No | 123505 | |
著者(漢字) | 西川,昌輝 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ニシカワ,マサキ | |
標題(和) | 生体内環境の時空間的模倣を通じた高機能モデル肝組織の構築 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 123505 | |
報告番号 | 甲23505 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6821号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学システム工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文は、肝細胞が生体内でおかれている空間的環境を簡便に模倣する高機能の培養肝組織モデルを構築し、生体内で見られる時間的応答の再現を目指したもので、全5章からなっている。 第1章は緒言であり、本研究の背景及び目的を述べている。まず、肝臓の構造と機能について概説するとともに、薬剤や環境中化学物質などの個体レベルの薬効・毒性発現に与える肝臓の影響の重要性を述べている。次に、近年注目を浴びつつある生理機能の日内変動 (概日リズム) を利用し、薬効の増大と副作用の低減を図る時間薬理学・時間治療の概念と、肝臓における概日リズムおよびその役割ついて述べている。特に、概日リズムを示す肝機能の約90%が肝細胞内の時計遺伝子群の直接的な制御を受けていることを最新の研究成果と共に概説している。さらに、生体での薬効・毒性を予測するための代替手法としてのin vitroモデル肝組織について、最新の知見を交えつつ既往の研究の問題点を述べている。その上で、十分な酸素供給、肝細胞の三次元化、非実質細胞との共培養など、提唱されている様々な必要条件の中でも、特に細胞の高密度化と酸素などの物質供給律速の解消を同時に実現することの重要性を指摘している。それに加えて、時間軸に沿ったダイナミックな肝機能の変動とその制御の重要性を指摘し、本研究の具体的な目的とアプローチを示している。 第2章は空間的模倣に関する研究結果であり、肝細胞の生体外培養における最大の制限要因である酸素供給不足を簡便かつ抜本的に解消することを目指し、酸素透過性材料であるポリジメチルシロキサン (PDMS) を培養底面に用いた新規肝細胞培養系の開発とその評価について述べている。コラーゲン吸着PDMS表面では、そのコラーゲンを巻き込んで肝細胞の凝集浮遊化が起こるのに対し、コラーゲンをPDMS表面に共有結合で固定化することで、培養表面に安定接着した高機能の凝集体が形成されると報告している。また、このような高機能かつ安定した凝集体の形成のためには、PDMSを介した直接酸素供給が必須であることを併せて報告している。細胞接着底面に酸素透過性材料を用いる手法は、培養液の酸素化や灌流などの煩雑な操作が一切不要であるだけでなく、細胞が最も酸素を消費する初期接着時からの酸素供給を可能とするなど、肝細胞培養における制限要因を抜本的に取り除く最も簡便な手法であると述べている。 第3章は別の視点からの空間的模倣に関する研究結果であり、PDMSによる初期接着時からの十分な酸素供給によって実現可能となった、肝実質細胞と肝非実質細胞のモデルとしての繊維芽細胞との高密度共培養に関する成果を述べている。コラーゲン共有結合固定化PDMSを用いた接着底面からの酸素供給によって、時間差をもって両細胞を播種するだけで、形成困難とされていた完全な二層共培養が達成されると報告している。また、肝細胞の活発な増殖も見られ、結果として今までにない高い細胞密度が達成され、しかも長期間に渡って維持されることも示している。肝機能に関しても、市販の培養プレートを用いた不十分な共培養系と比べて20倍近いアルブミン分泌能を示すなど、非常に高い肝機能が長期間維持されることを示している。 第4章では、開発した新規培養系について時間的な視点からの評価と、それを踏まえた更なる空間的最適化について述べている。まず、肝細胞内の時計遺伝子、その下流の肝特異的転写因子、さらに下流の肝機能の三階層に着目し、第3章で開発した培養系において、それぞれの階層の代表的な遺伝子の発現量の概日リズムを計測し、報告されているin vivoのデータと比較している。その結果、概日リズムがほとんど見られなかった従来の培養系と比較して顕著な改善が見られ、一部変動が不十分なものや位相が一致しないものが見られたものの、全体として全階層でin vivoのリズムをよく模倣していることを報告している。さらに、第2・3章の結果も踏まえて更なる培養系の改善を試み、in vivoと同程度まで高密度化した共培養系を構築、肝細胞の時計遺伝子の直接的制御下にある遺伝子に関しては、非常によくin vivoの概日リズムを模倣するに成功している。 第5章は総括であり、本論文全体のまとめとその意義を述べると共に、時間薬理学や時間治療への応用を指向した薬効・毒性発現のin vitro予測を展望した場合に求められる、in vitroモデル肝組織の今後の研究課題についても述べている。 以上、本論文は、生体の時間的な機能変動をも考慮する新たな薬効・毒性評価等への応用を目指したin vitroモデル肝組織の実現に向けて、酸素供給律速を解消することで、成熟肝細胞と肝非実質細胞のモデル細胞との高密度共培養を実現し、高い肝機能とそのダイナミズム維持を達成している。これらの成果は、簡便かつ信頼性の高いin vitroモデル肝組織開発においては一つの完成形の提示となると共に、時間薬理学や時間治療への応用に向けて、時間軸に沿った肝機能の変化という新しい評価軸の重要性を指摘するものであり、生体組織工学・薬物動力学・生体材料工学及び化学システム工学の発展に大きく貢献するものと考えられる。 | |
審査要旨 | 本論文は、肝細胞が生体内でおかれている空間的環境を簡便に模倣する高機能の培養肝組織モデルを構築し、生体内で見られる時間的応答の再現を目指したもので、全5章からなっている。 第1章は緒言であり、本研究の背景及び目的を述べている。まず、肝臓の構造と機能について概説するとともに、薬剤や環境中化学物質などの個体レベルの薬効・毒性発現に与える肝臓の影響の重要性を述べている。次に、近年注目を浴びつつある生理機能の日内変動 (概日リズム) を利用し、薬効の増大と副作用の低減を図る時間薬理学・時間治療の概念と、肝臓における概日リズムおよびその役割ついて述べている。特に、概日リズムを示す肝機能の約90%が肝細胞内の時計遺伝子群の直接的な制御を受けていることを最新の研究成果と共に概説している。さらに、生体での薬効・毒性を予測するための代替手法としてのin vitroモデル肝組織について、最新の知見を交えつつ既往の研究の問題点を述べている。その上で、十分な酸素供給、肝細胞の三次元化、非実質細胞との共培養など、提唱されている様々な必要条件の中でも、特に細胞の高密度化と酸素などの物質供給律速の解消を同時に実現することの重要性を指摘している。それに加えて、時間軸に沿ったダイナミックな肝機能の変動とその制御の重要性を指摘し、本研究の具体的な目的とアプローチを示している。 第2章は空間的模倣に関する研究結果であり、肝細胞の生体外培養における最大の制限要因である酸素供給不足を簡便かつ抜本的に解消することを目指し、酸素透過性材料であるポリジメチルシロキサン (PDMS) を培養底面に用いた新規肝細胞培養系の開発とその評価について述べている。コラーゲン吸着PDMS表面では、そのコラーゲンを巻き込んで肝細胞の凝集浮遊化が起こるのに対し、コラーゲンをPDMS表面に共有結合で固定化することで、培養表面に安定接着した高機能の凝集体が形成されると報告している。また、このような高機能かつ安定した凝集体の形成のためには、PDMSを介した直接酸素供給が必須であることを併せて報告している。細胞接着底面に酸素透過性材料を用いる手法は、培養液の酸素化や灌流などの煩雑な操作が一切不要であるだけでなく、細胞が最も酸素を消費する初期接着時からの酸素供給を可能とするなど、肝細胞培養における制限要因を抜本的に取り除く最も簡便な手法であると述べている。 第3章は別の視点からの空間的模倣に関する研究結果であり、PDMSによる初期接着時からの十分な酸素供給によって実現可能となった、肝実質細胞と肝非実質細胞のモデルとしての繊維芽細胞との高密度共培養に関する成果を述べている。コラーゲン共有結合固定化PDMSを用いた接着底面からの酸素供給によって、時間差をもって両細胞を播種するだけで、形成困難とされていた完全な二層共培養が達成されると報告している。また、肝細胞の活発な増殖も見られ、結果として今までにない高い細胞密度が達成され、しかも長期間に渡って維持されることも示している。肝機能に関しても、市販の培養プレートを用いた不十分な共培養系と比べて20倍近いアルブミン分泌能を示すなど、非常に高い肝機能が長期間維持されることを示している。 第4章では、開発した新規培養系について時間的な視点からの評価と、それを踏まえた更なる空間的最適化について述べている。まず、肝細胞内の時計遺伝子、その下流の肝特異的転写因子、さらに下流の肝機能の三階層に着目し、第3章で開発した培養系において、それぞれの階層の代表的な遺伝子の発現量の概日リズムを計測し、報告されているin vivoのデータと比較している。その結果、概日リズムがほとんど見られなかった従来の培養系と比較して顕著な改善が見られ、一部変動が不十分なものや位相が一致しないものが見られたものの、全体として全階層でin vivoのリズムをよく模倣していることを報告している。さらに、第2・3章の結果も踏まえて更なる培養系の改善を試み、in vivoと同程度まで高密度化した共培養系を構築、肝細胞の時計遺伝子の直接的制御下にある遺伝子に関しては、非常によくin vivoの概日リズムを模倣することに成功している。 第5章は総括であり、本論文全体のまとめとその意義を述べると共に、時間薬理学や時間治療への応用を指向した薬効・毒性発現のin vitro予測を展望した場合に求められる、in vitroモデル肝組織の今後の研究課題についても述べている。 以上、本論文は、生体の時間的な機能変動をも考慮する新たな薬効・毒性評価等への応用を目指したin vitroモデル肝組織の実現に向けて、酸素供給律速を解消することで、成熟肝細胞と肝非実質細胞のモデル細胞との高密度共培養を実現し、高い肝機能とそのダイナミズム維持を達成している。これらの成果は、簡便かつ信頼性の高いin vitroモデル肝組織開発においては一つの完成形の提示となると共に、時間薬理学や時間治療への応用に向けて、時間軸に沿った肝機能の変化という新しい評価軸の重要性を指摘するものであり、生体組織工学・薬物動力学・生体材料工学及び化学システム工学の発展に大きく貢献するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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