学位論文要旨



No 123488
著者(漢字) 桑原,章
著者(英字)
著者(カナ) クワハラ,アキラ
標題(和) リチウムイオン二次電池用高出力正極材料の微細構造設計
標題(洋)
報告番号 123488
報告番号 甲23488
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6804号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 瀬川,浩司
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 准教授 立間,徹
 東京大学 准教授 小倉,賢
内容要旨 要旨を表示する

第1章では、研究背景としているリチウムイオン二次電池やその正極材料の特徴を概説し、研究目的と方針を述べた。

リチウムイオン二次電池は携帯機器用電源などに広く利用されているが、電気自動車用など高出力補助電源しての応用も期待されており、そのための研究が現在盛んに行われている。リチウムイオン二次電池はエネルギー密度が大きいため、高出力化すなわち大電流密度時に生じる容量の減少を抑えることができれば、これらの用途への応用が期待できる。リチウムイオン二次電池は電極活物質中へのリチウムイオンの挿入脱離反応により充放電が可能となるため、電極活物質のリチウムインターカレーション特性が重要となる。リチウムインターカレーション特性は活物質中のリチウムイオンの拡散や電子導電性などによって支配されるため、電極の微細構造に強く依存し、その適切な制御が高出力化には不可欠である。正極活物質にはインターカレーション特性に加えて環境負荷物質を含まないことや安価であることが求められ、リン酸鉄リチウム(LiFePO4)は環境安全性やコストの面で現在実用化されている材料に比べて有利であり、大型リチウムイオン二次電池用の正極材料として有望視されている。しかし、LiFePO4を正極材料として用いるには電子導電性が低いために大電流密度時に顕著な容量減少が起こるということが課題となっている。本研究では、LiFePO4と炭素材料との複合体の微細構造を制御することにより、リチウムイオン拡散距離や電子導電性と電気化学特性との関係を明らかにし、これをもとに電極微細構造の設計指針を得ることを目的とした。また、電極構造と大電流密度時における電気化学特性との関係をより明らかにするため、拡散シミュレーションを用いた解析を行い、適切な電極構造モデルを得るための指針とした。

第2章では、ゾルゲル法によってLiFePO4と炭素材料との複合体を作製し、その評価を行った。

LiFePO4/carbon複合体の合成に適したゾルゲル法によるLiFePO4の合成法を探索した結果、クエン酸鉄を用いて合成する方法がもっともLiFePO4/carbon複合体の合成に適していると考えた。このゾルゲル合成方法を用いて多孔質炭素内へのLiFePO4前駆体溶液の導入を行い、ポア内へのLiFePO4析出を試みた。得られたLiFePO4/多孔質炭素複合体の微細構造は、多孔質炭素内部へ導入された10 ~ 20 nm程度のLiFePO4微粒子の存在を確認できた。一方、この多孔質炭素表面には200 nm程度のLiFePO4の粒子も存在していた。ただ、この200 nm程度のLiFePO4の粒子は電気化学的に利用可能であった。LiFePO4と炭素材料の混合比を変えて作製したLiFePO4/多孔質炭素複合体では多孔質炭素最表面に数mを超える粒子が存在し、この粗大粒子は電気化学反応に不活性であった。これらより、良好な電子導電パスをもつ複合体は良好な出力特性を示した。また、粒子状炭素表面へのLiFePO4析出を試みた結果、均一なLiFePO4/粒子状炭素複合体の粒子径は100 nm程度であり、良好な負荷特性を示した。一方、数mを超えるLiFePO4の粒子が存在する複合体は大電流密度時に顕著な容量減少が確認された。小さな粒子のみで構成されている複合体は良好な出力特性を示した。それぞれのLiFePO4/carbon複合体について高出力特性を得られた要因をまとめると、

・LiFePO4/多孔質炭素複合体 : 高電子導電パスを持つ

・LiFePO4/粒子状炭素複合体 : LiFePO4の微粒子化

であった。"高電子導電パス"と"LiFePO4の微粒子化"の両条件を満たすLiFePO4/carbon複合体の構造をLiFePO4/粒子状炭素複合体に導電助剤を混合して電極を作製することにより実現した。この電極はもっとも良好な出力特性を示し、高出力特性を得るには"リチウムイオンの拡散距離を短くすること"および"反応場へのスムーズに電子を輸送すること"の両者が必要であるということが分かった。

第3章では、水熱法によってLiFePO4と炭素材料との複合体を作製し、その評価を行った。

LiFePO4粉末における容量の向上を狙い、窒素雰囲気下での水熱合成によりLiFePO4粉末の合成を行った。LiFePO4の水熱合成を窒素雰囲気下で行うことによって、水溶液中含まれているの酸素によるFe2+→Fe3+への価数変化を抑制した。その結果、窒素雰囲気下、および、空気雰囲気下で混合した前駆体溶液中ではFe2+の量に差があったものの、水熱合成完了後のLiFePO4粉末の結晶構造に差異は確認されず、LiFePO4粉末中のFeの価数も差異は認められなかった。一方、LiFePO4粉末の粒子径は窒素雰囲気下で合成したLiFePO4粉末の方が小さかったことから、前駆体溶液中でのFe2+濃度により、粒子の大きさが変化し、LiFePO4の生成(粒成長)機構を明らかにすることができた。窒素雰囲気下で水熱合成を行ったLiFePO4粉末から作製した電極は、LiFePO4粒子の大きさの違いによって、空気雰囲気下で合成したものよりも大きな放電容量を示した。電気化学測定時にはLiFePO4粒子が小さいことによって、表面積が増加したことで見かけ上の電荷移動反応が速くなったこと、および、リチウムイオンの拡散距離が短くなったことに寄与していた。

LiFePO4/鎖状炭素複合体を水熱法により合成した。水熱合成時において混合溶液中のアセチレンブラックの分散性が均一な複合体を得るのに重要であり、分散剤にジオキサンを用いた複合体では、ほぼ均一な100 nm程度のLiFePO4/鎖状炭素複合体微粒子で形成された微細構造を持つ複合体を作製することに成功した。この均一なLiFePO4/鎖状炭素複合体の電気化学特性評価を行った結果、良好な負荷特性を示すことが分かった。第2章で良好な出力特性を得るためには"高電子導電パス"と"LiFePO4の微粒子化"の両条件を満たす必要があると結論づけ、この複合体はこれらの要素を満たしている構造であるため良好な出力特性を示したと考えられる。この複合体の構造は、電子導電パスは複合体内部の炭素同士が接触していることにより確保され、炭素表面のLiFePO4は10 ~ 20 nmにまで微粒子化されている構造を有しているため"高電子導電パス"と"LiFePO4の微粒子化"を実現することができた。電極総重量の削減による、電極重量あたりの容量増加のため、LiFePO4/鎖状炭素複合体中の炭素量の低減を試みたが、炭素量が50wt.%より少なくなると、LiFePO4の粗大粒子が生成し、良好な出力特性は得られなかった。よって、"高電子導電パス"と"LiFePO4の微粒子化"をもつLiFePO4/鎖状炭素複合体の作製には炭素量が50wt.%程度必要であった。

第4章では、それぞれの複合体についてのシミュレーション解析を行った。

実験によって得られた様々な構造を持つLiFePO4/carbon複合体の出力特性シミュレーションを行った。LiFePO4/粒子状炭素複合体のシミュレーションでは、リチウムイオンの拡散シミュレーションにおいて、良好な電子導電パスを持たない複合体のシミュレーションには見かけ上のリチウムイオンと電子の混合拡散係数De,Liを定義し、このイオン・電子混合拡散係数を用いることによって出力特性のシミュレーションを可能にすることができた。LiFePO4/多孔質炭素複合体のシミュレーションでは、粒度分布を持つ複合体のシミュレーションを様々な拡散距離を用いて行い、それぞれを足しあわせることによってシミュレーションを実現した。これらの方法を用いたシミュレーションによって、出力特性を再現できることが明らかとなった。シミュレーションの結果より、LiFePO4/鎖状炭素複合体は合成できた複合体の中で最も良好な出力特性を示すことが確認できた。

多様な複合体の構造から期待できる出力特性を見積もる必要があり、このシミュレーションを用いてLiFePO4/carbon複合体における最適な微細構造の探索を行った。構造モデルとしては、炭素の表面をLiFePO4が均一に覆った構造を仮定して構造を設計した。LiFePO4と炭素量を規制した構造では、格子状の炭素枠組を用いることによって最も効率的にLiFePO4を配置できた。この格子構造の出力特性シミュレーションから、各構造の中でもっとも良好な出力特性を示すことが分かった。一方、ハニカム構造を用いるとLiFePO4の配置が非効率的となり、出力特性がよくない結果となった。これらの結果をまとめた設計指針としては、「リチウムイオンの拡散距離をできるだけ短くできるような格子構造を実現することによって、最も良好な出力特性を示すことができる」ということが示された。

第5章では総括を記述した。

高出力特性を得るには"リチウムイオンの拡散距離を短くすること"および"反応場へのスムーズに電子を輸送すること"の両者が必要であるということが分かった。均一なLiFePO4/鎖状炭素複合体の出力特性をシミュレーションによって再現すると、電気自動車用電池に求められる電流密度において93%もの容量を維持することが可能であることが分かった。均一な複合体構造を実現するための手法としては、炭素とLiFePO4前駆体溶液との界面の親和性を良好にすることが必要であり、良好な界面の形成には炭素の表面官能基を制御するなどの方法で実現できると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

リチウムイオン二次電池は携帯機器用電源などに広く利用されているが、近年では電気自動車用など高出力補助電源しての応用が期待されている。リチウムイオン二次電池は電極活物質中へのリチウムイオンの挿入脱離反応により充放電を行うため、電極活物質のリチウムインターカレーション反応において、大電流密度時に生じる容量の減少を抑えることができれば高出力化が可能となる。リチウムインターカレーション特性は活物質中のリチウムイオンの拡散や電子導電性などによって支配されるため、電極の微細構造に強く依存し、その適切な制御が高出力化には不可欠である。また、正極活物質にはインターカレーション特性に加えて環境負荷物質を含まないことや安価であることが求められる。リン酸鉄リチウム(LiFePO4)は環境安全性やコストの面で有利であり、大型リチウムイオン二次電池用の正極材料として有望視されているが、電子導電性が低いために大電流密度時に顕著な容量減少が起こるということが課題となっている。本論文は、リチウムイオン二次電池用高出力正極材料の微細構造設計と題し、LiFePO4と炭素材料との複合体の微細構造を制御することにより、リチウムイオン拡散距離や電子導電性と電気化学特性との関係を明らかにし、これをもとに電極微細構造の設計指針を得ることを目的として研究を行ったもので、全5章からなる。

第1章は序論であり、研究背景と研究目的、本研究の意義について述べている。

第2章ではゾルゲル法によるLiFePO4/多孔質炭素およびLiFePO4/粒子状炭素複合体の合成と特性について述べている。LiFePO4/炭素複合体の合成には、クエン酸鉄を用いるゾルゲル法が最も適していることを明らかにし、この方法により多孔質炭素内へのLiFePO4前駆体溶液の導入を行い、細孔内へのLiFePO4析出を行っている。LiFePO4/多孔質炭素複合体では、10 ~ 20 nm程度のLiFePO4微粒子が多孔質炭素内部に存在し、一部200 nm程度のLiFePO4の粒子が多孔質炭素表面にも存在することを確認した。また、LiFePO4/粒子状炭素複合体では粒子状炭素表面へのLiFePO4析出を行い、粒子径100 nm程度のLiFePO4/粒子状炭素複合体が形成されていることを確認した。これらのLiFePO4/炭素複合体はいずれも、LiFePO4粒子と炭素粒子の混合体よりも良好な出力特性が得られた。これらより、高出力特性の発現にはLiFePO4の微粒子化と電子導電パスの存在が重要であり、LiFePO4/多孔質炭素複合体では後者が、LiFePO4/粒子状炭素複合体では前者が、高出力特性の主要因であることを明らかにしている。

第3章では、水熱合成法を用いたLiFePO4/鎖状炭素複合体の合成とその特性について述べている。窒素雰囲気下での水熱合成と粒子成長機構の検討により、炭素粒子が接触した構造を持つLiFePO4/鎖状炭素複合体の合成に成功し、著しく優れた出力特性が発現することを見出している。この複合体は、複合体内部の炭素同士が接触していることにより電子導電パスが確保され、炭素表面のLiFePO4は10 ~ 20 nmにまで微粒子化されている構造を有している。この複合構造は、第2章で示された高出力特性の要件である高電子導電パスと電極活物質の微粒子化を満たしているため、良好な出力特性が実現されたと結論している。

第4章では実験によって得られた様々な構造を持つLiFePO4/炭素複合体の出力特性シミュレーションを行っている。リチウムイオンの二次元あるいは三次元拡散モデルを基に特性シミュレーションを行い、電流密度に依存した充放電容量の推定に成功し、実験結果との良い一致が得られている。良好な電子導電パスを持たないLiFePO4/粒子状炭素複合体では、見かけ上のリチウムイオンと電子の混合拡散係数を定義し、これを用いることにより出力特性のシミュレーションを初めて可能とした。また、LiFePO4の粒度分布を持つLiFePO4/多孔質炭素複合体では、2種の粒子径に応じたリチウムイオンの拡散距離を用いて計算し、それらを加えることによってシミュレーションを実現している。シミュレーションによる解析によってもLiFePO4/鎖状炭素複合体が最も良好な出力特性を示すことが確認でき、特性シミュレーションが電極微細構造の設計に有効であることを明らかにしている。この出力特性は電気自動車への応用にも対応できることを述べるとともに、高出力特性を発現する理想的な複合構造の提示も行っている。

第5章は総括であり、本研究で得られた結果を要約し、結論を述べている。

以上、本論文は、LiFePO4と各種炭素材料との複合体を合成し、その微細構造と出力特性の相関に関して実験的評価とシミュレーションを行い、複合構造電極の高出力発現に必要な微細構造要素とその寄与を明らかにしたものである。この成果は、優れた出力特性をもつリチウムイオン二次電池の実現のための明確な設計指針を与えるものであり、無機化学、材料化学の分野での今後の進展に大きく貢献するものと認められる。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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