学位論文要旨



No 123467
著者(漢字) 野原,善郎
著者(英字)
著者(カナ) ノハラ,ヨシロウ
標題(和) GW近似による立方ペロブスカイト型遷移金属酸化物の研究
標題(洋)
報告番号 123467
報告番号 甲23467
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6783号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 初貝,安弘
 東京大学 教授 押山,淳
 東京大学 教授 常行,真司
 東京大学 特任教授 藤原,毅夫
 東京大学 准教授 求,幸年
 東京大学 准教授 朝光,敦
内容要旨 要旨を表示する

密度汎関数理論(DFT)、特に局所スピン密度近似(LSDA)は多くの物質の基底状態を記述する。[1]しかしながら、電子相関の強い遷移金属酸化物などにおいては、例えばクーロン相互作用の動的な遮蔽が重要であり、励起状態を扱う理論を必要とする。GW近似(GWA)は多体摂動論に基づく理論であり、励起状態を扱う。[2]最近ではGW近似に関する様々な手法が開発され、多くの物質に適用されている。

GW近似では一般に無摂動ハミルトニアンとしてLSDAのものを利用する。そしてGW近似を行うと、LSDAで過小評価されていた半導体のバンドギャップを広げ、LSDAで過大評価されていた遷移金属の3dバンド幅を狭める。[3]しかしこの方法をNiOに適用した場合、無摂動波動関数の局在が十分でないために、バンドギャップが十分に開かないことが知られている。[4]LSDA+Uはオンサイトクーロン相互作用Uをハバード型の補正項として取り入れる方法であり、LSDAによる波動関数よりも局在した波動関数を得ることができる。[5]従って無摂動ハミルトニアンにLSDA+Uのものを利用すれば、無摂動波動関数を改善できる。我々はこの手法を開発し、U+GWAと呼んでいる。[6]また我々は、固有値-自己無撞着法という固有エネルギーだけを更新してGW近似を繰り返す方法を採用している。[7]この方法により、スペクトルの形状を正しく記述でき、実験のスペクトルと比較することができる。

興味深い物質として、La系の立方ペロブスカイト型遷移金属酸化物LaMO3(M=Ti~Cu)があげられる。この系では、遷移金属を変えることにより3d軌道の占有数が系統的に変わる。それに伴い電子構造や遮蔽のされ方が変わり、3d電子が感じるオンサイトクーロン相互作用Uが変わる。(U+)GWAでは動的に遮蔽されたクーロン相互作用Wの静的極限W(0)としておおよそのUを理解できる。そして(U+)GWAを行うことにより占有dバンドと非占有dバンドの差がW(0)程度開くことから、[8]遮蔽とスペクトルの関係を系統的に理解できることが期待される。またNiOとMnOはLaMO3(M=Ti~Cu)よりも遷移金属のO 2pバンドが広がっておらず、これらの物質と比較することにより理解が深まると期待される。

NiOではNiの少数スピンのt2g軌道がNi原子に良く局在している。またMnOではそもそも同一Mn原子内のd-d遷移による遮蔽が弱い。そのため、それぞれの遷移金属の3d電子は大きなオンサイトクーロン相互作用Uを感じている。しかしLSDAでこれらの物質を計算すると、NiOのNit2g軌道がeg軌道と混成し広がっており、それからGW近似を行うと同一Ni原子内のd-d遷移による遮蔽が強く働きバンドギャップを実験程度に開けることができない。一方MnOの場合は、そもそも同一Mn原子内のd-d遷移による遮蔽が弱いので、LSDAからのGW近似でバンドギャップを十分開くことができる。そのため、NiOに対しては、LSDA+Uによりt2g軌道とeg軌道の混成を弱め、3d軌道を良く局在させてからGW近似を行う必要がある。実際にLSDA+UでNiOの波動関数がGW近似の無摂動状態として改善されることを自己エネルギーの非対角成分を解析することにより確認した。

La系の立方ペロブスカイト型遷移金属酸化物LaMO3(M=Ti~Cu)はNiOやMnOと事情が異なる。それはLaも遷移金属も3価であり、La 5d軌道と遷移金属3d軌道のそれぞれ電子1個ずつがO 2p軌道と結合状態を作ることにある。そのため、O 2pバンドは遷移金属やLaまで広がる。特にM=Cr~Feの物質では遷移金属3d軌道のスピン分極が大きく、3d軌道とO 2p軌道の混成を強める。またGdFeO3型の傾きもあるので、O 2p軌道を介して反強磁性対の遷移金属3d軌道の混成も強まり3dバンドが広がる。そのため、これらの物質では3dバンドが広がっており遮蔽が強く働くので、3d電子が大きなUを感じておらずLSDA+Uを適用する必要が無い。またM=Ni、Cuの物質も金属であるので、金属的な強い遮蔽が働きM=Cr~Feと同様にUが小さい。一方M=Ti、Vの物質における遷移金属3d軌道はスピン分極が小さくO 2p軌道との混成が弱い。またt2g軌道が良く局在しているので、3d電子は大きなUを感じておりLSDA+Uを適用する必要がある。M=Coの物質は非磁性であり、遷移金属3d軌道は裾を隣の遷移金属まで伸ばすことができず、原子に局在する。またM=Ti、Vと同様にt2g軌道が良く局在しており3d電子は大きなUを感じている。M=Ti~Cuの全物質において、La 4f軌道は良く局在しており、LSDA+Uを適用する必要がある。一方La 5d軌道については、内殻に同じ対称性の4d軌道と3d軌道があるので、原子核のポテンシャルが遮蔽され広がっている。そのため、La 5d軌道にはLSDA+Uを適用する必要が無い。

また、LSDA+Uに与えるUの値をどうするかが問題となる。まず、LSDAから計算されたW(0)が候補として考えられる。しかしNiOのように、LSDAは現実と異なる広がった波動関数を与えることがあり、それから計算されるW(0)も現実より小さな値となる。次に、あるUでLSDA+Uを行い、それからW(0)を計算し、入力のUと等しくなる値を採用することを考える。実際に試した例を付録に載せているが、うまくいかない。これは、UとW(0)を対応させるためには、いくつかの仮定が必要であり、現実の物質では単純に対応しないからである。そしてConstrained LSDAというUを計算する方法がある。ただしこの方法は、求めたいUに関係する軌道の電荷の移動に制限をかけるので、重要な遮蔽に関係する軌道のUを大きく見積もる問題がある。そのため、遮蔽にあまり関わらない良く局在したLa 4f軌道のUの計算に使用する。残る方法として、実験のスペクトルをクラスターモデルによるCI計算により再現することにより得られるUがある。我々はこの値を遷移金属3d軌道のUとして使用する。

このような判断基準に従い(U+)GWAを各物質に適用するのだが、単位胞に20個も原子を持つLaMO3(M=Ti~Fe)では特に計算量が大きくなる。それはGW近似の計算量が単位胞の中の原子の数の4乗に比例するからである。そのため、いくつかの新しい計算技術を開発し、計算時間・使用ディスク容量・使用メモリの削減を行った。具体的に説明すると、我々は原子に局在した基底を使用しているが、それらを掛け合わせた積基底を効率的に作る必要がある。従来までは角度方向の基底を削減するだけであったが、動径方向の基底も節の数が多いものが計算に効かないとして削減することに成功した。また全ての計算に結晶の対称性を利用させ、逆格子空間の非等価な点だけで計算できるようにした。相関項の計算にはW(ω)を有理関数近似することにより、実部と虚部を同時に計算できるようにした。その結果、従来まではヒルベルト変換で精度を保つことが難しかったが、エネルギーメッシュ点が少なくとも十分な精度を得ることができるようになった。さらにプロセス内の並列効率を高めることのできない計算に対しては、プロセスを分けて計算できるようにした。またメモリを何回かに分けて確保することによりメモリ利用の節約も行った。

実際に適用した結果を述べる。NiOおよびMnOは実験の価電子帯・伝導帯のスペクトルのピーク位置と良く対応する結果が得られた。ただし、NiOの占有dバンドと非占有dバンドの距離は実験よりも過大評価している。これはLSDA+UのUをどのように決めるかの問題であり、今後の課題である。一方、クラスターモデルによるCI計算の結果とも良く対応する。NiOでは電荷移動型絶縁体と評価されており、我々の結果もその通りになった。またMnOでは電荷移動型とモット・ハバード型の中間の絶縁体と評価されており、我々の結果もそれに近づく結果となった。

LaMO3(M=Ti~Cu)では、M=Ti以外の物質で実験のスペクトルと良く対応する。その中のM=Co以外でクラスターモデルによるCI計算によるピークの同定と対応する結果が得られた。計算結果ではTi 4pバンドとCo t2gバンドにおいて、U+GWAの自己エネルギーとLSDA+Uの交換相関ポテンシャルに大きな差が生じ、低エネルギー側への大きなシフトが与えられる。その結果LaTiO3では実験の絶縁体を記述できず金属になり、LaCoO3ではt2gバンドの位置においてクラスターモデルによるCI計算と対応しない結果となる。またM=Ti~Cuの全物質におけるLa 5d軌道とLa 4f軌道の混成軌道に対して、同様の理由から高エネルギー側への大きなシフトが与えられる。このような(U+)GWAにおける大きなシフトについては、LSDA(+U)との複合問題であり、重要な課題である。

本研究のまとめを述べる。まず手法構築として、新しい計算技術を開発しGW近似を少ない計算資源で計算できるようにした。そして、(U+)GWAと固有値-自己無撞着法の複合手法を提案し実装した。また実際の物質に適用する際には、GWAとU+GWAのどちらを適用するかの判断基準を論理的に立てた。次に成果として、LaMO3(M=V~Cu)、NiO、MnOにおいて実験のスペクトルと対応する結果が得られた。今後の課題として、GW近似におけるTi 4pバンドやCo t2gバンド、La 5d軌道とLa4f軌道の混成軌道の大きなシフトの原因を調べる必要がある。そして、LaTiO3を誤って金属と評価する原因も解明する必要がある。次に、LSDA+Uに与えるUとして正しい値をどのように決めるかを検討する必要がある。最後に、ポテンシャルの揺らぎをどのように取り入れるかも重要な課題である。(U+)GWAの無摂動状態を与えるLSDA(+U)では、有効平均場1電子問題に射影して解かれる。しかし実際には、電子はそれ以外が作るポテンシャルを感じる。このような効果を取り入れる方法として動的平均場理論(DMFT)があり、DMFTとGW近似の接続についても今後の課題である。

[参考文献][1]P. Hohenberg and W. Kohn, Phys. Rev. 136, B864 (1964)W. Kohn and L. S. Sham, Phys. Rev. 140, A1133 (1965).M. Levy, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 76, 6062 (1979).[2]L. Hedin, Phys. Rev. 139, A796 (1965).L. Hedin and S. Lundqvist, in Solid State Physics, edited by F. Seitz, D. Turnbull and H. Ehrenreich (Academic, New York, 1969), Vol. 23, p. 1.[3]M. S. Hybertsen and S. G. Louie, Phys. Rev. B 34 5390 (1986). F. Aryasetiawan, Phys. Rev. B 46, 13051 (1992).[4]F. Aryasetiawan and O. Gunnarsson, Phys. Rev. Lett. 74, 3221 (1995).[5]V. I. Anisimov, Zaanen, and O. K. Andersen, Phys. Rev. B 44, 943 (1991).V. I. Anisimov, I. V. Solovyev, M. A. Korotin, M. T. Czyzyk and G. A. Sawatzky,Phys. Rev. B 48, 16929 (1993).[6]小林正治、東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻 博士論文 (2007)。 S. Kobayashi, Y. Nohara, S. Yamamoto, and T. Fujiwara, in preparation.[7]M. P. Surh, S. G. Louie, and M. L. Cohen, Phys. Rev. B 43, 9126 (1991).[8]V. I. Anisimov, F. Aryasetiawan, A. I. Lichtenstein, J. Phys.: Condens. Matter 9, 767 (1997).
審査要旨 要旨を表示する

近年ではエレクトロニクス分野においても遷移金属酸化物を積極的に利用するようになっており、物質開発、新物性の開拓が強力に進められている。それに伴い、遷移金属酸化物の電子状態を理論的に明らかにする努力も行われてきた。

様々な物質の電子状態に対する第一原理計算法である密度汎関数法とその局所密度近似(LDA)は、凝集エネルギーや核間距離などの評価に成功を収めてきた。しかしこれらの方法では、遷移金属酸化物のように電子相関が強い系に対しては電子間相関効果を十分正確に記述することが出来ず、その結果として基底状態を正しく記述出来ないことも少なくない。Hedin の方程式は、多体摂動論に基づき、電子間クーロン相互作用に対する動的遮蔽効果を取り扱い、励起エネルギーなどを原理的に正しく扱う方法である。Hedinの方程式に対する最低次の取り扱いであるGW近似は、実際の物質に適用することができ、化合物半導体のバンドギャップの評価などには大きな成果を与えている。しかし遷移金属酸化物をはじめとする電子相関が強い系に対しては、具体的に適用された例も少ない。

本研究は、遷移金属酸化物におけるGW近似の適用範囲の拡張を行うとともに、具体的に種々の遷移金属酸化物に対して適用し、系統的にその結果を検討しようというものである。論文は全部で6章および付録からなる。

第1章は序論であり、本論文の目的と構成が述べられている。そこでは、本論文の主要な部分を構成するぺロブスカイト型遷移金属酸化物を計算することの問題と困難さが、物理的視点と数値計算上の立場から述べられている。

第2章では、GW近似の説明および関連したLSDA+U法、新たに開発されたU+GWAについて説明している。LSDA+U法が、いくつかの近似に基づいてはいるが、GW近似の静的極限であることがAnisimovらの方法に基づいて説明されている。またGW近似を、波動関数は更新しない「固有値―自己無撞着法」に基づいて取り扱うこと、そのために出発の波動関数をなるべく正しいものから始める必要があることが説明されている。具体的にはLSDA+Uから出発し、そこで波動関数を決めてGW近似を行うU+GWAが説明されている。またここでは、本論文の計算の方針が説明され、遮蔽効果が大きい場合にはLSDA+Uから出発すること、有効クーロン相互作用が大きく遮蔽効果が小さい場合にはLSDAから波動関数を構成して充分であることが述べられている。またLSDA+U法の補正項EDCの問題点についても述べられている。

第3章は、計算技術の説明である。本論文では線形マフィンティン軌道法に基づき、オフセット法、積基底の方法およびその系統的な近似、結晶の対称性の利用、相関項の計算に対する有利関数近似および数値的積分法、並列計算などの方法が具体的に説明され、全体の効果を、計算時間、ファイルサイズ、メモリサイズ、などの効果を計算各部について具体的に説明している。なお本論文による計算手法の改良によって大幅な計算機資源の節約を果たし、それによってはじめて遷移金属酸化物系の計算が現実的な時間内に実行できるようになったことをここに付記する。

第4章では、遷移金属酸化物の典型であるNiOおよびMnOを取り上げている。NiOはLSDA+UからMnOはLSDAから出発する。このことは自己エネルギーに非対角成分および、その結果の波動関数の混ざりの変化をもって解析されている。これは出発波動関数を得る方法が単に結果から判断されるのではなく、理論的に選択の基準を与えるもので本論文の中の重要な部分である。またMnOでLSDAを出発とするのは、電子-正孔対が異なる部分格子間で作られるため、遮蔽効果が弱いためであると説明されている。ここでは、固有値-自己無撞着法の収束性が具体的に示されている。スペクトル、バンドギャップ、磁気モーメントなどについて、これまでのLSDA、LSDA+Uの結果に比べて、大きく実験結果に近づいている。

第5章はぺロブスカイト型遷移金属酸化物(LaMO3:M=Ti~Cu)に対する系統的な計算結果である。 遷移金属Mを変えることによって、3d軌道の占有数が変化し、遮蔽の行われ方も変わり動的に遮蔽されたクーロン相互作用Wの静的極限W(0)が変わる。W(0)は占有dバンドと非占有dバンドのエネルギーの差に対応し、スペクトルのピークの位置に関係する。これらの系の3d軌道およびLa5d軌道はよく広がっており、LSDA法を出発とする。一方、La4f軌道は局在している。またLaMO3(M=Ti、V、Co)においてはt2g軌道が良く局在しており、また酸素2p軌道との混成も弱い。これらの結果、Laの4f軌道およびM=Ti,V,Coの3d軌道に対しては、LSDA+U法を出発として用いることがまず説明される。またそれぞれクーロン相互作用UとしてはConstrained LSDAによる値およびCI計算による値を用いる。ただしLaMO3は計算量が多いので、NiO、MnOのように自己エネルギーの非対角成分でその取り扱いの正当性は評価せず、実験のスペクトルと比較して判断している。LaTiO3については実験と異なる金属状態を与えるが、それ以外については実験のスペクトルと対応する結果を得ることができた。

第6章はまとめである。計算技術の工夫と系統的な計算および解析により、NiOとMnOでおよびLaTiO3以外のLaMO3(M=V~Cu)において、実験と対応するスペクトルを得たことが述べられている。また今後の課題として、正しいUを得ること、ポテンシャルの揺らぎの取り扱いの必要が強調されている。

付録においては、LSDA+U法におけるEDCに関する他の近似法とそれを用いたいくつかの計算結果、異なるUを用いた計算結果、などの結果が与えられている。

本研究では、GW近似の意味とその中での遮蔽されたクーロン相互作用W(0)を深く検討し、その応用範囲を広げることに成功している。GW近似は強相関系での具体的な検討は十分ではない。本研究では、固有値-自己無撞着法、U+GWAなどの新しい方法を駆使しつつ、GW近似の限界を巧みに避けつつ、GW近似がこれまで全く行われていなかったぺロブスカイト型遷移金属酸化物に初めて適用し、より完全な理解に近づくことに成功している。これにより、強相関系に対する第一原理電子構造手法の新たな道筋を拡大したものであり、物理工学への貢献は大きい。なお本論文は藤原毅夫氏他との共同研究であるが,論文提出者が主体となって方法論の開発,計算,解析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

UTokyo Repositoryリンク