学位論文要旨



No 123478
著者(漢字) 富田,一行
著者(英字)
著者(カナ) トミダ,カズユキ
標題(和) 微量SiO2添加によるHfO2の結晶構造変化と高誘電率化に関する研究
標題(洋)
報告番号 123478
報告番号 甲23478
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6794号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鳥海,明
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 井上,博之
 東京大学 准教授 阿部,英司
 東京大学 講師 喜多,浩之
内容要旨 要旨を表示する

CMOSデバイスの微細化に伴い、トランジスタに用いられるゲート絶縁膜SiO2の厚さは既に数nmの領域になっている。この領域では無視できない量のゲートリーク電流がトンネル効果により流れるため、新たなゲート絶縁膜として高誘電率(high-k)材料が求められてきた。その中でもSi上での熱的安定性や高い誘電率、Siに対する比較的大きなバンドオフセット等からHfO2は非常に有望な材料とされ、科学的・技術的側面の両面から多くの研究が行われてきた。一方でHR)2の次の世代の材料、いわばhigher-kと呼べる材料の探索も急務であり、La203等が有望な材料として検討され始めている。しかしながら、一般的に誘電率の高い材料はバンドギャップが小さいというトレードオフがあるため、高誘電率材料をゲート絶縁膜として使用することはリーク電流に対する障壁を著しく低下させてしまう危険性もある。

このような理由から、Hf系絶縁膜を用いることでhigher-k得ることが出来れば、そのメリットは非常に大きいと言える。一方で、HfO2の高誘電率化という点では、理論計算による非常に興味深い報告が2002年にされている。それによると、同じHfO2であっても立方晶(k~29)や正方晶(k~70)といった高温相では、通常のプロセス温度域で安定な単斜晶(k~16)よりもはるかに大きな誘電率を有する。したがって、高温相を1000。C以下で結晶化させることがhigher-kHfO2実現の基本方針となる。HfO2と良く似た性質を示すZrO2ではバルク結晶において高温相の安定化を目的とした研究が盛んに行われているが、その結果を参考にすると、HfO2の高温相の安定化においても価数やイオン半径の異なる陽イオンを添加することが有効であると類推される。実際に本研究室ではY203をHfO2に添加することでHfO2を立方晶に結晶化させ、これに伴い誘電率を増加させることに成功している。しかしながら価数の異なる元素の添加は膜中に欠陥を導入してしまう可能性がある。

そこで本研究ではHfO2への添加材料としてSiO2に注目する。SiO2中のSi原子はHfO2中のHf原子と同じ4価だが、Hf原子に比べて共有結合性が強い、配位数が少ないという違いがある。この違いはHfO2の局所的な構造を大きく変えると思われ、これによって結晶構造の変化が起きると期待できる。またSiO2はバンドギャップが非常に大きい材料なので、リーク電流に対する障壁が大きくなる可能性もある。このことは、SiO2添加で高温相を安定化させられれば、バンドギャップと誘電率のトレードオフを破る可能性を意味している。

以上の背景から、本研究ではSiO2をHfO2に添加することでバンドギャップと誘電率のトレードオフを破るhigher-k材料を得ることを目的として研究を行った。具体的には(1)SiO2添加によるHfO2の高温相安定化、(2)高温相安定化に伴う誘電率増大、(3)極薄膜におけるEOTスケーリング、の3つの点について検討を行ったところ以下のように新しい結果を得、またその起源について考察した。

(1)SiO2を添加することによるHfO2高温相安定化。

HfO2は1000゜C以下のPDA処理では単斜晶に結晶化することが知られている。これに対し10%以下という極少量のSiを添加したところ、HfO2の結晶構造が正方晶構造に変化した。ただしこの正方晶構造が安定化する領域は他の元素、例えばY原子を添加した場合などに比べて非常に狭い組成範囲である。またFT-IRやplan-view TEM測定の結果、極少量のSiを添加した材料でもSiO2の相分離が確認できた。このことからHfO2中へのSiO2の固溶度は非常に低いことが分かる。

正方晶構造結晶化の要因としてはいくつかの可能性が挙げられるが、本研究ではHfO2構造中に(SiO4)(4-)が形成されたためだと結論付けた。Paulingの法則によればSi原子がそのままHf原子を置換する場合にはイオン半径比が小さくなり8配位構造は不安定になるが、(SiO4)(4-)錯イオンの形成は実効的な陰イオンを小さくするため、その結果8配位構造が安定になると考えられる。これはSi原子の結合性がHf原子のそれと大きく異なっていることに由来している。またFT-IR測定における850cm(-1)付近のHf-O-Siピークの出現は、この(SiO4)(4-)錯イオンの形成を考えることで説明できる。

(2)高温相安定化に伴う誘電率増大

MIM構造を用いた誘電率評価の結果、5%Siを添加したHfO2膜(20nm)は800゜CのPDA処理によって正方晶構造に結晶化し、27程度の高い誘電率を示した。非晶質構造では誘電率が20、単斜晶構造では誘電率が16程度であることを考えると、正方晶構造に結晶化したSiO2を添加したHfO2の誘電率は極めて高いと言える。添加したSiO2自体の誘電率は3.9程度と非常に小さいが、誘電率の小さな材料を添加した場合でも全体が高温相を維持することで誘電率が増大することを示した。CLausius-Mossottiの関係式を用いた解析から、この誘電率増大の起源は分極率の増大ではなく、単斜晶構造と比べて分子体積が非常に小さくなったことによる効果だと結論付けられた。分子体積の減少には当然小さい原子を添加することが有効であり、その点でSiO2は適した材料であると言える。

また、Si~5%で誘電率の極大を示した理由は、それ以下のSi組成領域では単斜晶構造の析出が、それ以上のSi組成領域ではSiO2の相分離が誘電率の低下を引き起こしているからであることが分かった。より高い誘電率を得るためには組成の最適化だけでなく成膜方法やPDA処理の工夫が必要である。いずれにせよ、ここではSiO2という非常に誘電率の低い材料を添加することが結晶構造変化を伴って膜全体の誘電率を増大させること、そしてその物理的起源が分子体積の減少であることを明らかにした。

(3)極薄膜における高誘電率の維持

Siを添加したHfO2の高い誘電率は膜の結晶化によってもたらされている。一方薄膜では結晶化が進みにくいと考えられることから、数nmという極薄膜ではその高い誘電率が損なわれるのではないかと懸念される。また2nmという膜厚はHfO2の単位格子4個程度の厚みであり、そのような極薄領域で絶縁膜の性質が厚膜と同じである保証は無い。しかしながら、本研究の実験からSiを添加したHfO2の高い誘電率は物理膜厚2nm程度まで維持されることが示された。また、4nm以下の領域ではSiO2添加の有無やPDA処理温度によらず、リーク電流が物理膜厚のみによって決まっていることが分かった。低温でのリーク電流特性評価を行った結果、4nm以下の薄膜では直接トンネルがリーク電流の支配的な要因であり、誘電率や結晶構造の違いがリーク電流にはほとんど影響を与えないことが分かった。従って、この領域においてはSiO2を添加したHfO2がpure-HfO2と比較して電気的容量の向上に有効である。ただし、当初期待されたバンド構造の改善まではされなかった。

さらに本研究では直接トンネルリーク電流の解析を行い、トンネル有効質量についての評価も行った。ここではAu/HfO2/PtのMIM構造を用いることで界面層から来る電解の決定における曖昧さを実験的に消して評価を行った。その結果、(J×Tph2)-Tph特性のフィッティングからトンネル有効質量としてm*=0.18±0.02m0という値を得た。この値は従来のSiO2ゲート絶縁膜のトンネル有効質量と比較してかなり小さい値である。

本研究の結果、Siを添加することでHfO2は結晶構造変化を起こし、それに伴って誘電率は増大することが分かった。一方でバンド構造等はほとんど変化せず、結果としてリーク電流はpure-HfO2とほとんど同じであり、EOTスケーリングに有効であることが示された。これは、バンドギャップの増大には至らなかったものの、SiO2をHfO2に添加した材料がバンドギャップと誘電率のトレードオフを破るhigher-k材料であることを意味している。「構造制御による誘電物性の制御」という考え方はHfO2にとどまらず今後のhigher-k材料探索を行う上で非常に重要な観点であり、そのための手段としてSiO2のような性質の大きく異なる材料を添加することが極めて有効な手段となることを本研究は示した。

審査要旨 要旨を表示する

シリコンマイクロエレクトロニクスの進展は衰えるところを知らず高性能化は進んでいる。しかし、その中身は旧来の微細化による手法だけではなく新しい材料の導入が必須になりつつある。基本素子であるCMOS用トランジスタのゲート絶縁膜として使われているシリコン酸化膜の薄膜化は微細化の中で中心的な役割を果たしてきたが、すでに量子力学的なトンネル効果によって漏れ電流が流れてしまう程度まで薄膜化しており絶縁性を維持できなくなってきている。そこで、シリコン酸化膜に替わる新しい絶縁膜材料の導入が強く求められている。これがいわゆる高誘電率ゲート絶縁膜(high-k膜)といわれる材料であり、本論文の主題である。一方で新材料の導入は表面的な性質だけで判断すると、実際の生産技術として適用する際に大きな問題が浮上することは過去に多く経験されており、デバイスとして使う新材料を考える場合には、ますますその材料の基本的性質、物性を理解しておく必要がある。本論文は、典型的な高誘電率遷移金属酸化物であるHfO2薄膜の性質を実験的に研究にしたものである。特に従来ゲート絶縁膜として使われてきたSiO2をHfO2に添加した時に起こる誘電率の上昇の発見、さらにその起源及び工学的意義に関して議論した研究報告である。本論文は7章からなる。

第1章は序論であり、high-k膜の必要性、及び基本的性質を述べた後に、本研究の目的と位置づけを明確化している。

第2章は本研究を進めるにあたっての、薄膜材料の形成手法および評価手法について詳述している。製膜はスパッタリング法を用い、また膜厚の測定技術として斜入射X線反射率評価と分光エリプソメータ評価、さらに500cm-1以下の遠赤外FT-IR測定について説明している。

第3章は、実際にhigh-k膜を使用する場合に重要である静電容量的に定義される膜厚を高精度に評価する手法について述べている。絶縁膜の薄膜化にともないリーク電流が本質的に増加し容量測定が難しくなってくる。このため本手法の高精度化は本論文においても極めて重要であり、インピーダンス解析を駆使して極薄絶縁膜MISキャパシタの容量値を決める手法が述べられている。この部分は単なる測定技術に思われ比較的疎かにされてきた部分であるが、定量化には決定的に重要である。

第4章はSiO2を添加したHfO2薄膜の誘電率に関して詳述している。まずHfO2だけの時には単斜晶であった膜がSiO2を添加することによって正方晶に相変化することを見いだした実験結果を示している。この変化は遠赤外FT-IRの吸収スペクトルにもあらわれる。さらに薄膜の誘電率を評価すると、結晶構造の変化に伴って急峻に誘電率が変化(増加)することが初めて発見された。SiO2を数%添加したところで誘電率はピークを持ち、それよりも添加量を増やすと誘電率は減少する。SiO2の誘電率が小さいということに発している高誘電率膜技術であるので、SiO2添加によって誘電率が増加するということは極めて奇妙な現象である。そこで構造変化に伴う誘電率の変化を明らかにするためにClausius-Mossottiの式を用いて解析し、SiO2添加に伴う誘電率の増加が分子分極率の増加によるものではなく、分子体積の減少に由来していることを明らかにしている。

第5章ではSiO2添加よってなぜ正方晶が安定化されるかをHfO2中の(SiO4)4-錯イオンの存在を仮定することによって説明する新しいモデルを提案している。この錯イオンの存在を実験的に確認することは現状では極めて困難であるが、YSZにおけるような構造変化では説明できないことを考えると新しいモデルが求められており極めて価値が高い。

第6章は先に述べたSiO2添加したHfO2の高誘電率化が極薄膜領域でも使えるかということを実験的に明らかにしている。物理膜厚がおよそ2nmまで薄膜化されても高誘電率性は維持されている。またこのような薄膜領域ではリーク電流が絶縁膜の直接トンネリングで決定されることも実験的に示し、さらにその結果を理論式と比較することで絶縁膜中のトンネル有効質量も決定している。

第7章は以上の総括である。

以上を要するに、本研究はHfO2薄膜がSiO2添加によって結晶相を単斜晶から正方晶へ相転移しその結果として誘電率も増加することを示し、さらにその特異な性質が極薄膜領域においても有効であることを初めて明らかにしたものであり、マイクロエレクトロニクス分野だけでなく材料工学の観点からも意義は大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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