No | 123509 | |
著者(漢字) | 松岡,由記 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マツオカ,ユキ | |
標題(和) | 官能基化された光学活性イミダゾールの合成と不斉カルベン有機触媒への応用 | |
標題(洋) | Synthesis of Chiral Imidazoles with Functional Group(s) and Their Application as N-Heterocyclic Carbene Organocatalysts | |
報告番号 | 123509 | |
報告番号 | 甲23509 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6825号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ■緒言■ 有機合成における多くの反応は極性的であり、求核剤と求電子剤との反応としてとらえることができる。機能性官能基の極性変換は、通常の反応の求核剤と求電子剤の関係を逆転することのできる強力な手法であり、合成において、新しい結合生成を開拓する戦略上極めて重要な概念となる。アルデヒドの極性変換によって生じる特異なアニオン種は、様々な親電子剤と反応することが知られており、これらの反応を触媒する極性変換触媒として、種々のアゾリウム塩から誘導される含窒素複素環カルベン(N-Heterocyclic carbene; NHC)が近年注目されている。有機触媒としてのNHCは主にチアゾリウム、トリアゾリウム、イミダゾリウムから誘導されるが、NHCの物性や触媒できる反応の種類は由来するアゾリウムによって大きく異なることから、これらは各々相補的な関係にある。 上記の極性変換反応の多くは、プロキラルなカルボニル化合物より不斉炭素を持つ生成物を与えるものであり(Figure 1)、その高度な不斉制御が可能になれば、有機合成化学的に極めて有用な反応となる。これまでのチアゾリウムおよびトリアゾリウム型NHC触媒開発では、より高い不斉誘起能を得るためには縮環構造による不斉ユニットの配向固定が有効であることが実証されており、種々の縮環型アゾリウム塩が開発されてきた。その一方で、キラルイミダゾリウム型NHCの研究にこの方法論が採用された例はわずかに一例であり、不斉有機触媒として主に利用されているものは、依然として単純なN(1)位およびN(3)位に1-アリールエチル基を持つ非環状構造のもののみである。前述のように、三種のNHCの役割は相補的であり、中でもイミダゾリウム型NHCのみが触媒できる反応が数多く存在することを考えると、縮環構造を導入したキラルイミダゾリウム型NHCを新たに開発し、これらの反応の不斉制御を達成することは本分野に大きく貢献するものと期待される。キラルな縮環型イミダゾリウムにはFigure 2のA~D4通りが存在しうるが、中でもAおよびCの骨格が有利であると考えられる。そこで本研究では、これらの縮環型キラルイミダゾリウムを新規に合成し、その不斉有機触媒としての応用を計った。 ■実験と結果■ 1) N(1)-N(3)架橋型イミダゾリウムの合成および触媒能検討1), 2) 1-1) 光学活性2-アミノアルコールからのN-置換イミダゾール合成とイミダゾリウムへの誘導 Aに示したN(1)-N(3)架橋型イミダゾリウムを得るためには、N-置換基のα位にキラリティを有しかつ環化する手掛かりとなる官能基を有するイミダゾールが前駆体として必須となる。一方、第一級アミン、ホルムアルデヒド、グリオキサールおよびアンモニアを環化縮合する手法は極めて有用なイミダゾール合成法の一つである。ここで、第一級アミンを2-アミノアルコールに替えることで、上記の条件を満足する前駆体4が得られるものと考えた。そこで、この反応の詳細について検討を行なったところ(Scheme 1)、アンモニウム源として酢酸アンモニウムを用いることにより反応は効率よく進行し、また2-アミノアルコールの水酸基は無保護のまま利用可能であり、光学的に純粋な(S)-4aおよび4bが収率良く得られることが分かった。続いて、水酸基を足がかりにアルキル鎖連結反応を行ない、分子内環化反応によりイミダゾリウム(S)-1aおよび(S)-1bを得た。 1-2) イミダゾリウムの構造 こうして得られたN(1)-N(3)架橋型イミダゾリウム塩の構造的な特徴を、1H NMR、X線結晶構造解析、および分子モデリングにより調べた。その結果、アルキル架橋鎖はイミダゾリウム5員環と同一平面には存在せず、これを覆う構造が安定であることが分かった。この時、イミダゾリウム平面の表または裏を覆う2種類のコンフォーマーが考えられ、事実、結晶構造中ではそれらのうちの一方が観察された(Figure 3)。しかしながら、この2つのコンフォメーション間の安定性に大きな差はなく、また両者の間のエネルギー障壁も小さいため、室温においては1H NMRのタイムスケール以上の速度で異性化していることが1H NMRおよび分子モデリングより明らかとなった。 1-3) イミダゾリウムの不斉有機触媒への応用 イミダゾリウム型NHCが触媒する極性変換反応の一つとして、エナ-ルとカルボニル化合物との環化反応によるγ-ブチルラクトン合成が挙げられる(Scheme 2)。これまでに、三種のアゾリウム型NHCの中でこの反応を効率よく触媒できるのはイミダゾリウム型NHCのみであることが知られている。加えて、この反応の不斉制御の試みはこれまでにわずか一例であり、なおかつそこで達成された不斉選択性(25% ee)も満足のいくものではない。そこで、得られたN(1)-N(3)架橋型イミダゾリウムの触媒としての有用性を検討するため、本反応を利用し、代表的な既往のイミダゾリウムとの比較を行なった。 Scheme 2の条件で反応を行なったところ、(S)-1aおよび(S)-1b由来のNHCは既報のキラルイミダゾリウム型NHCと比較して同程度の触媒活性を持ち、原料9がほぼ完全に消費されることが分かった(Table 1, Entries 1, 2)。しかしながら、9の二量体である12が副生するため目的物11は低収率に留まった。尚、この副反応は、 (S)-8(Entry 6)以外の全てに当てはまる問題であった。一方、ジアステレオ選択性に注目すると、触媒の構造に応じて若干の差は見られるものの、その制御はいずれも中程度であった。しかしながら興味深いことに、エナンチオ選択性に関しては、N(1)-N(3)架橋型イミダゾリウムは他のものに比べ特異的に高い値を示し、中でも(S)-1aは90% eeの不斉収率でcis-11を与えることが明らかとなった。(S)-1aや(S)-1bで得られる鏡像体過剰率(43-90% ee)は、知る限り最も高い値である。また、非架橋型である(S)-6(Entry 4)の結果より、環状構造が高い不斉選択性発現に必須であることが分かった。 副反応を抑制するには中間体ホモエノラートの求電子攻撃を選択的に進行させる必要がある。そこで10に対する選択性を向上させるためには、イミダゾリウム環の電子求引性を上昇させることが有効であると考えた。即ち、イミダゾリウムとして求電子性が高いベンズイミダゾリウム骨格を有する(S)-1cを新たに設計・合成し、これを用いてScheme 2の反応を行なった。その結果、予期したようにエナンチオ選択性を維持したまま化学選択性の向上に伴う収率の増加が見られた(Entry 3)。 以上より、架橋鎖による縮環構造を有するイミダゾリウムは、エナール-ケトンの環化反応において、高いエナンチオ選択性で反応を触媒することを見出した。 2) N(1)-C(5)架橋型イミダゾリウムの合成および触媒能検討3) 2-1) 光学活性2-アミノアルコールからの縮環型イミダゾール合成とイミダゾリウムへの誘導 Cに示したN(1)-C(5)架橋型イミダゾリウムは、不斉NHC触媒の前駆体としてこれまでに最も優れた実績を上げてきたチアゾリウム/トリアゾリウムのアナログ体である。このイミダゾリウムを得るためには、α位が不斉でかつβ位に環化可能な置換基をN(1)位に持ち、さらにC(5)位が環化可能な官能基を有するアルキル基で置換されたイミダゾールが必須となる。一方、C(5)位にヒドロキシメチル基を持つN置換イミダゾールの合成法は確立されている。この方法で、出発原料に光学活性な(R)-2-amino-2-phenylethanolを用いたところ、水酸基の影響を受けることなく反応は進行し、14が得られた。続いて、二つの水酸基の一方をクロロ化し、塩基で処理することにより分子内エーテル結合形成反応を行ない、鍵化合物となるN(1)-C(5)架橋型イミダゾール15を効率良く得た(Scheme 3)。 次に、イミダゾール15に種々の親電子剤を作用させることによりイミダゾリウム2へ変換することを試みた。その結果、イミダゾール15は第一級および第二級ハロゲン化アルキル、クロロ化された電子不足芳香族、系内で発生させたベンザインのいずれとも反応し、対応するイミダゾリウム(R)-2a-eを中-好収率で与えた(Scheme 3)。 2-2) イミダゾリウムCの構造解析 得られた(R)-2aの構造上の特徴をX線結晶構造解析により調べた。フェニル基は、偽イス型配座を取る六員環のエカトリアル位に固定されており、これがイミダゾリウムの一方の面に関してC(2)位近傍の空間の半分を占有していることが明らかとなった(Figure 5)。さらに、縮環構造がイミダゾリウム5員環に歪みをもたらしており、その結合角は通常のジアルキルイミダゾリウムのそれと比べて大きく異なっていることが分かった。 2-3) イミダゾリウムの不斉有機触媒への応用 このようにして得られたN(1)-C(5)縮環型イミダゾリウムのうち、(R)-2aおよび(R)-2bを用いてScheme 2に従いエナール-ケトン環化反応における触媒能の検討を行なった(Table 2, Entries 2, 3)。その結果、両イミダゾリウムともに効率良く反応を触媒し、他のイミダゾリウムと同様の触媒活性を示した。(R)-2a由来のNHCは(S)-1cと同程度の化学選択性であったが、その触媒活性の高さから、結果として好収率で目的物11を与えた。さらに、その際のジアステレオ選択性も他のイミダゾリウムと比べて向上が見られた。一方、(R)-2bの場合、化学選択性は(R)-2aと比較して低下したが、今回用いたイミダゾリウムの中でも最も高いジアステレオ選択性を示した。加えて、エナンチオ選択性についても、(R)-2bはN(1)-N(3)架橋型イミダゾリウム(Entry 1)には及ばないものの、これに次ぐ高い選択性を示した。(R)-2aおよび(R)-2bとの間に見られるジアステレオ/エナンチオ選択性の差は、N置換基の立体障害の重要性を示すものであるが、イミダゾリウムの合成においてこのN置換基が最終段階にて種々導入できることを考えると、今後更なる最適化も可能であると考えられる。 ■総括■ 本研究において、新規不斉NHC触媒前駆体として2つのタイプの縮環構造を有するキラルイミダゾリウム(N(1)-N(3)架橋型およびN(1)-C(5)架橋型)の開発を行なった。これらの基本骨格となる官能基化されたイミダゾールを光学活性2-アミノアルコールより効率よく得る方法を開発し、イミダゾリウム(S)-1および(R)-2へと変換した。これらより誘導されるキラルNHCの触媒能を検討するため、エナールとケトンのカップリング反応における極性変換触媒として用いた。その結果、いずれも既報の非縮環型イミダゾリウムと比較して高エナンチオ選択的に反応が進行すること、さらにその高エナンチオ選択性が縮環構造に起因することを見出した。本研究の結果は、これまで他のアゾリウムの場合と比べて遅れがちであったイミダゾリウム型キラルNHCの開発に新たな指針を与えるものである。 Figure1 代表的なNHCと極性変換反応 Figure2 縮環型NHCの設計 Figure3 (S)-1a(Br塩)のX線結晶構造解析 Scheme2 ホモエノラートを経由するエナールーケトン環化反応 Table1 イミダゾリウムA由来NHCの触媒能の検討 Scheme3 N(1)-C(5)架橋型イミダゾリウムの合成 Figure5 (R)-2a(PF6塩)のX線結晶構造解析 Table2 イミダゾリウムC由来NHCの触媒能の検討 | |
審査要旨 | 本論文は,光学活性な2-アミノアルコールを出発物質とするイミダゾール合成法の開発,これを基本骨格として縮環構造を導入したキラルな含窒素複素環カルベン(NHC)の開発,ならびに得られたNHCの不斉有機触媒としての応用に関わる研究成果について述べたものであり,全5章より構成されている。 第1章は序論であり,有機合成化学における極性変換の概念の重要性・NHCにより触媒される極性変換反応の位置づけと分類・イミダゾリウム型NHCの極性変換触媒としての特徴・キラルイミダゾリウム型NHCを用いた不斉反応の現状など,本研究の背景・着想点および目的・意義を述べている。 第2章では,目的とするNHCの前駆体となるイミダゾールの合成法開発について述べている。本研究では縮環構造を有するキラルイミダゾリウム塩型NHCの開発を目的とするが,これを合成するためには,光学活性かつ官能基化されたN置換基を持つイミダゾールが基本骨格として必須となる。しかしながら,イミダゾールの合成法は他の複素環のそれと比べて研究が遅れており,原料入手容易性・操作の簡便性・官能基許容性・基質一般性を兼ね備えた合成法が皆無と言ってよいのが現状であった。そこで,出発物質として入手容易な光学活性物質である2-アミノアルコール類を用い,他の安価な三つの成分との縮合環化反応の反応条件を詳細に検討することにより,前述の条件を満たした合成法を確立している。また,この条件を利用することにより,多様なN置換イミダゾールを実際に合成している。 第3章では,前章で合成したN置換イミダゾールを原料に,N(1)位およびN(3)位が架橋された縮環構造を有するキラルイミダゾリウム塩を開発し,このイミダゾリウム塩から誘導されるNHCが有用な化学種であるホモエノラート等価体を触媒的に発生できること,ならびにその求核反応に於いて極めて高い不斉誘起能を発現することを見出している。このNHCの架橋鎖は二通りの配座を取り得るが,触媒活性種として振る舞うのはこれらのうちの一方のみであり,その分子全体の形状に生じる大きな非対称性が不斉誘起能の起源となっていることを種々の解析により明らかにしている。エナールとケトンとの環化縮合反応において達成された不斉収率は最大で94%となり,NHC触媒の関わるホモエノラート等価体の親電子反応としては,現時点で最も高い不斉選択性となっている。また,優先的に生じる鏡像体の絶対立体配置を決定し,これを基に本触媒系において不斉選択が生じるメカニズムを提唱している。 第4章では,新たな構造モチーフとして,N(1)位およびC(5)位が架橋された縮環構造を有するキラルイミダゾリウム塩を開発し,このイミダゾリウム塩から誘導したNHCが触媒活性・不斉選択性・ジアステレオ選択性いずれも優れた極性変換触媒となることを見出している。このイミダゾリウム塩の合成ルートでは最終段階においてN(2)位の置換基が導入されるが,親電子剤の適切な選定によりアルキル基・アリール基を含む様々な置換基が導入可能であるため,一種類のイミダゾールより様々なイミダゾリウム塩を合成可能となっている。得られたイミダゾリウム塩の幾つかをNHCに誘導し,前章と同じ反応の触媒に用いたところ,特にN(2)位に嵩高い置換基を導入したものについて高い不斉選択性・ジアステレオ選択性が達成されることを見出している。不斉選択性については,前章のNHCには及ばぬものの既往のNHCを大きく上回るものであり,またジアステレオ選択性に関しては知る限り最も高い制御が達成されている。本章のNHC触媒系についても,優先的に生じる鏡像体の絶対立体配置を基に,不斉選択が生じるメカニズムを提唱している。 第5章では,本論文で得た知見を総括すると共に,本研究で開発されたNHC触媒の意義,更なる機能向上の可能性,考えられる実用的な応用例など,今後の展望を述べている。 以上のように本論文は,光学活性2-アミノアルコールを用いたN置換イミダゾールの合成法開発,ならびにそれを利用したイミダゾリウム塩型キラルNHCの開発と応用に関する研究結果について述べたものである。その成果は,有機合成化学・薬学・生化学の進展に寄与するところ大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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