学位論文要旨



No 123458
著者(漢字) 鈴木,将
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マサル
標題(和) 長距離相互作用粒子系の統計力学的研究
標題(洋) Structure and State of Particle Systems with Long-Range Interaction
報告番号 123458
報告番号 甲23458
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6774号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 伊藤,伸泰
 東京大学 教授 土井,正男
 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 講師 藤堂,眞治
 東京大学 講師 伴野,達也
内容要旨 要旨を表示する

中・長距離相互作用する粒子系におけるダイナミクス熱平衡相図等について、計算機シミュレーション及び解析的手法を用いた研究を行った。特にクーロン力・重力といった長距離極限の相互作用系においては、熱平衡状態が存在せずさらにさらに熱力学的緩和が起こらないといった状況が存在しうるために、天体・プラズマ系において定常状態の構造や線形特性などの基本的性質に関しても未解決の問題が残されている。また、熱力学的な取り扱いが可能な場合においても、荷電コロイド系・electro rheological 流体・双極子相互作用系等のように多成分系であることまたは2体ポテンシャルが異方的であることが問題になる場合、その熱力学相図・相転移は単純粒子系に比べて格段に複雑になり興味深い。

そのような問題点のうち主に二つのテーマについて研究を進めてきた。一つには重力系の一例としてディスク銀河状の天体の上での重力密度波によるパターン形成に関して。もう一つは双極子相互作用系の一例としてIsing 型双極子粒子系の凝集ダイナミクス及び相転移に関してである。

1 回転ディスク銀河上のパターン形成

所謂回転ディスク銀河は回転の遠心力と自己重力によりほぼ定常状態にある天体であり、主に重力多体粒子(恒星)および星間ガスから成る。多くの銀河に観測されている渦巻状の構造は、それらの重力相互作用による密度の疎密波の伝搬として広く理解されてきた。しかしながら、とくに重力多体粒子に関しては粒子数の大きな極限で無衝突に漸近して局所熱平衡が全く成り立たないために、Vlasov 方程式による記述は可能であるが、通常の気体のような流体方程式におとして扱うことが出来ない。このため解析的には線形近似の範囲でも、銀河上を伝搬する波の分散関係の導出にも困難が伴い、さらに非線形ダイナミクスに関してはほぼ未解明な現状がある。

一方計算機シミュレーションにおいても典型的な銀河はN ~10 9-10(10) の粒子数から構成されるために単純な粒子動力学シミュレーションでは膨大なコストを要する。そこで、各粒子の運動方程式の構造は壊さないまま波の伝搬できる方向の自由度のみを一次元方向に限定することを意図して棒状の粒子モデルを考案し、このシミュレーションを行った。これは注目される渦巻状パターンが径の十分大きな領域ではほぼ一次元的な波面と見なせることを想定しての取り扱いである。このモデルにおいて各モードの安定・不安定条件等解析的に厳密解の存在する問題点に関して、通常の重力多体系としての特性を再現したことはもちろんのこと、精度の高い分散関係曲線を直接に評価することにも成功した。また、ある限定された条件下において解析的に予想されていた包絡ソリトン解で記述される非線形構造についても、その存在が検証された。

ここでは先行する理論的研究との相互評価のしやすい問題について主に取り扱ってきたが、上記のようなモデル化によって通常の粒子ダイナミクスに比べて非常に効率のよいシミュレーションが可能になり、長距離相互作用多体系の非線形構造形成を解明するための先駆的な方法になりうると考える。

2 Ising 型二成分双極子相互作用粒子系

Ising 型の双極子粒子系は、その二体間ポテンシャルが

(1)

と書けるIsing 型の二成分双極子系(二次元、以下IDP と呼ぶ。φ(core) はコアポテンシャル、μi, μj = μ0 or -μ0)であり、通常の双極子系で問題となる、モーメント方向の自由度に起因したポテンシャルの異方性を排除し、2体間では等方的であるものの、2成分間のフラストレーションにより、複雑多様な構造形成をみせることは、特に零度での凝集にかんしてはすでに実験・シミュレーション双方から明らかにされてきた。そこで本研究ではこの系の有限温度での振る舞いの解明を目指した。先ず、低温で小さな熱揺動を受ける状況下での凝集過程に関して、その構造とダイナミクスを明らかにした。温度に依存して形成過程のクラスターのフラクタル次元、またこれに伴いダイナミクス(動的臨界指数)が段階的に変化する。これらはSmoluchowski 方程式の時間発展との対応も評価することで引力律則凝集・拡散律則凝集・hetero-aggregation 等クラスの異なる凝集過程を段階的に遷移することが示された。これは二成分系であるために、有限サイズクラスターに多様な準安定構造が存在することに起因していた。

次に相転移に関して、IDP のシミュレーションに対する臨界スケーリングにより気液臨界点は評価しうるもののの、その温度が凝固点よりも僅かに低温側にあるり、したがって純粋な液相が存在しないことを見出した。この点は解析的手法によっても解釈を試みた。通常のMayer-Mayer 展開によるビリアル係数の評価ではそのような相転移は容易には再現しなかったものの、シミュレーションにおいて臨界クラスター内部に局所的には4回対称の特徴的な構造が成長していることを見出し、それを考慮した四量体の存在を仮定した上での改良型のMayer-Mayer 展開を提案することでこの相転移を再現することに成功した。つまり、臨界点近傍での局所構造と固体秩序の間に類似性を持つために臨界温度・凝固温度双方が異常に近接していることを示唆していた。

上で示したように、単純なポテンシャルモデルでありながら二成分系であるために局所的に特徴的なクラスター構造が形成されやすく、それらのクラスター間で構造性分子にも類似した相互作用が起こり得る。さらに本文中では、二者のモーメント比等のパラメータの設定によりその構造を連続的に変化させることが出来、それに伴って相転移現象が制御されることも示した。

図1: 棒状粒子による計算機シミュレーション

図2: Ising 型二成分双極子粒子モデル

審査要旨 要旨を表示する

多くの物質の物性・相転移現象は、前世紀までに熱・統計力学の枠組みにのなかで、我々の理解の届くものとなった。しかしながら、重力系といった長距離系では安定な熱平衡状態が存在できない、あるいは熱力学的緩和さえ効かない場合があるなどの困難のため、そこでのダイナミクスや定常構造といった基本的な性質ですら系統的な理解に至っていないのが現状である。また熱力学的な枠内での分子系においても、電荷の分極に伴う双極子相互作用間、あるいは荷電状態での正負のチャージ間等でのフラストーレーションに伴う、単純粒子系では予期し得ない多様な相の解明も課題として残っている。

本論文は、中・長距離相互作用系を計算機シミュレーションを軸として研究した結果をまとめたものである。

第一部は双極子相互作用粒子系の一例として、二成分Ising双極子粒子系における熱力学的性質を解析した結果をまとめる。シミュレーション結果からは気-液臨界点が凝固温度を下回るため液相が存在し得ないことを見出すとともに、解析的に流体相で既に存在する特徴的な局所構造の寄与を加味した改良型のvirial展開手法を提案し、その構造と固相秩序との関係性から臨界転移と凝固が競合することが理解されることを解明している。さらに二成分間のモーメント比や粒子半径比などに依存してそのような構造が制御され、より多様な相が存在しうることも示唆され、当初特定の凝集実験の結果の解明を意図して考案されたこの粒子系の、多様な複雑流体への応用可能性を示した。

第二部では重力系のダイナミクスの一例として、恒星銀河円盤状での構造形成が取り上げられている。多くの銀河に見られる渦状パターンは密度波伝搬に伴う構造であることが明らかとなっているが、解析的には線形領域およびその近傍に限られていた。一方、計算機シミュレーションでも、素朴な重力多体系のモデルでは微細な構造まで再現する粒子数での計算コストは莫大で未だ手が届かない。これに対し、本研究では特に注目するパターンが擬一次元的な広がりを持つことを考慮し、rod-particleと名付けたモデル粒子系を提案している。このモデルを使い非線形性によるソリトン波の形成を確認するなど、従来の粒子シミュレーションではなしえなかった解析を実現した。

本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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