学位論文要旨



No 123516
著者(漢字) 髙宮,郁子
著者(英字)
著者(カナ) タカミヤ,イクコ
標題(和) 嵩高い単座ホスフィン配位子を有するパラジウム錯体 : 合成とその重合触媒としての応用
標題(洋) Palladium Complexes Bearing a Bulky Monodentate Phosphine Ligand : Syntheses and Their Applications as Polymerization Catalysts
報告番号 123516
報告番号 甲23516
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6832号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 准教授 金原,数
 東京大学 准教授 西林,仁昭
 東京大学 講師 石田,康博
内容要旨 要旨を表示する

本論文は6章から構成される。本研究では、官能基中のヘテロ原子との親和性が低い金属であるパラジウム、嵩高い電子供与性配位子であるtBu3Pに注目し、tBu3Pを配位子として有する新規パラジウム錯体を合成した。この錯体はテトラキス(3,5-ビス(トリフルオロメチル)フェニル)ホウ酸ナトリウム (NaBAr4:Ar=3,5-(CF3)2C6H3) の存在下でノルボルネン誘導体の重合触媒活性として機能することを見出した。今まで、嵩高い単座ホスフィン配位子を有するパラジウム錯体を単離し、重合触媒として用いた例はなかった。

Chapter 2 ではtBu3P配位子を有するパラジウム錯体の合成について記述した。本研究では重合反応の開始基として一般的なメチル基を有するメチルパラジウムハライドを合成した。(cod)Pd(Me)Cl 錯体にtBu3Pを加えることで、配位子交換反応によりメチルパラジウムクロライド錯体を高収率で得た。比較のため、嵩高い単座ホスフィン配位子であるtBu2P(biphenyl-2-yl)、P(o-tol)3を配位子として持つパラジウム錯体も同様に合成した。X線結晶構造解析により、配位子がtBu3Pの場合はT字型三配位構造の低配位錯体、tBu2P(biphenyl-2-yl)、P(o-tol)3の場合はハロゲン架橋の二核錯体であるとわかった。tBu3P配位子を持つ錯体はホスフィンのtBu基の水素原子がパラジウムの空配位座にアゴスティック相互作用することで安定化しており、また電子供与性の高いメチル基のトランス位に空の配位座があることがわかった。トリフルオロメタンスルホン酸銀を反応させて対応するトリフラート錯体も合成し、構造決定した。X線結晶構造解析によりtBu3Pを配位子に持つ場合はT字型三配位構造の低配位錯体、tBu2P(biphenyl-2-yl)の場合はホスフィンのビフェニル部位がパラジウムにn2型配位した単核型構造、P(o-tol)3の場合はPd錯体としては初めての例であるトリフラート架橋二核錯体であることを明らかにした。

Chapter 3 では合成した錯体のオレフィン重合活性を調査した。合成した錯体に一当量のNaBAr4を加えてカチオン性錯体を形成させ、エチレン、1-ヘキセン、アクリル酸メチルなどのオレフィンと反応させたが重合反応は進行しなかった。1-ヘキセンとの反応を解析したところ、β-ヒドリド脱離が問題であることがわかったのでβ-ヒドリド脱離を起こさないモノマーの一つであるノルボルネンの重合を試みた結果、ノルボルネンが付加重合したポリノルボルネンが得られることがわかった。重合活性は配位子に依存し、tBu3Pを有する単核構造の方がtBu2P(biphenyl-2-yl)、P(o-tol)3を有する二核錯体より高活性を示すことを明らかにした。溶液中で容易に解離すると思われるトリフラートを対アニオンとして有する錯体も配位子がtBu3Pの場合のみ重合活性を示したが、BAr4-を用いた場合よりも活性は低く、非配位性のアニオンBAr4-が高活性には必須であることがわかった。得られたポリノルボルネンは既存の触媒系で得られるポリノルボルネンと同様に一般の有機溶媒に対する溶解度が低かった。

Chapter 4では、ノルボルネンの単独重合に最も活性を示したtBu3P配位子を持つ錯体を用いてメチルエステル基が置換したノルボルネンの重合やこれとノルボルネンとの共重合を検討した。エステル基を持つノルボルネンの単独重合では無置換のノルボルネンの重合よりも触媒活性が低いものの、単独重合体が得られることがわかった。また、本反応のモノマー消費量に対する分子量の関係を調べることにより、モノマー消費量と分子量は一次の関係にあり、本重合反応がリビング的に進行していることを明らかにした。ノルボルネン類の重合に高活性を示す触媒系として知られており、本触媒系と類似の活性種を生成する(cod)Pd(Me)Cl、一当量のPPh3、NaBAr4から調製する触媒系を用いて同条件でエステル置換ノルボルネンの重合反応を行ったところ、ポリマーは生成せず、tBu3P配位子を用いる本触媒系よりも活性が低いことがわかった。一方、ノルボルネンの重合における触媒活性を比較するとPPh3配位子の方が本触媒系よりも活性が高いことが明らかになった。これらの検討により、PPh3配位子より嵩高く、電子供与性のtBu3P配位子を用いてPd周りを立体的に混み合う、Pd上を電子豊富にすると、無置換のモノマーの重合では立体効果により不利に働くものの、極性官能基を有するモノマーは効果的に重合できることが示された。

ノルボルネンとエステル基置換ノルボルネンを種々のモル比で混合して、上記の触媒系を用いて共重合反応を行うと共重合体が得られ、仕込みモノマー比により共重合体中のエステル基の導入率をある程度制御できることを明らかにした。本共重合反応を1H NMRにより追跡することにより、先にほとんどのノルボルネンが消費された後にエステル置換ノルボルネンが消費されることを明らかにした。また、どの条件で得られた共重合体も分子量分布が狭かった。

エステル置換ノルボルネンのendo体のみとexo体のみでの単独重合反応を調査した結果、exo体はポリマーが生成したがendo体のポリマーは生成せず、オリゴマーのみが生成し、endo体の方がexo体よりも重合速度が遅いことがわかった。挿入速度の差を求めるため、tBu3P配位子を持つ錯体にexo体が挿入した錯体およびendo体が一分子挿入した錯体をそれぞれ合成した。得られたそれぞれの錯体に対するexo体、endo体の挿入反応の一次反応速度定数を求めることにより、exo体はendo体と比べておよそ2倍の速さで挿入反応が進行することを明らかにした。

Chapter 5 ではスルホニルフルオライド基を置換基として持つノルボルネンの重合を検討した。エステル置換ノルボルネンの重合と同様に無置換のノルボルネンよりも活性が低いが、tBu3P配位子を持つ錯体がスルホニルフルオライド基を置換基として持つノルボルネンの単独重合に活性を示すことを明らかにした。また、スルホニルフルオライド基置換のノルボルネンとノルボルネンの共重合反応により側鎖にフッ素官能基を有する新規ノルボルネン共重合体を得た。重合条件を種々検討することにより、共重合体中の官能基導入率を制御できることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

極性オレフィンと非極性オレフィンの共重合において、従来用いられてきたラジカル重合に代わる手法として遷移金属触媒を用いる配位重合が注目されている。しかしながら、遷移金属の中でも後周期遷移金属触媒を用いるオレフィンの重合は検討され始めて日が浅く、発展途上である。本研究はこの分野において新たな知見を得るために行われた研究であり、主として新規パラジウム触媒を開発し、ノルボルネン誘導体の重合に応用する検討を行った。

本論文は6章から構成され、第1章では本研究の背景のほか、配位子として嵩高く電子供与性の配位子であるtBu3Pに注目した触媒設計について記述している。

第2章では、tBu3Pを初めとする嵩高い単座ホスフィン配位子を有するパラジウム錯体の合成に関するものである。tBu3Pを持つ新規メチルパラジウムクロリド錯体の合成、単離に成功し、比較のために他の配位子を持つパラジウム錯体も同様に合成している。対応するトリフラート錯体も合成し、計6種類の新規錯体を得た。X線結晶構造解析により、tBu3Pを持つ錯体はT字型三配位構造の低配位錯体であり、配位子によっては二核錯体を形成するなど、それぞれの錯体が配位子によって様々な配位形式をとることを明らかにした。得られた知見は今後、パラジウム錯体の配位子に嵩高い単座ホスフィン配位子を用いる場合の指針となるものである。

第3章では、合成した錯体のオレフィン重合触媒としての応用を検証している。tBu3Pを持つ錯体はテトラキス(3,5-ビス(トリフルオロメチル)フェニル)ホウ酸ナトリウム(NaBAr4)存在下、エチレン、1-ヘキセン、アクリル酸メチルなどの重合反応に活性を示さなかった。1-ヘキセンとの反応を解析することにより??ヒドリド脱離が問題であると考察し、??ヒドリド脱離を起こさないモノマーの一つであるノルボルネンをモノマーとして用いるとノルボルネンが付加重合したポリノルボルネンが得られることを見出した。合成した6種類の新規錯体の重合活性を検討し、重合活性が配位子に依存すること、非配位性のBAr4-アニオンが高活性を示すこと、すなわち、tBu3Pを持つ錯体と一当量のNaBAr4の系が最も高活性であることを明らかにした。

第4章では、ノルボルネンの単独重合に最も活性を示したtBu3P配位子を持つ錯体を用いてメチルエステル基が置換したノルボルネンの重合やこれとノルボルネンとの共重合を検討している。エステル基置換のノルボルネンの単独重合では無置換のノルボルネンの重合よりも触媒活性が低いものの、単独重合体が得られること、また、重合反応のモノマー消費量に対する分子量の関係を調べることにより、モノマー消費量と分子量は一次の関係にあり、重合反応がリビング的に進行していることを明らかにした。本研究でのtBu3Pを用いる系と従来のPPh3を用いる系とでノルボルネン誘導体の重合活性を比較することにより、tBu3P配位子を用いると、無置換のノルボルネン重合では立体効果により不利に働くものの、極性官能基を有するノルボルネンは効果的に重合できることを示した。また、ノルボルネンとエステル置換ノルボルネンとの共重合反応により、共重合体が得られることを明らかにし、仕込みモノマー比により共重合体中のエステル基の導入率をある程度制御することに成功した。本研究で得られたノルボルネンとエステル置換ノルボルネンの共重合体は、従来のパラジウム触媒を用いて合成した共重合体よりも分子量分布が狭いことを明らかにした。さらに、tBu3P配位子を持つ錯体にexo体が挿入した錯体およびendo体が一分子挿入した錯体をそれぞれ合成し、得られたそれぞれの錯体に対するexo体、endo体の挿入反応の一次反応速度定数を求めることにより、exo体はendo体と比べておよそ2倍の速さで挿入反応が進行することを明らかにした。

第5章ではスルホニルフルオライド基を置換基に持つ新規ノルボルネン誘導体の重合を検討している。本研究の触媒系はスルホニルフルオライド置換のノルボルネンの単独重合、およびノルボルネンとの共重合に応用可能であることを明らかにした。また、PPh3を配位子に持つ系との活性比較により本触媒系の有用性を示した。

第6章は、結論及び本研究の総括である。すなわち、本研究で開発した触媒は従来の系よりも極性官能基を有するノルボルネンの重合に有効であり、他の極性官能基を有するノルボルネンの重合も可能であると考えられる。また、電子供与性の配位子は極性官能基を持つオレフィンの重合活性向上に有効であるという知見は今後の触媒設計に応用できることが期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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