学位論文要旨



No 123504
著者(漢字) 田巻,孝敬
著者(英字)
著者(カナ) タマキ,タカノリ
標題(和) バイオ燃料電池における酵素電極材料システムの開発
標題(洋)
報告番号 123504
報告番号 甲23504
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6820号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,猛央
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 准教授 酒井,康行
 東京工業大学 准教授 久堀,徹
内容要旨 要旨を表示する

バイオ燃料電池は、生体内のエネルギー利用システムから着想を得て、酵素から電極へと電子を取り出すことで燃料の化学エネルギーを電気エネルギーへ変換するデバイスである。バイオ燃料電池では、従来の燃料電池で利用することができなかったグルコースやエタノールなどを燃料にできるため、生体に安全・安心な燃料を用いたポータブル型デバイスの電源や、体内埋め込み型の小型医療機器の動力源として開発が期待されている。

しかし、既往のバイオ燃料電池の研究では、既存の燃料電池と比較して出力密度が低いことが大きな問題点として挙げられている。出力密度は電流密度と電圧の積で決まるが、特に低いのは電流密度である。電流密度を2-3桁程度増加させることができれば、既存の直接メタノール型燃料電池と比肩しうる性能となり、実用化へ近づけることができる。現在までのバイオ燃料電池の研究は、酵素をはじめとする生体触媒と電気化学の学際分野といえる生物電気化学の研究が先行してきた。生物電気化学はバイオ燃料電池を構成する重要な分野・要素の一つであるが、バイオ燃料電池のシステム全体の視点から、構成要素となる材料の構造・物性・機能に着目して設計を行う、材料システム工学のアプローチをとることで性能向上へ向けた指針を得ることができるものと考えられる。

本研究では、バイオ燃料電池へ材料システム工学からアプローチすることで、バイオ燃料電池の出力密度を増加させるための電極システムを提案することを目的とする。具体的には、従来の研究で酵素電極反応の律速段階であったレドックスポリマーの電子伝導を解消し、高い電流密度を得るための電極システムを開発する。ここで、レドックスポリマーは、酵素から電極への電子伝達を担うメディエータを含むポリマーを表す。

本論文の第1章では、生体のエネルギー利用システムとバイオ燃料電池の比較、およびバイオ燃料電池の既往の研究の概説を行った。また、レドックスポリマーの電子伝導律速を解消するための電極システムとして、レドックスポリマーをグラフト重合によりカーボンブラック表面へ固定化したうえで、カーボン三次元電極を構築し、酵素電極に用いることを提案した。カーボン電極とレドックスポリマーによる電子伝導の機能分担、すなわち、電子伝導率の高いカーボン電極が電極中の電子伝導を担い、レドックスポリマーは酵素からカーボンまでの短距離の電子授受のみを行うことで、レドックスポリマーによる電子伝導距離を短くした。また、粒径が30 nmと小さなカーボンブラックを用いることで実面積を大幅に増加させた。本電極は、他の微細なカーボン材料を用いた研究とは異なり、レドックスポリマーをグラフト重合により化学的に固定化しているため、レドックスポリマーの物理的な漏出を防げるという利点がある。

第2章では、レドックスポリマーをグラフト重合した酵素電極の開発を行った。カーボンブラック表面へ導入したアゾ基から開始するグラフト重合により、カーボンブラック表面へビニルフェロセン(VFc)とアクリルアミド(AAm)のレドックスポリマーを電気化学的に活性な状態で固定化できることを示した。また、カーボン三次元電極の酵素グルコースオキシダーゼ(GOD)溶液への含浸により、レドックスポリマーと電子授受反応を行う状態でGODを固定化することに成功し、従来のレドックスポリマーのみで三次元体を構築した電極と比較して高いグルコース酸化電流密度3 mA/cm2を得た。

第3章では、レドックスポリマーをグラフト重合した酵素電極を用いて、全固体の膜-電極接合体型(MEA型)バイオ燃料電池を開発し、グルコースを燃料に用いた全固体型バイオ燃料電池として初めて発電に成功した。また、MEA型バイオ燃料電池では酵素電極中のプロトン伝導が律速段階になることを示し、プロトン伝導体の導入による酵素電極でのプロトン伝導性の向上により、電流密度および出力密度が増加することを示した。さらに、プロトン伝導性ポリマーが酵素活性へ与える影響を評価し、酸解離基の濃度で比較したところ、酸解離度が高いほど酵素活性へ与える影響が大きいことが示唆された。

第4章では、メディエータの変更による作動電圧の増加へ向けて、ラジカル重合によるグラフト重合では直接固定化することができないヒドロキノン(HQ)を、グラフトポリマーへ固定化する手法を開発した。HQをポリマー骨格へ固定化するスペーサーとして、直接固定、アルキル鎖の疎水的スペーサー、エチレンジオキサイド鎖の親水的スペーサーの三種類を検討し、リニアポリマーでの評価より、親水的スペーサーを介して固定化したHQのみが、GODから電極への電子伝達を行うことを示した。また、カーボン表面へグラフト重合したポリマーの側鎖との反応により、親水的スペーサーを介してHQを固定化し、グラフトポリマーへ固定化したHQがGODから電極への電子伝達反応を行うことを示した。しかし、末端にアミノ基をもつエチレンジオキサイド鎖で固定化されたHQをメディエータに用いた系ではGODの触媒酸化電流の経時的な減少がみられた。要因として、HQの未置換部位と、アミノ基あるいはキノンラジカルとの化学反応による化学結合の形成が考えられた。第2章で用いたVFcに代わりHQを用いることで、メディエータの酸化還元電位に応じてGODの酸化電流が得られる電位が0.2 V程度negativeにシフトすることを示した。また本研究で提案した酵素電極では、メディエータの種類によらず、高い酸化電流密度が得られることを示した。

第5章では、酵素電極での反応拡散過程である、酵素反応、メディエータの電子伝達、基質の拡散の過程を考慮したモデルを構築した。モデルを用いた速度パラメータの検討から、本電極構造では、レドックスポリマーの電子伝達は律速段階とならないことが示された。また、電流密度が酵素とメディエータの二次反応速度定数に依存しない領域が生じることを示した。以上の結論は、見かけの電子拡散係数の高いレドックスポリマーや、酵素との二次反応速度定数が高いメディエータを開発しなくても、本研究で提案した電極構造を用いることで、高い電流密度が得られることを示している。また、酵素の投影面積あたりの固定化密度、および酵素の基質酸化反応におけるターンオーバー数の増加により電流密度が増加する可能性を示した。

第6章では本研究の総括および今後の展望を示した。今後の展望では、まず第3章で課題となった、プロトン伝導性と酵素活性を両立した電極の開発へ向けて、ナノ構造制御電極を提案した。ナノ構造制御電極では、カーボン表面へスルホン酸基などのプロトン伝導性官能基と、メディエータを結合する官能基を共固定する。プロトン伝導性基をカーボン表面へ固定化することにより、固定化官能基が作り出す酸雰囲気はカーボン表面からデバイ半径内にとどまる。カーボン表面の修飾可能な官能基密度から概算すると、デバイ半径は 約1 nmとなるため、構造制御によって表面から1 nm以上離れた位置に酵素を固定化すれば、酸雰囲気による酵素活性の低下を防ぎつつ、プロトン伝導性を付与することができると考えられる。続いて、第5章で構築したモデルによる検討を踏まえ、本研究で提案した電極構造において電流密度を増加させるための指針を示した。モデルより、酵素の投影面積あたりの固定化密度の増加により電流密度が増加することが示唆された。電流密度が二桁程度増加すれば、既存の直接メタノール型燃料電池と比べ得る性能となる。モデルで実験値へのフィッティングにより得られた、現状の酵素の固定化密度4.2×10-11 mol/cm2-electrodeは、GODを単層固定した場合の最密充填密度3×10-12 mol/cm2と比較して約10倍にすぎない。本電極で開発した電極では、実験結果より求めた投影面積あたりの実面積の値が2300 cm2-real surface area/cm2-projected surface areaであることを考えると、現在の実面積へ単層で密に、電気化学的に活性な状態で酵素を固定化することができれば160倍程度は固定化密度を増加させられる計算となる。また、モデルより、少なくとも数百 nm程度のレドックスポリマー厚みまでは、レドックスポリマー層内の電子の見かけの拡散が律速段階とならないことが示されたため、ある程度の厚みをもったレドックスポリマーをグラフト重合してポリマー層内へ酵素を固定化することで、酵素の配向によらず、電気化学的に活性な酵素の固定が可能となる。レドックスポリマー層の厚み、およびポリマー層中の酵素密度によっては酵素の多層化が可能となることを考慮すると、グラフトポリマーの分子量の制御による電気化学的に活性な酵素の固定化密度の増加が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「バイオ燃料電池における酵素電極材料システムの開発」と題し、酵素を触媒に用いるバイオ燃料電池の出力密度の増加へ向けた電極材料システムの開発を目的に行われた研究をまとめたもので、6章から成る。

第1章は序論であり、本研究の目的を述べている。まず、生体のエネルギー利用システムとバイオ燃料電池を比較し、酵素電極、およびバイオ燃料電池の既往の研究の概説を行っている。そのうえで、メディエータを含むポリマーであるレドックスポリマーの電子伝導律速を解消するための電極システムとして、レドックスポリマーをグラフト重合によりカーボンブラック表面へ固定化したうえで、カーボン三次元電極を構築し、酵素電極に用いることを提案している。この電極では、電子伝導の機能分担により、電子伝導率の高いカーボンが電極中の電子伝導を担い、レドックスポリマーは酵素からカーボンまでの短距離の電子授受のみを行うことで、レドックスポリマーによる電子伝導距離を短縮する。また、粒径が30 nmと小さなカーボンブラックを用いることで実面積を大幅に増加させる。本電極は、他の微細なカーボン材料を用いた研究とは異なり、レドックスポリマーをグラフト重合により化学的に固定化しているため、レドックスポリマーの物理的な漏出を防げるという利点がある。

第2章は、レドックスポリマーをグラフト重合した酵素電極の開発について述べている。カーボンブラック表面へ導入したアゾ基から開始するグラフト重合により、ビニルフェロセン(VFc)をメディエータ部位に持つレドックスポリマーを電気化学的に活性な状態で固定化できることを示している。また、カーボン三次元電極をグルコースオキシダーゼ(GOD)溶液へ含浸することでGODを固定化し、レドックスポリマーとGODが電子授受反応を行うことを示している。得られたグルコース酸化電流密度は、従来のレドックスポリマーのみで三次元構造を構築した電極と比較して高い値である。

第3章では、全固体の膜-電極接合体型バイオ燃料電池の開発について述べている。グルコースを燃料に用いた全固体バイオ燃料電池として初めて発電に成功している。また、全固体バイオ燃料電池では酵素電極中のプロトン伝導が律速段階になることを示し、プロトン伝導性ポリマーの導入により、電流密度および出力密度が増加することを示している。さらに、プロトン伝導性ポリマーが酵素活性へ与える影響を評価し、酸解離度が高いほど酵素活性へ与える影響が大きいことを示唆している。

第4章では、メディエータの変更による作動電圧の増加へ向けて、メディエータの固定化手法が酵素電極性能へ与える影響評価について述べている。メディエータとして、VFcよりnegativeな酸化還元電位を持つヒドロキノン(HQ)を用い、ポリマー骨格へ固定化するスペーサーとして、直接固定、アルキル鎖の疎水的スペーサー、エチレンジオキサイド鎖の親水的スペーサーの三種類を検討している。リニアポリマーでの評価より、親水的スペーサーを介して固定化したHQのみが、GODから電極への電子伝達を行うことを示している。また、カーボン表面へグラフト重合したポリマーの側鎖との反応により、親水的スペーサーを介してHQを固定化し、グラフトポリマーへ固定化したHQがGODから電極への電子伝達を行うことを示している。VFcに代わりHQを用いることで、メディエータの酸化還元電位に応じて、GODの酸化電流が得られる電位が0.2 V程度negativeにシフトする一方で、メディエータの種類によらず、高い酸化電流密度が得られることを示している。

第5章では、酵素電極での反応拡散過程を考慮したモデルの構築について述べている。モデルでは、酵素と基質の反応、酵素とメディエータの反応、メディエータの電子伝達、基質の拡散の各過程を考慮して反応拡散方程式を立式し、数値的に解を求めている。パラメータを変更した計算により、本論文で提案している電極構造では、レドックスポリマーの電子伝達は律速段階とならないことを示している。また、電流密度が酵素とメディエータの二次反応速度定数に依存しない領域が生じることを示している。以上の検討より、見かけの電子拡散係数の高いレドックスポリマーや、酵素との二次反応速度定数が高いメディエータを開発しなくても、本論文で提案している電極構造を用いることで、高い電流密度が得られることを示している。また、酵素の投影面積あたりの固定化密度、および酵素の基質酸化反応におけるターンオーバー数の増加により電流密度が増加する可能性を示している。

第6章では本論文の総括および今後の展望を示している。今後の展望では、第3章で課題となったプロトン伝導性と酵素活性を両立した電極の開発へ向けて、ナノ構造制御電極を提案している。また、第5章の結果をふまえ、電流密度の増加へ向けて酵素の固定化密度を増加させる電極構造を提案し、現状の電極材料を用いた際の実現可能性を考察している。また、酵素の固定化密度の増加が実現した際に得られる電池性能の予測計算を行い、直接メタノール形燃料電池に比肩しうる性能が得られることを示している。

以上要するに、本論文は材料システム工学の考え方に基づき、バイオ燃料電池の出力密度の増加へ向けた電極材料システムの開発を行ったものである。本論文は個別の技術開発にとどまらず、酵素電極内の反応拡散過程の律速段階の解消をシステム的材料設計により実現し、材料設計論の確立に寄与することから、化学システム工学への貢献は大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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