学位論文要旨



No 123538
著者(漢字) 藤本,優
著者(英字)
著者(カナ) フジモト,マサル
標題(和) 高等植物ダイナミン様タンパク質の機能解析
標題(洋)
報告番号 123538
報告番号 甲23538
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3242号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堤,伸浩
 東京大学 教授 長戸,康郎
 東京大学 准教授 経塚,淳子
 東京大学 准教授 中園,幹生
 東京大学 准教授 藤原,徹
内容要旨 要旨を表示する

真核生物は,その進化の過程で多様な膜系を発達させることで,各種オルガネラとその輸送系を獲得してきた.この膜系ダイナミクスを制御する重要な因子のひとつとして,ダイナミン様タンパク質がある.このダイナミン様タンパク質は,自己重合してポリマーを形成し,膜の管状化や切断を行うGTP加水分解タンパク質の一群である.近年の研究から,このダイナミンファミリーに属するタンパク質が,様々な生物種に普遍的に存在しており,エンドサイトーシスや小胞輸送,オルガネラ分裂など,実に多様な現象に関与することが明らかとされている.

シロイヌナズナゲノム中には,このダイナミン様タンパク質をコードすると予想される遺伝子が16個存在し,それらはコードするアミノ酸配列の相同性からDRP1~6までの6グループに分類されている.これら高等植物のダイナミン様タンパク質は,動物や酵母に存在するものと比較し,その構造が非常に多様である.しかし,その機能については解析の余地が多く残されている.そこで本研究では,これら高等植物ダイナミン様タンパク質が細胞内の膜系ダイナミクスに果たす役割の解明を目標とし,以下3つのテーマについて解析を行った.

1. オルガネラ分裂に機能するダイナミン様タンパク質DRP3の機能解析

真核細胞内においてミトコンドリアは新規に合成されることは無く,分裂によって維持されてきたと考えられる.高等植物におけるこのミトコンドリア分裂には,DRP3AとDRP3Bという2つのダイナミン様タンパク質の関与がシロイヌナズナで明らかにされたが,それ以外の植物種では報告例がない.そこで本研究では,イネゲノム中でミトコンドリア分裂に関わるダイナミン様タンパク質をコードすると予想される2つの遺伝子のうち,シロイヌナズナDRP3と相同性の高い遺伝子をOsDRP3Aと名付け,その機能解析を行った.シロイヌナズナのDRP3と同様,その活性中心であるGTP加水分解ドメインにアミノ酸置換を導入した変異型OsDRP3Aの一過的高発現はイネミトコンドリア形態の長大化を引き起こした.また,GFPとOsDRP3Aの融合タンパク質は,それぞれミトコンドリア分裂後および分裂中の分裂面と予想されるミトコンドリア端部や狭窄部に局在した.以上の結果より,OsDRP3Aはミトコンドリア分裂に関与するダイナミン様タンパク質であることが示唆された.

前出のシロイヌナズナDRP3Aについては,ペルオキシソーム分裂へも関与することが報告されている.しかし,DRP3Bのペルオキシソーム分裂への関与は明らかでない.こうした状況を踏まえ,本研究では,これらシロイヌナズナDRP3A,DRP3Bの細胞内における相互作用や共局在性の有無及び両遺伝子の機能分化について解析することとした.これらの課題に関して,まず,Yeast two hybrid法による解析から,DRP3AとDRP3Bが相互作用することを示した.さらに,DRP3AとDRP3Bの詳細な細胞内局在の比較から,それらが共局在することを明らかにした.次に,DRP3A,DRP3BそれぞれT-DNA挿入変異体および二重変異体におけるミトコンドリア,ペルオキシソーム形態の比較から,ミトコンドリア分裂にはDRP3A,DRP3Bが重複した機能を持つが,ペルオキシソーム分裂に関してはDRP3Aが主に機能的であり,2つの遺伝子間には機能的な差異が認められた.

2. 細胞板形成時におけるシロイヌナズナダイナミン様タンパク質DRP2Bの機能解析

植物細胞における細胞質分裂機構は酵母や動物細胞のそれとは異なり,2つの娘細胞核の間に新しく細胞膜および細胞壁を構築することで細胞分裂が完了する.この細胞分裂中に新たに構築される細胞膜および細胞壁を含めた構造は一般に細胞板と呼ばれ,ゴルジ体や細胞膜由来の膜小胞が分裂面に集積することによって構築されるものと考えられている.これまでにシロイヌナズナDRP1グループのダイナミン様タンパク質が,この細胞板形成過程における膜構造のリモデリングに関与することが予想されている.さらに,動物細胞のエンドサイトーシスに関与するダイナミンと類似の構造を持つシロイヌナズナDRP2Aについてもその細胞板への局在が報告されている.しかし,その細胞板形成過程における挙動やDRP2AのパラログであるDRP2Bの細胞板形成への関与については未解明であった.そこで本研究では,GFPとシロイヌナズナDRP2B融合タンパク質の細胞内での局在および挙動について解析を行い,細胞板の新規形成部分への局在を明らかとした.また,その細胞板形成過程での挙動をDRP1グループのそれと比較し,それらが極めて類似することを見出した.これらの結果から,細胞板形成過程において,DRP2もDRP1と同様に,膜構造のリモデリングに関与している可能性が示唆された.

3. エンドサイトーシス過程におけるシロイヌナズナダイナミン様タンパク質DRP1AおよびDRP2Bの機能解析

真核細胞において,エンドサイトーシスは外部環境からの物質の取り込みや細胞間シグナルの授受,そして様々な機能を持った細胞膜タンパク質および脂質の配置や量の調節に必須の現象である.しかし,高等植物ゲノム中には酵母や動物細胞における解析からエンドサイトーシスへの関与が予想される分子が多数存在するものの,その分子機構の実態についてはほとんど明らかにされていない.

ダイナミンファミリーの一員である動物細胞のダイナミンは,このエンドサイトーシスにおいて,細胞質側に陥入した細胞膜構造の根元にリングもしくは螺旋状の構造に重合し,それを縊り切って小胞化する.植物細胞においても,ダイナミンと類似の機能を持つダイナミン様タンパク質の存在が予想されているものの,未だその同定には至っていない.そこで本研究では,まず,細胞板形成やトランスゴルジネットワークといった細胞内膜系ダイナミクスへの関与が予測されているシロイヌナズナDRP1A及びDRP2Bについて,それぞれのGFP融合タンパク質の細胞膜直近における詳細な局在様式と挙動について解析を行った.その結果,それらのシグナルはいずれも直径200~500nm程度の点状に局在し,さらに,細胞膜直近領域への侵入や脱出,もしくは細胞膜直近における分子の集合や離散といった挙動を示すことを明らかとした.これらの局在様式や挙動は動物細胞のダイナミンのそれと類似しており,DRP1A及びDRP2Bが細胞膜直近で動物細胞のダイナミンと同様の機能を果たす可能性が示唆された.

エンドサイトーシス過程における小胞形成は,細胞膜が細胞質側に向かって陥入し,最終的にその膜構造が細胞膜から切り離されることによって完了する.酵母や動物細胞において,この小胞形成ステップを制御する因子が多数報告されているが,主要な分子の一つにクラスリンがある.このクラスリンは細胞質側に湾曲した膜上に重合しカゴ状の被覆を形成することでその構造変化を促進させ,小胞形成を導くものと考えられている.ごく最近,高等植物細胞で起きるエンドサイトーシスのほとんどは,このクラスリン依存的である可能性が示された.そこで本研究では,植物細胞のエンドサイトーシス過程に機能するダイナミン様タンパク質を同定するため,前述のダイナミン様タンパク質DRP1AとDRP2Bについて,それぞれの細胞膜直近における局在様式をクラスリンのそれと比較した.その結果,それらのシグナルはクラスリンと共局在することが明らかになった.さらに,クラスリンとDRP1A,DRP2Bそれぞれの細胞膜直近における挙動を比較すると,エンドサイトーシス時の小胞形成過程においてDRP1AとDRP2Bがクラスリン被覆重合開始後のステップに関与する可能性が示唆された.また同時に,このDRP1AとDRP2Bが細胞膜直近で共局在し,相互作用することも明らかとした.以上のことから,動物細胞の場合と異なり,植物細胞のエンドサイトーシスにはDRP1,DRP2という2種のダイナミン様タンパク質が関与する可能性が示された.

このように本論文では,まず,ミトコンドリア分裂に関与するイネのダイナミン様タンパク質OsDRP3Aを同定した.さらに,ミトコンドリア・ペルオキシソーム分裂に関与するシロイヌナズナDRP3のパラログ間における機能分化の存在を示した.また,細胞内膜系のダイナミクスを担うと予測されていたシロイヌナズナDRP1とDRP2について細胞板形成やエンドサイトーシスへの関与を明らかにし,それらの分子機能がクラスリン被覆小胞の形成であることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

このように本論文では,まず,ミトコンドリア分裂に関与するイネのダイナミン様タンパク質OsDRP3Aを同定した.さらに,ミトコンドリア・ペルオキシソーム分裂に関与するシロイヌナズナDRP3のパラログ間における機能分化の存在を示した.また,細胞内膜系のダイナミクスを担うと予測されていたシロイヌナズナDRP1とDRP2について細胞板形成やエンドサイトーシスへの関与を明らかにし,それらの分子機能がクラスリン被覆小胞の形成であることを示した.

1.オルガネラ分裂に機能するダイナミン様タンパク質DRP3の機能解析

高等植物のミトコンドリア分裂には,DRP3AとDRP3Bという2つのダイナミン様タンパク質の関与がシロイヌナズナで明らかだが,それ以外の植物種では報告例がない.そこで本章では,シロイヌナズナDRP3と最も高い相同性を示すイネダイナミン様タンパク質遺伝子をOsDRP3Aと名付け,その機能や細胞内局在について解析した.その結果,OsDRP3Aがミトコンドリア分裂に関与することが明らかとなった.

シロイヌナズナDRP3Aについて,ペルオキシソーム分裂への関与も報告されているが,DRP3Bの関与は明らかでない.シロイヌナズナDRP3AとDRP3Bの細胞内における相互作用や共局在性の有無及び両遺伝子の機能分化について解析した結果,細胞内においてDRP3AとDRP3Bが相互作用し共局在すること,またミトコンドリア分裂にはDRP3AとDRP3Bが重複した機能を持つが,ペルオキシソーム分裂にはDRP3Aが主に機能的であり,2つの遺伝子間には機能的な差異が存在することが明らかとなった.

2.細胞板形成時におけるシロイヌナズナダイナミン様タンパク質DRP2Bの機能解析

植物細胞における細胞質分裂では,膜小胞が分裂面に集積し、細胞板と呼ばれる構造体が形成される,これまで細胞内での機能や局在が未解明であったシロイヌナズナDRP2Bが細胞板の新規形成部分へ局在することを明らかとした.また,細胞板形成過程での挙動が,既に細胞板形成への関与が報告されていたDRPIグループの挙動と極めて類似することを見出した.これらの結果から,細胞板形成過程における膜構造のリモデリングには,DRP1およびDRP2という2種のダイナミン様タンパク質が同時に関与している可能性が示された.

3.エンドサイトーシスにおけるシロイヌナズナダイナミン様タンパク質DRPIA及びDRP2Bの機能解析

エンドサイトーシスにおいて,動物細胞のダイナミンは細胞質側に陥入した膜構造の根元に重合し,それを総り切って小胞化する.本章では,未だ存在が明らかでない植物細胞のエンドサイトーシスに機能すうダイナミン様タンパク質の同定を目的とし,まず,細胞内膜系ダイナミクスへの関与が予測されていたシロイヌナズナDRPIAおよびDRP2Bについて,その細胞膜直近における局在様式を解析した.その結果,それらは動物細胞のダイナミンと同様,直径200mm程度の点状に局在することが明らかとなった.次に,エンドサイトーシス時の小胞形成を誘導する分子の一つであるクラスリンとDRPIAおよびDRP2Bの細胞膜直近における局在様式と挙動を比較した.その結果,DRPIAとDRP2Bがクラスリン重合開始後の小胞形成ステップに関与することが明らかとなった.また,このDRPIAとDRP2Bは互作用し,細胞膜直近で共局在した.以上のことから,動物細胞の場合と異なり,植物細胞のエンドサイトーシスにはDRP1,DRP2という2種のダイナミン様タンパク質が関与する可能性が示された.

以上本論文は,高等植物の膜系制御におけるダイナミン様タンパク質DRP1,DRP2,DRP3の機能を新たに示したものである.これらの成果は,オルガネラ分裂,細胞板形成,エンドサイトーシスの機構に関する重要な知見を与えるとともに,植物細胞の基礎となるものであり,学術上また応用上極めて価値あるものである.したがって,審査委員一同は本論文が博士(農学)に値するものと認めた.

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