No | 123530 | |
著者(漢字) | 池田,重利 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イケダ,シゲトシ | |
標題(和) | 放射線による新規なフッ素系樹脂の創出とその応用 | |
標題(洋) | Radiation induced synthesis of new fluoropolymers and their application | |
報告番号 | 123530 | |
報告番号 | 甲23530 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6840号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 原子力国際専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第1章および第2章 研究の経緯と背景 本研究の基礎となる「放射線によるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の架橋」は1989年に始まり、そして世界に先駆けてPTFEの架橋に成功し、1992年に「PTFEの架橋」は発表された。それまでPTFEの架橋は、化学架橋あるいは放射線架橋のいずれの手法によっても不可能とされてきた。しかし酸素不在下でなおかつPTFEを溶融状態で照射することにより、PTFEにY字型の架橋構造を形成することが明らかとなった。架橋PTFEはパーフルオロ樹脂でありながら3次元構造を有する極めて稀な材料であり、高機能あるいは高性能材料として期待される。また「架橋は不可能」とされてきたPTFEが架橋することが明らかとなり別のアプローチによるフッ素樹脂の架橋が他の研究者によっても進められている。過去の概念が覆りパーフルオロ樹脂への架橋構造付与の可能性が広がっている。 研究の目的と意義 不可能とされてきたPTFEの放射線架橋が達成されたことの意義は大きい。過去の研究報告を見直し、そしてまた重要視されていなかった事象に新しい可能性を見出すに至った。本研究は第3章および第4章においては今までにないアプローチから新しい架橋構造を有するフッ素樹脂を創出する。第5章においては架橋PTFEを応用利用する上で、把握すべき材料特性の中で、基本的かつ重要である耐熱性を明らかにする。第6章においては、架橋PTFEの優れた耐摩耗性が発揮され、応用利用できる可能性が高いコーティングに着目し、その特性を明らかにする。 第3章TFEモノマーの低温固相重合による架橋PTFEの生成 3-1目的 TFE(テトラフルオロエチレン)を低温固相状態で放射線照射してTFEから直接架橋構造を有したPTFEを生成させる。 3-2実験方法 ガラスアンプルに入れたTFEを液体窒素で凍結し、10-2Paまで真空脱気して溶封した。その後、γ線により室温、-78℃および一196℃(液体窒素)の温度でそれぞれ照射した。得られた生成物について状態観察、光学特性分析、熱特性分析および構造解析を行った。 3-3結果および考察 収率および状態観察:-196℃においては700kGyの照射でも収率は2.0%に過ぎず、線量に対して飽和した。また得られたPTFE粉体の平均粒径は1~10μm程度であった。 熱特性:-196℃で照射すると線量の増加に伴い、結晶融解温度および結晶融解熱量が低下した。線量を高めるに従い結晶サイズが低下し、PTFEが低結晶化したことが示された。 光学特性:-196℃で重合したPTFEは、市販PTFEよりも高い透過性を有する。熱特性の場合と同様に、-196℃で重合したPTFEは結晶サイズの低下、低結晶化の進行が示唆された。 19FNMRによる構造解析:市販のPTFEにおいては一CF2-CF2-CF2一帰属される一122ppmが唯一のピークであるのに対して、-196℃で重合したPTFEには複数の新しいピークが発現した。特に一184ppm、-109ppm、は3級炭素の存在を示すシグナルが観測され、Y字型の架橋構造が形成されていることが明らかとなった。また架橋点の生成G値は2.9と求められた。またその反応メカニズムは通常のラジカル反応だけではなくトンネル反応など特別な反応機構が合わさっているものと考えられる。 2-4結論 TFEを一196℃の固相状態で放射線照射すると収率は約2%で飽和し、19FNMR分析によりY字型架橋構造(ブランチング)が形成されていることを明らかにした。またその生成G値は2.9と見積もられた。熱特性解析および光学特性解析より一196℃の固相状態で照射して得られたPTFEは、線量の増加に伴い低結晶化が進行していることが示唆された。 第4章アセトン溶媒中照射によるアモルファスPTFEの生成 4-1目的 アセトン溶媒中でTFEを一78℃で照射することにより新規な架橋構造を有するフッ素樹脂を生成させる。 4-2実験方法 ガラスアンプルにアセトンおよびTFE(10vol%)を導入した後、ガラスアンプルを溶封した。次に-78℃および室温においてγ線を照射した。照射後、重合生成物をアセトンで十分洗浄し、乾燥した後に重量を測定した。最終的に得られた円FEについて状態観察、光学特性分析、熱特性分析、構造解析および摩擦摩耗試験を行った。 4-3結果および考察 収率および状態観察:-78℃においてアセトン溶媒中でTFEをガンマ線照射すると、僅か1.25kGyの極めて低い線量においてもゲル化が見られ、4kGyの照射において収率はほぼ100%に達した。また得られたPTFEの平均粒径は0.2μm程度であった。 熱特性:-78℃で照射すると線量の増加に伴い、結晶融解温度および結晶融解熱量が低下した。線量を高めるに従い結晶サイズが低下し、PTFEが低結晶化したことが示された。 光学特性:-78℃で重合したPTFEは、市販PTFEよりも高い透過性を有する。熱特性同様に、-78℃で重合したPTFEは結晶サイズの低下、低結晶化の進行が示唆された。 (19)FNMRによる構造解析:-78℃で重合したPTFEには市販のPTFEには見られない一130ppmおよび一138ppmのシグナルが出現した。これはエーテル結合を含む構造に起因するもので、酸素原子を介したY字型架橋構造(ブランチング)が形成されていることが明らかになった。 摩擦摩耗特性:-78℃で重合したPTFEの実用的な特性評価をピンオンディスク型の摩擦摩耗試験により行った。ピン摩耗量は極めて小さく(市販の低分子量PTFEの1/10以下)、無機系の固体潤滑剤である二硫化モリブデンに迫る特性を示し、得られたPTFEの優れた摩擦摩耗特性が明らかになった。 4-4結論 アセトン中でTFEを重合させると約4kGyの照射で収率は100%に達した。熱特性解析および光学特性解析より、得られたPTFEの低結晶化が示された。酸素原子を介したY字型架橋構造を有した新規なフッ素樹脂が生成することを明らかにした。また得られたPTFEが優れた潤滑特性を有していることを明かにした。 第5章架橋PTFEの耐熱性 5-1目的 架橋PTFEを応用利用する上で基礎的かつ重要な特性である耐熱性を調べ、十分な耐熱性を有していることを明らかにする。 5-2実験方法 低エネルギー電子線照射装置により100kGy架橋PTFEを作製した。未架橋と架橋PTFEを空気中において種々の温度で加熱して機械的特性、熱特性、構造変化を調べた。 5-3結果および考察 機械的特性:種々の温度において空気中で加熱処理した未架橋と架橋PTFEの引張破断伸びの変化を調べた。架橋PTFEは未架橋よりも加熱劣化を受け易い結果となった。さらにこの試験結果から引張破断伸びが初期値の1/2になる時間のアレニウスプロットから、架橋PTFEの劣化の活性化エネルギーはEニ286kl/molと求まった。 熱特性:わずかながらではあるが架橋PTFEは未架橋PTFEよりも結晶化熱量がより多く増加する結果となった。分子鎖の切断が生じ、結晶化が進んだことを反映している。 FTIR分析:空気中において350℃で1h加熱すると、架橋PTFEにはCOFに帰属される新しい吸収が1890cm(-1)に発現した。未架橋PTFEでは同条件でも吸収は発現しない。 (19)FNMRによる構造解析:350℃で加熱した場合、未架橋PTFEに比べて架橋PTFEはCF3の数が減少した。熱による分解・切断時にCF3分岐が外れているものと考えられる。 5-5結論 架橋PTFEには架橋処理時に切断を受けやすいCF3側鎖もまた形成されており、このCF3側鎖が外れることにより熱劣化を起こすものと考えられる。CF3側鎖が外れて生成したラジカルは空気中の酸素と反応し、その後、べ一タ切断を起こして材料の劣化を引き起こすと考えられる。しかしながらPTFEの連続使用温度である260℃における寿命予測を活性化エネルギーから求めると約11年であり、十分な耐熱性を有していることが明らかになった。 第6章架橋フッ素樹脂のコーティング利用 6-1目的 既存のフッ素樹脂コーティングを架橋処理することにより、優れた特性が発現することを明らかにする。 6-2実験方法 種々のプライマー(下地処理塗料)塗布した上にPTFEあるいはPFA系の塗料をトップコート(表層塗料)として塗布した。その後、低エネルギー電子線加速器により340℃、窒素ガス中において架橋処理を行った。架橋処理後に各コーティング膜の接触角測定、描画試験、碁盤目試験、鉛筆硬度試験、剥離試験、摩擦摩耗試験を行い、コーティング層の評価を行った。 6-3結果および考察 接触角は架橋の前後により大きな変化は見られず、描画試験および碁盤目試験においても架橋による有意な効果は確認されなかった。鉛筆硬度試験では架橋処理により硬度の低下が見られた。硬度の低下は、架橋構造の形成により結晶性が低下するためと考えられる。また接着強度測定試験においては、PFA系塗料を架橋処理した試料において未架橋よりも約30%の向上が見られた。ピンオンディスク型摩擦摩耗試験においては、架橋処理により動摩擦係数の低下し、摩耗痕の幅および深さが低減された。 6-4結論 密着性の向上は放射線照射によってコーティング層と基材界面の相互作用が高まったためと考えられる。また架橋処理により優れた耐摩耗性が発現することを明らかになった。耐摩耗性の向上は、架橋により3次元構造が形成され分子鎖の繋がりが強固になったことと低結晶化が進行して結晶バンドが小さくなったことに起因すると考えられる。フッ素樹脂子コーティングの長年の課題を、放射線による架橋処理で解決できる可能性がある。 | |
審査要旨 | ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)は化学的、電気的に他の高分子にはない魅力的な特性を持ち、広く使用されてきており、永年にわたり化学架橋あるいは放射線架橋のいずれよってもPTFEの架橋は不可能とされてきた。事実、PTFEは典型的な放射線分解型の高分子に分類されている。近年になり、極端な条件下、酸素不在下でPTFEを溶融状態で放射線照射することにより、Y字型の架橋構造を有する架橋体を形成することが発見され、新しい利用が始まっている。本研究では、更に一歩進めて、PTFEの架橋体を、PTFEを経ずにモノマー(テトラフルオロエチレン: TFE)から直接生成する手法を開発し、架橋体の実用化重要項目のうち、熱特性とコーティング特性を選択し、実験的に検討したものである。 論文は七章からなり、第一章ではフッ素系樹脂の特徴と放射線重合、放射線架橋について概観しており、第二章で、上に述べた本研究の目的を設定している。 第三章ではTFEを液体窒素温度の低温固相状態で放射線照射してTFEから700kGyの照射でも収率は2.0%に過ぎないが、平均粒径1~10μm程度のPTFE粉体が得られる。線量の増加に伴い、結晶融解温度および結晶融解熱量が低下し、線量を高めるに従いPTFEが低結晶化することを述べている。粉体をシート成形して光学吸収を測定した結果、市販PTFEよりも高い透過性を有し架橋体に共通する特性を示すことがわかった。さらに、架橋を確認するために、19F NMRによる構造解析を実施し、低温固相で重合したPTFEには複数の新しいピークの発現を確認している。新ピークは3級炭素の存在を示し、Y字型の架橋構造が形成されていることを明らかにしている。しかし、架橋機構については明確にできず、今後の課題となったことを述べている。 第四章ではアセトン溶媒中でTFEを-78℃で照射することにより新規な架橋構造を有するフッ素樹脂を生成することに成功したことを述べている。ガラスアンプルにアセトンおよびTFE(10vol%)を導入した後、ガラスアンプルに溶封した。次に-78℃および室温においてγ線を照射した。僅か1.25kGyの極めて低い線量においてもゲル化が見られ、4kGyの照射において収率はほぼ100%に達した。また得られたPTFEの平均粒径は0.2μm程度であった。光学吸収特定、熱分析から架橋体の形成が予想され、19F NMRによる構造解析を実施した。ところが、重合したPTFE には架橋PTFEには見られないピークが出現した。これはエーテル結合を含む構造に起因し、酸素原子を介したY字型架橋構造が形成されていることを明らかにしている。重合したPTFEの実用的な特性評価をピンオンディスク型の摩擦摩耗試験により行い、得られたPTFEの優れた摩擦摩耗特性が明らかになり、潤滑剤として高い性能を有し、実用材料として期待できることが述べられている。 第五章では架橋PTFEを応用利用する上で基礎的かつ重要な特性である耐熱性を評価した結果を述べている。未架橋と架橋PTFEを空気中において種々の温度で加熱して機械的特性、熱特性、構造変化を調べた。架橋PTFEは未架橋PTFEよりも加熱劣化を受け易いが、260℃における寿命を予測すると約11年であり、十分な耐熱性を有していることを明らかにしている。空気中において350℃で一時間加熱すると、架橋PTFEにはCOFに帰属される新しい吸収が発現した。さらに、未架橋PTFEに比べて架橋PTFEはCF3の数が減少することから、熱による分解・切断時にCF3分岐が外れているものと考えられ、生成したラジカルは空気中の酸素と反応し、その後、ベータ切断を起こし材料劣化を引き起こすと考えている。 第六章では架橋フッ素樹脂のコーティング利用を想定し、既存のフッ素樹脂コーティングを架橋処理することにより、優れた特性が発現するかどうかを検討した結果を述べている。種々のプライマー(下地処理塗料)塗布した上にPTFEあるいはPFA系の塗料をトップコート(表層塗料)として塗布し、架橋処理を行った各コーティング膜を各種実用試験、接触角測定、描画試験、碁盤目試験、鉛筆硬度試験、剥離試験、摩擦摩耗試験を行い、コーティング層の評価を行った。接触角は架橋の前後に大きな変化は見られず、描画試験および碁盤目試験においても架橋による有意な効果は確認されなかった。鉛筆硬度試験では架橋処理により硬度の低下が見られた。接着強度測定試験においては、PFA系塗料を架橋処理した試料においては未架橋よりも約30%の向上が見られた。ピンオンディスク型摩擦摩耗試験では、架橋処理により動摩擦係数の低下し、摩耗痕の幅および深さが低減された。フッ素樹脂コーティングの長年の課題を、放射線による架橋処理で解決できる可能性があることを述べている。 第七章では本研究で得られた成果を総括している。 以上、本研究ではPTFEの架橋体を放射線照射によりPTFEを経ずにモノマーから直接生成する手法を開発し、さらに架橋体の実用化で重要と思われる熱特性とコーティング特性について検討したものであり、放射線・量子ビーム利用分野への寄与は大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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