学位論文要旨



No 123480
著者(漢字) 中川,翼
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,ツバサ
標題(和) アルミナセラミックスの格子欠陥における原子ダイナミクスに関する研究
標題(洋)
報告番号 123480
報告番号 甲23480
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6796号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 准教授 枝川,圭一
 東京大学 准教授 山本,剛久
内容要旨 要旨を表示する

固体材料中の原子拡散は、固体材料の持つ基礎的な現象の一つであり、クリープや焼結、粒成長などの高温域における材料の変形、イオン伝導などの特性を直接決定する重要因子である。中でも、結晶性材料においては、粒界や転位、異相界面など格子欠陥領域におけるバルク中とは大きく異なる拡散挙動が種々の物性に大きく影響を与えることが知られている。

セラミックス材料においては、複数の元素から構成される故の構造の複雑さ、さらに粒界におけるアニオン、カチオンの欠陥形成エネルギーの違いから生じる空間電荷層の影響などから、金属材料に比してその界面が全体の特性に与えるインパクトはより一層強い。しかし、セラミックス中の結晶界面における拡散挙動は、基礎的な、かつ材料の特性を左右する重要な現象でありながら、そのメカニズムに関する理解は遅々として進んでいない。その原因としては、通常のセラミックス中では多数の粒界が三次元的に複雑に配置しており、個々の粒界における拡散挙動の定量評価が難しく、原子構造の異なる様々な粒界の平均情報を用いた定性的な議論しか出来なかったことが挙げられる。前述のように粒界特性が粒界構造に非常にセンシティブであると考えられるセラミックス材料においては、粒界特性の起源となっているであろう界面の原子・電子構造に基づいた拡散挙動の定量評価を行うことが必要不可欠である。粒界のような面欠陥に比べて、より単純な格子欠陥である転位における拡散についてもこれと同様である。そこで本研究では、代表的な高温構造用セラミックスであり、その拡散挙動に関する研究が広く行われているアルミナを研究対象として、粒界や転位などの欠陥構造を高度に制御した試料を用いることでその拡散挙動を定量的に評価し、得られた結果を欠陥構造に基づいて考察することにより格子欠陥領域における拡散メカニズムに関する知見を深めることを目的とした。

粒界の構造は各粒界における双方の結晶粒の方位関係(粒界性格)によって大きく異なり、それに依存して粒界の拡散特性も大きく変化すると考えられる。そこで、粒界方位を系統的に変化させた5種類の双結晶を作製し、粒界の構造の変化によって粒界の拡散特性がどのように変化するかを評価し、粒界拡散と粒界構造の相関性を探求することで粒界拡散のメカニズムを明らかにすることを目的として研究を行った。5種類の粒界はいずれも回転軸を[0001],軸とする対称傾角粒界であり、粒界面及び対応格子理論(CSL理論)によって予想されるΣ値を用いてΣ7{2310}、Σ21{4510}、Σ7{4510}、Σ21{2310}、Σ31{71140}と表される。Σ値は双方の結晶の格子の整合性を表す指標であり、Σ値が小さいほど両結晶の整合性が高くなる。

このような双結晶試料を用いて二次イオン質量分析器(SIMS)を用いて、原子を実際に試料に拡散させそのプロファイルから拡散係数を直接評価するトレーサー法により、酸素及びチタンの粒界拡散係数を評価した。その結果、酸素、チタン双方において粒界において拡散が5-6桁程度高速になることが確認された。またどちらの元素においても粒界拡散係数は粒界性格に強く依存し粒界の種類によって2-3桁程度異なる拡散係数を持つことが明らかとなった。しかし、粒界拡散の速さと粒界性格の対応は酸素とチタンで異なる、つまり酸素拡散の速い粒界とチタン拡散の速い粒界は必ずしも一致しない、遅い粒界に関しても同様である、ということが明らかとなった。従って、酸素とチタンは異なるメカニズムによって粒界における拡散の促進が起こっているものと推察できる。そこで、粒界におけるそれぞれの元素の拡散促進メカニズムについての知見を得るために、その起源に直結すると考えられる数種類の粒界構造パラメータを、これまでにHRTEM及び理論計算によって詳細に報告されている粒界構造から抽出し、粒界拡散と相関するパラメータの探索を行った。その結果、酸素及びチタンの粒界拡散挙動はそれぞれ粒界におけるA1-0結合欠損の密度、粒界自由体積(粒界における体積の増加量)とよい相関が得られることが明らかとなった。著者はこの結果をもとに、A1-0結合欠損を大きいレベルでの粒界構造のディスオーダー、粒界自由体積を小さいレベルでのディスオーダーととらえ、酸素及びチタンのイオン半径の違いによる拡散に必要な結晶構造のひずみ(拡散の活性化エネルギー)の大きさに起因して、酸素拡散の促進には大きなひずみの量であるA1-0の結合欠損、チタン拡散の促進には小さなひずみの量を表すと考えられる粒界自由体積がそれぞれの粒界拡散係数と相関するものであると結論した。

実際に用いられる多結晶体の粒界拡散の制御には、添加物による粒界の元素修飾が非常に重要であり、中でもイットリウム、ルテシウムなどの元素は、アルミナセラミックスの粒界拡散を劇的に抑制する効果があることが高温特性の結果などから示唆されている。そこで、粒界拡散に対する添加物の効果を粒界の原子構造の影響を排除して抽出するために、先ほど用いたΣ31{7n40}粒界と同じ方位関係を有するイットリウムを偏析させた粒界を作製し、酸素拡散係数の測定を行った。その結果、Σ31粒界においては、イットリウム添加によって粒界拡散係数が約一桁程度減少する一方、その活性化エネルギーは大きく変化しないことが明らかになった。また、粒界の原子構造自体はイットリウム添加によって大きく変化しておらず、粒界の特定のサイトにイットリウムが偏析していることがこれまでに明らかになっている。このことから著者は、イットリウムによる粒界拡散抑制のメカニズムは、その周辺の拡散を完全にストップさせるブロッキングによるものであり、ブロッキングは、イオン半径及び酸素との結合距離の大きいイットリウムによる周辺の結合欠損の回復、もしくはイットリウムが粒界に優先的に偏析することで、外因欠陥を生成する価数の異なる有害な不純物を押し出す(swampout)ためであるという結論を導いた。

最後に、高配向かつ高密度な転位を単結晶中に導入した試料を用いて高速拡散の最も単純なモデルである転位拡散の挙動を定量的に評価した。拡散種については、酸素、およびアルミニウムに近い挙動を示すと考えられるクロム、及び転位に強く偏析し、転位に導電性を与えることが明らかとなっているチタンを選択し、それぞれの拡散係数及び温度依存性を系統的に調査した。その結果、いずれの元素においてもパイプ拡散係数は体積拡散係数に比べて4-6桁程度大きくなっていることが確認された。これまでに異なった手法により報告されている酸素パイプ拡散係数との比較から、酸素のパイプ拡散の有効半径は、本研究で用いた2つに分解した転位の両部分転位及びその間に生成する積層欠陥領域の大きさのオーダーとほぼ等しい1hm程度であることが明らかとなった。また酸素及びクロムはその活性化エネルギーが体積拡散と変わらない(酸素の体積拡散:5.4eV、パイプ拡散:4.4eV、ク白ムの体積拡散:3.leV、パイプ拡散3.2eV)のに対してチタンはパイプ拡散の活性化エネルギーが大きく低下(体積拡散:5.3eV、パイプ拡散:1.9eV)することが明らかになった。チタンは転位に強く偏析することがEELSを用いた実験で明らかにされていることから、チタンの拡散の促進において非常に強い影響を与えることが考えられる。これまでも理論的に、また実験的にも金属材料において偏析が見かけの活性化エネルギーを低下させることが明らかにされているが、今回得られた活性化エネルギーはこれまでの理論で考えられるよりも大きく活性化エネルギーが低下している。そこで、著者はチタン原子の一部分が4価の状態で偏析していることに注目し、4価のチタンが偏析することで拡散のキャリアとなるアルミニウム空孔が増加し、拡散を高速にするというメカニズムを新しい拡散促進のメカニズムとして提案した。このメカニズムはイットリウムによって有害不純物をはじき出すという拡散抑制のメカニズムとは真逆のメカニズムであり、外因性欠陥が拡散に重要な役割を果たすアルミナの拡散において成立する重要な拡散メカニズムであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

粒界や転位などの格子欠陥に沿った原子の高速拡散は、結晶性材料における基礎的な現象の一つであり、高温下の様々な材料特性を支配する重要因子である。セラミック材料においては、複数の電荷符号の異なるイオンから構成される故の構造の複雑さ、さらに格子欠陥周辺に生じる空間電荷層の影響などから、金属・半導体材料に比べて、界面が材料のマクロな特性に及ぼす影響が大きい。しかし、そのような複雑さは、セラミック材料中の高速拡散現象の定量的な解析を困難にする一因ともなっている。一方、高速拡散の起源は、欠陥領域の特異な局所構造にあることから、拡散挙動と欠陥構造の相関性を定量的に評価することで高速拡散現象の本質的な理解を深めることが可能であると考えられる。そこで本研究では、代表的なセラミックスであるアルミナを研究対象として、欠陥構造を高度に制御したモデル試料を作製するとともにその高速拡散挙動を定量的に評価し、これまでの研究で得られている欠陥領域の原子構造との相関性を詳細に考察することによって、粒界や転位などの欠陥領域における高速拡散メカニズムを原子レベルから明らかにすることを目的として行った。本論文は以下の5章から構成されている。

第1章は序論であり、拡散係数の評価に用いた拡散モデル、二次イオン質量分析器(SIMS)を用いたトレーサー法についての説明を行っている。また、材料特性としての高速拡散の重要性、これまでのアルミナにおける拡散研究で得られた知見、および未解明な点について概説し、本研究で用いたモデル材料に対するトレーサー法による直接的な拡散測定の必要性や新規性、独創性などについて記述し、本研究の目的について述べている。

第2章では、粒界方位を系統的に変化させた5種類の双結晶を作製し、各粒界における酸素及びTiの拡散挙動の系統的な調査を行っている。その結果、各元素の粒界拡散係数は粒界性格に大きく依存することが明らかとなった。また、拡散係数の粒界性格に対する傾向は酸素とTiで異なっており、これは粒界における拡散促進メカニズムの相違によるものと推察された。さらに、これまでに高分解能電子顕微鏡観察及び理論計算によって明らかにされている各粒界の原子構造から種々のパラメーターを抽出し、各元素の粒界拡散係数との関係を検討した結果、酸素及びTiの粒界拡散挙動はそれぞれ、粒界におけるAl-O結合欠損の密度、粒界自由体積(粒界における体積の増加量)とよい相関が得られることが明らかとなった。

第3章では、粒界拡散を強く抑制する添加元素であるYの効果を明らかにするため、同じ方位関係を有する無添加、及びY添加粒界を作製し、各粒界の酸素拡散係数の測定を行った。その結果、Y添加によって粒界拡散係数が約一桁程度減少する一方、その活性化エネルギーは大きく変化しないことが明らかになった。また、粒界の原子構造ユニットはYを添加しても大きな変化は無く、Yは粒界の特定のサイトに偏析していることから、Yによる粒界拡散抑制のメカニズムは、その周辺の拡散を効果的に抑制するブロッキングによるものと考えられる。ブロッキングは、酸素との結合距離の長いYによる周辺の結合欠損の回復、もしくはYが粒界に優先的に偏析することで、外因欠陥を生成する価数の異なる不純物を粒界から排除することによる効果であるという結論を得た。

第4章では、高配向かつ高密度な転位を単結晶中に導入した試料を用いて、高速拡散の最も単純なモデルである転位拡散の挙動を定量的に評価した。拡散種については、酸素、Cr及びTiを選択し、それぞれの拡散係数及び温度依存性を系統的に調査した。その結果、いずれの元素においても転位拡散係数は体積拡散係数に比べて4-6桁程度大きくなっていることが確認された。酸素の転位拡散の有効半径は、これまでに報告されている拡散係数との比較から、1nm程度であるものと見積もられた。また3元素の中でTiの転位拡散の活性化エネルギーが体積拡散のそれと比べて非常に小さくなるが、これは、Tiは3価の状態ではなく、転位に偏析しやすい4価の状態で拡散していることを示唆している。この結果を基に、Ti4+が偏析することで拡散のキャリアとなるAl空孔が増加することがその拡散を促進するという新しいメカニズムを提案した。これは第3章で得られたYによって有害不純物を押し出すという拡散抑制のメカニズムと同様、外因性欠陥が拡散に重要な役割を果たすアルミナの拡散において成立する重要な高速拡散メカニズムであると考えられる。

第5章は総括であり、本論文全体の成果がまとめられている。

以上のように、本論文は、アルミナの高温挙動を支配する高速拡散に関する系統的な調査を行い、粒界拡散を支配する粒界構造因子の抽出や、Y添加効果のメカニズム、転位拡散の有効半径の見積もり、マトリックス元素と価数の異なるTiの特異な転位拡散挙動など、セラミック材料の欠陥における高速拡散機構の理解に貢献する多くの新しい知見が得られており、この研究の意義は大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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