学位論文要旨



No 123492
著者(漢字) 羽根田,剛
著者(英字)
著者(カナ) ハネダ,ツヨシ
標題(和) 細孔性ネットワーク錯体での特異的結晶相反応
標題(洋)
報告番号 123492
報告番号 甲23492
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6808号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 大越,慎一
 東京大学 准教授 金原,数
 東京大学 准教授 河野,正規
内容要旨 要旨を表示する

近年、留め金である遷移金属イオンとリンカーである有機配位子との自己組織化を利用した細孔性ネットワーク錯体がポストゼオライト材料として注目されている。これは、分子レベルで細孔の形状・性質を制御できる高い設計性とゲスト認識能といった優れた特性を有しているからである。これまでは、結晶性自己組織化空間内への中性分子の捕捉や可逆的なガス吸着など、小分子を自在に吸脱着する性質を対象に研究が行われてきた。しかしながら、この分子骨格によって形成される特異的な結晶性自己組織化空間を利用し、物性の制御や化学反応に成功した例は極めて少ない。さらに、結晶性自己組織化空間内での反応やゲスト認識を原子レベルで追跡することは基礎的知見を得るためにも必要不可欠であるが、そのような観点での研究は極めて稀である。

本研究では、細孔性ネットワーク錯体内の配位空間を利用し、配位空間内で特異的な物性変化や化学反応を達成する事を目的とした。それらの変化を単結晶X線構造解析によって詳細に追跡する事で、ゲスト分子や配位空間の特異性を明らかにした。さらに、ゲスト分子の化学反応を観測するのに適した配位空間を自ら設計した。また、ネットワーク錯体の速度論支配の生成物の構造同定を行うために、粉末X線構造解析による構造同定を検討した。

本論文は以下の6章から構成されている。

第1章 序論

第2章 ネットワーク錯体での単結晶フォトクロミズム

第3章 ネットワーク錯体のカートリッジ合成と官能基化

第4章 ネットワーク錯体での不安定イミンの生成と直接観察

第5章 ネットワーク錯体の選択的瞬間合成と粉末X線結晶構造解析

第6章 総括

第2章では、配位空間の特異性を調べるため、有機フォトクロミック分子をネットワーク錯体内に取り込み、分子修飾なしで物性を制御することを検討した。具体的には、有機フォトクロミック分子として代表的なサリチリデンアニリン類を研究対象とした。サリチリデンアニリン類は結晶状態でねじれ形および平面型配座をとる誘導体があり、前者はフォトクロミズムを示すが、後者は示さないことが知られている。本研究では、平面型誘導体をネットワーク錯体内に包接することによりねじれ型配座に変化させ、フォトクロミズムの発現に成功した。

細孔性ネットワーク錯体の単結晶を、サリチリデンアニリン誘導体で飽和したシクロヘキサンに浸すことにより、結晶性の良好な包接結晶の作成に成功した。この結晶のX線構造解析を行ったところ、ねじれ型配座をとることが判明した。構造と相関した物性の変化が予測される。事実、この結晶に光照射を行ったところ、黄色から赤色への単結晶フォトクロミズムが観測された。一方、ゲスト分子単独の結晶では、分子は平面型配座で観測され、フォトクロミズムは示さなかった。このことから孤立空間内への包接によりゲスト分子の配座が変化し、フォトクロミズムが発現したと考えられる。分子内のねじれ角とフォトクロミズムの発現との相関を置換基修飾する事なく同一分子で、直接観察により裏付けた例は本研究が初めてと言える。

第3章では、配位空間内部の性質を制御するために、設計性の高い細孔内面修飾法であるカートリッジ合成法を確立した。一般的に、ネットワーク錯体の錯形成はその構成成分の変化に敏感であり、例えば構成成分の有機配位子に一官能基を導入した場合でも、目的とする結晶構造を得るのが困難である。本研究では、トリアジン配位子とトリフェニレン分子間に働く強い電荷移動相互作用に着目し、トリフェニレン分子(カートリッジ分子)にヒドロキシル基、アミノ基などの官能基導入を検討した。その結果、ネットワーク錯体の構造を変化させることなしに、細孔内を酸性・塩基性で修飾することに成功した。さらに、水酸基を導入したネットワーク錯体を用いて、アルコール分子の選択的認識にも成功した。各錯体は細孔の形状・大きさが同じにもかかわらず、カートリッジ分子の官能基がわずかに修飾されることで、細孔内面の雰囲気が大きく変化し、ゲスト包接能が劇的に異なることが示された。

第4章では、前章の細孔内面修飾法で作成した錯体を用いて、単結晶相での錯形成後の内面修飾を検討した。その手法を利用して、通常観測できない不安定化学種の生成と直接観測を検討した。アセトアルデヒドのイミン体は大気下で加水分解されやすく極めて不安定である。本研究では、アミノ化細孔を持つネットワーク錯体内にアセトアルデヒドを取り込み、単結晶相反応による不安定イミンの生成、およびその直接観測に初めて成功した。さらに、反応前後を比較することで、ネットワーク錯体の骨格にダイナミクスが存在することを見出した。

単結晶相反応は、アミノ化細孔を持つネットワーク錯体の単結晶を希釈したアセトアルデヒド溶液に浸すことにより行い、結晶性を失うことなく反応が進行することが判明した。反応前後のX線結晶構造解析を行ったところ、イミン生成反応は100%進行しており、アセトアルデヒドのイミン体が疎水性配位空間中で安定に生成していることが確かめられた。さらに、置換基の位置を詳細に調べたところ、反応前後で置換基の位置は異なることが判明した。このネットワーク錯体では形状および性質の異なる2種類の細孔(細孔A・B)が存在し、反応前のアミノ基は細孔Aに存在する。一方、反応後の結晶では細孔AおよびBの両方にイミン結合が観測された。反応前後でトリフェニレン分子は回転することが示された。また、様々な基質との反応を試したところ、ヘキサナールやp-アニスアルデヒドなど比較的大きな反応基質でも同様に結晶性を失うことなく反応することが判明した。以上の結果より、細孔性ネットワーク錯体内の流動的な空間を利用することにより、通常観測できない不安定化学種や、錯体骨格のダイナミクスを原子レベルで直接観察できることが示された。

第5章では、ネットワーク錯体の単結晶化が困難な成分の構造同定を行うために、粉末X線構造解析による構造同定を検討した。一般的に、ネットワーク錯体の構造同定は単結晶X線構造解析によって行われており、単結晶化が困難な速度論支配の生成物を構造同定することは稀である。本研究では、ネットワーク錯体の速度論支配の生成物を得るために、瞬間合成法を確立し、粉末X線構造解析による構造同定を行った。また、この瞬間合成法と従来の熱力学的支配の拡散法との比較を行った。

トリアジン配位子のニトロベンゼン溶液と留め金の役割をはたすZnBr2のメタノール溶液を室温で瞬時に混合することにより、細孔性ネットワーク錯体の微結晶粉末を単一成分で得ることに成功した。得られた生成物は、単一な細孔を有する入れ子状の三次元ネットワーク構造であることを放射光粉末X線構造解析により明らかにした。大きな格子体積と低い対称性を有するにもかかわらず、一義的に骨格の構造を求めることに成功した。一方、同じ原料からゆっくり単結晶を成長させたところ、より大きな単一の細孔を有する新規ネットワーク錯体が生成することが単結晶X線構造解析により判明した。これらの実験事実より、瞬間合成法を用いることで速度論的支配の生成物が選択的に得られ、その構造は粉末X線結晶構造解析により同定できることが示された。

以上、本論文では、従来では置換基修飾する事なしに物性を制御することや、化学反応を直接観察することは困難であったが、ネットワーク錯体が形成する流動的な内部空間を用いることで、物性の制御や化学反応、並びに錯体骨格のダイナミクスをX線結晶構造解析によって直接観察することに成功した。さらに、速度論支配の生成物を瞬間合成法で作成し、粉末X線結晶構造解析による構造同定に成功した。今後、自己組織化空間によって形成される流動的な空間を利用して、様々な化学反応が原子レベルで観察することが可能になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

近年、留め金である遷移金属イオンとリンカーである有機配位子との自己組織化を利用した細孔性ネットワーク錯体がポストゼオライト材料として注目されている。これは、分子レベルで細孔の形状・性質を制御できる高い設計性とゲスト認識能といった優れた特性を有しているからである。これまでは、結晶性自己組織化空間内への中性分子の捕捉や可逆的なガス吸着など、小分子を自在に吸脱着する性質を対象に研究が行われてきた。しかしながら、この分子骨格によって形成される特異的な結晶性自己組織化空間を利用し、物性の制御や化学反応に成功した例は極めて少ない。さらに、結晶性自己組織化空間内での反応やゲスト認識を原子レベルで追跡することは基礎的知見を得るためにも必要不可欠であるが、そのような観点での研究は極めて稀である。

本研究では、細孔性ネットワーク錯体内の配位空間を利用し、配位空間内で特異的な物性変化や化学反応を達成する事を目的とした。それらの変化を単結晶X線構造解析によって詳細に追跡する事で、ゲスト分子や配位空間の特異性を明らかにした。さらに、ゲスト分子の化学反応を観測するのに適した配位空間を自ら設計した。また、ネットワーク錯体の速度論支配の生成物の構造同定を行うために、粉末X線構造解析による構造同定を検討した。

本論文は以下の6章から構成されている。

第1章では、本研究の背景、目的および概要を論じた。

第2章では、配位空間の特異性を調べるため、有機フォトクロミック分子をネットワーク錯体内に取り込み、分子修飾なしで物性を制御することを検討した。具体的には、有機フォトクロミック分子として代表的なサリチリデンアニリン類を研究対象とした。サリチリデンアニリン類は結晶状態でねじれ形および平面型配座をとる誘導体があり、前者はフォトクロミズムを示すが、後者は示さないことが知られている。

本研究では、サリチリデンアニリン類の平面型誘導体をネットワーク錯体内に包接することによりねじれ型配座に変化させ、フォトクロミズムの発現に成功した。分子内のねじれ角とフォトクロミズムの発現との相関を置換基修飾する事なく同一分子で、直接観察により裏付けた例は本研究が初めてと言える。

第3章では、配位空間内部の性質を制御するために、設計性の高い細孔内面修飾法であるカートリッジ合成法を確立した。一般的に、ネットワーク錯体の錯形成はその構成成分の変化に敏感であり、例えば構成成分の有機配位子に一官能基を導入した場合でも、目的とする結晶構造を得るのが困難である。

本研究では、トリアジン配位子とトリフェニレン分子間に働く強い電荷移動相互作用に着目し、トリフェニレン分子(カートリッジ分子)にヒドロキシル基、アミノ基などの官能基導入を検討した。その結果、ネットワーク錯体の構造を変化させることなしに、細孔内を酸性・塩基性で修飾することに成功した。さらに、水酸基を導入したネットワーク錯体を用いて、アルコール分子の選択的認識にも成功した。

第4章では、前章の細孔内面修飾法で作成した錯体を用いて、単結晶相での錯形成後の内面修飾を検討した。その手法を利用して、通常観測できない不安定種の生成と直接観測を検討した。アセトアルデヒドのイミン体は大気下で加水分解されやすく極めて不安定である。

本研究では、アミノ化細孔を持つネットワーク錯体内にアセトアルデヒドを取り込み、単結晶相反応による不安定イミンの生成、およびその直接観測に初めて成功した。さらに、反応前後を比較することで、ネットワーク錯体の骨格にダイナミクスが存在することを見出した。

第5章では、ネットワーク錯体の単結晶化が困難な成分の構造同定を行うために、粉末X線構造解析による構造同定を検討した。一般的に、ネットワーク錯体の構造同定は単結晶X線構造解析によって行われており、単結晶化が困難な速度論支配の生成物を構造同定することは稀である。

本研究では、ネットワーク錯体の速度論支配の生成物を得るために、瞬間合成法を確立し、粉末X線構造解析による生成物の構造同定に成功した。また、この瞬間合成法と従来の熱力学的支配の拡散法との比較から、瞬間合成法を用いることで速度論的支配の生成物が選択的に得られることが示された。

第6章では、本研究の総括と今後の展望を論じた。

以上、本論文では、従来では置換基修飾する事なしに物性を制御することや、化学反応を直接観察することは困難であったが、ネットワーク錯体が形成する流動的な内部空間を用いることで、物性の制御や化学反応、並びに錯体骨格のダイナミクスをX線結晶構造解析によって直接観察することに成功した。さらに、速度論支配の生成物を瞬間合成法で作成し、粉末X線結晶構造解析による構造同定に成功した。今後、自己組織化空間によって形成される流動的な空間を利用して、様々な化学反応が原子レベルで観察することが可能になると考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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