学位論文要旨



No 123513
著者(漢字) 佐古,佑介
著者(英字)
著者(カナ) サコ,ユウスケ
標題(和) 翻訳合成された特殊ペプチドの新規環状化戦略の開発
標題(洋) Development of Novel Cyclization Strategies for Non-Standard Peptides Synthesized by Translation
報告番号 123513
報告番号 甲23513
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6829号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 准教授 上田,宏
 東京大学 准教授 鈴木,勉
内容要旨 要旨を表示する

天然に存在するペプチドには生理活性を有するものが数多く知られており、このようなペプチドのうち、多くのものは環状化構造をとっている。これは、環状化構造をとることで、ターゲットとの親和性が上昇すること、及びペプチダーゼなどの酵素による分解を防いでいるためであると考えられる。本研究では、リボソームによって合成されたペプチドを、ジスルフィド結合を用いないより安定な結合を介して環状化する方法の開発を目指した。この目的を達成するため、筆者は非天然アミノ酸を含むペプチド、いわゆる特殊ペプチドをリボソームにより合成し、新たに導入された官能基を用いてペプチドを環状化する戦略をとった。

第1章では、非天然アミノ酸のペプチドへの導入に重要な二つのテクノロジーについて概観した。第一のテクノロジーは、東大の上田、清水らのグループによって開発された再構成無細胞翻訳系である (PURE system)。PURE systemの最大の特徴は、そのコンポーネントのうち任意のものを自由に取り除くことができることにある。そこで、系中から任意のアミノ酸を取り除くことにより、そのアミノ酸をコードするコドンを非天然アミノ酸に変換することができる。第二のテクノロジーは、筆者の所属する研究室で開発されたアミノアシルtRNA合成を触媒するリボザイム、「フレキシザイム」である。フレキシザイムは、活性化されたアミノ酸の脱離基部分のみを認識するため、非天然アミノ酸でも効率よくtRNAに付加する。また、tRNAについては3´末端側の配列ACC-3´を認識し、その他の部分の配列に依らない。これらの技術を組み合わせることで、任意のアミノ酸を任意のコドンに割り当てることができ、特殊ペプチドの合成が極めて容易に達成されることを述べた。

第2章では、翻訳合成されたペプチドの環状化戦略の第一例として、クロロアセチル基をもつ非天然アミノ酸のペプチドへの導入を検討した。ペプチド中にシステイン残基が存在した場合、クロロアセチル基とチオール基での分子内反応が起こり、チオエーテル結合で環状化されたペプチドが得られることが期待された。そこで、まずクロロアセチル基を持つ非天然アミノ酸として Nγ-(2-chloroacetyl)-α,γ-diaminobutylic acid (Cab) を合成し、ペプチドへの導入を試みた。Cabはフレキシザイムにより効率よくtRNAにアミノアシル化されることが確かめられた。続いて、Cabのペプチドへの導入をPURE systemを用いて試みた。MALDI-TOF MSによる分析の結果、Cabを含むペプチドに対応する単一のピークが確認され、ペプチド中にCabを導入できることがわかった。つぎに、ペプチド中にCabとCysを同時に導入したところ、期待通りチオエーテル結合で環状化した単一のピークがみられた。このことから、ペプチドの環状化反応が翻訳反応溶液中で、定量的かつ自発的に進行することが確かめられた。つぎに筆者は、天然に存在する生理活性ペプチド human urotensin II (hU-II) のジスルフィド結合を、Cabを用いたチオエーテル結合に置き換えることを試みた。細胞内カルシウム動員を指標にした生理活性評価をおこなった結果、teUはhU-II様の活性を持つことが明らかになった。一方で還元条件下におけるproteinase Kに対する耐性は劇的に上昇していることが示された。このような特徴は、血中のような生理的環境化において高い安定性を求められる薬理ペプチドを開発する上で、極めて重要であると考えられる。

第3章では、翻訳合成されたペプチドの環状化戦略の二例目として、銅触媒によるアジドとアルキンの付加環化反応を用いることを検討した。クリックケミストリーとも呼ばれるこの反応は、水中で定量的に進行し、生体分子に影響されずに用いることができることから様々な分野での応用が期待されている。そこで、アジド基を側鎖に含む非天然アミノ酸として、azidohomoalanine (Aha), azidonorvaline (Anv), azidonorleucine (Anl) を、またアルキンを側鎖にもつ非天然アミノ酸として、propargylglycine (Pgl) を用意し、これらをPURE systemを用いてペプチド中に導入することで、環状ペプチドを合成できるのではないかと考えた。Aha, Anv, Anl, 及び Pgl を活性化し、フレキシザイムによるアミノアシル化効率をmicrohelixを用いて評価したところ、いずれも50%前後の収率で反応が進行することが確かめられた。そこで、 各々のアミノ酸のペプチドへの導入をPURE systemにより試みた。まず、PURE systemからThrを抜いた系に、Pglでアミノアシル化されたtRNAを導入すると、Pglを含むペプチドが合成された。同様に、Leuを抜いたPURE systemでは Aha, Anv, Anlともに導入することができた。そこで、Thr及びLeuを抜いたPURE systemを用いて、アジドとアルキンを同時にペプチドに導入したところ、アジド基の鎖長によらず翻訳合成が進行することが確認された。アジドとアルキンを含むペプチドを翻訳反応により合成することができたので、これらの官能基をクリックケミストリーを用いて反応させることにより、環状化ペプチドの合成を試みた。Pgl及びAnlを含むペプチドを翻訳合成したのちにTCEPを用いて処理すると、アジド基が完全に還元されたピークが見られた。次に、アジドとアルキンの付加環化反応を起こすため、翻訳合成されたペプチドをCuSO4及びascorbateで処理し、そののちにTCEPを加えた。その結果、ペプチドの還元はおこらず、系中のアジド基が定量的に環状化反応に使われたことが確認された。また、同様の結果はAha, Anvを用いたときにも得られた。以上の結果から、クリックケミストリーを用いることで、翻訳合成されたペプチドを定量的に環状化できることが示された。本論文ではさらに、Cab-Cysによるチオエーテル結合と、アジド-アルキン付加環化反応を組み合わせることにより、より安定な構造を持つ二環ペプチドの合成を試みた。Leu, Thr, Pheのアミノ酸を取り除いたPURE system を用いて3種類の非天然アミノ酸、Cab, Aha, Pglの導入を試みた。翻訳反応後、ペプチドを CuSO4及びascorbateで反応させたのち、アジド-アルキン付加環化反応が進行していることを確認するため、TCEPで処理した。その結果、還元されたピークは見えず、期待通り二環構造を取っているピークのみが観測された。また、同様の二環ペプチドは、Anv, Anlを用いたときにも合成されることが分かった。

第4章では、tRNAを用いたフレームシフト変異の抑制を利用した遺伝病の新規治療法について述べられている。

第5章では、本論文の総括と展望を述べている。

本研究では、フレキシザイムとPURE systemeを組み合わせることで、種々の官能基を持った非天然アミノ酸を翻訳合成によりペプチド中に導入することができた。また、これらの官能基を分子内で反応させることで環状化ペプチドを合成することに成功した。前半で示した Cab-Cys の反応により形成されるチオエーテル結合や、後半で紹介したアジドとアルキンの付加環化反応による側鎖どうしの結合は、還元条件下で容易に開裂してしまうジスルフィド結合に比べ、きわめて高い安定性をもつことが特徴である。したがって、本手法を用いて合成された環状ペプチドは血中などの生理的条件下においても高いプロテアーゼ耐性をもつことが期待され、薬剤開発へ向けた応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

天然に存在するペプチドには生理活性を有するものが数多く知られており、このようなペプチドのうち、多くのものは環状化構造をとっている。これは、環状化構造をとることで、ターゲットとの親和性が上昇すること、及びペプチダーゼなどの酵素による分解を防いでいるためであると考えられる。このような特徴から、環状ペプチドは新規薬剤開発のプラットフォームとして優れており、新たな創薬シーズの探索が積極的におこなわれている。本論文では、リボソームによって合成されたペプチドを、ジスルフィド結合を用いないより安定な結合を介して環状化する方法の開発について述べている。

第1章では、 非天然アミノ酸をペプチドへ導入するために必要な二つのテクノロジーについて概観している。 第一のテクノロジーは、東大の上田、清水らのグループによって開発された再構成無細胞翻訳系、PURE systemである。PURE systemの最大の特徴は、そのコンポーネントのうち任意のものを自由に取り除くことができることにある。そこで、系中から任意のアミノ酸を取り除くことにより、そのアミノ酸をコードするコドンを非天然アミノ酸に変換することができる。第二のテクノロジーは、アミノアシルtRNA合成を触媒するリボザイム、フレキシザイムである。フレキシザイムは、天然・非天然を問わず様々なアミノ酸を迅速かつ簡便に、tRNAに付加することができる。そこで、これらの技術を組み合わせることで、任意のアミノ酸を任意のコドンに割り当てることができ、特殊ペプチドの合成が極めて容易に達成されることが述べられている。

第2章では、 翻訳合成されたペプチドの環状化戦略の第一例として、クロロアセチル基をもつ非天然アミノ酸のペプチドへの導入を検討している。ペプチド中にシステイン残基が存在した場合、クロロアセチル基とチオール基での分子内反応が起こり、チオエーテル結合で環状化されたペプチドが得られることが期待される。そこで、クロロアセチル基を持つ非天然アミノ酸として N-(2-chloroacetyl)-α,γ-diaminobutylic acid (Cab) を合成し、ペプチドへ導入できるかどうかを検討したところ、効率よくペプチド中に取り込まれていることを電気泳動、及び質量分析の結果から明らかにしている。特に、質量分析の結果から、Cabのクロロアセチル基は反応系中のDTTなどとは反応せず、安定に存在できることが明らかにされている。更に、ペプチド中にCabとシステインを同時に導入した場合、分子内反応によるチオエーテル結合の形成により定量的に環状化ペプチドを得ることに成功している。この反応は、翻訳系中において自発的に進行することから、簡便な環状化ペプチドの合成法として意義深い。次に本研究では天然に存在する生理活性ペプチド human urotensin II (hU-II) のジスルフィド結合を、Cabを用いたチオエーテル結合に置き換えることを試みている。翻訳合成されたペプチドは、細胞内Ca2+濃度の上昇を引き起こす一方、還元条件下におけるproteinase Kに対する耐性は劇的に上昇していることが明らかにされている。以上の結果より、Cabの導入によって環化されたペプチドは、血中で高い安定性を要求される薬剤ペプチドのプラットフォームとして有効だろうと考察している。

第3章では、 翻訳合成されたペプチドの環状化戦略の二例目として、銅触媒によるアジドとアルキンの付加環化反応を用いることを検討している。クリックケミストリーとも呼ばれるこの反応は、水中で定量的に進行し、生体分子に影響されずに用いることができることから様々な分野での応用が期待されている。そこで、アジド基を側鎖に含む非天然アミノ酸、及びアルキンを側鎖にもつ非天然アミノ酸を用意し、これらをPURE systemを用いてペプチド中に導入することで、環状ペプチドの合成を試みている。電気泳動、質量分析の結果から、これらのアミノ酸が同時に導入されたペプチドがPURE systemにより翻訳合成されていることが確かめられている。さらに、銅を用いた付加環化反応についても、定量的に進行したことを確認している。本論文ではさらに、 第2章で開発されたCabとシステインによるチオエーテル結合と、第3章で開発されたクリックケミストリーによる環化反応を組み合わせることで、二環ペプチドを位置選択的に合成することができると述べられている。まず、Cab、アジド基含有アミノ酸、及びアルキン含有アミノ酸の3種類の非天然アミノ酸をペプチド中に導入することに成功している。次いで、チオエーテル基の自発的な形成の後、銅触媒を用いた付加環化反応を行うことで、期待通り二環ペプチドの合成を達成している。このような構造をもったペプチドは、単環のペプチドに比べて、より剛健な構造をもったプラットフォームとして活用されるであろうと述べられている。

第4章では、tRNAを用いたフレームシフト変異の抑制を利用した遺伝病の新規治療法について述べられている。

第5章では、本論文の総括と展望を述べている。

以上、本論文では、非天然アミノ酸をペプチド中に導入することで、ジスルフィド結合に代わる、高い安定性を持った結合による環状ペプチドの翻訳合成法が提案されている。これらの方法は、mRNAディスプレー等の手法を用いたin vitro selectionをする上での基盤技術となることが期待され、今後積極的に行われるであろう薬剤ペプチドの探索に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク