学位論文要旨



No 123510
著者(漢字) 川口,惠子
著者(英字)
著者(カナ) カワグチケイコ,ケイコ
標題(和) ヘテロアセンの合成と機能性材料への応用
標題(洋) Synthesis of Heteroacenes and Their Applications to Organic Functional Materials
報告番号 123510
報告番号 甲23510
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6826号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 准教授 金原,数
 東京大学 准教授 舟橋,正浩
内容要旨 要旨を表示する

有機材料は柔軟性・耐衝撃性に優れ,また低コストプロセスに適応可能など,無機デバイスには無い特徴を多く持ち合わせている.これらの特徴は次世代のエレクトロニクス材料として非常に有力であり,有機電界効果トランジスタ(OFET)・有機電界発光素子(OLED)などの研究が近年盛んにおこなわれている.OFETにおいて,その材料の多くは炭化水素アセンがもちいられており,特にペンタセンは半導体として広く研究が行われている.このペンタセンのキャリア移動度は現在1.0 cm2/V以上であり,アモルファスシリコンに匹敵する値を示す.しかし,ペンタセンは低溶解性・大気中駆動における特性変化・デバイス作成後の経時変化等の問題があり,実用化に対してはそれらの克服が課題となっている.

これらの問題を解決するアプローチのひとつに縮環骨格にヘテロ環を含むヘテロアセンの合成がある.ヘテロアセンはペンタセンに比べ,溶解性が高く,また低いHOMOと大きなHOMO-LUMOエネルギーギャップをもつため,酸化安定性が高い.更に,そのキャリア移動度も良好な値を示すことが報告されている.現在,チオフェン環あるいはピロール環からなるヘテロアセンを中心に多くの研究が行われている. これら既存の化合物においては置換基の種類・有無によっても,そのFET特性は様々である.従って,より良い材料を開拓するためには,(1)これらへテロアセンの効率的合成法を確立する必要がある.一方,(2)新規へテロアセンを開発においては,耐酸化性を備えかつ高キャリア移動度を達成する分子設計が需要である.高移動度を達成するためは, 高伝導パスの構築とスムーズなキャリア注入が求められる.これらは,基板上で分子が軌道相互作用を最大にするように配列すること,そして電極金属の仕事関数に近い分子軌道レベルであることを必要とする.

本博士論文研究において,二章では,(1)を目的とし,近年p型半導体として注目を集めているインドロ[3,2-b]カルバゾールの新規合成法の確立を目指した.従来の合成法は,フィッシャーインドール反応がもちいられている.しかし,低収率・分離困難な位置異性体の副生等の問題がある.特に分離困難な位置異性体の副生は,化合物の高純度化が必要な材料化学において重大な問題となっている.一方,当研究室では,遷移金属触媒による第一級アミンのダブルN-アリール化により,様々なカルバゾール誘導体の合成に成功している.これらの反応は,基質一般性が高く,様々な置換基の導入が可能である.また,位置選択的な閉環反応であるため,位置異性体が発生しない.故に,インドロ[3,2-b]カルバゾールの合成に有効であると考えた.本合成法では,目的物の前駆体を鈴木‐宮浦クロスカップリング反応をもちいて合成するため,多様な置換基を導入できる.従って,求電子反応では導入困難なヘテロ原子のメタ位に,さらに,これまでの合成法では困難な非対称に置換基を有するヘテロアセンの合成が可能となる.その結果,従来法にはない構造多様性の高い5,11-ジアリールインドロ[3,2-b]カルバゾール (1)の合成法を確立した.

三章では,(2)を目的とした.ペンタセンおよびピロール環からなるヘテロアセンに比べ,フラン環による耐酸化性の向上に着目し,OFET材料として未開拓であった,フラン環を含むジベンゾ[d,d'']ベンゾ[1,2-b:4,5-b']ジフラン (2)の合成をおこなった.先のインドロ[3,2-b]カルバゾール (1)の合成中間体はフラン環からなるアセン2の前駆体となる.鍵反応はジベンゾフラン誘導体の合成法として当研究室で報告している分子内O-アリール化をもちいた.得られたヘテロアセンのUV測定とCV測定の結果から,分子軌道のエネルギーレベルについて考察した.その結果,フラン環からなるアセン2はピロール環からなるアセン1よりもHOMOのエネルギーレベル (EHOMO)が低く,かつエネルギーギャップ (Eg)が広いことから,耐酸化性が高いことがわかった.同様に,ペンタセンとの比較をおこなったところ,合成したヘテロアセンは全てペンタセンよりも耐酸化性が高いことがわかった.次に,2のFET有機半導体層への応用を検討した.その結果,フラン環からなるアセン2がFET応答可能であることがわかった.

四章では,フラン環からなるアセン2のFET性能向上を目的とし,高移動度を達成するアプローチのうち,分子配列の制御を目指した.2の類縁体合成により,FETの半導体層として適切な化合物の探索をおこなうことを考えた.その結果,アセン2の中央のベンゼン環のヨウ素化に成功し,種々の置換基導入をおこなった.得られた置換アセン3の単結晶X線構造解析により,固体状態を調べたところ,face-to-faceパッキング構造を形成することがわかった.真空蒸着による有機薄膜の作成と続くFET評価をおこなった.分子のface-to-face相互作用はFETのキャリア移動度に重要な分子の軌道相互作用を強めるパッキング様式である.したがって,アセン中央の官能基が効果的に分子のパッキング構造をface-to-faceパッキングへと導く分子設計であることを明らかとした.また,アセン3のFET評価をおこなった.さらに,低コストプロセスへの応用を目指し,溶液法可能な分子の探索をおこなった.合成した置換アセン3のうち,溶解性の高い分子を用いて,酸化的ホモカップリング反応によりフラン環からなるアセンのオリゴマー4合成した.4およびその他の化合物についても,溶液法による薄膜形成を検討し,それらのFET評価をおこなった.

五章では,新規へテロアセンとして,ピロール環,フラン環を併せ持つ非対称型アセン,11-アリールベンゾフロ[3,2-b]カルバゾール (5の開発を行った.分子設計の指針は以下の通りである.これまで,多くの化合物では対称構造に関するパッキングの知見はあるものの,非対称構造については,ほとんど報告されていない.その理由として,非対称化合物の合成法が確立されていないことが挙げられる.非対称な嵩高い置換基の導入によるパッキングの変化と非対称構造の有機する双極子がパッキングに及ぼす効果を調べることは,分子配列制御を目指す上で重要な知見となると考えた.そこで非対称へテロアセンの簡便な合成を目指した.また,5ピロール環とフラン環を一つずつ持つことで,インドロ[3,2-b]カルバゾールに比べて高い耐酸化性を,フラン環からなるアセン2に比べて容易なキャリア注入が期待できる.5合成は市販品のジベンゾフラン誘導体から5段階でおこなった.さらに,3のアルコキシ置換体を合成し,アルキル基間の相互作用を利用した分子配列を試みた.得られた5の固体状態について,単結晶構造解析からその詳細を明らかにした.無置換体およびアルコキシ置換体ともに,face-to-faceパッキングであった.また,cofacialにπスタックしていた.このπスタックした2分子はantiparallelであった.これは,非対称構造によって誘起された双極子が関与した結果といえる.さらに,アルコキシ置換体はラメラ構造であった.また,アルコキシ置換体は無置換体よりもπスタック間の距離が短く,アルコキシ基の自己集合性が影響しているといえる.5のUV/vis, CV測定から算出したEgおよびEHOMOは,それぞれ1および2の中間の値を示した.すなわち,5は耐酸化性が高く,比較的金電極とのマッチングのよい分子であることがわかった.以上の結果は,非対称な嵩高い置換基が分子をcofacialスタッキングへと導き,かつ双極子はスタックした2分子をantiparallelにすることを示している.これらは,高移動度の達成に最適な分子配列を導く重要な知見と考えている.

六章は本博士論文研究の総括とする.

審査要旨 要旨を表示する

縮環骨格にヘテロ環を有するヘテロアセンは,有機電界効果トランジスタ(OFET)の有機半導体材料として注目を集めている.その理由に,炭化水素アセンにはない高い溶解性および耐酸化性を示すことが挙げられる.開発されたヘテロアセンの多くは,置換基の位置・構造によって,そのFET特性が大きく異なるため,誘導体合成が盛んにおこなわれている.ゆえに,ヘテロアセンの効率的合成法の確立および新規へテロアセンの探索がOFETの発展に重要である.

第二章では,p型有機半導体であるインドロ[3,2-b]カルバゾール (N-アセン)の効率的合成法の確立を目指した.既存のN-アセン合成には,目的物の低収率・位置異性体の副生という二つの問題があり,これらを解決する合成法を確立する必要がある.そこで,鍵反応に位置選択的な閉環反応をもちいた合成戦略を立てた.その結果,N-アセンの選択的合成に成功した.さらに,従来法では合成困難な非対称に置換基を有するN-アセンを合成し,本合成法が構造的多様性に富む合成手法であることを示した.

第三章では,新規へテロアセンの開拓を目指し,フラン環からなるヘテロアセン,ジベンゾ[d,d'']ベンゾ[1,2-b:4,5-b']ジフラン (O-アセン)の開発をおこなった.ジベンゾフラン類縁体を原料に四段階で,効率的O-アセン合成を達成した.得られたO-アセン類のFET特性を評価した結果,3-ヘキシル-O-アセンが溶液プロセスに適応可能な加工性の高いFET材料であることを明らかにした.さらに大気下でのデバイス作成・評価が可能であるという,酸化安定性の高さを示した.これらの結果は,OFET材料として未開拓であったO-アセンが新たな有機半導体材料であることを示しており,今後のFET材料研究の新たな開拓となる,意義のある研究成果である.

第四章・第五章では,FET特性のうち,材料の移動度向上に着目し,分子配列の制御を目指した.近年,分子のπ軌道の重なりを最大にするface-to-face相互作用が支配的なcofacialパッキングが,分子の移動度向上に効果的であると理論的に示された.しかし,ペンタセンや無置換O-アセンを始め,多くのFET材料がedge-to-face相互作用が支配的なヘリンボーンパッキングを形成する.一方,置換ペンタセンの研究では,中心ベンゼン環の置換基修飾により,ペンタセンがcofacialパッキングした例が報告されている.これらの知見をもとに,O-アセンの官能基化を試みた.始めに,効率的な置換O-アセン合成を目指し,O-アセンのヨウ素化を試みた.その結果,アセン骨格中心のベンゼン環をジヨウ素化することに成功した.得られたジヨウ素体をもちいて,置換基サイズの異なる置換O-アセンを合成した.結晶構造解析により,得られた置換O-アセンがcofacialパッキングすることがわかった.さらに,π平面間の重なり領域は置換基のサイズに依存していた.すなわち,置換基のサイズコントロールにより,π平面間の相互作用が制御可能であるといえる.以上の知見は,アセン骨格中心の官能基化は分子をcofacialパッキングへ導く有効な分子設計であることを示す結果である.

第五章では,第四章に引き続き,分子配列制御を目的とした.新たな試みとして,非対称構造をもちいた配向制御に着目した.これまで非対称構造を有するアセンの報告例は少なく,パッキング構造に関する知見はない.第四章の知見に非対称構造の誘起する双極子の二次的効果を加えることで,より密なπスタックが実現すると考えた.このような非対称分子として,フラン環とピロール環を併せ持つヘテロアセン,11-アリールベンゾフロ[3,2-b]カルバゾール(N,O-アセン)を開発した.合成は,O-アセン合成にもちいたジベンゾフラン類縁体をもちいて四段階で目的のN,O-アセンを得た.結晶構造解析により,N,O-アセンは,antiparallel cofacialスタッキングすることがわかった.πスタックしたペアがantiparallelとなる要因は,フラン環とピロール環という非対称構造の誘起する双極子が関与していると考えられる.以上の結果は,非対称構造のもたらす電子的・構造的要因が分子をantiparallel cofacialスタッキングさせることを示す.第五章で得られた知見は,第四章の結果に,非対称構造という新たな分子設計指針を加えることで,より密なπスタック構造を有する分子合成に成功している.本章で得られた知見は,FET材料の開拓おこなう上で,一つの合成指針となる非常に意義深い結果である.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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