学位論文要旨



No 123497
著者(漢字) 横田,有為
著者(英字)
著者(カナ) ヨコタ,ユウイ
標題(和) 不定比酸素量を制御したペロブスカイト Mn酸化物単結晶の低温物性
標題(洋)
報告番号 123497
報告番号 甲23497
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6813号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 下山,淳一
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 准教授 組頭,広志
 東京大学 教授 鹿野田,一司
 東京大学 教授 長谷川,哲也
内容要旨 要旨を表示する

ハードディスク装置の大容量化が急速に進んでいる現在、記録密度の向上とともに再生ヘッドの高感度化が求められている。その次世代磁気センサーへの応用が期待されているペロブスカイト型Mn酸化物La1-xSrxMnO3+δ[(La,Sr)Mn113], La2-2xSr1+2xMn2O7+δ[(La,Sr)Mn327]は、強磁性転移温度(TC)近傍で非常に大きな負の磁気抵抗を示す(CMR効果)ことで大きな注目を集めた。また、本系はSr置換量xに伴って多彩な磁気構造や結晶構造を示し、他の酸化物にはない特異な物性を有することから、基礎と応用の両面から数多くの研究が行われてきた。

一方、本系の酸素不定比性に関する研究は、(La,Sr)Mn327ではほとんど無く、(La,Sr)Mn113でも主に多結晶体や薄膜による報告である。これまでの物性研究には、単結晶育成後のas-grown試料が多く用いられてきており、過剰酸素量δはSr置換量xと同様にMnの価数に直接影響するにも関わらず、これまで本系において低温物性に対する過剰酸素の効果を単結晶試料を用いて詳細に調べた報告はほとんどない。

そこで、本研究では(La,Sr)Mn113および(La,Sr)Mn327単結晶の過剰酸素量を精密に制御し、様々な低温物性の過剰酸素量依存性を明らかにすることで、酸素量制御による本系の特性改善、機能開拓を試みた。

1. 不定比酸素量を制御したLa2-2xSr1+2xMn2O(7+δ)単結晶の低温物性

(La,Sr)Mn327は伝導を担うMnO2 2重層と岩塩構造が交互に積層した構造を有しており、0.3 <= x <= 0.5においてCMR効果を発現する。本系の酸素不定比性に関する研究はほとんどないため、酸素量は7として考えられてきたが、予察的に行った多結晶体による熱重量測定により、低温高酸素分圧下で過剰酸素を有することが分かった。そこで、本研究では不定比酸素量を制御した(La,Sr)Mn327単結晶を作製し、過剰酸素が低温物性に及ぼす影響について詳細に調べた。

仕込組成がLa2-2xSr1+2xMn2O7+δ(x = 0.3, 0.35, 0.4)である単結晶をFloating Zone法により育成した(as-grown試料)。ab面方向に広い平板状に切り出した後、空気中800°Cでアニールし、クエンチすることでδ = 0.00の試料を作製した。さらに、酸素気流中700°Cで長時間アニールすることで過剰酸素を導入した試料を作製した。

as-grown及び過剰酸素を導入したLa1.4Sr1.6Mn2O7+δ(x = 0.3)単結晶の磁化の温度依存性においてas-grown試料と比較してδ= 0.00の試料は、より鋭い転移と高いTC、低温での大きな磁化を示した。これは、育成時に生じた局所的な格子歪みおよび結晶内のカチオン濃度や酸素量の不均一性がアニールによって除去されたことに起因する。

一方、酸素アニールによって過剰酸素を導入した試料では、アニール時間が長くなるに従って、TCが僅かに上昇し、TC以下の強磁性状態において、MnO2面に平行なab面方向(面内方向)の磁化に系統的な増加が見られた。一方、c軸方向(面間方向)の磁化は僅かに低下した。その結果、as-grown試料では強磁性状態においてc軸方向であった磁化容易軸が、過剰酸素を多く導入した試料においてab面方向へと変化することを新たに見出した。

この酸素アニールを施したLa1.4Sr1.6Mn2O7+δ単結晶試料を粉砕してX線回折測定を行い格子定数を調べた。アニール時間の増加、つまり、過剰酸素量の増加に伴って、系統的にa軸長が伸び、c軸長が縮むことが分かった。La1.4Sr1.6Mn2O7+δのas-grown試料では、Jahn-Teller効果によってMnO6八面体がc軸方向に大きく伸びており、本研究で見出した格子定数の変化は、過剰酸素の導入によってMnO6八面体がc軸方向に短く、ab面方向に広がったことを示唆している。このJahn-Teller歪みの変化は、eg軌道の安定性に影響し、3dx2-y2軌道がより安定化されたことで、磁化測定で見られた変化が生じたと考えている。

一方、as-grown試料の磁化容易軸がab面方向であるLa1.3Sr1.7Mn2O7+δ(x = 0.35), La1.2Sr1.8Mn2O7+δ(x = 0.4)単結晶では、過剰酸素の導入によりTC以下の温度域においてc軸方向の磁化が減少した。

これらの磁気特性および結晶構造の変化は、過剰酸素量によって精密に制御することが可能であり、本研究において、酸素量制御が本系の低温物性を左右する重要な因子の一つであることを初めて明らかにした。

2. 不定比酸素量を制御したLa1-xSrxMnO3+δ単結晶の低温物性

(La,Sr)Mn113は過剰酸素と酸素欠損のどちらも酸素不定比性を有し、過剰酸素は格子間には入らず、LaおよびMnサイトのカチオン空孔を生成すると考えられている。過剰酸素量δはSr置換量xと同様にMnの価数に直接影響するが、Sr置換と比べて過剰酸素が本系の結晶構造や磁気・輸送物性に与える効果は詳細に調べられておらず、特に単結晶試料に関しては、試料内の拡散速度が遅いために、これまで酸素不定比性の研究がほとんど行われてこなかった。そこで、本研究では、精密に不定比酸素量制御を行った(La,Sr)Mn113単結晶において、過剰酸素量δと低温物性の本質的な関係を明らかにすることを目的とした。

仕込組成がLa1-xSrxMnO3+δ(x = 0.05, 0.1, 0.15, 0.175, 0.2)の単結晶をFloating Zone法により育成した。得られたas-grown試料の軸方向をLaue法を用いて決定し、ab面もしくはac面に広い平板状に切り出した。試料内に均一に過剰酸素を導入するため、厚さを約100 μmまで薄く研磨し、様々な雰囲気下および温度でポストアニールを行うことで過剰酸素量の制御を行った。

過剰酸素量を制御したLa1-xSrxMnO3+δ単結晶の粉末XRDパターンと格子定数から、過剰酸素の導入に伴って室温の結晶構造が、協力的Jahn-Teller歪みを有する斜方晶O'相から擬立方晶のO*相、さらに菱面体晶のR相へと変化することが分かった。この結晶構造の変化は、過剰酸素の導入に伴うMnの価数の上昇、つまりJahn-Teller歪みのないMn4+イオンの増加に起因すると考えられる。同様に過剰酸素量を制御した他のSr組成の単結晶試料もほぼ同様の結晶構造および格子定数の変化を示した。

過剰酸素量を制御したLa0.95Sr0.05MnO3+δ単結晶の磁化の温度依存性では、低温で反強磁性転移を示したas-grown試料に過剰酸素を導入していくことで、強磁性が出現し、δ= 0.055までTCが系統的に上昇した。一方、δ= 0.077の試料では逆にTCが低下しており、過剰酸素の導入に伴って生成したカチオン空孔の影響が現れた。また、過剰酸素量が少ないδ= 0.021 の試料ではc軸方向の磁化がab面方向の磁化を上回り、大きな異方性を示したのに対し、過剰酸素量が多いδ= 0.077 の試料では、ab面方向とc軸方向の磁化曲線がほぼ一致した。これは、過剰酸素の導入により、より高い対称性を持つ結晶構造へと変化したことに起因すると考えている。

磁化測定から求めたTC, TNのMnの平均価数依存性では、全てのSr組成において、過剰酸素の導入に伴うMnの価数の上昇によりTCが系統的に上昇した。特に、菱面体晶構造と比べて斜方晶構造を示した領域でのTCの上昇が大きく、結晶構造の違いがTCの変化に大きく影響することが分かった。

過剰酸素量を制御したLa0.825Sr0.175MnO3+δ単結晶の磁化の温度依存性では、斜方晶-菱面体晶の構造相転移温度TSが、過剰酸素量の増加に従って系統的に低下し、δ>= 0.014では完全に消失することが分かった。これは、過剰酸素量の増加に従って、Jahn-Teller歪みのないMn4+イオンが増加したため、高温における菱面体晶構造がより安定化されたことに起因する。このように非常に僅かな過剰酸素量の変化でTSが大きく変化することを明らかにしたのは本研究が初めてであり、過剰酸素による構造相転移温度の制御を可能にした。

過剰酸素量を制御したLa0.95Sr0.05MnO3+δ単結晶の磁場中の電気抵抗率測定を行い、磁気抵抗効果を調べた。全く磁気抵抗を示さないas-grown La0.95Sr0.05MnO3+δ単結晶試料に過剰酸素を導入することで、大きな磁気抵抗が発現することを発見した。また、as-grown試料において磁気抵抗を示した他のSr組成においても、過剰酸素量の増加に伴うTCの上昇に従って、磁気抵抗が最大値を取る温度が系統的に上昇した。

本研究では、過剰酸素量を精密に制御したLa2-2xSr1+2xMn2O7+δ, La1-xSrxMnO3+δ単結晶において、その結晶構造、磁気・輸送特性、磁気抵抗が過剰酸素量に従って大きく変化することを発見し、過剰酸素量とSr置換量の独立な制御が本系の物性制御や特性改善に有効であることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「不定比酸素量を制御したペロブスカイト型Mn酸化物単結晶の低温物性」と題し、キュリー温度TC近傍で巨大な磁気抵抗効果を示すことで次世代磁気センサーへの応用が期待されているLa1-xSrxMnO3+δおよびLa2-2xSr1+2xMn2O7+δ単結晶の不定比酸素量を精密に制御し、その低温物性を調べることによって、本系における酸素量制御の効果とその重要性を明らかにしたものである。

第1章では、ペロブスカイト型Mn酸化物の磁気・電子状態を考察する際に重要となるMnイオン間の各相互作用などの基礎的な理論を紹介するとともに、これまで本系で行われてきた数多くの物性研究の結果が系統立ててまとめられた。さらに、La1-xSrxMnO3+δの多結晶試料および薄膜試料で行われてきた酸素不定比性の研究を示されるとともに、本系以外で精力的に研究が行われてきた磁気抵抗材料に関して紹介された。

第2章では、これまで単結晶試料を用いた酸素量制御に関する研究がほとんど行われてこなかったLa1-xSrxMnO3+δおよびLa2-2xSr1+2xMn2O7+δにおいて、精密に酸素量制御を行った単結晶試料の低温物性を明らかにする意義を示し、目的を明確にした。その具体的な方針として、多結晶試料での酸素不定比性を明らかにした後、その結果に従ってポストアニールにより不定比酸素量を制御した単結晶試料の低温物性を調べることによって、本系における酸素量制御の本質的な効果を明らかにしたことが述べられた。

第3章では、La1-xSrxMnO3+δおよびLa2-2xSr1+2xMn2O7+δ多結晶試料および単結晶試料の作製に関して記述し、得られた単結晶試料の結晶評価や物性評価の方法に関して説明された。さらに、本研究で行ったポストアニールによる酸素量制御の手法に関して示された。

第4章では、不定比酸素量制御を制御したLa2-2xSr1+2xMn2O7+δ単結晶の低温物性を詳細に調べ、La2-2xSr1+2xMn2O7+δにおける過剰酸素量制御の効果が明らかにされた。これまで多くの物性研究に用いられてきた育成直後のas-grown試料とポストアニールを施し、δ = 0.00にした定比試料の物性を比較することによって、as-grown試料には結晶育成時に生じた格子歪みや組成の不均一性が存在しており、それらが本系の各物性に大きく影響することが示された。これにより、単結晶を用いた物性研究におけるポストアニール処理の重要性が明らかにされた。また、過剰酸素を導入したx = 0.3の単結晶試料において、過剰酸素の導入に伴うMnの平均価数の上昇により、TCの上昇やab面方向からc軸方向への磁化容易軸の変化が生じることを新たに見出している。粉末XRD測定からは、この時、c軸方向に伸びたMnO6八面体のJahn-Teller歪みが緩和されており、安定なeg軌道が変化していることが示唆された。過剰酸素量制御の効果は、電気抵抗率や磁気抵抗効果にも顕著に現れるとされた。

第5章では、不定比酸素量制御を制御したLa1-xSrxMnO3+δ単結晶の低温物性を詳細に調べ、La1-xSrxMnO3+δの単結晶における過剰酸素量制御の効果が初めて明らかにされた。as-grown試料をポストアニールしたδ= 0.000, 0.001の定比試料の低温物性を比較し、各相転移温度や格子定数、電気抵抗率などがポストアニールにより大きく変化することが示された。さらに、100 μmまで薄く研磨したas-grown試料に様々な温度や雰囲気でアニールを行うことによって、精密に過剰酸素量を制御した単結晶試料を作製することに成功している。過剰酸素量を系統的に制御した単結晶試料の粉末XRD測定から、全てのSr組成において、Mnの平均価数の上昇とともに結晶構造が斜方晶から菱面体晶へと変化し、格子定数も系統的に変化することが明らかにされた。この時、TCや構造相転移温度TSなどの各相転移温度や磁化、電気抵抗率などの全ての低温物性が過剰酸素量の増加とともに劇的に変化した。これらは、Mnの平均価数の上昇と過剰酸素の導入に伴って生成したカチオン空孔に起因するものと説明された。その結果、本来as-grown試料では磁気抵抗効果を示さない組成における磁気抵抗効果の発現や過剰酸素量を精密に制御し、TCとTSを接近させた試料における磁場誘起構造相転移を利用した磁気抵抗比の増大に成功した。

第6章では、第3章から第5章で不定比酸素量を制御したLa1-xSrxMnO3+δおよびLa2-2xSr1+2xMn2O7+δ単結晶の低温物性を調べることで明らかとなったポストアニールの重要性を示すとともに、過剰酸素量制御の効果をSr組成制御と比較することでその有用性が明確に著された。さらに、過剰酸素量制御を利用した本系における特性改善の可能性が示された。

以上要約したように、本論文は、La1-xSrxMnO3+δおよびLa2-2xSr1+2xMn2O7+δ単結晶において過剰酸素量制御の本質的な物性に及ぼす効果を明らかにするとともに、その重要性および将来性を見出したものである。特に、過剰酸素量制御とSr組成制御の両者を組み合わせることによって、新たな物性制御や特性改善が期待できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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