学位論文要旨



No 123450
著者(漢字) 星乃,紀博
著者(英字)
著者(カナ) ホシノ,ノリヒロ
標題(和) フォトルミネッセンスを用いたSiC結晶中の構造欠陥の評価
標題(洋)
報告番号 123450
報告番号 甲23450
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6766号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田島,道夫
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 教授 田中,雅明
 東京大学 准教授 高橋,琢二
 東京大学 准教授 杉山,正和
 東京大学 准教授 岩本,敏
内容要旨 要旨を表示する

近年、エネルギー問題や環境問題に対し、エネルギー資源の有効利用が求められている。電力分野でも、その低損失化が急務であり、現在において電力変換および制御を行っているパワーデバイス材料の主流であるシリコンでは、耐圧と低損失化にトレードオフがあり、性能限界が懸念されている。シリコンカーバイド(SiC)は、大電力、高温、高周波デバイスに有用な物性値を持つワイドギャップ半導体である。単結晶成長技術の向上により、SiC単結晶基板が入手されるようになったが、デバイス実用化および普及のためには、更なるSiC単結晶成長技術の改善が必要である。また、評価手法としては高速、高感度かつ非破壊な結晶性評価が求められている。これらの要望に対し、フォトルミネッセンス(PL)によるSiC単結晶基板評価は有力な手段の一つである。

本研究では、PLを用いてパワーデバイスや高周波デバイス材料として期待されている4H-、6H-SiC単結晶基板の結晶欠陥評価を行った。結晶欠陥の中でも、電流、耐圧特性や長期信頼性に影響を与えることが近年明らかになってきた転位や積層欠陥(SF)などの構造欠陥に対し、PLマッピングおよびPLイメージングを用いたPLトポグラフによる基板面内分布観測を行った。

SiCバイポーラダイオードは、インバータ動作中にその順方向電流特性が劣化することが問題となっている。この原因として、注入されたキャリアである電子・正孔の再結合エネルギーによって拡張するSingle Shockley SF (SSF)が考えられている。このSSFは、線欠陥である転位から面欠陥である積層欠陥に拡張した拡張転位である。また、他の半導体中のSFとは異なり、4H-SiC中のSSFは、面状の異種ポリタイプ(結晶多形)の混在と考えることができ、量子井戸に類似した構造を形成する。この構造におけるキャリアの発光遷移は、PLやエレクトロルミネッセンス(EL)、カソードルミネッセンス(CL)によって観測されることが知られている。本研究では、バイポーラダイオード作製前のエピタキシャル層(エピ層)基板の段階で、SSFの拡張現象がPLマッピングにおける高強度の励起光照射によっても観測できることを見出した。また、本研究で評価を行った(11-20)面エピ基板は、チャネル移動度が高く、スイッチングデバイス用基板として期待されている。しかし、この面方位基板では、表面の化学的性質のため、表面エッチングによるエッチピット形成が困難であり、簡便かつ一般的な構造欠陥の面内分布評価手法であるエッチピット観察を行うことができない。それゆえ、本研究のPLマッピング評価による(11-20)面エピ基板におけるSSFの拡張観察の知見は、デバイス検査において重要な成果である。

低温PLスペクトルによって高強度の励起光照射後に発生した2.9 eV付近の発光ピークが、報告されている劣化後のpinダイオードから観測されるSSF起因発光の発光ピークと一致したことから、この励起光照射によって発生した2.9 eV付近の発光がSSF起因の発光であることを確認した。次に、SSF起因発光PLマッピングを用いて、(0001)面エピ層付きオフ基板と(11-20)面エピ基板におけるSSF起因発光パターンの拡張を調査した。SSFの発生サイトとなる転位には、バルク基板からエピ層に伝播した基底面転位と、エピ層内の基底面上にある転位ループとに分けられ、それぞれ拡張パターンが異なることが、(0001)面エピ層付きオフ基板を用いたpinダイオードのELなどの評価で明らかにされている。前者では直角三角形パターンであり、後者では菱形または二等辺三角形パターンに拡張することが報告されている。本研究のPLマッピングにおける(0001)面エピ層付きオフ基板のSSF拡張パターン評価においても他の評価法と同様に、2種類の拡張パターンを観測した。さらに、転位ループ起因のSSF拡張パターンは、PLマッピングの励起光走査方向に依存して拡張することを見出した。この転位ループ起因のSSF拡張パターンの励起光走査方向依存性を用いて、エッチピット観察による欠陥分布評価が困難な(11-20)面エピ基板中のSSF発生サイトとなる転位の調査を行った。観測された(11-20)面エピ基板中のSSF拡張パターンの多くが、励起光走査方向に依存して拡張したことから、(11-20)面エピ基板中SSFの発生サイトは転位ループが支配的であると評価できた。

次に、4H-SiCでは基底面である(0001)面上のすべりによるSSFと異なる積層順序をもつ積層欠陥として、Double Shockley SFやエピ成長中に発生するEpi. in-grown SF(E-IGSF)など数種類報告されている。本研究では、PL評価によってバルク単結晶成長中に発生したBulk in-grown SF(B-IGSF)を初めて報告した。さらに、このB-IGSFに対しPL、エッチピット観察および高分解能透過電子顕微鏡(HRTEM)による解析を行った。このB-IGSFは、他の積層欠陥と同様に基板作製を行っている複数の研究機関や企業で作製されたSiC基板において観測されており、今後その電気的特性への影響の調査および欠陥制御が必要とされる欠陥である。

本研究では、励起光照射や電流注入を行っていないAs-received 4H-SiC(0001)エピ層付きオフ基板中にSSF起因発光に近い2.9 eV付近発光を観測した。この発光のPLマッピング評価によって、SSFとは特徴の異なる棒状発光パターンを観測した。この棒状発光パターンは、高強度の励起光照射を行っても拡張せず、その形状は棒状であるため、SSFと異なる欠陥の発光であることが分かった。この棒状パターン幅がエピ層基底面の投影幅に対応し、エピ層研磨前後PL評価によって棒状パターン幅が変化したことから、エピ層基底面(0001)面に平行な面状の欠陥、SFであることが確認された。このSFの起源が、エピ層/バルク基板界面またはバルク基板から伝播したものであるかの調査のため、PLマッピングによるバルク基板中SFの非破壊観測を行った。従来までバルク基板中SFは、エッチピット観察によってSF起因の線状ピットが観測されていたが、SiC結晶中の構造欠陥の非破壊観察手法として成果のある放射光X線トポグラフ(SWBXT)においてもバルク基板中SF起因パターンは明瞭に観測されていなかった。本研究では、従来まで困難であった(0001)面オフ基板中SFの非破壊観測を、侵入深度の短い深紫外光を用いた表面近傍励起PLマッピングによって成功させた。また、PLマッピングとエッチピット観察との同点比較により、バルク基板中SF起因棒状パターンと、バルク単結晶成長中に発生するB-IGSF起因の線状エッチピットが一致することを示した。さらに、エピ層成長前後のオフ基板のPLマッピング定点比較によって、バルク基板中B-IGSF起因棒状パターン分布がエピ層中SF起因棒状パターン分布と完全に一致したことから、エピ基板に観測された棒状発光パターンを形成するSFはエピ層/バルク基板界面から発生したものではなく、バルク基板からエピ層へ伝播したB-IGSFであることを見出した。詳細なエピ成長前後のPLマッピング定点観察により、エピ層基底面の投影幅に対応するB-IGSF起因パターンのシフトを観測し、B-IGSFのエピ層への伝播を裏付けた。HRTEMを用いた構造解析によって、B-IGSFがこれまで報告されているSFと異なるSi-C分子層の欠如であるIntrinsic Frank-type SFであることを示した。

これまで当研究室では、バンドギャップ以上の光子エネルギーの光を励起光とするAbove-gap励起PLマッピングにより、マイクロパイプや貫通転位の構造欠陥分布観察を報告してきた。励起レーザー走査と光電子増倍管による光検出のPLマッピングに対し、LED(Light emitting diode)の広範囲の励起光照射とCCD(Charge coupled device)によって高速測定が可能となるPLイメージングでは、Above-gap励起の場合、紫外光源及びこれに伴うバックグラウンドに問題があり、明瞭なパターンを得ることが困難である。

本研究では、バンドギャップ以下のbelow-gap励起によるPLイメージングを用いて構造欠陥分布を高感度かつ高速に検出することに成功した。1.3 eV付近のSi空孔関連発光のPLマッピングにて構造欠陥が観測された半絶縁性6H-SiC基板に対し、太陽電池用シリコン基板評価用に開発したPLイメージング装置を用いて,発光波長500 nm (2.5 eV)のLEDアレイによりBelow-gap励起を行い、PLイメージングを高速に取得した。これまで報告してきた約30分の測定時間の紫外レーザー走査によるPLマッピングと同様に、マイクロパイプやらせん転位、小傾角粒界(刃状転位列)に対応するそれぞれ暗点、暗線が、100秒以下で高空間分解能にフルウエハーPLイメージングを得ることに成功した。

以上より、簡便かつ非破壊なPLを用いたSiCエピおよびバルク基板中の構造欠陥、特にSFの解析によって、従来まで観測されていなかったSFの挙動および種類を見出した。デバイス特性に影響を与える構造欠陥の低減のためには、本研究のPL評価手法が有用であり、今後SiC基板の検査工程に使用されるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

シリコンカーバイド(SiC)は、電力の変換・制御を行うパワーデバイスの次世代材料としてその実用化が求められている。SiCデバイス実用化のためには、デバイスの信頼性を妨げる要因となる構造欠陥の調査と検査手法の開発が急務となっている。本論文は、「フォトルミネッセンスを用いたSiC結晶中の構造欠陥の評価」と題し、非破壊、高速かつ高感度な評価手法であるフォトルミネッセンス(PL)を用いて、SiCデバイスの特性劣化の原因となる構造欠陥の評価ならびに評価法の提案について論じたものである。論文は7章より構成されており、日本語で記されている。

第1章は「研究背景」であり、エネルギー・環境問題の同時解決のため、電力変換を行うパワーデバイスの重要性とその現状を示し、SiCの有用性とデバイス開発の動向を概説している。

第2章は「SiC結晶と結晶性評価の重要性」と題し、SiC結晶の物性、バルク単結晶およびエピタキシャル層(エピ層)成長技術、これまでの結晶性評価の知見による成長技術の改善、デバイス特性向上についてまとめている。SiCデバイスの実用化のために、転位、積層欠陥(SF)などの構造欠陥がデバイス特性に影響を与えることが報告されており、その評価および低減が必要とされていることを述べている。

第3章は「本研究の目的と実験方法」であり、本論文の目的、SiCの結晶性評価法として有効なPLについて原理と実験装置を示している。本研究で用いたPL装置として、欠陥や不純物の分析を行うPLスペクトル、特定の欠陥または不純物起因のPLのウエハー面内強度分布を得るPLマッピング装置の構成を説明している。

第4章は、「エピ層中Single Shockley Staking Faultの評価」と題し、エピ層の(0001)面である基底面内に分布する基底面転位や、転位ループを発生核としたすべりによるShockley型SF(SSF)の評価を示している。SSFは、通電中にバイポーラデバイスに注入されるキャリアの再結合により、基底面内の転位から拡張したSFであり、順方向電流特性の劣化の原因として知られている。本研究では、デバイス作製前のエピ基板の段階で、PLの励起光照射によって励起キャリアの再結合を促し、他の評価法と同様の2.9 eV付近のSSF起因発光パターンの拡張現象を見出している。一般的に使用される(0001)面オフ基板に対するPL評価では、基底面転位、転位ループを発生核としたSSF拡張パターンの差異を示している。さらに、エッチピット観察による転位分析が困難な(11-20)面基板において観測されたSSF拡張パターンと、(0001)面オフ基板中のSSF拡張パターンの知見から、(11-20)面基板では転位ループが支配的なSSF発生核であると推察している。

第5章は、「バルク基板起因in-grown SFの非破壊解析」と題し、エピおよびバルク基板に観測される、結晶成長中に発生した(in-grown)SFの特徴と構造を明らかにしている。このSF起因棒状パターン幅が、エピ層基底面の投影幅に対応するため、基底面と平行に分布するSFであることを確認している。SFの発生起源の解明のため、バルク基板に対し、深紫外光励起PLマッピングを行い、従来まで非破壊観測が困難であったバルク基板中SFの観察に成功するとともに、エッチピット観察との一致からバルク結晶成長中に発生したin-grown SFであることを明らかにしている。さらに、エピ層成長前後のPL評価より、in-grown SFは、エピ/バルク界面からの発生ではなく、バルク基板から伝播したSFであることを見出している。in-grown SFに対するTEM構造解析の結果、Si-C分子層の欠如によるFrank型SFであることを解明している。

第6章では、「PLイメージングによるSiC中構造欠陥の高速観察」の研究を記している。構造欠陥の簡便かつ高速な評価法として、太陽電池用Si基板評価用に開発されたLEDによる広範囲の励起光照射と2次元CCDによるPLイメージングを利用したSiCフルウエハー中構造欠陥の高速観察を述べている。一般にSiCのPL評価では、紫外光源によるAbove-gap励起が用いられているが、PLイメージングの際、光源に伴うバックグラウンドに問題がある。SiCのバンドギャップよりも低い光子エネルギーの光源を用いたBelow-gap励起によって、PLマッピングよりも高速に、明瞭なフルウエハーPLイメージングが得られたことを示している。

第7章は「結論」であり、本研究で得られた知見の結論を述べている。

以上これを要するに、本論文は、次世代パワーデバイスとなるSiCデバイスの機能発現を目的としたSiC結晶の高品質化のために、フォトルミネッセンスを用いたSiC結晶中の構造欠陥の評価法を開発し、従来まで非破壊観測が困難であった結晶成長中に発生する積層欠陥の存在を明らかにしたばかりでなく、デバイス動作中に特性を劣化させる構造欠陥をデバイス作製前の段階で発生させその正体と振る舞いを解明したものであり、電子工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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