学位論文要旨



No 123503
著者(漢字) 酒井,康行
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,ヤスユキ
標題(和) ガソリンサロゲート燃料の燃焼反応モデル構築と応用
標題(洋)
報告番号 123503
報告番号 甲23503
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6819号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 津江,光洋
 東京大学 教授 船津,公人
 東京大学 教授 土橋,律
 東京大学 准教授 三好,明
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

自動車の燃費規制, 窒素酸化物(NOX)や粒子状物質(PM)などの排出ガス規制が年々厳しくなる状況の中, 燃焼形態や燃料側からのアプローチとして予混合圧縮着火(HCCI: Homogeneous Charge Compression Ignition)燃焼やバイオ燃料の実用化に向けた研究が盛んに行われている. 図1にガソリンの主成分であるノルマルヘプタンの圧縮自着火の熱発生プロファイルを示す. 最初の小さな熱発生のピークは低温酸化反応によるものであり, ここでの熱発生量とそのタイミングが燃料の着火時期を決定する. また低温酸化反応はノッキングの発生にも大きく関与している. このように燃料の燃焼反応は内燃機関において重要な要素であり, 燃焼反応機構についての詳細な知見が必要とされている.

ガソリンや軽油などの実用燃料は数百にも及ぶ炭化水素成分からなる混合物であり, これら実用燃料の物理的あるいは化学的性質をすべて組み込んだシミュレーションは現状では極めて困難である. しかしながら実用燃料の燃焼特性はより少数の炭化水素成分からなる燃料によって表現できることが知られている. Gauthierら[1]は, ガソリンとノルマルヘプタン, イソオクタン, トルエンの混合モデル燃料の着火誘導時間を衝撃波管により測定し, 組成を調整すればこのモデル燃料とガソリンの着火誘導時間が一致することを示している. このように実燃料を模擬する単純な組成のモデル燃料を「サロゲート燃料」と呼ぶ[2]. たとえば, 最も単純なガソリンサロゲート燃料としてはイソオクタンが用いられる. またノルマルヘプタンとイソオクタンの混合燃料はオクタン価を決める標準燃料(PRF: Primary Reference Fuel)であるが, ガソリンサロゲート燃料として用いられることが多い. より多成分系のサロゲート燃料は内燃機関の燃焼効率や排出ガス特性を調べるため, あるいは新規燃料設計を行うために用いることができる. このようにサロゲート燃料を用いることの利点は, サロゲート燃料が明確に定義された化学種より構成されているために燃焼反応モデルを構築することが可能となり, これを用いたシミュレーションにより燃焼特性の予測が可能になることである. サロゲート燃料としてどのような燃料成分を選択するべきかという問題は, 対象となる実用燃料のどのような性質を模擬しようとしているのかに依存する. 一般的には実用燃料に含まれる炭化水素を, その炭化水素を特徴付ける化学結合に基づいてタイプ別に分類し, 各タイプから代表的な化合物を選択する手法が採られている. ガソリンにはパラフィンが30-80%, 芳香族が10-40%, オレフィンが1-20%, ナフテンが2-10%程度含まれている[2]. Naikら[3]は, パラフィンからはノルマルヘプタンとイソオクタン, オレフィンからは1-ペンテン, 芳香族からはトルエン, ナフテンからはメチルシクロへキサンを選んでガソリンサロゲート燃料とし, その燃焼反応モデルを構築している. またYahyaouiら[4]はイソオクタン, トルエン, 1-ヘキセン, ETBE(Ethyl Tert-Butyl Ether)の混合燃料をガソリンサロゲート燃料としている. 最も多くの研究例のあるガソリンサロゲート燃料はノルマルヘプタン, イソオクタン, トルエンの三成分の混合燃料(PRF/トルエン)であり, 燃焼反応モデルもいくつか提案されている[5-8]. しかしながら, 既往のPRF/トルエンの燃焼反応モデルには問題があり, 着火誘導時間などの実験値をすべての条件において説明できるとは言い難い. これは主にトルエンの燃焼反応機構が十分に解明されていないことによる[2].

本研究では, 広範な温度及び圧力条件下に適用可能なガソリンサロゲート燃料(PRF/トルエン)の燃焼反応モデルを構築し, エンジン内での燃焼反応機構を理解することを目的とした. まずトルエンの燃焼反応機構について詳細な検討を行い, 次にPRFとトルエンの反応に注目しPRF/トルエンの燃焼反応モデルを構築した. 反応経路解析及び感度解析を基にPRF/トルエンの燃焼について考察を行った. また構築したモデルのエンジン燃焼への応用の一例として, オクタン価(RON: Research Octane Number, MON: Motor Octane Number)の計算を行った.

2. 反応モデル構築手法

燃焼反応モデルを構築するターゲットとなる燃料について, 文献調査により燃焼反応モデル, 関連する素反応の速度定数, 化学種の熱力学データ等を収集して初期段階のモデルを構築した. また文献等で得られない素反応については, 量子化学計算から速度定数や熱力学量の推測をした.

このようにして構築した反応モデルを実験値と比較し妥当性を検討した.

3. トルエン燃焼反応機構

エンジン内での燃焼に適用可能な幅広い温度, 圧力条件下におけるトルエンの燃焼過程を記述できるモデルの構築を目的とした. 比較的最近に提案され, 広範な条件下においてトルエンの燃焼過程を検討しているPitzら[9]のモデルを出発点としてモデルの改良を行った. まずPitzモデルを用いて初期温度800-1800 K, 圧力1 atmの条件でトルエン燃焼の反応経路解析及び感度解析を行い, 燃焼過程において重要と考えられる素反応の抽出を行った. 温度1100 K以下では連鎖分岐反応(R2-1), 温度1100 K以上では連鎖分岐反応(R2-2)により系のラジカル種の数が指数関数的に増加し, その結果として反応速度が大きくなり着火に至る.

H2O2⇔OH+OH (R2-1)

H+O2⇔O+OH (R2-2)

そのため着火誘導期間内での, H2O2, Hラジカル, OHラジカル, Oラジカルを生成または消費する素反応, 熱発生に寄与する反応(熱発生によりH2O2, H等を生成または消費する素反応の反応速度が増加)がトルエンの着火に重要であると考えられる. 反応経路解析や感度解析の結果から上記ラジカル種の生成や消費, 熱発生に関与する素反応は主にトルエンとベンジルラジカルの反応であることがわかった. よってトルエン燃焼反応モデル構築にあたって, トルエン, ベンジルラジカルの反応について詳細に検討していくことにした. 以下に主な改良点について述べる.

3.1. トルエンの反応

トルエンの反応の速度定数は数多くの報告があり, 単分子分解反応[10], 酸素分子[11], Hラジカル[12], OHラジカル[13]との反応については, 実験及び理論計算により速度定数が求められている. これらは比較的幅広い温度及び圧力に条件下で検討されているため信頼性が高く, 本モデルではこれらの速度定数に変更した. またSetaら[13]の報告によると, トルエンとOHラジカルとの反応で, メチル基からの水素引き抜き反応(R2-3)とともに, 高温条件下ではフェニル基からの水素引き抜き反応(R2-4)も競合しメチルフェニルラジカル(C6H4CH3)が生成するとしている. そこで各ラジカル種とトルエンとのフェニル基からの水素引き抜き反応(R2-5)をモデルに追加した. また生成されるメチルフェニルラジカルの反応もSilvaら[14]のメチルフェニルラジカルと酸素との反応を参考に追加した. メチルフェニルラジカルは水素が引き抜かれる位置により, オルト, メタ, パラの3つの異性体が考えられるが本モデルでは区別していない.

C6H5CH3+OH⇔C6H5CH2+H2O(R2-3)

C6H5CH3+OH⇔C6H4CH3+H2O(R2-4)

C6H5CH3+X⇔C6H4CH3+XH(X= H, O, HO2, CH3)(R2-5)

Pitzモデルによると, 1000 K以下の低温領域ではベンジルラジカルと酸素分子の反応によりフェノキシラジカルが生成される. そのためフェノキシラジカルによるトルエンの水素引き抜き反応(R2-6)はこの温度領域において着火に対し感度の大きい素反応であった. この反応については, 実験, 理論計算による速度定数は求められていない. そこで遷移状態理論を用いて速度定数を求めた.

C6H5CH3+C6H5O⇔C6H5CH2+C6H5OH(R2-6)

量子化学計算にはGaussian03パッケージ[15]を用いた. 反応物, 生成物, 遷移状態の構造, 振動数はB3LYP/6-311+G(d.p), エネルギーはG3MP2// B3LYP/6-311+G(d,p)レベルを用いた. 分配関数計算の際には, メチル基は内部回転として取り扱った. 遷移状態理論により得られた(R2-6)の速度定数は以下の式となった.

k=5.431×10(12)exp(-20923.0/RT)[cm3mol-1s-1] for (R2-6)

得られた速度定数はPitzモデルの速度定数と比較して数桁異なり, 特に低温領域でのモデルの精度向上が期待される.

3.2. ベンジルラジカルの反応

低温条件下ではベンジルラジカルの再結合反応(2-7)も起こると考えられる. Pitzらのモデルでは考慮されていない反応なので, (R2-7-2-9)のバイベンジルを生成しスチルベンまで反応していく素反応を追加した.

C6H5CH2 +C6H5CH2⇔C14H14 (R2-7)

C14H14+X⇔C14H13+XH (R2-8)

C14H13⇔C14H12+H(R2-9)

ベンジルラジカルと酸素分子の反応については, 実験的には検討されているものの, 室温付近での検討が多く, 本モデルがターゲットにしている燃焼場での検討はされていない. Murakamiら[16]は量子化学計算によりベンジルラジカルと酸素分子の反応のポテンシャルエネルギー面(PES: Potential Energy Surface)を求めた. Murakamiらの計算によれば, まず付加生成物ペルオキシベンジルラジカルが生成する(R2-10). この付加生成物の反応は, C6H5CH2+O2を基準として16.4 kcal/molの障壁を経てC6H5CHO+OHを生成する経路(R2-11), 16.5 kcal/molの障壁を経てC6H5O+CH2Oを生成する経路(R2-12)がある.

C6H5CH2+O2⇔C6H5CH2OO*(+M)=C6H5CH2OO(+M)(R2-10)

C6H5CH2+O2⇔C6H5CH2OO*=C6H5CHO+OH(R2-11)

C6H5CH2+O2⇔C6H5CH2OO*=C6H5O+CH2O(R2-12)

C6H5CH2OO⇔C6H5CHO+OH(R2-13)

C6H5CH2OO⇔C6H5O+CH2O (R2-14)

(R2-11, 2-12)の反応は(R2-10)の反応と競合するために圧力依存を持つ. またその他の経路は反応障壁が高いので通常の燃焼温度では無視できると判断した. これらの速度定数の圧力依存をMurakamiらの量子化学計算を基に, RRKM-支配方程式解析プログラムであるVariflex[17]により求め, 反応モデルに反映させた.

高温で重要な, ベンジルラジカルと酸素ラジカルの反応に関して, Bartelsら[18]は実験で測定した生成物から, ベンジルラジカルとHラジカルを生成する経路(R2-15), ベンゼンとホルミルラジカルが生成する経路(R2-16)が主要経路であると推測している. これに対しEmdeeら[19]は, 生成エンタルピーとQRRK計算から, ベンズアルデヒドとHラジカルを生成する経路(R2-15), フェニルラジカルとホルムアルデヒドを生成する経路(R2-17)が主要な反応経路であるとし, 反応の分岐比は3:1であると推測している. またBartelsらが測定したベンゼンは, この反応で生成したフェニルラジカルがHラジカルと再結合したものと考察している. またHipplerら[20]は実験と反応モデルの比較からベンジルラジカルと酸素ラジカルの総括の速度定数は3.0×1014 cm3mol-1s-1程度であると推測している.

C6H5CH2+O⇔C6H5CHO+H(R2-15)

C6H5CH2+O⇔C6H6+CHO(R2-16)

C6H5CH2+O⇔C6H5+CH2O(R2-17)

そこでベンジルラジカルと酸素ラジカルの反応について, 反応経路と反応の分岐比の見積もりを行った. 反応物, 中間体, 生成物, 遷移状態の構造, 振動数はB3LYP/6-31G(d), エネルギーはG3MP2B3レベルを用いた. 量子化学計算により得られたC6H5CH2+O反応系のPESを図に示す. ベンジルラジカルと酸素原子は, -CH2基に酸素原子が付加することによりベンゾキシラジカルを生成する. 付加体の反応は, 以下の(R2-18-2-20)が考えられる.

C6H5CH2+O⇔C6H5CH2O*⇔C6H5CHO+H(R2-18)

C6H5CH2+O⇔C6H5CH2O*⇔C6H5+CH2O(R2-19)

C6H5CH2+O⇔C6H5CH2O*⇔C6H5CHOH(R2-20)

(R2-18)は17.3 kcal/molの反応障壁を経て, ベンズアルデヒドと水素原子を生成する. 遷移状態の構造からC-H結合切断, C=O結合生成が同時に起こりながら反応が進行する. (R2-19)では, C-C結合の切断によりフェニルラジカルとホルムアルデヒドを生成する. 25.6 kcal/molの反応障壁を経由する(R2-20)は, 異性化によりC6H5CHOHを生成する. PESからは, (R2-18, 2-19)が主要な経路であると考えられる. またベンゼンとホルミルラジカルを生成する経路(R2-16)の遷移状態は見つからなかった. 量子化学計算の結果を基に, Unimolパッケージ[21]を用いてk(E)を計算し反応の分岐比を推測した. 分岐比はC6H5CH2+Oの反応の入り口の高さにおけるk(E)の比として定義した. この定義における反応の分岐比は(R2-18):(R2-19)=1.8:1となった. この分岐比にHipplerらが実験的に求めた総括の速度定数を掛けた値を, 各反応の速度定数をしてモデルに組み込んだ.

3.3. 実験値との比較

構築したトルエンの燃焼反応モデルの妥当性を検討するために, 衝撃波管で測定された着火誘導時間と比較した. また衝撃波管のデータのない低温領域(1100 K以下)では, 流通式反応管により測定された燃焼中間生成物との比較を行うことにより本モデルの妥当性を検討した. シミュレーションはすべてChemkin4.1パッケージClosed homogeneous reactor[22]を用い, 衝撃波管については定容及び断熱条件, 流通式反応管については定圧及び断熱条件とした. また本モデルとPitzモデルの両方でシミュレーションを行い, 本モデルの精度向上の確認も行った.

ほぼすべての条件下において, 本モデルはPitzモデルよりも実験値と良い一致をしている. Pitzモデルと比較して本モデルの精度が著しく向上した点は, 圧力依存, 高圧下での温度及び当量比依存の2点である. 図2に反射波背後の圧力1-50 atmでの着火誘導時間の実験値[23, 24]と計算値の比較を示している. 本モデルがトルエンの着火誘導時間の圧力依存性をかなり精度よく予測できていることがわかる. また図3及び4に反射波背後の圧力12, 50 atmのときの着火誘導時間の実験値[24]と計算値の比較を示す. 12, 50 atmにおいて着火誘導時間の温度依存性をPitzモデルよりも再現できていることがわかる. またこの高圧下においてPitzモデルでは着火遅れ時間はほとんど当量比に依存しないと予測しているが, 本モデルでは実験値と同様に着火遅れ時間の当量比依存性を再現することができている.

次に流通式反応管の実験データ[8]との比較を示したものを図5に示す. 図5より1000 K以下の低温領域でのトルエンの反応性を本モデルはPitzモデルよりも精度よく再現できている. ただし実験では初期温度900 K付近から反応性が増加しているが, 本モデルでは870 Kあたりから反応性が増加している. 本モデルはトルエンの反応性を大きく見積もっている. 図6に920 Kにおけるトルエン, 燃焼中間生成物の時間変化の実験値と計算値を比較したものを示す. 先ほど述べたのと同様に, 本モデルはトルエンの反応性を大きく予測している. この点に関しては, Pitzモデルと比較して著しく向上したものの, さらなる検討が必要であると考えている.

以上, 本モデルの妥当性を検討した結果, 本モデルの性能は, 特にエンジン燃焼環境に近い高圧(1-50 atm), 低温(1100 K以下)の条件下において大幅に向上したと判断できる.

3.4. トルエンの燃焼過程の解析

構築したトルエン燃焼反応モデルを用いて温度800-1800 K, 圧力1-50 atmの条件下でのトルエン燃焼の反応経路解析, 感度解析を行い素反応レベルからの考察を行った.

ペルオキシラジカルへの酸素の付加と分子内異性化反応で振興するアルカン等の低温酸化反応の機構はトルエンでは起こらず, 重要な連鎖分岐反応としては過酸化水素の分解(R2-1)またはHラジカルと酸素分子(R2-2)の連鎖分岐反応である. これらの反応は低温から高温になるにつれ(R2-1)から(R2-2)へ, 低圧から高圧になるにつれ(R2-2)から(R2-1)の連鎖分岐反応が着火に至るために支配的な反応になっている. この支配的な連鎖分岐反応の移り変わりは, ホルミルラジカルの反応に依存しており, (R2-21, 2-22)の反応の割合により変化する. 低温または高圧では, (R2-21)の反応により過酸化水素生成に必要なHO2ラジカルを生成する, 一方, 高温または低圧では(R2-22)の反応によりHラジカルを生成する.

HCO+O2⇔CO+HO2(R2-21)

HCO⇔H+CO(R2-22)

また過酸化水素の分解の反応速度が小さい1000 K以下では, ベンジルペルオキシラジカルの分解によりOHラジカルを生成する連鎖成長反応(R2-23)も系にラジカル種を供給する反応として重要であることがわかった.

C6H5CH2OO⇔C6H5CHO+OH(R2-23)

このように温度, 圧力条件により支配的な連鎖分岐反応が変わっていくために, (R3-1)が支配的な条件ではOHラジカルまたは酸素分子との反応がトルエンやベンジルラジカルを消費する反応が主要となり, (R3-2)が支配的な条件ではHラジカル, Oラジカル, 単分子分解反応がトルエンやベンジルラジカルの消費反応として主要となることが理解される. 図7にトルエンとベンジルラジカルの反応経路の概略図を示す. 上述したように, 支配的な連鎖分岐反応の移り変わりに応じて, 反応経路が変化していく様子が見て取れる. 本研究のモデルでは, トルエン, ベンジルラジカルとラジカルの反応を詳細に検討したこと, またベンジルラジカルと酸素分子の反応を理論計算に基づき正しい速度定数を用いたことで, 広範な温度, 圧力条件下でのトルエンの燃焼を記述できるモデルを構築することができたと考えられる.

4. PRF/トルエン燃焼反応機構

ガソリンサロゲート燃料のように複数の化学種からなる燃料の燃焼反応モデルを構築する際には, 個々の化学種の反応モデルに加えて, 個々の化学種から生成された中間生成物同士の反応も考慮しなくてはならない. このような反応を「Cross Reaction」と呼ぶ. Cross reactionが混合燃料の燃焼特性へ影響を与えるか否かについては, 賛否両論わかれている状況であったが, 著者ら[26]のグループによる衝撃波管を用いたイソオクタン/トルエン混合燃料の着火誘導時間の測定でcross reactionが燃焼特性に影響を与える実験事実が示された. この結果を図8に示す. 図は温度1500 K, 圧力2.0 atmにおいて, ノルマルヘプタン(PRF0), イソオクタン(PRF100), ノルマルヘプタン/イソオクタン(PRF50)それぞれにトルエンを混合していった時の着火誘導時間の実験値と計算値の比較を示したものである. 実験結果よりノルマルヘプタンにトルエンを添加した場合にはトルエンの添加量とともに単調に着火誘導時間は長くなるが, イソオクタンにトルエンを30%程度混合した場合の着火誘導時間はイソオクタン単体, あるいはトルエン単体よりも着火誘導時間が小さくなることが見出された. 図8中の破線で示されているように, PRFとトルエンの燃焼反応モデルを単純に組み合わせただけではトルエンによるイソオクタン着火促進は説明できず, cross reactionを考慮した燃焼反応モデル構築の必要性が示唆される.

前節で述べたトルエン燃焼反応モデル, Oguraら[27]により構築されたPRF/ETBE/エタノール燃焼反応モデルにさらに次節で述べるcross reactionを組み合わせたガソリンサロゲート燃料の燃焼反応モデルを構築した. この反応モデルには758の化学種, 2883の素反応からなる.

4.1. PRF/トルエンのcross reaction

温度1500 K付近ではノルマルヘプタン, イソオクタンともに着火誘導時間内において, 単分子分解反応やβ分解等の反応によりアルケン等を生成する. PRFの燃焼反応モデルを用いたシミュレーションでは, ノルマルヘプタンの場合にはエチレンとプロペン, イソオクタンの場合にはイソブテン, プロペン, アレンが生成する. またトルエンは前節で述べたように, 着火誘導時間内においてはベンジルラジカル, ベンゼン, ベンズアルデヒド等を生成する. そこでcross reactionに関係する化学種として, これらの化学種と燃料分子を選択した. 以下に本モデルで考慮した3タイプの反応について説明する.

水素引き抜き反応

Cross reactionとして水素引き抜き反応は, 既往の研究[3, 6, 7]においてもいくつかの反応モデルに組み込まれている. 本モデルでもcross reactionとしてモデルに考慮した.

RH+Q⇔R+QH

ここでRHはトルエン, ベンゼン, ベンズアルデヒド, QHはんノルマルヘプタン, イソオクタン, イソブテン, プロペン, アレンである. 速度定数は既往の研究[7, 14, 28]を参考にした

再結合反応

Vanhoveら[29]の急速圧縮装置(RCM: Rapid Compression Machine)を用いてイソオクタン/トルエンの混合燃料の着火特性及び生成物を測定した. その結果, cross reactionにより生成したと考えられるベンジルラジカルとイソブテニルラジカルが再結合した化合物を検出した. そこで本モデルには以下のベンジルラジカルとイソブテニルラジカルの反応を追加した.

C6H5CH2+iC4H7⇔C6H5CH2CH2C(CH3)=CH2

この反応は共鳴安定化ラジカル同士の再結合反応であるので, 速度定数にはベンジルラジカル同士の再結合と同じ値を用いた

アルケンとフェニルラジカルの反応

Fahrら[30]は, フェニルラジカルとエチレンの置換反応の速度定数を実験的に求めている. この結果を基に, Tsang[31]はフェニルラジカルとプロペン, イソブテンの反応の生成物と速度定数を見積もっている. このタイプの反応はアルケンの二重結合へフェニルラジカルが付加し, その後β分解することにより進行する. 本モデルには以下のアルケンとフェニルラジカルの反応を追加した.

C6H5+C2H4⇔Styrene+H

C6H5+C3H6⇔C6H5C(CH3)=CH2+H

C6H5+C3H6⇔Styrene+CH3

C6H5+C3H6⇔C6H5CH2CH=CH2+H

C6H5+iC4H8⇔C6H5C(CH3)=CH2+CH3

C6H5+iC4H8⇔C6H5CH2C(CH3)=CH2+H

ベンジルラジカルについては, このタイプの反応は吸熱反応になってしまうので考慮しなかった.

Vereechenら[32]は量子化学計算よりアレンとフェニルラジカルのPESを作成し, それを基にRRKM-支配方程式を解き速度定数をも積もっている. 彼らの報告によるとアレンとフェニルラジカルは二重結合への付加のあとに水素移動が起こるというステップで, 以下の反応が起こる.

C6H5+aC3H4⇔C6H5CH2+C2H2

C6H5+aC3H4⇔C9H8+H

フェニルラジカルとの構造の違いを考慮に入れて, ベンジルラジカルラジカルの場合におけるこのタイプの反応は発熱反応となりcross reactionとして十分に考えられる反応となる. フェニルラジカルの反応とともに以下の反応も追加した.

C6H5CH2+aC3H4⇔C6H5CH2CH2+C2H2

C6H5CH2+aC3H4⇔C10H10+H

以上が本研究で考慮したcross reactionである. Cross reactionを考慮したガソリンサロゲートモデルの計算値は図8の中の実線である. cross reactionを考慮していないモデルと比較すると, 着火遅れ時間は実験値よりにシフトした. 各タイプのcross reactionを個別に入れたときの計算結果, 感度解析の結果からアレンとベンジルラジカルの反応が若干着火を促進する方向に効いていることがわかった. 本モデルはトルエン混合によりイソオクタン単体の着火誘導時間よりも小さくなると言う傾向をまだ再現できていないが, しかしながら着火促進効果を説明できる反応としてアルケンとベンジルラジカルの反応がキーポイントとであることが示された.

4.2. 実験値との比較

構築したガソリンサロゲート燃料の燃焼反応モデルの妥当性を検討するために実験値との比較を行った. 図9に圧力25, 50 atmにおいて測定したPRF/トルエン混合燃料の着火誘導時間の実験値[1]と計算値の比較を示す. 実験と計算はよい一致を示している.また流通式反応管を用いて測定した生成物のプロファイル[8]と計算値を比較したものを図10に示す. 図より本モデルはPRF/トルエン混合燃料の反応性を再現することができている.

以上, 実験結果との比較から, 本研究で構築したガソリンサロゲート燃料の燃焼反応モデルは, 幅広い温度及び圧力条件下でのPRF/トルエンの燃焼特性を予測することが可能である. 一方, トルエンのイソオクタンに対する着火促進効果等, PRF/トルエンの反応性をすべて説明することができておらず, アルケンとベンジルラジカルの反応に注目してモデルの改良を行う必要性があると考えている.

5. エンジン燃焼の化学反応論的解析

オクタン価は燃料の着火性を示す代表的な指標である. またオクタン価は燃料の化学構造と関係があることがわかっている. そこで前節で構築した反応モデルを用いてオクタン価を計算することにした. Curranら[33]は, CFRエンジンで圧縮自着火が起こる場合の限界圧縮比(CCR: Critical Compression Ratio)を測定し, CCRとRONの関係を実験的に求めた. CCRは燃焼反応モデルに基づいたゼロ次元エンジンシミュレーションにより評価することができるので, シミュレーションにより得られたCCRの値からRONを予測することが可能である. エンジンシミュレーションには熱損失や残留ガスの影響を考慮する必要がある. 一般的には残留ガスはクリアランスボリューム分だけ考慮, 熱損失はWoschniの経験式[34]等が用いられる. 本研究のエンジンシミュレーションでも同様の手法を用いた.

図11にCurranrらが実験によりCCRとRONの関係, 本モデルにより得られたPRFのCCRとRONの関係を示す. RON0及び100では実験値と計算値は一致するが, RON50-95では計算値は実験値よりも大きなCCRとなる. これは主にPRFの反応モデルの性能に起因するものであり, 反応モデルの改良が望まれる.

次にPRF80にトルエンを0-45%混合した燃料のRONの実験値と計算値を図12に示す. 計算はモデルより求めたRONとCCRの校正曲線を使って求めたものである. 計算値は実験値よりもオクタン価を大きく見積もっているが, 定性的にはトルエンの混合によるオクタン価の向上効果を再現できている. 反応経路解析及び感度解析によるとトルエンの混合効果は主にラジカルプールに対する影響効いている.

6. 結論

本研究では, 内燃機関の燃焼への応用を目指し, 幅広い温度及び圧力条件下に適用可能なガソリンサロゲート燃料(PRF/トルエン)の燃焼反応モデルを構築した. 本モデルは, 特にトルエンの燃焼反応モデルの大幅な改良, またPRFとトルエンのcross reactionも考慮されている. 反応経路解析や感度解析によりトルエンは過酸化水素の分解やHラジカルと酸素の反応による連鎖分岐反応以外に, 温度1000 K以下の低温領域ではペルオキラジカルの分解が着火に重要な素反応であることがわかった. PRF/トルエン混合燃料の実験値と計算値との比較したところ, 本モデルは広範な温度及び圧力条件下で衝撃波管の着火誘導時間や流通式反応管での生成物プロファイルを予測することができる. ただしトルエンによるイソオクタンの着火促進効果については議論の余地があるものの, アルケンとベンジルラジカル反応が重要であることが示唆された. また構築したガソリンサロゲート燃焼のモデルを用いてオクタン価の計算も行った. 計算ではPRFにトルエンを混合した時のRON向上効果を予測することができた. このように本研究ではガソリンサロゲート燃料の反応モデルを構築し, 実際のエンジン内現象への応用を試みることができた. 今後のエンジンや燃料開発のためのツールとして反応モデルが有用であることを示せた.

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Figure 1. Profiles of pressure and heat release rate for the compression ignition of n-heptane.

Figure 2. Comparison of ignition delay times between experiments[23, 24] (symbol) and simulation (lines: this work, dashed lines: Pitz model) with various pressures.

Figure 3. Comparison of ignition delay times between experiments[24] (symbol) and simulation (lines: this work, dashed lines: Pitz model) at 12 atm with various equivalence ratio.

Figure 4. Comparison of ignition delay times between experiments[24] (symbol) and simulation (lines: this work, dashed lines: Pitz model) at 50 atm with various equivalence ratio.

Figure 5. Comparison of CO+CO2 mole fractions between experiments[8] (symbol) and simulation (lines: this work, dashed lines: Pitz model) in flow reactor at 12 atm with initial temperatures.

Figure 6. Comparison of intermediates mole fractions between experiments[8] (symbol) and simulation (lines: this work) in flow reactor at 920 K, 12 atm as a function of residence time.

Figure 7. Calculated reaction path for the oxidation of toluene at (a) 800 K, 50 atm (b) 1100 K, 1 atm, (c)1800 K, 1 atm. "uni" denotes unimolecular decomposition reaction.

Figure 8. Comparison of ignition delay times [26] for the PRF/toluene mixtures as a function of toluene mole fraction at 1500 K, 2 atm.

Figure 9. Comparison of ignition delay times between experiments [1] and model predictions for the gasoline surrogate mixtures at 25 and 50 atm.

Figure 10. Comparison of species profiles in flow reactor between experiments [8] and model predictions at 12.5 atm.

Figure 11. Relation of research octane number and critical compression ratio. Symbols are experimental results by Curran [33]. Lines are simulated CCR for PRF.

Figure 12. Measured and simulated research octane number of PRF80/toluene mixtures.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「ガソリンサロゲート燃料の燃焼反応モデル構築と応用」と題し、オクタン価決定の際の標準燃料でモデル燃料でもあるPRF(Primary Reference Fuel:ノルマルヘプタンとイソオクタンの混合燃料)/トルエンの混合燃料の反応機構の理解と実際のエンジン内の現象への応用を目的として、6章より構成されている。

第1章は序論であり、自動車エンジン内における燃料の燃焼反応化学の重要性と、新規燃料設計のための燃焼反応モデル構築の必要性を述べている。またガソリンのような実燃料の反応を理解する上で重要なサロゲート燃料(実燃料を模擬するモデル燃料)の概念を説明し、サロゲート燃料の反応機構について既往の研究をまとめ、本論文の位置づけと目的を記述している。

第2章は本論文で用いている方法論の説明の章である。まず反応モデル構築の方法論を概説している。構築した反応モデルは衝撃波管や流通式反応管等の燃焼実験結果を用いて検証する必要があるが、これらの実験装置に対する燃焼シミュレーションの方法について述べている。また燃焼反応機構を理解する際に必要な反応経路解析、感度解析の方法についてまとめている。

第3章ではガソリンサロゲート燃料の構成成分であるトルエンの反応機構構築について述べている。トルエン、ベンジルラジカルの重要ないくつかの素反応の速度定数について量子化学計算および単分子反応理論・遷移状態理論を基に詳細な検討を行い、トルエン燃焼の大規模詳細素反応機構を構築している。衝撃波管で測定された着火誘導時間、流通式反応管により測定された反応物および中間生成物のプロファイルと構築した反応機構によるシミュレーション結果とを比較し妥当性を検討している。この反応機構は温度800-2000 K、圧力1-50 atmの範囲で実験値を再現することができ、エンジン内燃焼に適用可能な反応機構であることを確認し、反応経路解析、感度解析を行いトルエンの着火反応機構について考察している。特にエンジン内着火で重要な温度圧力領域ではベンジルラジカルと酸素分子の反応が着火を決める重要な素反応であることを明らかにし、従来の研究では解明されていなかったトルエンの低温領域(1000K以下)での反応性について新たな知見を得ている。

第4章ではPRFとトルエンの三成分混合燃料の反応機構を構築している。PRF/トルエンの混合燃料はガソリンのサロゲート燃料として重要である。前章で構築したトルエンの反応機構と既存のPRF反応機構を組み合わせ、PRF/トルエン混合燃料の反応モデルを構築し、衝撃波管を用いて測定した着火誘導時間との比較から反応機構の検証を行っている。また衝撃波管実験からイソオクタンにトルエンを添加することにより着火が促進される領域があることを示し、この原因としてPRFから生成するアルケンとトルエンから生成するベンジルラジカルとの交差反応が考えられるとしている。このような燃料成分間の交差反応については様々な議論がなされているところであるが、本論文によって実験的に具体的な交差反応が示された意義は大きく、今後ガソリンサロゲートなどの混合燃料の燃焼反応機構を理解する上で重要である。

第5章では反応機構を用いた解析のエンジン内現象への応用が述べられている。ガソリンエンジンで重要なオクタン価、噴霧燃焼の着火誘導時間について、実測と詳細反応機構を用いたシミュレーションの結果を比較している。エンジン燃焼の自着火における限界圧縮比を熱損失等の物理現象を考慮した反応シミュレーションにより求め、これを用いてオクタン価を推定する方法を提案している。実験によりPRF燃料にトルエン添加を添加するとオクタン価が向上することが知られているが、このオクタン価向上効果はここで開発した方法により予測できることを示している。さらにPRF/トルエンのベース燃料にETBE(Ethyl-tert-Butyl-Ether)とエタノールを混合した燃料の着火特性についても検討し、実験的に見出されているETBEおよびエタノールのオクタン価向上効果を反応論の立場から説明することに成功している。

第6章は結論の章であり、構築したガソリンサロゲート燃料の反応機構に関して主要反応経路を総括している。また詳細反応機構に基づく解析が新規自動車燃料や新しいコンセプトのエンジンの開発の手段として有効であると論じている。

以上、本論文ではPRF/トルエンのガソリンサロゲート燃料の燃焼反応機構を構築し、オクタン価や着火誘導時間のシミュレーションへの応用を試み、エンジン内の燃焼を反応論的な観点から考察して新しい知見を得ていて、燃焼化学および化学システム工学の発展に資するところ大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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