学位論文要旨



No 123512
著者(漢字) 小嶋,美樹
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,ミキ
標題(和) 新規免疫測定法のための抗体選択系・酵素融合タンパクの開発
標題(洋)
報告番号 123512
報告番号 甲23512
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6828号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 上田,宏
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 准教授 鈴木,勉
 東京大学 准教授 津本,浩平
内容要旨 要旨を表示する

特定のリガンド認識を物理化学的なシグナルに変換するセンサー蛋白質は、洗浄操作が不要で迅速なホモジニアス系での測定が可能であるため、ヘテロジニアスなELISA法に代わる検出法として開発が望まれている。現在までに、活性部位近傍にエピトープを挿入したセンサー酵素や、マルトース結合蛋白質(MBP)と円順列変異体βラクタマーゼの融合蛋白質によるマルトースセンサーなど、様々なセンサー酵素作製例が報告されているが、リガンドによる活性変化があまり大きくないものが多く、また小分子化合物を対象としたセンサーの報告は少ない。さらに、これらのセンサーにおける活性制御は各融合タンパク質に固有であるため汎用性が低く、検出対象ごとにセンサーの開発が必要である。よって本論文では、任意抗原を高感度な非競合法で、かつ簡便なホモジニアス測定系で検出可能な新規センサー蛋白質を効率的に取得することを目的とし、2つのテーマについて研究を行った。すなわちセンサーの認識ドメインとなる抗体断片の取得、発現ベクターの変換を煩雑なクローニング操作なしに行える、オープンサンドイッチ(OS)法に適したscFv/OS変換系の作製と、低分子抗原を非競合的にホモジニアス測定系で検出可能な抗体酵素融合蛋白質の作製である。

第2章ではCre/loxPシステムを用いた、抗体選択・発現ベクター選択系の作製を試みた。抗原によるVH/VL間相互作用変化を抗原濃度測定に応用したOS法により、小分子抗原の非競合的な高感度検出や少ないステップでの迅速な測定が可能となった。これに応用する抗体としては、抗原非存在時のVH/VL間相互作用が弱いことが必須条件であるが、天然の抗体ではその強さは様々である。また、通常一本鎖抗体(scFv)として選択されてきた抗体をOS法に応用するためにはVH/VL各断片を異なる発現ベクターにクローニングし直すという手間がかかる。本研究ではCre/loxP systemを用いて、より簡便にscFv発現ベクターをOS法としての活用が可能なVL-MBPおよびVH-phageを発現するOSベクターに変換する系の確立を試みた。

Cre/loxP systemとはP1 phage由来組み換え酵素Cre recombinaseにより、異なるloxPサイト間の配列を相同的に組み換えるシステムである。本研究では、loxP WTとloxP 551の2種類の基質配列をscFv中のリンカー両末端に配置したscFv/pMKを作製し、同様に2つの基質配列間に MBPとRibosome binding site(RBS)をコードするドナーベクターOS/pMIと相同組み換えを行うことにより、OS用のベクターOS/pMKへと変換させる系を構築した (Fig. 1)。

モデル用抗体として、抗原非存在下でのVH/VL間相互作用が弱くOS法に適している抗ニワトリ卵白リゾチーム(HEL)抗体HyHEL-10を用い、VH/VL間にloxP 511とloxP WTならびにSwaIサイトを含むloxP-linkerを挿入したscFv(H10)/pMKを作製した。これと並行してloxP 511とloxP WT間にMBPをコードする配列およびRibosome binding site (RBS)を持つOS/pMIを作製した。

まずscFv(H10)/pMKを用いて loxP-linkerをもつscFv提示ファージを作製し、ELISAにて有意なHEL結合能を確認した。次にOS/pMIおよびSwaI処理により直鎖状にしたscFv(H10)/pMKそれぞれ0.25 μgと1 unit Cre recombinase(Novagen)を用いて組み換えを行い、コロニーPCRとDNA配列決定により12クローン中3つが設計どおりの組み換え体OS(H10)/pMKであることを確認した。この実験から、Cre recombinase を利用した組み換え系を用いることで、わずか一日でscFv提示用ファージミドベクターからOS測定用ベクターを単離できることが明らかとなった。さらに、得られたOS(H10)/pMKにて形質転換したTG-1培養上清にてELISAを行い、抗原濃度依存的なシグナル上昇を観察した。これによりOS-ELISAに応用可能なVL-MBP/VH-phage混合溶液が調製できたことが示された。また、scFv(H10)/pMKとHEL結合能のない抗体scFv(9-3)/pMKを1:5000の割合で混合したモデルライブラリを用いてHELに対するパニングを行い、scFv(H10)/pMKを3000倍以上に濃縮できた。

以上の結果よりCre/loxP systemを用いた簡便なscFv/OSベクター変換系の作製およびloxP-linkerをもつscFv/pMKベクターによるスクリーニングに成功したと考えられる。今後このscFv/pMKに、VH/VL間相互作用の弱いFramework(FR)配列を持つ抗体断片を挿入したライブラリを作製することにより、OS法に適した目的抗体を簡便にスクリーニングできると期待される。またこの系は、ドナーベクター中のloxPサイト間配列を変換することにより、任意タンパク質と抗体との融合タンパク質を容易に作製できるようになると考えられるため、非常に有用である。

第3章では、抗体-酵素融合タンパク質を用いた農薬指示菌を作製した。これまで作製されてきた抗体と酵素を用いたセンサー蛋白質は,活性部位近傍にエピトープを挿入した酵素の活性を抗体により制御するものが多く、感度の劣る競合法での測定であること、また小分子化合物の検出は難しいといった欠点があった。そこで本研究では円順列変異または分割酵素を用い,小分子化合物の非競合的な測定が可能な融合タンパク質の作製を試みた。

円順列変異体とは本来のN/C末端を適切な長さのペプチドリンカーで接続し、別の領域に新たな末端を持たせた変異体である。これに異なるタンパク質ドメインを融合して融合タンパクを作製する場合、そのドメインの位置や大きさ、形、配向性などにおいてより自由度の高い混成蛋白質が作製でき、また更なる高次機能の発現も期待される。

今回は農薬認識抗体可変領域を融合した円順列変異体β-ラクタマーゼ(cpBLA)発現株をアンピシリン(Amp)含有培地にて培養し、農薬添加によってBLA活性が上昇し菌体増殖が観察される系の構築を行った(Fig. 2)。

ネオニコチノイド系農薬imidacloprid (ICP)を認識するscFv のリンカー領域に、活性部位近傍ループ168-170位に新規末端を持つcpBLAを挿入したpET26b由来カナマイシン(Km)耐性発現ベクターpET26/Fv-cpBLAを作製した。今回用いた抗体はscFvの状態でKd= 67 nM程度のICP結合能を持ち、類似体チアクロプリド(TCP)に対しては1.3 %程度の交差反応性しか持たない。作製したベクターにて大腸菌BL21(DE3, pLysS)を形質転換し、50 μg/ml Km,1mM IPTG, 100 μg/ml Ampならびに0-10 ng/mlのICPまたはTCPを含むLB培地にて33時間振盪培養し,経時的に濁度を測定した。この結果、Ampを含まないサンプルにおいては抗原の濃度、種類に関わらず同様の増殖が示された。よってICPおよびTCP自体には大腸菌に対する毒性ないし増殖促進能はないと考えられる。一方Ampを含むサンプル中では、極めて微量(1 ppb以上)のICPを含む培地において顕著な濃度依存的増殖が認められた。これに対し、TCPを加えた場合はより高い濃度でのみ有意な増殖が見られた。また、培養上清中の目的タンパク質を金属アフィニティーカラムにより濃縮し、ELISAによりFv-cpBLA のICP特異的な結合能を確認した。さらに発色基質nitrocefinまたは蛍光基質fluorocillinを用いた酵素活性測定より、ICP特異的なBLA活性の上昇が確認された。よって微量のICP依存的に活性化されるセンサー酵素ならびにICP依存的に増殖を示す高感度な環境汚染物質指示菌が創製できたと考えられる。これは抗体-円順列変異酵素にて小分子を検出できた初めての例であり、また分泌系にてセンサータンパク質を作製した稀少な例でもある。さらにcpBLAはアンピシリン含有培地での培養による選択が容易であることから、より高感度なセンサーや任意抗原を認識する変異体の取得が可能になると期待され、意義深い。

以上より、Cre/lox system を用いた簡便なscFv/OS変換系および、環境汚染物質指示菌の作製を行うことができた。将来的には、scFv/OS変換系を用いたライブラリから得られたOS法に適したクローンをリガンド認識ドメインとし、cpBLAをコードするドナーベクターによって簡便に作製したFv-cpBLA発現ベクターにより、任意抗原に対するセンサー酵素を効率よく取得できるようになると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

通常のサンドイッチ法では測定の難しい小分子抗原を、高感度な非競合法で、かつ簡便なホモジニアス系にて検出する新規免疫測定法が求められている。その足がかりとして、本研究ではオープンサンドイッチ(OS)ELISA法に適した抗体の新規選択系と、抗体酵素融合蛋白質を用いたホモジニアス測定系の創製を試みた。

新規抗体選択系は、Cre/loxPシステムを用いてscFv提示ファージ発現ベクターのVL/VH間配列を相同的に組換えることにより、VL/VH各遺伝子をそれぞれマルトース結合蛋白質(MBP), ファージに提示する発現ベクターに変換する系である。これにより煩雑なクローニング操作なしに簡便かつ短時間で後者のベクターが作製され、小分子抗原を非競合的に高感度かつ迅速に測定できるOS-ELISAを行うことができる。今回は、ニワトリ卵白リゾチーム(HEL)に結合しOS法に適している抗体HyHEL10をモデルとして確認実験を行った。まず、組換え酵素の認識配列であるloxP配列をリンカーとするscFv提示ファージが抗原結合能を保持していることを確認した。次にその発現ベクターと、MBP遺伝子を提供するドナーべクター間での組換えを行い、得られたベクターによるOS-ELISAにも成功した。また、scFv(HyHEL10)提示ファージをHEL結合能のないscFv提示ファージと1:5000の比率で混合したモデルライブラリを作製し、HELに対するパニング1回でHyHEL10ファージを3150倍に濃縮した。以上の結果より期待通りの変換系が作製され、さらにloxP配列をリンカーとするscFv提示ファージでのパニングが可能であることも示唆された。今後はこの系を用いたライブラリを作製することにより、任意抗原に対する抗体を効率よくOS法に応用できると考えられる。

抗体酵素融合蛋白質を用いたホモジニアス測定系の創製においては、円順列変異(cp)または分割(split)?ラクタマーゼ(BLA)と抗体の融合タンパク質を作製した。円順列変異体とは本来のN/C末端を適切な長さのペプチドリンカーで接続し、別の領域に新たな末端を持たせた変異体である。新規アロステリックな融合蛋白質の作製を目指し、基質結合部位近傍に新規末端をもつcpBLAの両端にネオニコチノイド系農薬イミダクロプリド(ICP)を認識する抗体のVH, VL断片が挿入された融合蛋白質(Fv-cpBLA)を作製した。この融合蛋白質は、ICP結合により酵素の活性部位近傍コンフォメーションが変化し、酵素活性が制御される可能性がある。Fv-cpBLA発現株を100 ?g/mlAp含有培地中で30時間培養し、1 ng/ml以上のICP添加時に濃度依存的な増殖が確認された。また、培養上清に分泌された酵素の濃縮液を用い、ELISAによるICP結合能、発色基質nitrocefinおよび蛍光基質fluorocillinを用いた酵素活性測定によるICP依存的な酵素活性の上昇を確認した。さらにFv-cpBLAをBLA本来の末端領域にて2つに分割した、Fv-splitBLAを作製した。この系では、抗原がVH/VL相互作用を強めるというOS原理により2つの分割酵素が近接、リフォールディングされ、酵素活性が回復すると考えられる。Fv-splitBLA発現株を低濃度(10 ?g/ml)Ap含有培地中で45時間培養し、ICP(10 ng/ml)特異的な増殖を確認できた。これらの系は農作物における含有農薬の基準値である20-5000 ng/mlを十分検出できる感度を示した。また、抗体酵素融合蛋白質を用いたセンサー蛋白質を分泌系で作製した初めての例である。この融合蛋白質はBLAのAp加水分解能を利用した高活性な変異体のスクリーニングが容易であるため、今後より高機能な融合タンパク質を作製できると期待される。

本研究により、scFv提示ファージ発現ベクターをVL-MBP, VH提示ファージ発現ベクターに簡便に変換できる抗体選択系と、農薬依存的な活性上昇を示す融合タンパクFv-cpBLAおよびFv-splitBLAの作製に成功した。前者にて使用した組換えシステムを用い、cpBLAまたはsplitBLA遺伝子をコードするドナーベクターとの間で組換えることにより、任意抗体とcpBLA/splitBLAとの融合蛋白質Fv-cpBLA, Fv-splitBLAを簡便に作製できると考えられる。抗体選択系による任意抗原に対する抗体の取得、組換えシステムを用いた融合蛋白質の作製、Ap耐性による高活性な融合蛋白質変異体のスクリーニングを行うことにより、任意抗原に対するセンサー蛋白質を効率的に取得できると期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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