学位論文要旨



No 123486
著者(漢字) 韓,雄熙
著者(英字)
著者(カナ) ハン,ウンヒー
標題(和) 希土類金属合金の熱力学
標題(洋)
報告番号 123486
報告番号 甲23486
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6802号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 教授 光田,好孝
 東京大学 准教授 岡部,徹
内容要旨 要旨を表示する

希土類金属は鉄鋼プロセスから精密部品等の機能性材料の原料までの広い分野で用いられており、リサイクルプロセスの研究および開発が進んでいる。希土類金属を工業的に製造するためには、希土類金属および他の元素等との反応関係を理解しなければならない。その上で、必要となるデータの一つが熱力学データである。本研究では複数の試料を同時に封入し測定できるマルチクヌーセンセル質量分析法によって希土類金属系の蒸気圧および活量を調査した。

本研究で用いたマルチクヌーセンセル質量分析法は高温、高真空下でクヌーセンセルから流出した蒸気を質量分析装置によってイオン電流として検出する方法である。二つ以上のクヌーセンセルを質量分析装置内に封入し、蒸気圧が既知の標準試料および測定試料のイオン電流を検出した。イオン電流測定はクヌーセンセルを挿入しているセルホルダーを回転させ、クヌーセンセルから蒸発した標準試料および測定試料の蒸気を真空容器の上部に設置した四重極質量分析装置によりイオン化し、比電荷ごとにイオン電流として測定した。標準試料および測定試料から検出されたそれぞれのイオン電流値の比を取ることで活量を算出した。クヌーセンセルはMo製のものを用いた。オリフィスはそれぞれの実験条件に合わせ直径を0.4mmから1.19mmまで変えて測定を行った。また、内部るつぼをクヌーセンセルに入れ各々の実験を行った。内部るつぼの材質は測定試料の条件に合わせ(Al203、Mo、Ta)選択した。

クヌーセンセル質量分析法により活量が正しく測定されることを確認するため、Fe-CuおよびCu-P合金の活量および蒸気圧を測定した。Fe-CuおよびCu-P合金の測定では両方ともにオリフィス径0.4mmのものを用いた。Fe-Cu合金中Cuの活量は1200から1650Kにおいて、γFe固相単相、γFe固相+液相とγFe固相+Cu固相の二相共存、液相単相の相領域でCuの活量を調査した。標準試料である純CuとFe-Cu合金試料を同時に封入しイオン電流を測定し、検出された純Cuのイオン電流値とFe-Cu合金試料のイオン電流値を比較して、合金中のCuの活量を算出した。そのとき純Cuからは比電荷63、65のイオン電流が検出され、これらを足したものをCuのイオン電流として計算に用いた。測定の結果、Fe-Cu合金中のCuの活量は全組成にわたり温度の上昇に伴い減少することがわかった。また、二相共存領域では、合金組成を変えてもCuの活量は一定になり、γFe固相単相となるCuの最低濃度である7at%Cu合金中Cuの活量が最も低くて、液相単相となる97at%Cu合金中Cuの活量が最も高くなった。また、Cuの活量は全組成にわたりラウール法則より正に偏奇しており、温度の上昇に伴い活量が減少しラウール法則に近付いた。Cu-P合金中のPと平衡するP2の蒸気圧は、1202から』1476Kまで、Cu固相、Cu固相+液相の二相共存および液相単相の相領域でP2の蒸気圧を調査したCu-O.47at%P合金を標準試料として用い、Cu-P合金中のPと平衡するP2の蒸気圧を算出した。Pは質量数31の原子のみが存在し、本研究では合金試料から比電荷62のイオン電流が検出されP2が検出されたことを確認した。P2蒸気圧の測定の結果、液相でのP2蒸気圧は合金中のP濃度が増加するに伴い直線的に増加し、濃度はP2蒸気圧の平方根に比例するため合金中のPはSieve質法則に従うことがわかった。融点以下のP2蒸気圧は、同一温度において、Cu固相単相領域では合金中のP濃度の増加とともに上昇し、Cu固相+液相二相共存領域ではCu-P合金の組成が変化しても平衡するP2蒸気圧は一定となった。また、二相共存領域のP2の蒸気圧は温度が上昇させると1247Kまでは増加し、それ以上の温度では減少した。

希土類金属単相の蒸気圧は標準試料(Cu、Ni、Y)と希土類金属(Y、Sc、La、Ce)のイオン電流値を比較し算出した。初めに、標準試料にCu、Niを用いてYの蒸気圧測定を行った。オリフィス径はo.4、o.5mmのものを用いた。純Yと純Niあるいは純Yと純Cuを同時に封入しイオン電流測定を行った。純Yは質量数89のみ存在し、Yからは比電荷が89のイオン電流が検出され、Yのイオン電流として計算に用いた。Niは様々な質量数の同位体が存在するが、そのうち比電荷58、60のイオン電流が明確に検出され、比電荷58、60測定値からNiの同位体の存在比を用いてNiのイオン電流を算出し計算に利用した。測定の結果、測定条件を変えても、各々の測定実験から算出したYの蒸気圧はよく一致することがわかった。次は純Scの蒸気圧を標準試料の純Yと純Cuと同時に封入しイオン電流測定を行った。オリフィス径は0.4mmのものを用いた。Scは質量数が45のみ存在し、比電荷45のイオン電流が検出され、Scのイオン電流として計算に利用した。測定の結果、二つの標準試料(Cu、Y)からScの蒸気圧を算出しても、Scの蒸気圧はよく一致することがわかった。次は純Ceと純Laの蒸気圧を標準試料である純Yと同時に封入してイオン電流測定を行った。オリフィス径}ま0.4、0.94、1.l9mmのものを用いた。La、Ceは様々な質量数の同位体が存在するし、Laからは比電荷139、Ceからは比電荷140のイオン電流が明確に検出され、LaとCeの同位体の存在比を用いてLaおよびCeのイオン電流値を各々算出した。測定の結果、各々の実験の条件から算出したLaとCeの蒸気圧はよく一致することがわかった。

希土類金属中で、酸素の固溶度が高いYを用いて、Y-0合金中のYの活量を調査した。Y-0合金中のYの活量測定は1473Kから1573Kまで、αY(s)、βY(s)、αY(s)+βY(s)およびβY(s)+Y203(s)の二相共存の領域相で行った。測定では標準試料である純YとY-0合金試料を同時に封入してイオン電流を測定し、検出された純YとY-0合金試料中のYのイオン電流値を比較しYの活量を算出した。オリフィス径は0.4mmのものを用いた。測定の結果、同一温度では酸素濃度の増加に伴いYの活量が減少し、二相共存領域(αY(s)+βY(s)およびβY(s)+βY203(s))ではYの活量は一定となることがわかった。また、13.1at%0および15.2at%0合金は温度の上昇に伴い、13.1at%0については1498Kから二相共存領域からβY(s)単相に、15.2at%0については1573KからβY(s)単相に変わり、Yの活量は二相共存領域のYの活量より減少することがわかった。

希土類金属とFeとの合金としてY-FeおよびLa-Fe(s)合金中の活量測定を行った。Y-Fe合金の測定は合金試料を同時に封入してイオン電流を測定した。Feは様々な質量数の同位体が存在し、比電荷54、56のイオン電流が明確に検出され、これを足したものをFeのイオン電流として用いた。オリフィス径は0.4mmのものを用いた。Y-Fe合金の測定では、まず同一温度ではYの灘の増加に伴いYの活量は増加しFeの活量は減少した。液相単相領域で得られたYとFeの活量は温度の上昇とともに両方とも少し増加した。液相+αY固相二相共存領域で測定した83.3、87,8at%Yの合金中のYおよびFeの活量は一定となり、温度の上昇に伴いYの活量は増加し、Feの活量は減少した。また、83.3at%Y合金は1548Kから液相単相に測定相が変り、Yの活量は減少し、Feの活量は増加した。Fe3Y+液相の二相共存領域では温度の上昇に伴いYの活量は減少し、Feの活量は増加した。23.lat%Y合金を用いたFe23Y6+Fe3Yから液相単相までの測定ではFeの活量は1498Kまではほとんど変化せず、1523Kからは増加することが分かった。Feの活量の温度に対する変化から、1498KまではFe23Y6(s)+Fe3Y(s)の二相が共存しており、1523Kからは合金の一部分あるいは全体が液相になったと考えた。15.lat%Y合金ではFeの活量は1573K温度で急に高くなることから、1573Kにおいて測定相がFel7Y2(s)+Fe23Y6(s)の二相共存から液相に変わったことと考えた。二相共存領域で得たYとFeの活量を用いて中間化合物の生成自由エネルギー変化を求めた。La-Fe合金の活量は1473から1598Kまで、γFe固相+液相の二相共存の相領域でLaおよびFeの活量を得た。測定では標準試料である純La、純FeとLa-Fe合金試料を同時に封入してイオン電流測定を行った。オリフィス径は1.19mmのものを用いた。La-Fe合金の測定では、同一温度において合金中のLa濃度の増加に伴いLaの活量が増加し、Feの活量は減少した。液相単相領域で測定し得られたLaおよびFeの活量の温度上昇に対する増減は、一定な傾向を持つことが各々の組成の合金において確かめられた。39.3at%Laの場合は、1548KまではγFe固相+液相の二相共存領域であり、温度上昇に対してLaの活量は減少し、Feの活量は増加した。1553Kからは液相単相領域となりY、Feの活量は両方ともほとんど変化しなかった。

審査要旨 要旨を表示する

希土類金属は超高性能バッテリーの負極物質、超高性能ネオジウム磁石など工業的に広い分野で用いられており、資源が偏在することもあってリサイクルプロセスの研究および開発が進んでいる。また、鉄鋼における新たな組織形成添加剤としても検討されており、希土類金属を工業的に製造、利用するためには、希土類金属および他の元素等との反応を定量的に理解しなければならない。その際正確な熱力学的数値が必要となる。しかし活性物質として知られている希土類金属は酸素等との親和力が大きく、反応性が高いため過去の熱力学的研究では正確な結果が得られていない可能性があった。本論文は、酸素等の不純物の影響を最小化した超清浄雰囲気下で測定するマルチクヌーセンセル質量分析法を開発し、希土類元素純金属の蒸気圧(Sc、Y、La、Ce)および希土類金属合金(Y-O、Y-Fe、La-Fe合金)の活量を測定し、得られた結果を用いて熱力学的な妥当性を考察したものである。本論文は以下の7章よりなる。

第1章では、希土類金属の工業的な最近の需要に関して、熱力学的な特性の必要性を調べた。そこで過去に熱力学結果を得るため行った様々な研究方法の特徴、問題点などを調査し、過去の研究の問題点を解決する方法として本研究ではマルチクヌーセンセル質量分析法を開発し、研究の目的を明確している。

第2章では、本研究で用いたマルチクヌーセンセル質量分析法の原理、歴史を説明し、この方法の元になる高温質量分析法、クヌーセンセル法およびシングルクヌーセンセル質量分析法等で用いた希土類金属の熱力学研究より、本研究で用いた測定方法が過去の方法より発展点および長所について論じている。また、本研究で用いたクヌーセンセル質量分析装置および実験方法について説明している。

第3章では、マルチクヌーセンセル質量分析法により活量、蒸気圧が正しく測定されることを検証するため、Fe-Cu合金中Cuの活量およびCu-P合金から蒸発したP2 の蒸気圧の測定が行っている。この結果、Fe-Cu合金は、1200から1650 Kにおいて、γFe固相単相、γFe固相+液相とγFe固相+Cu固相の二相共存、液相単相の相領域でCuの活量変化を明らかにしている。次は、Cu-P合金から蒸発した気体はP2を1202から1476Kまで、Cu固相、Cu固相+液相の二相共存および液相単相の相領域でP2の蒸気圧を、温度および組成変化について明らかにしている。Fe-CuおよびCu-P合金の状態図の相平衡関係等について考察を行っている。

第4章では、希土類合金系の活量測定の標準試料として利用するため、純物質の希土類金属が本研究の実験方法で正確に測定されることを確かめるため、Sc、Y、La、Ceの蒸気圧の測定を行っている。標準試料にCu、Niを用いてYの蒸気圧測定を行い、YYの蒸気圧の関係式を求めている。同様に、Scの蒸気圧を標準試料YとCuを用いて測定して、またLaとCeの蒸気圧は標準試料Yを用いて測定を行ってSc、La、Ceの蒸気圧の関係式を求めている。さらに、従来の結果との比較等を行って、結果の正確性について考察を行っている。

第5章では、酸素の固溶度が高いYを用いて、1473 Kから1573 Kまで、αY(s)、βY(s)、αY(s)+βY(s)およびβY(s)+Y2O3(s)の二相共存の領域相でYの測定を行っている。測定の結果については、Y-O合金に存在している様々な相、温度変化、組成変化に対しての活量変化を明らかにしている。この結果、βY(s)+Y2O3(s)の二相共存領域で過去の研究結果と比較し、βY(s)/βY(s)+Y2O3(s)における平衡酸素分圧、自由エネルギーについて考察している。

第6章では、Y-FeおよびLa-Fe(s)合金中の活量測定を行っている。Y-Fe合金は1473から1573 Kまで、Fe17Y2(s)+Fe23Y6(s)、Fe23Y6(s)+Fe3Y(s)、Fe3Y(s)+液相、液相+αY(s)の二相共存と液相単相の相領域でのYとFeの活量の測定を行って、様々な相、温度変化、組成変化に対しての活量変化を明らかにしている。同様に、La-Fe合金は1473から1598 Kまで、γFe固相+液相の二相共存の相領域と液相単相でLaとFeの活量の測定を行って、様々な相、温度変化、組成変化に対しての活量変化を明らかにしている。得られたY-Fe合金中のYとFeの活量およびLa-Fe合金中のLaとFeの活量を用いて、様々な方法で熱力学的考察を行っている。

第7章では本研究で得られた成果を総括している。

以上要するに、本論文は、マルチクヌーセンセル質量分析法を用いて、希土類金属中、Sc、Y、La、Ceの蒸気圧を測定し、Y-O、Y-Fe、La-Fe合金中の活量を測定し、これらを測定するため様々な実験条件で行って、得られた結果が熱力学的に妥当であることを証明している。これら一連の研究成果は、従来の熱力学の測定方法における誤差になる可能性の問題点を解決し、正確な結果を求めて様々な熱力学的な計算および検証ができる、土類金属系の熱力学研究に要素する研究方法であり、材料工学の発展に大きく寄与するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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