学位論文要旨



No 123501
著者(漢字) 花田,三四郎
著者(英字)
著者(カナ) ハナダ,サンシロウ
標題(和) 肝前駆細胞の三次元培養と血流導入移植に関する研究
標題(洋)
報告番号 123501
報告番号 甲23501
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6817号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 酒井,康行
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 鄭,雄一
 東京大学 准教授 上田,宏
内容要旨 要旨を表示する

近年、再生医療の名のもとに、組織工学的手法を用いた臓器再構築に関する研究が取り組まれている。組織工学とは、細胞と足場および液性因子を用い、生体外で移植可能な組織および臓器を構築することを目的とした学問である。LangerとVacantiにより組織工学の可能性が提唱されてから約15年が経ち、平面組織においては、臨床応用可能な研究例が示されてきた。

一方、肝臓を含む大型臓器は、機能性細胞が高密度に充填されており、その酸素・栄養の物質交換を維持するための毛細血管網が縦横無尽に張り巡らされた複雑に構造化された三次元組織であり、その再構築には更なる困難を要する。肝臓は、移植治療における再生能が期待される一方で、根本的なドナー不足という問題を抱えており、組織工学の目的臓器として盛んに研究がなされている。しかしながら、それらの研究は、ステムセルの分化誘導や臓器足場の構築、埋め込み型移植などの要素技術の確立であり、現実的に代替肝組織の構築を目指した研究例は現状では極めて少ない。

肝組織工学においては、生体外における培養プロセスと生体内の移植プロセスを統合したシステム的アプローチが必要である。具体的には、生体外においては、(1)高い肝機能を有する移植適用可能な三次元細胞組織が必要であり、生体外においては、(2)生体外構築肝組織の移植実験系の確立が必要となる。それらを実施することで、現状の要素技術における問題点を抽出すべきである。

本研究では、組織工学的手法に沿った肝組織構築のための基礎的プロセスの確立しそれらを肝組織構築システムとして実施することを目的とし、肝組織構築の実現可能性の検討を行った。具体的には、培養プロセスとして、(1)肝前駆細胞を豊富に含む胎児肝細胞をモデル細胞として用い、発生上意義のある液性因子添加の下で三次元培養を行い、移植適用可能な肝機能レベルを有する肝組織の構築を試みた。また、移植プロセスにおいては、(2)血流に構築肝組織デバイスを導入する新規移植実験系を確立することで、肝組織の更なる成熟化およびその組織再構成の実現可能性を検討した。これらの一連のプロセスをシステムとして実施することは、将来の臨床を想定した肝組織工学に向けての有用な知見となると考えられる。

本論文は、「肝前駆細胞の三次元培養と血流導入移植に関する研究」という題目で、本編5章および補章により構成されている。

第1章は、本論文の緒論であり、研究の背景と目的である。はじめに、重篤肝疾患治療に関する現状について、圧倒的なドナー不足という問題に対する対策として、移植医療へのつなぎ医療としての人工肝臓および肝細胞治療についての研究例を示した。ドナー不足の根本的解決には、肝組織工学による移植可能な肝組織の構築が必要であることを述べた。しかしながら、現状の肝組織工学が要素技術の集約段階であることを研究例により示し、肝組織工学をより現実的目標とするためには、培養プロセスと移植プロセスの両面から肝組織工学を統合システムとして研究すべきであることを主張した。とくに、現段階では小動物レベルにおける実現可能性検討が必要であり、本研究の目的として、ラットをモデル動物とした肝組織構築システムの実現性検討を提示した。

第2章においては、免疫不全ラットへの移植を想定し、継代ヒト胎児肝細胞株を細胞ソースとして用いた三次元培養を行い、肝発生学上意義のある液性因子の添加により、継代培養により低下しているヒト胎児肝細胞の肝機能の回復と更なる成熟化を試みた。液性因子として、オンコスタチンMおよび肝細胞増殖因子について検討を行ったが、とくに既往の研究例においてマウス胎児肝細胞の成熟化に寄与するとされるオンコスタチンMは、アルブミン分泌能の向上という点においてヒト胎児肝細胞株においても有効であることを示した。塩溶出発泡法により作製したポリ乳酸多孔質担体を足場として用いた三次元培養は、オンコスタチンMの添加との相乗的な作用によりアルブミン分泌能およびより高度な肝機能であるチトクロムP450 1A1/2酵素活性においても顕著な亢進を示した。これは、三次元培養による細胞・細胞間相互作用の向上とともに、足場に蓄積した液性因子の局所的作用などが肝成熟化を促進していることを示唆している。一方で、本研究によって達成された肝機能は、成熟肝機能に比べて1/20以下と非常に低く、組織工学に用いる細胞ソースとしては、不十分であったといえる。

第3章においては、移植適用に充分な肝機能を有する生体外肝組織の構築を目指し、初代ラット胎児肝より肝前駆細胞集団を採取し、その成熟化を試みた。第2章で得られた知見とともに、さらに近年有用な知見が得られているステムセルの肝分化誘導研究例から、繊維芽細胞増殖因子1、4、酪酸ナトリウムについて検討を行った。繊維芽細胞増殖因子1および4、肝細胞増殖因子を組み合わせることで、培養初期における増殖能を顕著に高め、アルブミン分泌能の亢進を確認した。また、酪酸ナトリウムはよりチトクロムP4501 A1/2酵素活性の劇的な亢進を確認した。オンコスタチンMは、肝機能の維持に有効であった。三次元培養との相乗的な効果においては、培養2週間の肝機能を相対的に維持し、その肝機能は、アルブミン分泌能に関しては成熟ラット肝細胞と同等、チトクロムP450に関しては半分程度と高い肝機能を実現した。また、三次元培養においては、肝細胞はPAS染色陽性であり、肝細胞と非実質細胞が層状に組織化された生体内肝組織様の形態が確認された。

第4章では、第3章で構築した生体外構築肝組織を肝組織デバイスとして用い、臨床を想定した血流導入型移植実験系の確立を目指した。具体的には、頚部動脈間に肝組織デバイスを挿入することで、血液循環内における組織再生能および高度組織形成を期待している。上記の移植実験系の実現可能性について移植手法の確立および移植後の組織学的検討を行った。肝組織デバイスは、第3章で作製した三次元肝組織に半切したカニューレに配置し蜜蝋により被覆することで作製した。移植後は、肝組織が部分的に維持されることが確かめられたが、高度な組織形成は実現されなかった。そこで、培養時に播種細胞密度を高めたデバイスを作製したところ肝組織が維持された。また、三次元肝組織に多孔質膜を配備し、部分的に血流を制限すると、より高度な肝組織の維持が確認された。このことは、細胞と血球の接触が高度な肝組織化を阻害していることが示唆された。肝組織デバイスに設計と培養条件へのフィードバックによりより高度な肝組織の構築が期待される。

第5章では、本論文の総括および今後の展望をおこなった。本研究は、肝前駆細胞をモデルとして現状困難であった成熟レベルの肝機能を実現したこと、新規移植実験系として頚動脈間血流導入移植を試みその可能性を示したことにおいて、生体組織工学における新規性のある成果であると考えられる。特に、現状の組織工学的手法における培養プロセスと移植プロセスをシステムとして統合し、その限界点の見極めとプロセスに対する相互フィードバックの必要性を示した点を強調する。今後、肝組織工学を現実のものとするには、各要素技術の発展とともに、培養と移植を常に統合システムとして捉え本質的な問題点を抽出し、相互フィードバックすることが必須であると考えられる。

また、補章として、生体外における三次元培養のスケールアップを目標として、バイオリアクターを用いた灌流培養系による継代ヒト胎児肝細胞株の成熟化およびヒト肝癌細胞株の増殖に関する研究成果を付した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「肝前駆細胞の三次元培養と血流導入移植に関する研究」と題し、組織工学的手法による肝組織構築とその臨床適用において重要となると考えられる培養・移植システムの確立を目的としてなされた研究であり、全5章より構成されている。

第1章は緒論であり、本研究の背景および目的を述べている。はじめに、重篤肝疾患治療に関する現状と新規治療を目指した研究例を述べ、ドナー不足という根本的問題を回避するためには、移植可能な肝組織構築を目指した肝組織工学の発展が必須であると主張している。また、現状の肝組織工学研究が要素技術の集積の段階であることを述べ、これらの要素技術を臨床適用まで展望した「培養・移植システム」として扱う必要があること、特に小動物においてそのようなシステムの実現可能性を理解することの重要性を指摘している。さらに、以上の考察を踏まえた上で、本論文の目的とアプローチを示している。具体的には、ラットをモデル動物とし、培養系による生体外肝組織構築に関しては肝前駆細胞を豊富に含む胎児肝細胞を細胞ソースとして用いた三次元培養による成熟化、移植系においては新規移植システムである血流導入型移植を、それぞれ特色とするアプローチである。

第2章では、免疫不全ラットへの移植を想定し、培養により肝機能が著しく低下している継代ヒト胎児肝細胞株について、生体内での肝組織成熟に重要とされている液性因子の添加および三次元培養によりその機能を回復かつ成熟化させることを試みている。検討の結果、成熟レベルの機能の達成は困難であったが、マウス胎児肝細胞の成熟化を促進するオンコスタチンMとポリ乳酸を材料とした多孔質担体を用いた三次元培養との相乗的な効果により、顕著な肝機能の亢進が見られることを報告している。この結果から、三次元培養下において細胞間相互作用および液性因子の局所的濃度の増大が、生体外における未熟肝細胞の成熟化に大きく寄与すると述べている。しかしながら、到達機能レベルが低いために、想定した免疫不全ラットへの移植実験には不適切な細胞であると結論付けている。

第3章では、ラットでの移植実験にて効果が期待できる細胞としてラット胎児肝細胞に着目し、その生体外での成熟化を試みている。ここでは、増殖能と細胞収量の両観点から適切と考えられる胎生17日の胎児肝細胞を用いており、第2章で得られた知見に加えて、ES細胞(Embryonic Stem Cell、胚性幹細胞)の肝分化誘導に関する最新の知見に基づき新たな液性因子群(繊維芽細胞増殖因子1および4、肝細胞増殖因子、酪酸ナトリウム)の効果を検討している。これらの因子群は、ラット胎児肝細胞の成熟化においても同様に有効であり、特に、繊維芽細胞増殖因子1および4、肝細胞増殖因子の組み合わせにより培養初期の増殖能が著しく高められ、酪酸ナトリウムはより高次の肝機能であるチトクロームP450 1A1/2活性の顕著な亢進に寄与することを示している。さらに、これらの液性因子群は三次元培養と相乗的な効果を示し、成熟ラット肝細胞に匹敵する細胞当たりの肝機能発現および肝実質細胞と非実質細胞とが密に接触した高度な肝組織の形成が達成され、移植適用可能な肝組織の生体外構築に関する基礎培養条件の確立に成功したと述べている。

第4章では、構築した肝組織を生体内に埋め込む従来の移植モデルの問題点を指摘、物質交換の抜本的な改善を目指し、肝組織をデバイス化して血流を導入する新たな移植法について提示している。具体的に本論文では、頚動脈間に移植する新規血流導入型の移植系の実現可能性を検討している。第3章で最適化された培養条件を基に構築した生体外肝組織デバイスを血流導入移植したところ、移植時細胞密度を高くし血流との直接的な接触を多孔質膜により制限することで、肝組織の維持が顕著に高まることを見出している。このことは、流れの乏しい三次元担体内にて細胞と血球成分とが長時間接触することによる障害が高度な組織化を阻害していることを示唆しており、血流導入型移植組織の設計において極めて重要な知見であると述べている。

第5章は終章であり、本論文全体のまとめと得られた成果の意義を述べると共に、再構築形肝組織を用いた疾患治療を展望した場合における今後の研究課題についても述べている。

以上要するに本論文は、培養に関しては胎児由来の肝前駆細胞を適切な液性因子群の存在下における三次元培養にてラットにおいては成熟レベルの機能と高度な組織化を達成しえること、移植に関しては新規に開発した血流導入型デバイスのラットへの移植実験を通じて細胞と血球細胞との接触をある程度抑えつつ高密度な組織を予め構築しておくことが重要であること、を示している。これらの成果は、将来の再構築形肝組織の設計開発と臨床適用にとって極めて有用なものであり、生体組織工学・再生医学・医用工学および化学システム工学へ大きく貢献するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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