学位論文要旨



No 123496
著者(漢字) 山本,明保
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,アキヤス
標題(和) MgB2超伝導体の臨界電流制限機構
標題(洋)
報告番号 123496
報告番号 甲23496
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6812号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 准教授 下山,淳一
 東京大学 准教授 山口,和也
 東京大学 准教授 野口,祐二
 物質・材料研究機構 研究官 熊倉,浩明
内容要旨 要旨を表示する

2001年に日本で発見されたMgB2(二ホウ化マグネシウム)超伝導体は、金属系で最も高い転移温度Tc (~40 K)と上部臨界磁場Hc2(~70 T)を有することから、次世代超伝導材料として実用化研究がなされている。超伝導材料の応用に際しては臨界電流密度(Jc)が最も重要な指標となるが、MgB2は従来の金属系材料(NbTi, Nb3Sn)と比較して磁場中においてJcが急激に減衰するという問題点があり、広範な応用分野への展開にはJc特性の改善が課題となっている。一般に磁場下のJcは磁束のピンニング特性に支配されるほか、銅酸化物高温超伝導体等では結晶粒界における弱結合が粒間を流れる臨界電流を著しく制限し、Jcを低下させることが知られている。また、2ギャップ超伝導体であるMgB2は特異なTc, 電子散乱機構を有し、電流輸送特性についても未解明の部分が多い。

本研究では、MgB2超伝導体における臨界電流の制限機構を解明し、金属系、銅酸化物系に次ぐ第三の超伝導材料としてのポテンシャルを実証することを目的とした。研究方針としては、化学組成と微細組織を精密制御して作製した高品位MgB2多結晶体試料の評価を通じてJcの改善を図り、臨界電流特性の決定因子を明らかにするとともに、観察された現象を新しいモデルにより理論的、定量的に理解することを心がけた。その結果、炭素置換、長時間固相反応合成等のJc改善に有効な手法を見出すとともに、MgB2の電流制限機構を初めて定量的に明らかにすることに成功した。

本論文は、全8章から成り、第1章では序論としてMgB2超伝導体の特徴と実用化への課題、第2種超伝導体における電磁特性と磁束ピンニングについて述べ、本研究の背景を記した。

第2章では、再現性良く高特性MgB2多結晶体試料を作製するために開発したPICT (Powder-In-Closed-Tube)法による試料の合成と評価方法について述べた。PICT法により化学的反応性や平衡蒸気圧の高い金属Mgの精密組成制御が可能となり、本研究で明らかにした熱処理条件や炭素置換量を系統的に変化させたMgB2の合成や高密度MgB2バルクの作製が可能となった。

第3章では、従来検討されていなかった条件も含めて広範な合成条件の検討を行い、微細組織の異なる試料を作製してJc特性を調べ、微細組織に関する因子として粒径、粒間結合の強さ、結晶性がJcに決定的な影響を及ぼすことを見出した。Mg融点(650°C)以下の低温における長時間の熱処理により優れたJcが得られることを発見し、低温合成においては微細な粒径を保ったまま、結晶粒間の粒結合が密接になり、有効な電流パスを増加できることを見出した。これは、粒間結合強化のために高温で長時間の熱処理を施すと、粒成長が起こり、ピンニングセンターとなる粒界が減少してJcが低下するという従来のパラドックスを解決するものである。さらに、低温合成により作製した試料は磁束ピンニング力に優れ、不可逆磁場が顕著に改善することを見出し、これが粉末X線回折から得られたピーク半値幅(面内方向の結晶性に対応)と強い相関を持つことを見出した(図1)。

第4章では、MgB2への元素置換効果を調べ、炭素(C)置換量を系統的に変化させた試料の評価により、ホウ素サイトへのC置換はTcを低下させるが5-10%程度の置換で高磁場下におけるJcが飛躍的に改善することを明らかにした。C置換によるJc改善機構として、置換したCがピンニングセンターとして働く可能性や、それ以外の機構でJcが改善するか可能性など議論があったが、図1に示すように、不可逆磁場と結晶性の相関はC置換試料についても普遍的に成り立つことを見出し、C置換効果の起源が本質的には低温合成と同じで、MgB2の超伝導発現層であるホウ素シートの結晶性が乱れ、電子散乱が増大することにより粒界ピンニング力が強まるためであること示した。また、合成条件と炭素源となる化合物の反応性によってMgB2格子内のC固溶量が変化し、MgB2の超伝導特性が決定的に支配されることを明らかにした。

第3, 4章より、結晶性の変化による磁束ピンニング力が高磁場下におけるJc制限因子であることが分かった。一方で、高いTc等のMgB2の優れた超伝導性から予想される値と比較して低磁場下のJcは異常に抑制されていることが明らかになってきた。低いJcの一因は、高い電気抵抗率から示唆される試料断面のうち有効な電流パスの割合(コネクティビティ)が著しく制限されていることに由来すると考えられる。第5-7章では、低磁場下の臨界電流制限機構の解明を目指し、電流阻害因子の直接観察、及びマクロな電磁気特性の理論モデルによる解析を行った。

第5章では、米国Wisconsin大学Madison校のDavid Larbalestier教授、Anatolii Polyanskii博士と共同で、Faraday効果を用いた磁気光学測定により超伝導状態のMgB2多結晶体内の磁束密度分布を観察し、電流阻害因子の可視化を行った。数十マイクロメートル程度の比較的大きな欠陥が電流阻害因子として輸送電流を抑制していることを見出した。また、グラニュラー現象をMgB2超伝導体で初めて観測し、MgB2においてコネクティビティの低下が生じている確実な実験的証拠を得た。さらに、コネクティビティの低下がサブマイクロメートル以下の粒界レベルのスケールで生じていることが示唆された。

第6章では、九州工業大学の松下照男教授と共同でMgB2多結晶体の常伝導電流の伝導におけるパーコレーション問題を検討した。充填密度のみを変化させた一連の試料の抵抗率を解析した結果、MgB2の伝導機構はサイト・パーコレーション系における平均場理論により良く近似でき、MgB2試料の電気抵抗率の温度依存性δ(T)が

δ(T) = (δ0 + δph(T)) (1 - Pc2) / [(aP)2 - Pc2] (1)

式により一般的に記述され、MgB2における低いコネクティビティが空隙と絶縁酸化膜に由来するパーコレーションに起因することを見出した(δ0: 粒内の残留抵抗率、δph: 抵抗率フォノン項、a: 界面を絶縁酸化膜で覆われていない輸送電流に寄与可能な粒の割合、P: 試料の充填密度、Pc: 臨界閾値)。(1)式により、単結晶、薄膜試料を含む広範な試料のコネクティビティが比較可能になったほか、MgB2のコネクティビティの制限因子を個別に定量評価できるようになり、MgB2粒表面を覆う絶縁酸化膜が輸送電流に及ぼす影響が大きく、典型的なMgB2試料のコネクティビティはわずか10%以下であることが示唆された(図2)。次に、コネクティビティの影響を除外した真のピンニング機構の解析を行い、MgB2の支配的なピンニング機構が粒界電子散乱であり、Jcの決定因子がコネクティビティと粒界ピンの2つであることを定量的に明らかにした。

第7章では、国立強磁場研究所・フロリダ州立大学のDavid Larbalestier教授のグループと共同で、電気抵抗率の解析から得られる常伝導状態のコネクティビティとは異なる、臨界電流のコネクティビティの評価とMgB2粒内を流れる粒内Jcの評価を磁化法により行った。Beanの臨界状態モデルを元に、一般的に第2種超伝導体多結晶試料の残留磁化特性を解析する理論モデルを考案し、残留磁化の印加磁場依存性から試料全体を循環する輸送粒間臨界電流と個々の結晶粒内に局在して循環する粒内臨界電流の2つのJcを分離して導出することに成功した。MgB2において磁化法によりコネクティビティ、粒内Jcを得たのは本研究が初めてであり、局所的には対破壊電流密度の10%程度に相当し、試料全体のJcの10倍以上の非常に高いJcの臨界電流が循環する領域が存在することを見出した。また、ピンニング現象に由来する高いJcの臨界電流がロス無く循環できる領域は、個々の結晶粒内に限定されておらず、複数の結晶粒に及んでいることを見出した。これは、MgB2の金属的な超伝導性と長いコヒーレンス長(Sab(0)~6.5 nm)に由来するものと考えられ、第5, 6章の結果と併せて、MgB2においては銅酸化物超伝導体と同様にJc特性が低いコネクティビティによって制限されているが、その起源は個々の結晶粒界で生じる弱結合ではなく、銅酸化物超伝導体とは異なることを示した。

以上を総括すると、低磁場下においてはコネクティビティが、高磁場下においては結晶性に支配される粒界ピンニングがMgB2超伝導体の臨界電流制限因子であり、高密度化、低温合成、C置換等によりJcの大幅な改善が可能であることを実証した。また、材料科学の研究上重要であるが、粒内の本質的な超伝導特性とは異なり、これまで非本質的なパラメータとして定性的に扱われてきたコネクティビティを定量的に評価するモデルを提案することができた。本論文の研究結果はすべて多結晶MgB2超伝導体内で深刻なコネクティビティの低下(5-10%)が生じていることを明確に示しており、コネクティビティの改善を達成すれば、MgB2超伝導体は現在超強磁場磁石として用いられているNb3SnのJc特性を凌駕するポテンシャルを有することを結論する。

図1. 様々な熱処理温度で合成したMgB2試料とC置換MgB2試料における粉末X線半値幅(FWHM)と20 Kにおける不可逆磁場Hirrの相関。

図2. 試料の有効伝導度(コネクティビティK)と20 Kにおける臨界電流密度Jcにおける試料の充填密度依存性。実線は(1)式によるフィッティング。実験結果をよく説明することが分かる

審査要旨 要旨を表示する

本学位論文では、工学的見地からの重要課題であるMgB2(二ホウ化マグネシウム)超伝導材料の実用化と、基礎科学的観点からの多結晶超伝導体の磁束ピンニング機構およびコネクティビティ抑制機構の総合的な解明を目指している。MgB2超伝導体における臨界電流制限機構の理解から期待される高性能化を具体的な目標に置き、高臨界電流密度化手法の材料科学的な開発、局所的な超伝導性と微細組織の直接観察を試みるとともに、巨視的な電磁特性の評価と伝導機構の数式化といった問題に取り組んでいる。

論文は全8章から構成されておりのその概要は以下のとおりである。

第1章では、論文全体を通じて必要な予備知識をまとめるとともに、研究の着眼点、研究方針および特色、そして研究の目的を述べている。

第2章では、実験手順を中心に多結晶試料の作製法と、試料の分析・評価法について記述している。とくに、平衡蒸気圧が高く化学的反応性に富む金属マグネシウム量を精密制御する高品位試料合成法について詳しく説明している。

第3章では、異なる合成条件で作製したMgB2について、臨界電流特性に及ぼす微細組織の影響を調べ、結晶粒径、粒間の結合の強さ、結晶性が臨界電流特性の支配因子であることを報告している。また、微細組織の最適化には金属マグネシウムの融点以下の低温での長時間の熱処理が有効であることを明らかにしている。とくに付録A章では、MgB2の生成機構、及び生成にともなう体積変化と超伝導特性への影響について考察している。

第4章では、系統的に炭素置換量を変化させたMg(B1-xCx)2試料の合成を通じて、ホウ素サイトへの炭素元素置換によりMgB2の高磁場下の臨界電流特性が飛躍的に改善されることを報告し、その改善機構を考察している。また、炭素置換MgB2の合成条件の最適化を行い、炭素置換MgB2の超伝導特性にみられる種々の普遍的な法則を明らかにしている。

第5章では、多様な微細組織を有する試料について磁気光学測定を行い、MgB2の臨界電流を制限する電流阻害因子を直接観察により明らかにしている。また、本物質で初めて観測に成功した粒状化現象を報告し、多結晶体でのコネクティビティの抑制を示す直接的証拠を提出している。

第6章では、MgB2多結晶体の電気抵抗率を平均場理論により解析し、MgB2の電気伝導モデルを提案するとともに、コネクティビティの低下が空隙と結晶粒界における絶縁酸化膜による電流のパーコレーションに起因することを定量的に明らかにしている。また、コネクティビティと臨界電流密度の関係を磁束ピンニング力と関連付けて考察を行っている。

第7章では、磁化測定によりコネクティビティと局所的な臨界電流密度の評価を行い、本系で初めてマクロな電磁気的評価によるコネクティビティの抑制を示す結果を報告している。また、MgB2においては高臨界電流密度を持つ局所的な超伝導電流の循環領域が複数の結晶粒に及んでいることを明らかにし、コネクティビティが低下する特徴的長さスケールの概念を考案して、それを実験的に見積もっている。

最後に、第8章では、研究の全体を総括し、本研究で得ることのできたMgB2超伝導体の臨界電流制限機構に関する知見と今後の研究への提言を記している。

本論文の特徴は、種々の物性パラメータを精密に制御した系統的な試料合成を通じて、MgB2の臨界電流制限機構を明らかにするとともに、それを克服する高臨界電流特性化指針を具体的に示している点である。とくに、第4章で述べられている炭素置換は、現在MgB2において唯一有効と認められている化学組成制御法である。また、従来理解されていた磁束ピンニング力だけでなく、体系的な理解がなされていなかったコネクティビティがMgB2の臨界電流特性に対して支配的であることを主張し、その評価法と制限機構を新しく提案している。このように多角的に超伝導材料の臨界電流を評価した研究は他に例が少なく、本研究で開発されたコネクティビティの解析手法は他の実用超伝導材料に応用されており、基礎科学の立場からも幅広い研究展開が期待され、今後の超伝導材料実用化研究に資するところ大である。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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