学位論文要旨



No 123532
著者(漢字) 二河,久子
著者(英字)
著者(カナ) ニコウ,ヒサコ
標題(和) 新しい電極構造を有するマルチグリッド型マイクロストリップガス比例計数管の研究
標題(洋) Study on Multi-grid-type MicroStrip Gas Chamber with Novel Electrode Structure
報告番号 123532
報告番号 甲23532
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6848号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 准教授 出町,和之
 東京大学 准教授 長谷川,秀一
 東京大学 准教授 松崎,浩之
内容要旨 要旨を表示する

マイクロパターンガス検出器( MicroPattern Gas Detector; MPGD)は、微細加工技術を活用して電極構造を製作することで、高い位置分解能と高計数率特性を実現する新世代のガス比例計数管である。

従来のガス比例計数管はワイヤを用いたもので、1960年代にG.Charpakによって開発されたマルチワイヤ比例計数管(Multi Wire Proportional Chamber; MWPC)が一般的なものとして広く利用されてきている。MWPCは細いワイヤ(~20μm)を平行に多数本配置し、ワイヤに高電圧を印加して、ワイヤ近傍での電子雪崩を利用した検出器である。しかしながら、ワイヤを用いるために位置分解能、計数率、量産性などに限界がある。これを克服するために1988年にILL(ラウエ・ランジュバン研究所)のA.Oedにより、薄いガラス基板上にフォトリソグラフィー技術を利用して幅数十μmのアノードと、数百μm幅のカソード電極を交互に数百μmピッチで配置したマイクロストリップガス比例計数管(MicroStrip Gas Chamber; MSGC)が開発された。これが、MPGDの始まりである。MSGCはその狭い電極間隔により、数百μmの高い位置分解能を達成し、さらにはMWPCの1000倍以上の高計数率下での動作を実現した。このような優れた特性を持つMSGCであるが、大きな問題が二つあった。一つは、アノード電極とカソード電極の間隔が狭いために放電が起こりやすいことである。もう一つは、ガラス基板表面に電荷が蓄積するために空間電荷効果によって時間的に利得が変化することである。これらを解決する際には、次の2つの要素:

・ 適切な電場を形成すること

・ 放電のトリガーとなる要因を取り除くこと

が重要となる。そして、この要素を決定するパラメータとなるのが、ガス検出器の電極構造である。我々は、あらたな複数の電極を挿入して、適切な電場を形成し、高いガス増幅率を実現するマルチグリッド型MSGC(Multi-grid-type MSGC; M-MSGC)を開発し、先に述べたMSGCの二つの問題点を克服した。

近年、多くのMPGD研究では、主にガス増幅率の増大を目指した検出器システムの研究が盛んである。より高い位置分解能の達成に向けては個別読み出し型のエレクトロニクスに依存する傾向がある。しかしながら、リソグラフィー技術の進歩によって、数百nmのスケールで電極パターンをデザインすることが可能となり、新たな可能性の追求により検出器性能の向上が期待できる。本研究ではMSGCの電極構造を工夫することで、より高い位置分解の達成を目指した研究を行った。具体的には、新たな電極構造を有する三種類の検出器プレートの研究を行った。

1)大面積化を狙った一次元長尺型M-MSGCの開発

2)ファインピッチあるいはナノストリップ構造をもつM-MSGCの開発

3)ITOを電極に用いたM-MSGCによる可視光の検出

以下、この3主題について述べる。

1)大面積化を狙った一次元長尺型M-MSGCの研究

現在、建設が進められているJ-PARCなどの新たな大強度放射線源でのM-MSGCの利用を目指し、検出器の開発を進めた。本検出器の導入を狙う中性子小角散乱装置では、600mm以上の長さを持つ一次元位置検出が必要とされ、300kHz以上の高い計数率、最高1mm程度までの位置分解能といった性能が要求されている。そこで、本研究では大面積化の実現に向け、初期段階の開発として、640mm長の一次元M-MSGCプレートを試作した。さらに、より高い位置分解能を達成するために、新たにGlobal-Local Grouping法(GLG法)を適用した。試作プレートでX線及び中性子照射実験を行った結果、プレートデザインの設計見直しや信号読み出しの改善を経て、要求される仕様を満たすプロトタイプ検出器が実現できた。

GLG法の原理

GLG法では、意図的に、得られるパルス信号を大きさの等しい二つの信号に分割し、それぞれを独立に測定する。アノード電極近傍で生じた電子雪崩によって生じる正の電荷は二分され、アノードを挟み両サイドに位置するカソード電極で吸収される。二分された電荷の一方は大きなセクションに分割した電極に収集され、大局的(グローバル)な位置情報を与える。他方は細かく分割した電極に収集され、局所的(ローカル)な位置情報を与える。グローバルとローカルのカソード電極に到来するイベントのコインシデンスをとって位置情報を得る。

本研究では、電荷分割法で読み出す一次元検出器へGLG法を応用した。従来の電荷分割法では、大面積化に伴って読み出す抵抗線が長くなるために位置分解能が低くなる。ガス増幅度を抑えて、かつ高い位置分解能を達成するには、電荷分割法にGLG法を応用することが有力な手段となる。

本検出器を、日本原子力研究開発機構(JAEA)、JRR-3のビームライン(NOP)において、波長8Åの中性子ビームを直径1mmにコリメートして照射した。3He (0.5 atm) + CF4 (2.5 atm)のガスを封入し、ガス増幅率110の条件で、グローバルで位置分解能は16.6mm(FWHM)、ローカルで2.26mm(FWHM)と求まった。これらの値は、現在広く用いられている全長500mm程度の円筒型He-3ガス比例計数管(位置分解能が5mm程度)の性能を上回るものである。本検出器はJ-PARC中性子小角散乱装置で要求される仕様を満たし、装置へ導入が検討される検出器の候補に上がっている。

2)ファインピッチあるいはナノストリップ構造をもつM-MSGCの開発

従来のMSGCでは電極ピッチは数百μmであったが、高い空間分解能を実現する上では制約となる。そこで、世界で最小となる50μmピッチあるいは30μmピッチを持つMSGCの実現を考えた。50μmピッチ以下のファインピッチにおいては、これまでのMSGCで標準とされた数十μmのアノード幅を、ナノストリップにする必要がある。本研究では、この検出器をNSGC (NanoStrip Gas Chamber)と呼ぶことにする。NSGCでは、最新のフォトリソグラフィー技術によってアノードの線幅を500nmで描画することに成功した。NSGCは、ガス中における荷電粒子の飛程よりもはるかに小さなピッチを実現したことによって、高計数率下での動作の可能性だけでなく、高位置分解能、単一粒子の飛跡解析などの可能性をも持つ。

このNSGCを、従来のM-MSGCと同様の実験セットアップ(Ar:CH4=7:3)に組み込み、放射光施設で実験を行ったところ、図1に示すように8keVのX線に対して22%のエネルギー分解能を達成した。さらに、NSGCの50μmという電極のピッチを位置分解能の向上につなげるため、カソードストリップから電荷積分型アンプを用いて個別に信号を読み出すことを試みた。電荷積分型アンプはパルス情報は失ってしまうものの、外部からクロックで積分時間を調整することができ、広い計数率範囲での動作を可能とする。また、50μmという細かなピッチにおいては、電極構造によって位置分解能が決まるので、出力信号は、いずれのストリップ電極が反応したかが分かればよい。NSGCと電荷積分型アンプを組み合わせたX線照射実験を行った。50μmのピッチに対して十分に絞り込んだビームを照射することができず、50μmの位置分解能を達成することはできなかったが、カソードからの1本1本の信号を電荷積分型アンプからが正常に読み出すことに成功した。

3)ITOを電極に用いたM-MSGCによる可視光の検出

可視光に透明なITO(酸化インジウムスズ)を電極に用い、M-MSGCを製作した。検出器に封入するガスにCF4などのクエンチングガスを用いれば、荷電粒子との反応によって可視光が放出される。これを、透明な電極を持ったM-MSGC越しにCCDあるいはPMTで観測することを目指し、本研究でプレートの基礎開発を行った結果、ITO M-MSGCが従来のM-MSGCと同様に動作し、ガス増幅率~2000程度の充分な電荷増幅率があることを確認した。

以上、本研究では、新たな電極構造を有するマイクロストリップガス比例計数管の研究を行い、これまでに見過ごされていた新たな二段階電荷分割法の実現により高分解能検出器が実現できること、また数百nm幅のアノードストリップを用いることで、30μmピッチまでの高分解能検出器が実現できること、さらに透明電極などの利用で光信号読み出しによるラジオグラフィへの応用可能性など、高分解能気体検出器として、従来のマイクロパターンガス検出器とは一線を画する新たな可能性が拓かれることを示すことができた。

図1 50 μmピッチNSGCのアノードから得られたスペクトル。エネルギー分解能は22 %(FWHM)を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章から構成される。

第1章は序論であり、ガス比例計数管の特性を述べた後、多線式比例計数管(MWPC)の問題点の指摘とこれを置き換える性能を有するマイクロストリップガス比例計数管(MSGC)に代表されるマイクロパターンガス検出器(MPGD)の現状を紹介している。その後、東京大学において開発されたマルチグリッド型MSGC(M-MSGC)の特徴を生かすことを本研究の目的として掲げ、長尺の1次元検出器、ファインピッチMSGC、ITOを用いたMSGC、の3つのアプローチにより異なる応用分野へ向けて目的を達成しようとする本研究の概要が示されている。

第2章は、M-MSGCの研究の基礎となる気体放射線検出器の原理について述べられており、電子雪崩増倍の原理やX線計測・中性子計測のそれぞれに適した気体の選択などが述べられている。

第3章は、MSGCの紹介からはじめ、代表的なMPGDの特性をレビューし、これらの性能比較を試みている。

第4章は、本研究の主題であるM-MSGCの電極構造を従来のMSGCと比較し、信号読み出し法、実現可能な電極ピッチ等の詳細について議論を行い、ナノストリップという高分解能MSGCの新しい可能性を提示している。

第5章では、M-MSGCのJPARCへの利用を目標として開発した、一次元の長尺型M-MSGCの動作原理と新しい電極構造を用いたグローバル・ローカル信号読み出し法について解説し、X線を用いた試験結果と中性子線を用いた試験結果を示している。特に、中性子線を用いた特性試験において、グローバル信号とローカル信号の間に見られる相関を見出し、信号読み出しにおいて、グローバル信号とローカル信号の和が一定になる線を基準としてデータ処理を行うことの必要性について詳しく解析し、測定結果の位置分解能が2.26mm(FWHM)まで改善され、実際に従来の比例計数管よりも高い値が得られることを示している。

第6章はぐナノストリップガスカウンタ(NSGC)の開発についてまとめた章であり、高分解能のガスカウンタの新たな可能性について低電圧動作や高計数率特性の観点から議論をしている。まず80umピッチのM-MSGCで十分なガス増幅度とエネルギー分解能が得られることを示した後、アノード幅0.8μm、アノードピッチ50μmという世界最小ピッチのNSGCの試作とその特性評価について示し、本検出器を積分モードで動作させ、大型放射光施設SPring-8における特性試験の結果について示し、10(10)cpslmm2までの高計数率で動作が期待されることを示している。

第7章は、M-MSGCの電極材料に新たに透明電極であるITOを利用することを新たに考案し、試作したITOM-MSGCの基本特性とその有効性について議論をしている。ITOの電気特性などを紹介した後、試作したプレートのガス増幅特性、電荷ゲインなどの基礎データを計測した結果を示している。更に、CF4ガス中で本プレートを動作させ、光電子増倍管でCF4の発光を測定することにより、十分高いエネルギー分解能でFe-55により放出される5.9keVのX線のエネルギー測定が可能なことまでを示している。

第8章は結論であり、本研究により得られた新しい電極構造を有するM-MSGCの今後の可能性を展望している。

以上のように、本研究では、最新のマイクロパターン型放射線検出器である、M-MSGCの新たな可能性を求めて、新しい電極構造を有するM-MSGCの試作と性能評価を実施し、その結果、一次元長尺の中性子検出器では2.26mmの位置分解能が達成され、ナノストリップガスカウンタでは世界最小の50μmピッチNSGCを開発し、最後にITO透明電極を用いて光読み出しの可能な新しいM-MSGCの電極構造を示している。

以上により本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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