学位論文要旨



No 123474
著者(漢字) 曹,寧源
著者(英字)
著者(カナ) ソウ,ネイゲン
標題(和) 熱遮蔽コーティングの界面力学特性及び内部力学場の有限要素法解析
標題(洋)
報告番号 123474
報告番号 甲23474
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6790号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 准教授 榎,学
 東京大学 准教授 井上,純哉
 東京大学 教授 吉川,暢宏
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、実使用環境下のセラミックス熱遮蔽コーティングの剥離損傷を評価するために、有限要素法解析を用いて熱遮蔽コーティングの界面剥離の解析評価手法を確立することを目的としたものである。このために、(1)せん断負荷モードでの界面力学特性を測定するために開発されたBarb試験に用いる試験片中の応力分布状態、(2)界面剥離時の試験片の剥離エネルギー解放率および剥離先端モードの求め方、(3)実使用環境に近い状態でのコーティングの非線形力学挙動と剥離要因になる実用環境で生じる酸化物層の応力状態を明らかにした。得られた知見をもとに、界面剥離の条件を組み込んだ熱遮蔽コーティングと基材とが一体となったコーティングシステムの損傷を解析する手法を提案した。

第一章では、解析対象とするセラミックス熱遮蔽コーティングの現状について述べた。ガスタービンなどに用いられている高温構造部材には、より高温化での燃焼を可能とし、タービン全体の熱効率向上のためにセラミックス熱遮蔽コーティング(TBC:Thermal Barrier Coatings)が用いられている。コーティングは、使用環境温度と超合金基材間に温度差を発生させることで超合金基材が安全に使える温度を保持するために必要不可欠である。しかし、実使用環境下でコーティング層(TBC層)の基材からの剥離が生じると、基材の劣化を引き起こすことが大きな問題点となっている。

TBC層の基材からの界面剥離と剥離による寿命予測に関しては、実験手法と解析手法に大別される。TBC層の剥離に対する解析を用いる場合には、界面力学特性及び界面力学特性を組み込んだ手法が必要になる。しかし、解析手法についての研究は十分に行われていない。したがって、実使用環境下でのTBC層の剥離に対して、破壊モードと界面剥離の条件を求める手法、界面剥離の条件を用いた実部材での剥離の状態を解析的に求めることは重要であると考えられる。

第一章では、以上のような実使用環境下でのTBCシステムの問題点を整理し、TBC層の剥離に対する従来の解析手法と存在する問題点を示した。ついで、TBCシステムの界面せん断力学特性の測定手法のBarb試験法について検討すべき課題を整理し、本研究の目的を明確にした。

第二章では、Barb法試験による試験片の応力状態を明確するために、有限要素法を用いて試験片中および界面の応力解析を行った。

まず、試験片の応力分布を詳細に調べた。試験前の試験片中には、TBC層と基材の熱膨張係数のミスマッチにより熱応力が発生し、界面端部に集中していることが明らかになった。試験片に負荷を加えると、コーティングした部分の基材中は引張りの応力が弱まる一方、TBC層側の圧縮傾向が大きくなることが明らかになった。なお、熱応力により生じたせん断応力が負荷により相殺され反対方向に増加した。界面上の応力分布を求めた結果から、界面に垂直方向の剥離応力は負荷を増加するに伴って圧縮の状態が続く状態にあることを示した。一方、界面上のせん断応力は負荷により再分布され、熱応力の方向と反対する分布を示した。この力学状態から、TBC層の剥離はTBC層の下端部から発生すると考えられた。

また、界面端部の応力特異性を計算し、応力特異性と試験片の材料組合せとの関係を調べた。界面端部での界面せん断応力成分τxyは端部からの距離を7とすると、r-λのみの特異性による分布を示した。ここで、特異性オーダーのλはコーティング層と基材間のヤング率の差の絶対値が大きくなるに従って値が大きくなった。

以上の結果から、試験片のせん断応力分布および剥離の発生する位置を明らかにし、第3章の破壊解析のための力学条件を確立した。

第三章では、第二章の試験片応力解析の結果をもとにして、試験片界面の下端部からのTBC層の剥離き裂を想定し、界面剥離を含む場合のTBC層の基材からの剥離の解析を行った。解析では、試験片の異なる幾何形状、構成素材間の組合せの影響を考慮した。剥離エネルギー解放率と剥離長さ、試験片の幾何条件および材料組合せとの関係を整理して界面剥離を評価するための形状関数を解析的に求めた。この関数を用いて、Barb試験法を用いて界面剥離エネルギー解放率を求める方法を明らかにした。

次に、剥離先端でのモードについて検討した。界面剥離長さをα、TBC層の長さをLtbcとし、a/Ltbc<0.2の範囲では、FEM解析から得られたフェーズアングルΨはすべての材料組合せに対して90°(純粋モードII)であり、α/Ltbc>0.2の範囲でのフェーズアングルΨは、コーティング層と基材間のヤング率比Ωが大きくなるにしたがって増加することを明らかにした。また、上述の解析結果をLiuらのSteady-state解析結果と比較し、実際の試験片の幾何形状(Ltbc/hs=1、ここでhsは基材の厚さ)において、試験片のエッジ効果のためSteady-state剥離条件とは異なることを実証するとともに、本章で求めたフェーズアングルとSteady-stateとの関係を明らかにした。

以上の結果から、Barb法試験から得られた力学特性値から界面剥離時のエネルギー解放率および剥離先端モードを求める手法を決定し、実験結果を解析にも役立つ形で整理し、せん断モード負荷条件下のTBCシステムの界面剥離の評価方法を確立した。

第四章では、第三章で得られた界面剥離の評価方法を実使用環境でのTBCシステムの損傷評価に適用するために、熱機械疲労(TMF:Thermo-Mechanical Fatigue)試験時のTBCシステムの内部力学場を詳細に調べた。

解析では、まず、温度勾配の存在する多層構造に対する熱応力の解析解を求め、温度勾配下のTBCシステムの基本的な力学挙動を明らかにした。ついで、3次元の単位セル有限要素法モデルを用いてTMFサイクル下でのTBCシステムの非線形解析を行った。各層材料の応力のTMFサイクルによる変化は試験片のクリープ挙動により支配され、異方性を示していることが明らかになった。試験片の全歪みはTMFサイクル数の増加に従い、一定の歪み速度で増加しており、また負荷応力を増やすことにより歪み速度が大きくなる傾向にあることが明らかになった。

さらに、TMFサイクル中にTBC層とボンドコート層間に酸化によって生じる酸化物層(TGO層)の応力状態について検討した。その結果、TGO層の負荷方向に沿う応力成分はサイクル依存性を示しており、サイクル数の増加にしたがって減少した。また、このようなTGO層応力の変化は負荷応力および界面形状により大きく影響されることを明らかにした。

以上の結果から、TBCシステムの熱機械疲労試験を有限要素法でシミュレーションする手法を確立した。この計算手法では、システムの構成材料特性のみを用いており、さらに界面剥離の条件を組み込むことも可能であり、TBCシステムの損傷を解析する手法として利用可能であると考えられた。

第五章では、本研究を要約し、得られた研究結果をまとめた。

以上のように、本論文はセラミックス熱遮蔽コーティングシステムでの界面力学特性及び熱機械疲労試験時の内部力学場を有限要素法を用いて解析し、熱遮蔽コーティングの信頼性向上を図るための手法を解析的に明らかにしたものである。

審査要旨 要旨を表示する

セラミックス熱遮蔽コーティング(TBC層)を施した耐熱金属材料(TBCシステム)はガスタービンで用いられる高温構造部材には欠かせないものである。コーティングの耐熱金属材料からの剥離は耐熱金属材料の変形や破壊を加速する危険性があるために、コーティングの剥離現象を予測することがTBCシステムの高信頼性を確保するために重要な課題になっている。本論文は、実使用環境下でTBC層剥離損傷を評価するために、有限要素法解析を用いてBarb試験によるTBC層界面剥離エネルギーの解析評価手法及び実使用環境に近い熱機械疲労条件下でのTBCシステム中の応力状態を求める手法を確立することを目的としたものであり、全5章よりなる。

第1章では、解析対象とするセラミックス熱遮蔽コーティングの現状と問題点を概説し、本論文の目的を明確にしている。TBC層の耐熱金属基材からの界面剥離と剥離によるTBCシステムの寿命予測に関しては、実験手法と解析手法に大別され、TBC層の剥離に対する解析を用いる場合には、界面力学特性及を組み込んだ手法が必要になることを説明している。同時に、解析手法について、これまでの結果を整理し、残された課題を抽出している。特に、実使用環境下でのコーティング層の剥離に対して、せん断モード下での界面剥離の条件を実験的に求める手法の開発及び界面剥離の条件を用いた実部材での剥離の状態を解析的に求める手法の開発が重要であることを指摘している。これらの状況をふまえて、TBCシステムの界面せん断力学特性の測定手法及び実使用環境下でのTBCシステム中の応力変化の解析手法について、検討すべき課題を整理するとともに本研究の目的を明確にした。

第2章では、Barb試験による試験片の応力状態を明確するために、有限要素法を用いて試験片中および界面の応力解析を行った。まず、試験片の応力分布を有限要素法を用いて詳細に調べた。試験前の試験片中には、TBC層と耐熱金属材料基材の熱膨張係数のミスマッチにより熱応力が発生し、Barb試験片の界面端部に集中していることを明らかにした。Barb試験時には、試験片でTBC層が存在する部分の基材中は引張りの応力が小さくなり、TBC層側の圧縮応力が大きくなる傾向を定量的に示すとともに、熱応力により生じた界面せん断応力が負荷により相殺され反対方向に増加することを明らかにした。この結果から、試験片中に存在する熱応力が試験結果に及ぼす影響を明らかにした。

また、試験時の試験片中の応力分布からBarb試験におけるTBC層の剥離はTBC層の下端部から発生することを示した。さらに、界面端部の応力特異性を計算し、応力特異性と試験片の材料組合せとの関係を調べた。界面端部での界面せん断応力成分 は端部からの距離を とすると、 のみの特異性による分布を示すことを明らかにし、その特異性オーダー はコーティング層と基材間のヤング率の差の絶対値が大きくなるに従って値が大きくなることを計算結果から導いている。

第3章では、第2章の試験片応力解析の結果をもとにして、試験片界面の下端部からのTBC層の剥離き裂を想定し、界面剥離を含む場合のTBC層の基材からの剥離の解析を行った。解析では、試験片の異なる幾何形状、構成素材間の組合せの影響を考慮している。剥離エネルギー解放率と剥離長さ、試験片の幾何条件および材料組合せとの関係を整理して界面剥離を評価するための形状関数を解析的に求めた。この関数を用いて、実験的にBarb試験法を用いて界面剥離エネルギー解放率を求めるための方法について説明した。さらに、剥離先端での剥離モードについて検討した。TBC層と基材間の界面剥離長さをa、TBC層の長さをLtbcとしたときに、 の範囲では、FEM解析から得られたフェーズアングル はすべての材料組合せに対して90oの純粋モードIIであり、 の範囲でのフェーズアングル は、コーティング層と基材間のヤング率比が大きくなるにしたがって増加することを示した。また、上述の解析結果をLiuらの定常状態の解析結果と比較し、実際の実験に用いられている試験片の幾何形状( 、ここでhsは基材の厚さ)において、試験片のエッジ効果のため定常状態の剥離条件とは異なる場合が生じることを実証するとともに、本章で求めたフェーズアングルと定常状態との関係を明らかにした。

第4章では、第3章で得られた界面剥離の評価方法を実使用環境でのTBCシステムの損傷評価に適用するために、熱機械疲労(TMF)試験時のTBCシステムの内部力学場を詳細に調べた。解析では、まず、温度勾配の存在する多層構造に対する熱応力の解析解を求め、温度勾配下のTBC系の基本的な力学挙動を明らかにした。ついで、3次元の単位セル有限要素法モデルを用いてTMFサイクル下でのTBCシステムの非線形解析を行った。各層材料の応力のTMFサイクルによる変化は試験片のクリープ挙動により支配され、異方性を示していることを明らかにした。試験片の全歪みはTMFサイクル数の増加に従い、一定の歪み速度で増加しており、また負荷応力を増やすことにより歪み速度が大きくなる傾向にあることを説明した。

さらに、TMFサイクル中にTBC層とボンドコート層間に酸化によって生じる酸化物層(TGO層)の応力状態について検討した。その結果、TGO層の負荷方向に沿う応力成分はサイクル依存性を示しており、サイクル数の増加にしたがって減少することや、TGO層応力の変化は負荷応力および界面形状により大きく影響されることを明らかにした。このような結果を整理して、TBCシステムの熱機械疲労試験を有限要素法でシミュレーションする手法を確立した。この計算手法では、システムの構成材料特性のみを用いており、さらに界面剥離の条件を組み込むことも可能であり、TBCシステムの損傷を解析する手法として汎用性に富むものになっている。

第5章は総括であり、本論文の結果をまとめている。要するに、本論文はセラミックス熱遮蔽コーティングシステムでの界面力学特性及び熱機械疲労試験時の内部力学場を有限要素法を用いて解析し、熱遮蔽コーティングの信頼性向上を図るための手法を解析的に明らかにしたものであり、コーティング材料工学に役立つものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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