学位論文要旨



No 123494
著者(漢字) 松原,一喜
著者(英字)
著者(カナ) マツバラ,カズキ
標題(和) 酸化チタン単結晶上における銀ナノ粒子の多色フォトクロミズム
標題(洋)
報告番号 123494
報告番号 甲23494
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6810号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 立間,徹
 東京大学 教授 橋本,和
 東京大学 准教授 火原,彰秀
 東京大学 講師 山口,和也
 東京理科大学 准教授 酒井,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

Agなどの貴金属ナノ粒子(NP)はその形態(サイズ・形状など)の違いに依存して局在表面プラズモン共鳴(SPR)吸収波長(λSPR)が変化するために様々な色を呈すことが知られており、古くからステンドグラスなどの顔料として利用されている。近年、当研究室においてAg NPを担持した褐色のTiO2多孔膜が、照射した様々な色の光とほぼ同色に着色し、UV光照射により元の褐色に戻る多色フォトクロミズムを示すことが見出された。本材料が褐色を示すのは、膜内で形成された様々な形態を持つAg NPの各々が特有のλSPRを有するために膜全体としてほぼ全可視域に渡る光を吸収することに起因する。本着消色現象は、SPRにより励起されたAg NPの自由電子が直接、あるいはTiO2を介してO2に奪われることでNPの一部がAg+へと酸化溶解するために粒子形態が変化し、それに伴い色(λSPR)も変化する(着色)、また、UV光照射に伴うAg+の光触媒還元反応によりAg NPが再析出するために元の褐色に戻る(消色)、といった機構により説明できる。しかし、TiO2多孔膜内で主に形成されるNPの直接観察は困難であったため、この機構は推測の域を出ていなかった。

本材料のより詳細な機構解明及び機能性の向上・制御を達成するためには、Ag NPの光誘起変化における色情報(λSPR)と形態情報の双方を的確に捉え、それらの相関性を明らかにすることが必要不可欠である。そこで、本研究ではAg NPをTiO2単結晶表面上に光触媒析出させ、NPの光誘起形態変化を原子間力顕微鏡(AFM)により直接観察することで、形態(特にサイズ)とλSPRの変化の相関性を捉え、本着消色機構を明らかにすることを主な目的とした。また、そうして得られた知見を元に発色特性の向上も試みた。

2. スペクトル変化と形態変化の相関性

光触媒還元反応(Ag+ + e- → Ag)によりTiO2単結晶(SC) ((100)及び(111)面、9 × 9 × 0.5あるいは10 × 10 × 0.5 mm)上にAg NPを析出させることで、Ag-TiO2 SCを作製した。十分に洗浄したTiO2 SC上に1 M AgNO3水溶液とエタノールの等量混合液を~ 50 μL滴下した状態でUV光(~1 mWcm-2)を照射し、赤褐色のAg-TiO2 SCを得た。この析出過程においてAg NP はUV照射に伴って徐々に成長していき、数分後には5-50 nm程度の多分散な粒径分布を示した(Fig. 1a)。またピーク波長は成長に伴ってレッドシフトし、3分後には~510 nmとなった(Fig. 1b)。Ag NPのλSPRはサイズが大きいほど、粒子間距離が狭いほどレッドシフトし、さらに吸収強度はNPの体積におおよそ比例して増大することが知られており、Fig. 1の粒径分布とスペクトルの変化は良く対応していると言える。

得られたサンプルに対して単色可視光(480 nmまたは600 nm, ~5 mWcm-2)を照射した前後における差スペクトルと、AFM像から求めた粒径の差ヒストグラムについて比較した。Fig. 2aにおいて各光照射に伴う照射波長付近での選択的なAbs.の減少と、それ以外の波長領域におけるAbs.の増大が見られたことから、本系が多孔膜系と同様に多色フォトクロミズムを示すことを確認した。サンプルの色も照射光の色に近づいた。それと同時に特定サイズのNPが減少し、それ以外の数は増加した(Fig. 2b)。また、Fig. 2aとbを比較すると、大きなNPほど長波長の光を吸収するという上述の原則とも定性的に一致している。このことから、可視光照射に伴う粒径変化が色変化の一因であると考えられる。しかし、波長と粒径の相関性が一対一とは言い難いことから、粒径以外の因子(形状・粒子間距離・TiO2との接触面積など)もλSPRに影響していると考えられる。ただし、これらの因子もある程度はサイズと相関するはずである。

以上の結果を踏まえて、Fig. 3のようなAg-TiO2 SCにおける光電気化学的な形態変化機構を考案した。ある単色光を照射した場合、(1)これと共鳴するNPの電子のみが励起され、TiO2に引き抜かれると共にNPの一部はAg+イオンへと酸化されるため、このNPは縮小化する。(2)生成したAg+は恐らくTiO2表面上の吸着水を利用して周囲に拡散し、TiO2に引き抜かれた電子と再結合するためにa)新たな粒子の析出やb)照射光と共鳴しない粒子の成長が起こる。その結果、共鳴する粒子が減少し、それ以外の粒子が増加すると考えられる(Fig. 2b, c)。

3. Ag NPの光誘起形態変化機構の検証

Fig. 3の電気化学的機構はAg+がTiO2表面の吸着水中を拡散できることに基づいているため、吸着水量が多いほど色変化が起こり易いと考えられる。そこで、本機構をより明確にするために多色フォトクロミズムの相対湿度(RH)依存性を検討した。

RH <15 %の乾燥条件とRH >70 %の湿潤条件で、上記と同様にして作製したAg-TiO2 SCに対して480 nmと600 nmの光を照射すると、乾燥下ではほとんど変化が見られず、湿潤下においては波長選択的かつ通常の空気中よりも大きなAbs.変化を示した(Fig. 4a、600 nm照射時のみ)。Fig. 4bの乾燥下における光照射前後のAFM像を見ると、一部のNPの周りに微小なNPが析出する様子が観察された。一方、湿潤条件では(Fig. 4b)、光照射後にTiO2上の広範囲に渡って微小なNPが析出しており、さらに明らかに小さくなったNPや大きくなったNPを確認した。すなわち、高湿度であるほどTiO2表面上のOH基の解離の促進などにより表面におけるAg+イオン伝導性が高くなり、そのためNPの析出距離が増大し、さらにNPの縮小化や成長も起こり易くなったと言える。また、水中でAg-TiO2 SCに可視光照射を行うとAbs.の減少速度及び減少量が著しく増大する結果が得られたことから、光酸化により生成したAg+の散逸が反応を促進すると考えられる(この場合、電子は主に水中の溶存酸素と結合すると考えられる)。

以上の結果は、本系の多色フォトクロミズムの発現にはAg NPとTiO2との間における電気化学的な電子授受反応が必要不可欠であることを支持するものである。

4. Ag NPの多色フォトクロミズムと形態変化の可逆性

フォトクロミック材料としては色変化の可逆性が重要であることから、2つの異なる単色可視光を交互に照射することで本材料の繰り返し特性について検討した。

Fig. 5aから本材料は少なくとも4回はフォトクロミズムを発現できることが分った。また、交互光照射を繰り返し行うことでスペクトルに擬似的な等吸収点が現れることを見出した(Fig. 5b)。この擬似的な等吸収点の存在から、2状態間の形態変化、すなわち、NPのサイズ・形状などの可逆変化が生じている可能性が示唆された。実際にAFM観察により、ある程度は可逆な形態変化を示すNPも存在することを確認した。今後、さらに繰り返したときの形態変化や、照射光波長を変えた場合の変化挙動について調べる必要がある。

5. Ag-TiO2 SCの発色特性の向上

上記の1-4項で得られた知見を元に発色特性を向上させ、狙った波形のスペクトルを形成させることを試みた。従来法では、予めUV照射により様々なサイズ・形状のAg NPを析出させた後、赤色光(Red)や青色光(Blue)の照射により、それらと共鳴するNPを除去することで発色させていたが、UV照射による大きなNPの成長が難しいため青色の発色が難しく、またRed照射による大きなNPの完全除去が難しいため赤色の発色も明瞭ではなかった。そこで、まず種々のサイズを持つ少数のNPの"核"を形成させ、これを成長させる際に同時にRedやBlueを照射することで、大きな核の成長を抑制しつつ小さいNPを増加させてより鮮明な赤色を、また小さなNPの生成を抑制しながら大きな核を成長させることでより鮮明な青色を発色させようと考えた。具体的には、1 mM AgNO3水溶液とエタノールの混合液中に前処理を施した清浄済のTiO2 SCを漬けた状態でUV光(~ 1 mW cm(-2))のみを0.5-1分間照射することにより"核"を形成し、その後、弱いUV(~ 10mW cm(-2))と強い可視光(~ 10 mW cm(-2))の同時照射によりAg-TiO2 SCを作製した。

得られた核は可視域に広い吸収を示し、数は少ないが様々なサイズを有していた(Fig. 6a、c, Initial)。これにUVとRed (およそ600-750 nm)を同時照射すると(120分間)、>600 nmでのAbs.の増大が顕著に抑えられ、比較的シャープなスペクトルとなり、ややくすんだ赤色を呈した(Fig. 6a, UV+Red)。AFM像(Fig. 6e)に基づく粒径のヒストグラム(NPの体積で重み付けした)から(Fig. 6d, UV+Red)、小さなNPが主に増え、大きなNPの成長を抑制できたことが分かる。続いて、このAg-TiO2 SCに純水中でさらにRedのみを照射したところ、よりシャープなスペクトルとなり、より鮮やかな赤色を示した(Fig. 6a, UV+Red, +Red)。つまり、鮮赤色を得るには初めから大きなNPを析出させないことが重要だと言える。

次に、100及び111面のTiO2 SCを用いて同様に作製した核にBlue (およそ420-500 nm、TiO2の吸収帯に少し重なるため光触媒反応も生起)のみを120分間照射すると、短波長側でのAbs.増大を抑制しつつ長波長側でのAbs.の顕著な増大が見られ、それぞれ紫に近い青色(Blue100)と水色(Blue111)に変化した(Fig. 6b)。111面の方が100面に比べて大きなNPが析出したために(Fig. 6c, d)、得られたスペクトルに違いが見られたと考えられる。これはTiO2とAg NP、あるいはAg+との親和性の単結晶面に因る違いが現れたことが原因となっている可能性がある。結果的に、双方ともUVのみを120分間照射した際よりも大きなNPが析出したことから、Blue照射により小さなNPの生成を抑制し、大きなNPの成長を促進できたと言える。

最後にNPサイズの色変化への寄与を明確にするためにスペクトルの理論計算を行ったところ、TiO2上における直径70 nmの半球状Ag NPのλSPRは660 nm程度と見積もられた。しかし、実際にはもっと広く長波長側に吸収が見られることから(Fig. 6b)、他の因子、すなわち粒子の異方性が大きいこと、あるいは粒子間距離が粒径より小さいことによるレッドシフトの効果などが寄与していると考えられる。

6. まとめ

TiO2 SC上に光触媒析出したAg NPsも多色フォトクロミズムを示し、粒径変化が色変化に寄与していることが示された。また、本現象の発現においてTiO2上の吸着水が必要であることから、粒径変化が光電気化学的な機構に基づくことが支持された。また、NPの成長と同時に、可視光によるサイズ選択的な成長抑制をすることで、発色特性を向上した。

審査要旨 要旨を表示する

AgやAuなどの貴金属ナノ粒子は、その形態(サイズ・形状など)や周囲の環境(粒子間距離・周囲の誘電率など)に依存して局在表面プラズモン共鳴(LSPR)吸収波長を変化させるため、様々な色を呈することが知られている。近年、Agナノ粒子(Ag NP)を担持した褐色の酸化チタン多孔膜(Ag-TiO2)において、照射した様々な色の可視光とほぼ同じ色に着色し、紫外光照射により元の褐色に戻る多色フォトクロミズムが見出されたが、その機構は明らかではなかった。本研究では、多色フォトクロミズムの機構を明らかにし、さらにその特性を向上させるため、TiO2単結晶上に光触媒析出させたAgナノ粒子の形態変化と光学特性変化の相関性について詳細に検討した。本論文は、そうして得た結果を全6章にまとめた。

第1章は序論であり、金属ナノ粒子やそれが示すLSPR、TiO2材料の諸特性について述べている。また多色フォトクロミズムと、これまでに推測されてきた着消色機構について説明し、本研究の目的について述べている。

第2章では、ルチル型TiO2単結晶基板上にAg NPを光触媒析出法により担持させ、Ag-TiO2試料を作製する方法と、得られた試料のキャラクタリゼーションについて述べている。析出したAg NPの発色がLSPRに基づくものであることと、その光学特性の変化と形態(サイズ等)変化との相関性について明らかにし、Ag NP析出時のAg+濃度やUV光強度などを適切に選択することにより、NPの形態やその多様性をある程度制御できることを示した。

第3章では、第2章で得られたAg-TiO2試料に様々な単色可視光を照射した際、吸光度が照射波長付近で減少し、赤褐色であったAg-TiO2試料が照射光の色に近づくという多色フォトクロミック特性を示すことを示した。さらに、そうしたスペクトル変化(色変化)に伴い、照射光と共鳴する特定サイズのAg NPの数が減少し、それ以外のサイズのAg NPの数が増加することを、AFMによる直接的な形態観察と分光法とを組み合わせることによって初めて明らかにした。Ag NPのLSPRに基づく発色は粒子サイズに依存することから、光照射による粒子サイズの変化が、スペクトル変化の主要な原因であることを示した。また、そうした多色フォトクロミズムの発現にはTiO2表面上の吸着水が必要であること、及び吸着水の量やAg NP間の距離がフォトクロミック特性に大きく影響することを見出した。これらのことは、Ag NPの光誘起サイズ変化が、熱的な効果によるものではなく、光電気化学的な酸化溶解と還元析出によって発現していることを支持するものである。また、表面にイオン伝導性を付与するような化学修飾を施せば、発色速度を改善できることを示唆した。

第4章においては、スペクトル変化(色変化)の可逆性、及び繰り返し特性について検討し、従来のAg-TiO2多孔膜に比べて、白色可視光とUV光の交互照射に伴うスペクトル変化の可逆性が低いことを示した。このことから、本材料の可逆性は、TiO2の膜構造や結晶形に依存している可能性が示唆された。UV光の長時間照射に伴う不活性化も観測され、Ag NPの再配列が寄与している可能性が高いことを見出した。一方、2つの異なる単色可視光の交互照射によって可逆なフォトクロミズムを発現できることを明らかにした。しかし、粒子の形状は必ずしも可逆に変化せず、粒子の集団としての光電気化学的振る舞いが重要であることを示した。

第5章では、2、3章で得られた知見を元に、光電気化学的手法により、望んだ発色を示すAg-TiO2試料を簡便に調製する手法を開発した。適切な条件下でのUV光と可視光の同時照射により、光触媒還元反応に基づくAg NPの成長と、単色可視光によるLSPR誘起酸化反応に基づくサイズ選択的なAg NPの溶解を行うことで、赤色や青色の、従来より鮮やかに色付いたAg-TiO2試料を得ることができた。さらに、試料の作製条件を適切に変えることにより、異方性の大きなAg粒子を光触媒反応によって生成できる可能性を示した。異方性NPの選択的析出が可能になれば、本材料の発色特性のさらなる向上に繋がると期待される。

第6章では、全体の総括と今後の展望について述べている。

このように本研究では、Ag-TiO2材料の多色フォトクロミック現象の主要な機構を明らかにした。本研究を通して得られた成果・知見は、多色フォトクロミック材料の特性改善や、プラズモン光電気化学に基づく光エネルギー変換デバイスの開発に貢献するのみならず、SERSやSPRセンシング、プラズモニクスなどの発展にもつながるものと期待される。以上のように本研究は、光電気化学、材料化学などの進展に寄与するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク