学位論文要旨



No 123491
著者(漢字) 中島,隆芳
著者(英字)
著者(カナ) ナカシマ,タカヨシ
標題(和) 希土類123系超伝導大型結晶材料の組織制御と臨界電流特性
標題(洋)
報告番号 123491
報告番号 甲23491
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6807号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 准教授 下山,淳一
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 准教授 野原,実
 名古屋大学 教授 生田,博志
内容要旨 要旨を表示する

RE123溶融凝固バルクはテスラ級の磁場を発生するバルクマグネットとして、ドラッグデリバリーシステムなど従来のマグネットでは適わなかった新たな分野への応用展開が期待されている。29 Kでは17 Tの磁場を捕捉できることが報告されているが、冷却システムを簡素化するためには、より高温でも高い捕捉磁場特性を示すことが望ましい。RE123溶融凝固バルクの捕捉磁場は主に臨界電流密度(Jc)と試料径で決定されるため、捕捉磁場特性の向上を目指した研究は(動径方向への)大型化と高Jc化を中心に進められてきた。大型化については作製プロセスの改善により160 mmΦのものまでシングルドメイン化することに成功している。しかし、着磁に用いる超伝導マグネットのボア径による制約のため、これ以上試料径を拡大することはあまり意味を成さない。そこで、これからはもう一つの捕捉磁場特性改善指針である高Jc化がより一層注目されると予想できる。RE123溶融凝固バルクのJc特性に関しては数多くの報告があるものの、それらは必ずしも酸素量や微細組織、結晶配向性を関連づけた評価を行っておらず、そのためJc特性の支配因子についてはいまだにほとんど解明されていない。

本研究では高Jc特性を有するRE123溶融凝固バルクの組織および酸素量制御技術の確立を目的とした。そのためにまず、一般的な手法で作製したRE123溶融凝固バルクの酸素量を厳密に制御し、微細組織や結晶配向性と対応させて超伝導特性を評価することによりJc特性の決定因子を明確にする。また、Jc特性についてこれまで行われてきた議論と本研究の結果とを比較しながらその整合性について検討する。

本論文の本体に当たるのは第3章から第7章であり、以下に各章で得られた知見とJc改善指針について示す。

第3章 RE123溶融凝固バルクにおけるJc特性の決定因子

種結晶から動径方向に成長したa-growth領域には結晶成長方向に沿ってサブグレイン構造が発達する一方で、種結晶直下に成長したc-growth領域では不安定な条件下での結晶成長でもサブグレインはほとんど発生せず良好な結晶配向性を有することを明らかにした。両結晶成長領域における結晶配向性の違いは結晶成長時に発生した刃状転位の弾性的性質と結晶成長方位から説明することができる。

a-growth領域に特有のサブグレイン界面の一部は無磁場下からJosephson接合となっており、電流パスを制限していることを初めて実験的に明らかにした。

Jc特性はa-growth領域では磁場に対して単調に減少するのに対し、c-growth領域では酸素欠損に由来した大きな第2ピーク効果が現われた。a-growth領域でJcの第2ピーク効果が現われないのは、試料内を周回する電流がずれ角の大きいサブグレイン界面においてJosephson電流で制限されているためだと考えられる。高磁場領域でもサブグレイン界面で電流パスが減少するため、Jcで定義する不可逆磁場は結晶配向性に優れたc-growth領域で高くなった。

a-growth領域の磁場中抵抗では磁束フロー領域において双晶ピンに起因したショルダーが認められず、磁化緩和率は酸素欠損のピンポテンシャル由来の最小値を示した後、磁場に対して単調に増加した。一方、c-growth領域では3 ~ 5 Tの磁場領域において一定した磁化緩和率が観測され、双晶ドメインと相関があることを明らかにした。

第4章 c-growth領域を主体とした円柱状RE123溶融凝固バルクの作製と評価

第3章で得られた知見を元に、結晶配向性とJc特性に優れたc-growth領域を拡大するために、c軸方向に長い円柱状RE123溶融凝固バルクの作製を試みた。底部のDy211偏析層を差し引くと実質21 mmΦ x 14 mm(//t)のシングルドメイン化することに成功した。このようにアスペクト比(=試料厚み/試料径)の大きなRE123溶融凝固バルクを作製したのは本研究が初である。

c-growth領域はRE123結晶成長界面からの強い排出作用のためにRE211析出物の体積分率が低くRE123/RE211界面ピンニングが支配的な低磁場領域におけるJc特性がa-growth領域と比べて低いことで知られている。しかし、c-growth領域においても種結晶からすこし離れるとDy211析出物の体積分率はa-growth領域と同程度にまで増加し、0.1 T化のJcもa-growth領域と同等のJc ~ 7 x 104 Acm(-2)にまで増加することを確認した。

a-growth領域では種結晶近傍からサブグレインが発生し、結晶成長とともに結晶配向性は低下する。一方で、c-growth領域では種結晶から結晶成長端に至るまで良好な結晶配向性を維持しており、磁場中Jcも高いため最大体積ピンニング力は位置によらずa-growth領域の2倍となる6 ~ 8 x 108 Nm-3を示した。これらの結果から通常のa-growth領域が主体となるアスペクト比のRE123溶融凝固バルクと比べて本研究で作製したc-growth領域を主体とした円柱状Dy123溶融凝固バルクでは捕捉磁場特性の飛躍的な向上に有効であることを見出した。

第5章 重希土類系RE123溶融凝固バルクにおける超伝導特性の育成酸素雰囲気依存性

重希土類系のDy123溶融凝固バルクとHo123溶融凝固バルクをOCMG(Oxygen Controlled Melt-Growth)法によって作製した。どちらのRE123溶融凝固バルクも育成酸素分圧が増加するとキャリアの最適ドープ状態におけるTcは低下し、その時のアニール温度は低温側へシフトしたことから、従来RE/Ba固溶が起きないと考えられてきたこれらの重希土類系RE123溶融凝固バルクにおいてもREイオンがBaサイトへ固溶し、キャリア濃度の低下をもたらしていることが示唆された。

育成酸素分圧の増加に伴いBragg glass相が縮小したことから、ピンニングセンターとしてのRE/Ba固溶領域が増加していると考えられる。Dy123、Ho123溶融凝固バルクのどちらも酸化雰囲気で作製した時に明瞭なJcの第2ピークが現れ、磁場中Jc特性が向上することを明らかにした。軽希土類系RE123溶融凝固バルクでは還元雰囲気で作製することで過剰なRE/Ba固溶を抑制するが、重希土類系RE123溶融凝固バルクでは逆に酸化雰囲気で作製することでピンニングセンターとなるRE/Ba固溶領域の導入、結晶育成時間の短縮、ボイドの低減が期待できる。

第6章 RE123溶融凝固バルクの超伝導特性におけるAg添加効果

RE123溶融凝固バルクの機械的強度改善を目的として添加されていたAgはこれまでRE123には固溶せず、超伝導特性にも影響を与えないと見なされてきた。しかし、Ag添加したY123溶融凝固バルクではAg無添加のものと比べてキャリアの最適ドープ状態におけるTcが低下したことから、AgがY123結晶内に固溶していることを明らかにした。Ag添加はキャリアの最適ドープ状態に達するアニール温度の低下とc軸長の増加をもたらすことから、Ag+がCu-OチェーンのCuサイトを置換しており、アニール温度低下幅と酸素のノンストイキオメトリから置換量は約1.5%であると考えられる。最適ドープ状態以上のキャリア濃度において磁場中Jc特性はAg添加試料で大きく向上し、Ag+が置換した領域がLow-Tc相となり磁場中で有効なピンニングセンターとなっていることが示唆された。ただし、Ag置換では最適なアニール処理温度が低温側へシフトすることを考慮しなければならない。

仕込みAg濃度が過偏晶組成となるとAg置換量は固溶限で一定となるが、Ag添加量の増加とともにJc特性は全磁場領域で向上し、過偏晶組成で最も改善したことからRE123溶融凝固バルク全体に渡りJc特性を向上することが可能である。

Y123以外にGd123、Dy123、Ho123溶融凝固バルクにおいてもAg添加によるキャリアの最適ドープ状態におけるTcの低下とアニール温度の低下が見られ、Ag置換が起きていることが明らかになった。Gd123、Dy123溶融凝固バルクにおいてはAg添加により、キャリアの最適ドープ状態におけるTcの上昇し、Ag置換にRE/Ba固溶抑制効果があることを確認した。

第7章 Y123溶融凝固バルクの超伝導特性における残留炭素効果

残留炭素量がY123溶融凝固バルクのキャリア濃度や超伝導特性におよぼす影響を明らかにするために、原料粉や結晶育成雰囲気によって残留炭素量の異なるY123溶融凝固バルクを作製した。

アンダードープから最適ドープ状態にいたるキャリア濃度では試料によってほとんど差は見られないが、オーバードープ状態においては残留炭素量が減少するに従ってTconは系統的に低下した。このことから、多結晶体において残留炭素が主に結晶表面や粒界に存在し酸素拡散を阻害するのと同じく、Y123溶融凝固バルクでもキャリア濃度のオーバードープ状態におけるキャリアの導入を阻害していることが明らかになった。このことは熱起電力が残留炭素量の減少とともに系統的に低下したことからも支持された。また、残留炭素量の減少に伴う磁場中Jcと不可逆磁場の向上を確認した。この結果は結晶成長領域に依存しないものであり、CaドープしたY123薄膜でキャリア濃度を高めることで粒界の結合を高めているのと同様、a-growth領域のサブグレイン界面における粒界Jcの改善に有効であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「希土類123系超伝導大型結晶材料の組織制御と臨界電流特性」と題し、RE123(REBa2Cus3Oy ; RE = Rare Earth elements)溶融凝固バルク体の捕捉磁場特性を決定づける臨界電流密度(Jc)の支配因子と改善指針に関する研究結果をまとめたものであり、全8章で構成されている。

第1章では、RE123を中心とした高温超伝導体における磁束ピンニング特性、RE123溶融凝固バルクの特徴についてまとめ、RE123溶融凝固バルクを実用化するにあたって高Jc化を図る意義とそのための課題を明確にし、本研究の目的及び方針を示した。

第2章では、本研究で用いたRE123溶融凝固バルクの作製手法が記述されている。また、測定試料の酸素量精密制御と準備及びその基礎物性評価手法について述べている。

第3章では、金属不定比性のないY123溶融凝固バルクを用いて、種結晶から鉛直方向に成長した『c-growth領域』と動径方向に成長した『a-growth領域』を対比させてRE123溶融凝固バルクにおけるJc特性の決定因子について議論している。転位が発生しても粒界形成に至りにくいc-growth領域に対し、a-growth領域では刃状転位の弾性的性質に由来してサブグレイン界面が不可避的に形成されることを初めて明らかにした。形成されたサブグレイン界面は弱結合となりa-growth領域における磁場中Jc特性を低減させていると考察している。

第4章では、前章で得られた知見をもとにc-growth領域を主相とした円柱状Dy123溶融凝固バルクを作製し、本手法の有効性を検証している。c-growth領域では結晶成長とともにDy211粒子の析出量が増加することで、ゼロ磁場近傍のJc特性が向上し、その結果全磁場領域においてa-growth領域よりも高いJc特性を有すること、さらにa-growth領域の2倍の体積ピンニング力を示すことを明らかにしている。a-growth領域を主相とする従来の扁平なRE123溶融凝固バルクと比べて本章で作製した円柱状溶融凝固バルクでは大幅な捕捉磁場特性の向上が期待できる。

第5章では、重希土類系のDy123, Ho123溶融凝固バルクを制御された酸素分圧下で作製し、BaサイトへのRE固溶が起こる可能性を検証した。育成酸素分圧による系統的なキャリア濃度や磁化特性の変化から、これら重希土類系のRE123溶融凝固バルクにおいても酸化雰囲気での結晶育成によりBaサイトへのRE固溶が促進され、さらにRE/Ba固溶領域がピンニングセンターとなり磁場中Jcが向上することを明らかにしている。

第6章では、機械的強度向上のために添加されているAgが母相の超伝導特性に与える影響を議論している。添加されたAgは1価の状態でCu-O鎖のCuサイトを置換し、それに付随してキャリア濃度の低下やRE/Ba固溶の抑制をもたらすことを明らかにした。点欠陥的なピンニングセンターを導入するために様々な置換元素の探索が行われてきたが、Agは自動的に置換量を調整して均一な組成分布が得られるとともに磁場中Jcを大きく向上させる理想的な置換元素であることを報告している。

第7章では、原料粉末や大気中に含まれる炭素が作製したY123溶融凝固バルクのキャリア濃度に与える影響を議論している。作製過程上試料内に残留する炭素はY123母相内や粒界に偏析し、オーバードープ状態におけるキャリアの導入を抑制していることを指摘した。また、残留炭素を除去してキャリア濃度が上昇することで粒界の弱結合が軽減し、磁場中Jc特性が向上する可能性を見出している。

第8章では、各章で得られた知見を総括し、本研究で得られた結論の工学的重要性と展望について述べている。

以上、本論文はRE123溶融凝固バルクにおける微細組織、結晶配向性、酸素量と超伝導特性の相関を初めて精密かつ総合的に評価し、Jcの支配因子を明らかにした。本論文でまとめた研究は従来行われてきた高Jc化手法に致命的な問題点があることを顕わにし、捕捉磁場特性の改善につながらない原因を明確にしている。同時に、特別な高Jc化手法を施さずとも、適切なアニール処理等を行うだけで飛躍的にJc特性を向上しうることを実証している。本論文は今後のRE123溶融凝固バルクの高Jc化に向けて重要な指針を与え、同様な課題を抱える薄膜材料など周辺分野への発展にも寄与すると考えられ、高く評価できる。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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