No | 123462 | |
著者(漢字) | 嶋田,義皓 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シマダ,ヨシアキ | |
標題(和) | 非反転対称磁性体における光学的電気磁気効果 | |
標題(洋) | Optical Magnetoelectric Effect in Noncentrosymmetric Magnets | |
報告番号 | 123462 | |
報告番号 | 甲23462 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6778号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 物理工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | (1-1)序論 光は相反性という性質を持ち、前向きと後ろ向きに進む光の区別は一般には困難です。この性質を保証している相反定理を破る物質では、非相反的な光学応答が期待できます。光学的電気磁気(OME)効果は時間・空間反転対称性が共に破れた系でのみ発現する新しい非相反的な光学効果です。OME効果は、電気磁気(ME)効果を光の周波数領域へ拡張したものと考えることができ、光学応答がkベクトルに依存する性質(方向二色性)を持つことが言えます。これまで、極性フェリ磁性体GaFeO3やキラル常磁性体Eu((±)tfc)3などにおいて、非相反的な光学応答を示すことが実験的に検証されています。 (1-2)本研究の目的 本研究は以下の3点を主な目的として行われました。 (1) 非反転対称磁性体のプロトタイプである希土類イオンドープ強誘電体におけるOME効果の検証。 (2) 結晶場・希土類イオン種などの系統的変化によるOME効果の発現メカニズム解明。 (3) OME効果における振動子強度移送量の定性・定量的な解析。 (1-3)本論文の構成 本論文は以下の6章で構成されています。 1. Introduction 2. Experimental 3. Magnetoelectric Emission in (Ba,Sr)TiO3:Er(3+) 4. Magnetoelectric Emission in La2Ti2O7:R3+ (R=Er, Eu, Nd) 5. Nonreciprocal Directional Dichroism in Nd2Ti2O7 6. Conclusion 第1章ではOME効果の研究背景やこれまでの先行研究の例を紹介し、本研究の目的を述べています。第2章では実験手法について触れています。第3章から第5章では、本研究によって得られた結果である、「Erドープ(Ba,Sr)TiO3の発光における光学的電気磁気効果」、「La2Ti2O7:R(3+) (R=Er,Eu,Nd)の発光における光学的電気磁気効果」、「強誘電性Nd2Ti2O7における非相反的方向二色性」について述べ、実験結果に基づき議論しました。第6章でまとめと結論を述べます。 (2)実験手法 本研究における方向二色性の測定は磁場変調分光法によって行いました。例として、発光における磁場変調測定の場合を示します。半導体レーザー(波長980nm)により励起されたEr3+からの発光を光ファイバーで分光器に導き、光電子増倍管(PMT)で検出します。f=5Hzの交流磁場Hをk⊥P⊥Hとなる方向に加え、発光強度の変動△Iをロックイン検出します。 (3)Magnetoelectric Emission in (Ba,Sr)TiO3:Er(3+) 磁性を持つEr3+イオンが反転対称性の無いTiサイトを占めるEr(3+)添加(Ba,Sr)TiO3単結晶を作製しOME効果の検証を行いました。図3.1(a),(b)に示すように、室温において強誘電・常磁性的な振る舞いが見られます。強誘電性結晶の場合、外部磁場を自発分極Pと垂直な方向に印加した場合に、それらと垂直なkベクトルを持つ発光においてOME効果の発現が期待されます。図3.2(a),(b)に、室温で得られたEr(3+)の4I13/2→4I15/2遷移における発光スペクトルとOMEスペクトルを示しました。Pの反転によるスペクトルの符号の反転から、Faraday効果ではないことを確認しました。得られたスペクトルの温度依存性から、微視的起源について議論しました。 (4)Magnetoelectric Emission in La2Ti2O7:R(3+) (R=Er,Eu,Nd) 希土類元素を含む強誘電性酸化物La2Ti2O7に注目し、反転中心の無いLaサイトを磁性希土類元素R3+(R=Nd, Eu, Er)で0.5%程度置換したLa2Ti2O7:R(3+)単結晶を作製し、発光におけるOME効果の検証を行いました。 その結果、図4.1, 2に示すように、Eu3+の5D0→7FJ遷移およびEr(3+)の4I(13/2)→4I(15/2)遷移においてOME効果による磁場変調スペクトル(△I)が得られました。電気分極の反転で△Iの符号が反転することから、得られた△IスペクトルがFaraday効果によるものではないことを確認しました。一方で、Nd(3+)の4F(3/2)→4I(11/2)遷移ではOME効果は観測されませんでした。希土類元素ごとで異なるスピン軌道相互作用、励起状態のJの大きさ、電気・磁気双極子遷移の選択則などから、OME効果の微視的起源について議論しました。 (5)Nonreciprocal Directional Dichroism in Nd2Ti2O7 反転中心のない結晶場におかれた希土類元素を含む強誘電性酸化物Nd2Ti2O7に注目し、吸収におけるOME効果の検証を磁場変調吸収測定により行いました。強誘電分極Pに直交するように磁場Hを印加し、それらと直交する方向に光を入射したとき(P⊥H⊥k)にOME効果に起因する方向二色性が生じると予想されます。 吸収スペクトルにはNd3+のff遷移による構造が数多く見られ、Judd-Ofelt理論により定量的にアサインを行いました。 図5.1にはそれぞれの遷移でのH=3kOe、5Hzの振動磁場下での磁場変調スペクトル(△αt)を示しました。Pの反転に伴う△αtの符号反転によって、得られた△αtスペクトルがOME効果に起因するものであることを確認してあります。9つの2S+1LJ状態について測定を行い、Judd-Ofelt理論をもとにした電気・磁気双極子遷移の選択則から、OME効果の遷移依存性について半定量的に議論しました。 (6)結論 強誘電体中の様々な希土類イオンのff遷移においてOME効果による非相反的な光学応答を検証し、下記の知見を新たに得ました。 (1) (Ba,Sr)TiO3:Er3+のff遷移発光において室温・3kOe磁場下で0.5%もの大きな非相反性を観測しました。温度依存性から励起状態の分裂が主要であることが分かりました。 (2) La2Ti2O7:R3+(R=Er,Eu,Nd)の発光におけるOME効果を検証し、非相反性と原子変位・スピン軌道相互作用・M1遷移選択則から、微視的メカニズムを定性的に説明しました。 (3) Nd2Ti2O7におけるNd3+の9つのff遷移吸収について非相反的方向二色性スペクトルを測定しました。OME効果によるE1-M1振動子強度移送量を半定量的に解析しました。 図2.1(a)発光および(b)吸収における磁場変調分光測定の光学系。 図3.2(Ba,Sr)TiO3:Er(3+)の室温における(a)発光、(b)OMEスペクトル。 図4.1 R=Euにおかける発光(a)、および磁場変調(b)スペクトル。 図4.2 R=Erにおかける発光(a)、および磁場変調(b)スペクトル。 図5.1 Nd2Ti2O7の室温のおける非相反的方向二色性スペクトル。 | |
審査要旨 | 時間反転対称性と空間反転対称性が同時に破れた系においては、光学的電気磁気(OME)効果と呼ばれる非相反的な光学応答が発現する。OME効果は、電気磁気(ME)効果を光の周波数領域へ拡張したものと考えることができ、光学応答が光の波動ベクトルkに依存する性質(方向二色性)を持つ。OME効果はこれまで極性フェリ磁性体GaFeO3やキラル常磁性体Eu(±tfc)3などにおいて検証されてきたが、特殊な磁性体に限られており各論的であった。本論文では、OME効果の微視的起源を明らかにする目的で、希土類ドープ強誘電体の発光および吸収におけるOME効果を磁場変調分光法によって系統的に検証した結果を述べている。 本論文は全6章からなる。 第1章では、光学的電気磁気(OME)効果の一般的特徴および過去の研究例について概観し、本研究の目的と本論文の構成を述べている。 第2章では、実験に用いた単結晶試料の合成法や基礎物性の測定手法、および磁場変調分光法による光学測定について説明している。 第3章から第5章に、実験結果とそれに関する議論が述べられている。 第3章では、Er3+イオンが反転対称性の無いTiサイトを占める(Ba,Sr)TiO3:Er3+単結晶におけるOME効果の検証結果を述べている。室温において強誘電・常磁性的な振る舞いが見られた(Ba,Sr)TiO3:Er3+は、磁場下で時間・空間反転対称性がともに破れた系であり、外部磁場と自発電気分極に垂直な方向の光に対し方向二色性の発現が期待される。実際、Er3+の4I13/2→4I15/2遷移において磁場変調発光スペクトルが得られた。試料の自発電気分極および外部磁場の反転により、得られた磁場変調スペクトルの起源がOME効果であることを確かめている。また、OMEスペクトルの温度依存性から、電気双極子(E1)と磁気双極子(M1)の干渉が励起状態で生じていると結論づけた。強誘電体中の希土類イオンにおいてOME効果が観測されることが初めて明らかになり、希土類ドープ強誘電体がOME効果を系統的に調べるためのプロトタイプとなることが示された。 第4章では、希土類元素を含む強誘電性酸化物La2Ti2O7のLaサイトを希土類元素R(3+)(R=Nd, Eu, Er)で0.5%程度置換したLa2Ti2O7:R(3+)単結晶の発光におけるOME効果の検出について述べている。得られたEu(3+)の5D0→7FJ遷移、Er(3+)の4I(13/2)→4I(15/2)遷移、Nd(3+)の4F(3/2)→4I(11/2)遷移における磁場変調発光スペクトルから、OME効果の微視的メカニズムについてスピン軌道相互作用、励起状態のJの大きさ、電気・磁気双極子遷移の選択則などの観点から定性的に議論している。同一結晶場中で希土類イオンを系統的に変化させた例は過去に無く、本研究によって初めてOME効果強度の相互比較が可能になった。 第5章では、強誘電性酸化物Nd2Ti2O7の吸収における非相反的方向二色性の系統的スペクトロスコピーとその半定量的解析について述べている。吸収測定では励起状態の占有率の影響を受けず全ての励起準位が観測可能であり、La2Ti2O7:Nd(3+)の発光では観測できなかった多くのf-f遷移についてOMEスペクトルを測定している。吸収スペクトルをJudd-Ofelt解析することによりE1遷移振動子強度を求め、またLaCl3:Nd(3+)の波動関数を用いたM1遷移振動子強度から見積もることにより、E1-M1振動子強度移送量を計算した。この計算値を実際のOMEスペクトルの積分強度と比較することにより、スピン軌道相互作用によるE1-M1干渉がOME効果の微視的起源であると半定量的に結論づけた。これまで1つの遷移に対するOME効果の観測が報告されてきたが、9つもの遷移について系統的に観測した例は本研究が初めてであり、これによりOME効果をM1遷移の同定に使用しうる分光学的手法として確立したことは高く評価できる。 第6章では、本研究で得られた成果をまとめている。 本論文には2つの補章が設けられている。 付録Aでは、有意なOMEシグナルが得られなかった実験結果について述べている。 付録Bでは、本論文で扱った点群におけるOMEテンソルを計算している。 以上をまとめると、本論文では反転対称性のない磁性体において期待されるOME効果を、希土類イオンのf-f遷移における非相反的方向二色性の観察によって調べた。その結果、強誘電体にドープされた希土類イオンの発光におけるOME効果の検証、OMEスペクトルの希土類・結晶場依存性と定性的な微視的起源の考察、多くのf-f遷移に渡る定量的スペクトロスコピー、など新規でかつ重要な学術的知見を得ている。また、今後、非相反性光デバイスへの応用を考える上で、その物質設計における重要な指針を得た。これらの点で、本研究は物性物理学と物理工学の進展に寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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