学位論文要旨



No 123533
著者(漢字) 朴,錫強
著者(英字)
著者(カナ) パク,ソクカン
標題(和) 機能的アプローチによる韓国金融システムの構造分析
標題(洋) Structural Analyses on Korea’s Financial Systems by the Functional Approach
報告番号 123533
報告番号 甲23533
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第6849号
研究科 工学系研究科
専攻 技術経営戦略学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 武田,史子
 東京大学 教授 松島,克守
 東京大学 教授 元橋,一之
 東京大学 教授 末廣,昭
 東京大学 准教授 武市,祥司
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、「機能的アプローチによる韓国金融システムの構造分析」と題し、4章から成る。金融システムや金融メカニズムのあり方と経済構造との関係を理論・事例分析することによって、現代的な金融の機能とその展開を考察したものである。金融の古典的な機能は、決済を行い、流動性を提供し、家計部門の貯蓄超過を企業部門に仲介することである。この機能は引き続き重要であるが、より現代的には、そうした機能と並行的に、広い意味での投資に関わるリスクを移転、分散、あるいは、取引するためにサービスやツールを提供することが重要視されるにいたっている。

世界経済においては、80年代からの金融自由化、国際化の進展、87年の株式市場における大暴落、旧社会主義経済圏をはじめとする市場経済化の進展、日本などの先進諸国における資産価格の高騰とその崩壊、90年代後半のアジア通貨危機など、数々の実物面、金融面でショックに見舞われている。こうした流れは、いずれ経済主体の意思決定に係る不確実性を高め、市場リスクをはじめとするリスクへの効率的な対応を不可欠の課題としている。また、産業構造の展開を展望しても、従来の発展パターンを比較すると、今後成長が見込まれる新産業の特性なのには多くの不確実性がともなっている。進行中のIT革命によって産業構造が大きく変わる可能性も考えられる。

こうした状況での金融システムの機能・役割を把握し、評価するため、第1章においては、金融に対する機能的アプローチにしたがい、金融システムとガバナンス・システムの現代的な展開を統一的に捉えようとする機能的アプローチの立場から、金融が提供するサービスや役割をそれぞれが経済活動に対して果たす機能という視点から位値付け直し、現実の制度を考察する視角と分析枠組みを明確にした。現代社会では、情報通信技術の発展を一つの背景として、金融サービスや取引の分野でも、伝統的な制度の枠組みにとらわれない形態での展開が見られる。特に、経済活動に伴う様々な市場・信用リスクの問題に対処するために発展してきた金融取引の分野は著しく、これらを含め、リスクの再配分を効果的に行なう新たな仕組みや商品・サービスの登場は、広く「金融革新」として捉えられている。こうした新しい金融商品・サービスの分析は、その提供者も一定の業態に限られないという意味で伝統的な銀行論や証券市場論ではカバーしきれない側面をもっており、機能的なアプローチの視点がとりわけ重要となる。

各国の現実の金融システムは、歴史的発展の経緯もあり、銀行中心型システム、あるいは市場中心型システムとしてそれぞれ特色あるシステムとなっている。これらのシステムは相互に排他的に関係にあるのではなく、相互に作用しているようにも見える。しかし、その機能の果たした方が異なるために、より高い機能を発揮すると考えられる経済条件や経済環境、企業組織の前提が異なる面もあろう。したがって、実体経済、企業の構造や仕組みが変化すれば、その条件のもとで効率的に機能できる金融システムの在り方が、時代とともに変化することも考える。

第2章においては、こうした視点に留意しつつ、情報の外部効果に基づいて、銀行産業の構造が経済厚生に与える影響について理論分析を行なった。第2章を通じて、銀行の大型化など独占的銀行システムの銀行構造が経済成果を高めると考えた。金融システムにおいて、独占的銀行システムが競争的銀行システムよりも高い経済成果を得る要因は、企業の信用を厳密に調査する関係指向型の経営活動による配分の効率性が高いことや、ただ乗りなどの危険がなく、スクリーニング技術への効率的な投資が可能であることが明らかになった。従って、情報通信技術と金融市場、金融システムが進化し、情報の外部効果が高い場合、独占的銀行システムの比較優位が高くなる。

各国の所与の経済システムや金融システムのもとでIT金融インフラが発達すると、銀行は企業の信用情報を安価に得られるようになる。したがって、金融機関間の顧客情報を相互共有することが可能となる。これは情報の外部効果が高くなることを意味する。このような環境の下では、競争的銀行システムの場合は、ただ乗りの欲求が強化され、銀行は企業に対して信用分析をしないまま貸し出しを行うようになり、金融危機が拡大すると考えられる。本章の結論は、先進国や発展途上国で行われるM&Aを抑制する規制(Anti-M&A)の緩和、もしくは、M&Aの活性化と金融機関の大型化などの妥当性に対する理論的な根拠を提示したものである。本章の貢献では、銀行構造が経済成果に与える効果の分析を通じて、情報の外部効果、生産関数の資本集約度を考察し、金融市場の発展程度などをモデルしたことを目的とした。

第3章においては、資本市場に情報の非対称性とソフトな予算制約を取り入れたDewatripont and Maskin [1995] のモデルを拡張し、起業家を交代させることで、poor projectが実現しないようなメカニズムを考察した。そして、資金制約が存在するケースの下で新たな貸し手がプロジェクトを低いコストで引き継ぐことが可能で、すべての交渉力を持ち、貸し手にも移転不可能な利得が発生するという状況において、Dewatripont and Maskin [1995] のケースよりも効率的な均衡が得られることが示された。資金制約が存在する下では、poor projectの起業家が交代させられるため、プロジェクトが提案されないのに加え、long term projectは新たな経営者の下で実現される。これに対し、資金制約が存在しないでは、poor projectが実現され、ソフトな予算制約の問題が発生することが示された。また、その結果として、分権化の方が効率的である条件も示した。このような分権化の効率性に加えて、Dewatripont and Maskin [1995] の設定では、実現されないとされた長期的に収益の上がるプロジェクトについても、条件次第で、実現されるメカニズムを示したことが本章の特徴である。

最後に、本章の仮定の妥当性について議論する。ここでの主張は、アイデアの価値が重要なケースで、分権化が望ましいことを示している。すなわち、アイデアの価値が非常に大きく、そうしたアイデア自体が希少にしか存在しない場合、good ideaを持っていないにも拘わらず、持っているふりをして利得を得る悪質な起業家を除くメカニズムとして、分権化が有効であると考えられる。そうしたケースは、研究開発やベンチャー企業の育成といった状況でもあてはまると考えられる。実際に、分権化が貸し手の意志で達成するようなインセンティブがあり、貸し手自身が自発的に分権化を選択しようとするような状況も存在する。

本章は、資金に余裕のある大銀行と独立系のベンチャー・キャピタル等の資金制約に直面する規模の小さい企業との対比という、金融機関の規模の大小といった問題の考察ツールを提供している。実際、韓国の銀行の不良債権問題や、銀行などの大企業系列のベンチャー・キャピタルが現実に行き詰まっている背景を、本章の結論から説明できる。

第4章においては、韓国企業と金融システムの仕組みについて検証を行なった。韓国の企業は、経営者を規律づける内部と外部のガバナンス構造が発達していないので、経営者のエージェンシー問題が大きいといわれている。そして、韓国の企業金融は資本市場の比重が低く、銀行への依存度が高いという特徴を持っている。本章は、金融システムの機能、企業と金融の関連性、特に、企業部門と金融部門の因果関係を分析したものである。このような企業金融関係を次のように発展させた。第1に、企業経営者の資金調達選択を、金融システムの選択という視点で銀行と市場の選択問題として捉えた。第2に、経営者のエージェンシー問題が資金調達選択に及ぼす影響を見るため、エージェンシー・コストを経営者の私的な議決権プレミアムから測定した。第3に、その経営者の議決権プレミアムが、韓国金融の銀行依存、つまり資本市場発達の遅れを説明する有意な変数であるかどうかを検証した。本章の分析結果は次のとおりである。

第1に、銀行中心型システムと市場中心型システムの共存を説明するためには、レモン・プレミアムによる資本市場の失敗ではなく、経営者に対する規律効果、情報ループなどの資本市場中心の金融システムの肯定な機能を考慮すべきである。株式と負債という伝統的な資金調達理論では、過度な負債による期待破綻コストを通じて株式発行を正当化しているが、本章では、金融仲介機関と資本市場の区分によって、企業金融と金融システムを分析した。そのメカニズムで資本市場の積極的な機能、役割(価格の情報機能、金融契約による経営者の交代確率)を検討した。このような資本市場の機能は、経営者の資産代替のモラル・ハザードを緩和し、資源配分の効率性を高める点で、銀行の機能とは異なる企業ガバナンス・システムの手段とみなすことができる。

第2に、銀行システムと資本市場の情報経済学、組織論の枠組みを取り入れたモデルで分析した結果、金融システムの内生的な形成過程における企業の議決権プレミアムが、重要な変数であるということが確認された。したがって、支配株主経営者の議決権プレミアムを低くするためには、ガバナンス・システムの改善、企業の効率性など健全な金融システムの安定性を確保する金融システムが重要である。

第3に、本章の理論的な貢献として、金融システムの内生的形成と進化をモデル化した過程で、企業価値に議決権プレミアムを明示的に考慮することで、既存の研究よりも銀行理論と資本市場の議論を包括するモデルを提示したことである。議決権プレミアムを定義し、議決権プレミアムの規模を測定することで、新たな精度の導入による経営者の交代確率の変化が議決権プレミアムに与える影響を、機能的な収斂と形態上の収斂に分けて分析したものである。その結果、経営者の交代確率の増加が議決権プレミアムに与える影響を分析した。

第4に、金融危機の原因をコーポレート・ガバナンスの視点から捉えると、韓国企業組織の非効率性の程度(経営者の機会主義行動、エージェンシー・コストの大きさなど)に対する実証研究がなされてない状況の下で、本章は市場価格で評価できる企業の私的便益を測定することによって、企業組織の効率性の程度を検証したことに意義がある。

審査要旨 要旨を表示する

現代社会では、情報通信技術の発展を一つの背景として、金融サービスや取引の分野でも、伝統的な制度の枠組みにとらわれない形態での展開が見られる。特に、経済活動に伴う様々な市場・信用リスクの問題に対処するために発展してきた金融取引の分野は著しい。新しい金融商品・サービスの分析は、その提供者も一定の業態に限られないという意味で、伝統的な銀行論や証券市場論ではカバーしきれない側面をもっており、機能的なアプローチの視点がとりわけ重要となる。本論文は、金融システムとガバナンス・システムの現代的な展開を統一的に捉えようとする機能的アプローチの立場から、金融が提供するサービスや役割をそれぞれが経済活動に対して果たす機能という視点から位値付け直し、現実の制度を考察する視角と分析枠組みを明確にした。

本論文は全5章から構成されている。第1章では、金融システムの機能的アプローチとコーポレート・ガバナンスとの関係全般について説明するとともに、本研究の背景と意義について述べている。

第2章では、情報の外部効果に基づいて、銀行産業の構造が経済厚生に与える影響について理論分析を提示している。モデル分析を通じて、銀行の大型化など独占的銀行システムの銀行構造が経済成果を高める可能性を示した。金融システムにおいて、独占的銀行システムが競争的銀行システムよりも高い経済成果を得る要因は、企業の信用を厳密に調査する関係指向型経営活動による配分の効率性が高いことや、ただ乗りなどの危険がなく、スクリーニング技術への効率的な投資が可能であることによる。したがって、情報通信技術と金融市場、金融システムが進化し、情報の外部効果が高い場合、独占的銀行システムの比較優位が高くなる。本章における分析は、既存モデルにより現実的な仮定を加えることにより、競争的な銀行システムよりも独占的な銀行システムが優位になるという、既存研究にはない結論を導き出したことで、高く評価できる。

第3章では、資本市場に情報の非対称性とソフトな予算制約を取り入れたモデルを提示した。資本市場では、起業家のプロジェクトに資金を融資する際に、起業家がプロジェクトの質を十分把握しているのに対し、貸し手には当初プロジェクトに関する情報が十分ではなく、プロジェクトが実施されてはじめて、そのプロジェクトを知ることができる。貸し手に企業との長期的関係に基づく移転不可能な便益(利得)が発生し、貸し手が全ての交渉力を得るという前提の下では、余裕資金があるほうがむしろ、起業家を交代させることが事後的に難しくなり、結果、悪いプロジェクトが実現するという問題が発生する。逆に、資金が多くの投資家に分散され、個々の起業家が資金制約に直面している場合、起業家を交代させる誘因が高まり、プロジェクトの投資収益が高まることになる。この章は、資金に余裕のある大銀行と独立系のベンチャー・キャピタル等の資金制約に直面する規模の小さい企業との対比という、金融機関の規模の大小といった問題の考察ツールを提供している。

第4章では、韓国企業と金融システムの仕組みについて検証を行なった。第1に、企業経営者の資金調達選択を、金融システムの選択という視点で銀行と市場の選択問題として捉えた。第2に、経営者のエージェンシー問題が資金調達選択に及ぼす影響を見るため、エージェンシー・コストを経営者の私的な議決権プレミアムから測定した。伝統的な金融理論とは異なり、企業価値に議決権プレミアムを明示的に考慮することで、既存の研究よりも銀行理論と資本市場の議論を包括するモデルを提示した。さらに、議決権プレミアムの規模を測定することで、新たな制度の導入による経営者の交代確率の変化が議決権プレミアムに与える影響を、機能的な収斂と形態上の収斂に分けて分析した。その結果、経営者の交代確率の増加が議決権プレミアムに与える影響を分析した。第3に、その経営者の議決権プレミアムが、韓国における金融の銀行依存、つまり資本市場発達の遅れを説明する有意な変数であるかどうかを検証した。本章における貢献は、韓国の議決権プレミアムを初めて実証的に計測したという点にある。研究上の貢献は評価できる。

第5章は結論として、本研究で得られた結果や知見を整理し、金融システムの機能的アプローチと構造分析に関する今後の展望と課題を述べている。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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