。

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