学位論文要旨



No 123511
著者(漢字) 木村,正臣
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,マサオミ
標題(和) π共役液晶分子の合成と機能化
標題(洋) Synthesis and Functionalization of π-Conjugated Liquid Crystals
報告番号 123511
報告番号 甲23511
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6827号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 准教授 舟橋,正浩
内容要旨 要旨を表示する

分子の自己組織化を利用して、ナノからマイクロメートルスケールまでの階層的な秩序構造を構築することは高機能材料の創製に有用である。複数の異なる部分からなる液晶性ブロック構造分子は、分子レベルで引き起こされるナノ相分離が駆動力となり、自己組織的にラメラ、カラム、そしてミセル構造などの多様な動的集合構造を形成する。

一方で、近年、有機エレクトロニクス材料を構築する目的で、π共役分子のナノメートルスケールでの組織化が注目を集めている。これらの高機能化には、π共役分子の階層的な秩序構造形成が鍵と考えられる。液晶性の付与は、そのひとつの解決策となる。

本研究では、ブロック構造を有するπ共役分子のナノ相分離構造形成により、異方的機能を発現する新たなπ共役部位の集積体の開発を目的とした。ナノ相分離液晶化により、π共役液晶分子の精密かつ大面積領域における配列制御が可能となれば、新しい低次元電子輸送材料や発光素子などが実現できると考えられる。

第1章は序論であり、以上の本研究に至る背景を概観し、問題提起を行った。

第2章はオリゴチオフェンにエチレンオキシド (EO) 鎖を導入した。オリゴチオフェン部位を有する液晶分子はいくつか報告されているが、液晶相を示す温度範囲が高いという問題点がある。さらに、これまでのところ配向の制御は行われていない。本章では、室温付近で安定な液晶相を示し、また自発的に分子配向をするオリゴチオフェン誘導体を見出した。

第3章では、オリゴチオフェン部位を有するカラムナー液晶およびキュービック液晶の構築を目的とし、ヘキサカテナーオリゴチオフェンを合成した。より明確なナノ相分離の構築を目指したペルフルオロ鎖の導入を試み、さらにこれらのキャリア移動度、発光特性について検討を行った。ペルフルオロ鎖は、アルキル鎖よりもボリュームが大きいため、集合構造の変化が期待される。ペルフルオロ鎖の導入により、液晶相の発現する温度領域が拡大し、また高温側に安定化する傾向が見られた。さらにカラムナー(Col) 相よりも高温側に光学的に等方的なミセルキュービック (Cub) 相を発現した。Cub 相を発現するオリゴチオフェン誘導体の例は、他に報告されていないものである。

また、これらの分子に対してTime-of-Flight法によるキャリア移動測定を行った。フッ素部位を有するヘキサカテナー分子では、キャリアの移動は確認されなかった。しかし、アルキル鎖を有するヘキサカテナー分子においては、10-4 cm2 V-1s-1 のホール移動度が観測された。これは、棒状であるオリゴチオフェンも化学修飾することによりカラム構造を形成すれば、一次元光伝導体として働きうることを示したものである。

さらに、これらの液晶分子は、ヘキサゴナルカラムナー相でせん断を印加することにより、せん断方向と平行になるようにカラム軸が配向した。そこで、せん断を印加した試料に対して偏光蛍光特性を調べた結果、せん断に対して平行方向と垂直方向に対して蛍光強度の異方性が観測され、偏光蛍光特性を示すことが確認された。最も偏光蛍光特性の優れたものでは 11.2 という偏光比が得られた。第3章で合成した化合物のように電荷移動能と偏光発光特性の両方を示す材料は、偏光発光 EL 素子などに応用できると考えられる。

第4章では、発光効率の高いオリゴチオフェンカラムナー液晶の開発を目的とした。分子の自己組織化により、クロモフォア間の距離がオリゴチオフェンのスタッキング距離よりも大きくなるような凝集状態を構築できれば、高効率に発光する材料が構築できると考えられる。

そこで、ホスフィンオキシド部位を有するオリゴチオフェン誘導体を設計・合成した。合成した化合物は、いずれも室温を含む広い温度領域でエナンチオトロピックな Col 相を発現した。また、紫外可視吸収スペクトルを測定したところ、希薄溶液状態およびCol 液晶状態における最大吸収波長の変化はほとんど観察されなかった。このことは、液晶状態において、オリゴチオフェン部位のπ-πスタッキングが抑制されて集積していることを示唆していると考えられる。次に、Col 液晶相における量子収率を測定した。その結果、蛍光量子収率は 0.13 となり、オリゴチオフェンの凝集系としては高い値を達成することができた。同様の戦略を他のクロモフォアに展開すれば、さらなる発光材料が獲得できると期待される。このような材料は、液晶ディスプレイのバックライトや EL 材料の発光層として利用できる可能性を有する。

第5章では、π共役部位としてトリフェニレンに着目し、トリフェニレンを EO 鎖でつないだディスコチックブロック分子を設計・合成し、液晶相におけるホール移動度を測定した。特に、テトラエチレンオキシド鎖を有する二量体分子は5 C/minの冷却過程において91 Cから0 Cまでの広い温度領域でヘキサゴナルカラムナー相を発現した。Time-of-Flight法による電荷移動度を測定した結果、10(-4) cm2 V(-1)s(-1) のホール移動度が観測された。本章ではイオン認識部位を有するホール輸送材料を一次元に集積することができたと考えられる。

本論ではナノレベルで様々な集合構造を形成する液晶性ブロック分子にπ共役オリゴチオフェンおよびトリフェニレンを組み込み、さらにその液晶分子を配向させることにより、階層的なπ共役分子の組織化・機能化を試みた。このようなπ共役材料のナノからマイクロにおける秩序構造形成に関するアプローチは、今後の光・電子機能性材料開発の設計指針となると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

分子の自己組織化を利用して、ナノからマイクロメートルスケールまでの階層的な秩序構造を構築することは高機能材料の創製に有用である。複数の異なる部分からなる液晶性ブロック構造分子は、分子レベルで引き起こされるナノ相分離が駆動力となり、自己組織的にラメラ、カラム、そしてミセル構造などの多様な動的集合構造を形成する。

一方で、近年、有機エレクトロニクス材料を構築する目的で、π共役分子のナノメートルスケールでの組織化が注目を集めている。これらの高機能化には、π共役分子の階層的な秩序構造形成が鍵と考えられる。液晶性の付与は、そのひとつの解決策となる。

本研究では、ブロック構造を有するπ共役分子のナノ相分離構造形成により、異方的機能を発現する新たなπ共役部位の集積体の開発を目的とした。ナノ相分離液晶化により、π共役液晶分子の精密かつ大面積領域における配列制御が可能となれば、新しい低次元電子輸送材料や発光素子などが実現できると考えられる。

第1章は序論であり、以上の本研究に至る背景を概観し、目的を述べている。

第2章はオリゴチオフェンにエチレンオキシド(EO)鎖を導入した液晶材料の合成と物性評価について述べている。室温付近で安定な液晶相を示し、また自発的に分子配向をするオリゴチオフェン誘導体を見出した。

第3章では、カラムナー液晶相およびキュービック液晶相を示すオリゴチオフェンについて述べている。ヘキサカテナー構造を有するオリゴチオフェン誘導体を合成した。さらに、これらの電荷輸送能、発光特性についてに検討を行った。側鎖にペルフルオロ鎖を導入した化合物では、カラムナー (Col) 相よりも高温側に光学的に等方的なミセルキュービック (Cub) 相を発現した。オリゴチオフェン誘導体が Cub 相を発現した例は他に例がない。

また、側鎖にアルキル鎖を有する化合物のCol 相において、Time-of-Flight法によりキャリア移動度を測定したところ、ホールの移動度は10-4 cm2 V-1s-1に達した。これは、棒状であるオリゴチオフェンも化学修飾することによりカラム構造を形成すれば、一次元光導電体として働きうることを示したものである。

さらに、これらの液晶分子は、Col 相でせん断を印加することにより、せん断方向と平行になるようにカラム軸が配向した。そこで、せん断を印加した試料に対して偏光蛍光特性を調べた結果、せん断方向に偏光した直線偏光蛍光が得られ、その二色比は最大で11.2に達した。このような電荷輸送能と偏光発光性の両方を示す材料は、偏光発光 EL 素子に応用できると考えられる。

第4章では、発光効率の高いカラムナー液晶の開発について述べている。分子の自己組織化により、クロモフォア間の距離がオリゴチオフェンのスタッキング距離よりも大きくなるような凝集状態を構築できれば、高効率に発光する材料が構築できると考えられる。

そこで、ホスフィンオキシド部位を有するオリゴチオフェン誘導体を設計・合成した。合成した化合物は、室温を含む広い温度領域でエナンチオトロピックな Col 相を発現した。紫外可視吸収スペクトルにおいて、Col 相での最大吸収波長は溶媒中での最大吸収波長とほぼ同じであった。また、Col 相での量子収率は0.13 に達しており、液晶状態においてオリゴチオフェン部位のπ-πスタッキングが抑制されて集積していることを示唆している。同様の戦略を他のクロモフォアに展開すれば、さらなる発光材料が獲得できると期待される。このような材料は、液晶ディスプレイのバックライトや EL 材料の発光層として利用できる可能性を有する。

第5章では、トリフェニレン部位を有するディスコチックブロック分子の設計・合成および液晶相におけるホール移動度について述べている。トリフェニレンを EO 鎖でつないだブロック分子、特に、テトラエチレンオキシド鎖を有する二量体分子は室温を含む広い温度領域でヘキサゴナルカラムナー相を発現した。Time-of-Flight法による電荷移動度を測定した結果、10-4 cm2 V-1s-1 のホール移動度が観測された。

以上本論文ではナノレベルで様々な集合構造を形成する液晶性ブロック構造にπ共役オリゴチオフェンおよびトリフェニレンを組み込み、さらにその液晶分子を配向させることにより、階層的なπ共役分子の組織化・機能化を行った。このようなπ共役材料のナノからマイクロメーターにおける秩序構造形成に関するアプローチは、今後の光・電子機能性材料の設計指針となると考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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