学位論文要旨



No 123545
著者(漢字) 有戸,光美
著者(英字)
著者(カナ) アリト,ミツミ
標題(和) 転写因子SREBPのSUMO化修飾による活性制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 123545
報告番号 甲23545
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3249号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 准教授 高橋,伸一郎
 東京大学 准教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

高血圧、脂質異常症、糖尿病、肥満などの生活習慣病は、高齢化社会において一層の増加が予想されている。生活習慣病は生体における脂質代謝異常に端を発するものであり、これが引き金となって動脈硬化さらには心疾患、脳血管疾患に至る。

SREBP (sterol regulatory element binding protein)はコレステロール・脂肪酸の生合成に関与する酵素やコレステロールの取り込みに関与するLDL (low density lipoprotein)受容体など脂質代謝関連遺伝子を包括的に制御する転写因子である。従って、SREBPの活性調節機構について知見をかさねることは脂質代謝異常が原因である生活習慣病の予防、治療法確立への一助となるものと期待される。

SREBPは、bHLH-Zip (basic helix-loop-helix leucine zipper) motifを含む転写因子で、異なる遺伝子からなるSREBP-1とSREBP-2から構成される。SREBP-1には、スプライシングの違いにより生じるSREBP-1aとSREBP-1cが存在する。主にSREBP-1は脂肪酸代謝に関与する遺伝子の、SRBEP-2はコレステロール代謝に関与する遺伝子の転写調節に関与している。

SREBPは小胞体膜上で前駆体として合成される。細胞内にコレステロールが十分にあるときには、SREBPは小胞体膜状に局在しているが、不足すると、小胞体からゴルジへ移行し、2段階のプロセシングを介して、ホモダイマーを形成し、核へ移行して、脂質合成系の遺伝子群の転写を正に制御する。核内においては、SREBPは、転写共役因子CBP (cAMP response element-binding protein)や核内受容体HNF (hepatocyte nuclear factor)-4aと相互作用し活性が上昇すること、核内受容体LRH (liver receptor homolog)-1と相互作用し活性が減少すること(1)の他、翻訳後修飾を受けることによりその活性調節がなされていることが近年明らかとなってきた。これまで焦点が当てられていた核外でのプロセシングによる活性調節は、核内で精巧な活性調節が行われて初めて意味をなすことから、核内で行われている活性調節について詳細を明らかにすることは、恒常的な脂質代謝制御機構の包括的理解につながるものと期待される。

当研究室の研究で、核内に移行したSREBPがユビキチン化修飾を受け、26sプロテアソーム系において分解される、すなわち「量的調節」を受けることこと(2)、またそれとは独立して、翻訳後修飾タンパク質の1つであるSUMO (small ubiquitin like modifier)-1化修飾を受け、その活性が負に制御される、すなわち「質的調節」を受けること(3)を明らかにしてきた。しかし、SUMO-1化修飾に関する詳細な分子メカニズムは不明である。そこで、本研究では、核内における「質的調節」機構の一端を明らかにするために、いかにしてSUMO-1化修飾が制御されるか、またSUMO-1化修飾を受けることによりどのような分子メカニズムでその転写活性が負に制御されるか解明することを目的とした。

2. Growth factorによるSUMO-1化修飾制御機構の解明

本章では、SREBPのSUMO-1化の生理的意義付けを目的とし、SUMO-1化修飾の制御機構について明らかにした。

SREBPは種々の翻訳後調節を受けるので、本章では他の翻訳後修飾との関係に着目し、解析を進めた。これまでに、当研究室は、「SREBPのSUMO-1化修飾はユビキチン化と独立して起こること」を示した。また、「SREBPのユビキチン化は、アセチル化と競合している」との報告や「SREBPはMAPKカスケード活性化を介してリン酸化修飾を受け、その転写活性が上昇する」という報告があるが、SUMO-1化と他の翻訳後修飾との関連性は見出されていない。SREBP-1a/2のアミノ酸の一次構造を調べた結果、SREBP1a/2両方とも、SUMO-1化部位の近傍に、「MAPKによりリン酸化を受ける」Ser残基が存在していることが明らかとなった。このSer残基は、SREBP-1aでは「SUMO-1化部位である123番目のLys残基の近くである」117番目に、SREBP-2では「SUMO-1化部位である464番目のLys残基の近くである」432番目と455番目に存在している。まずは、SREBP-2に着目し、Ser432及びSer455がSREBPのSUMO-1化修飾に関与するか調べるために、リン酸化を受けない変異体SREBP-2 (S432A)もしくは(S455A)、リン酸化修飾をミミックした変異体SREBP-2(S455D)を発現するプラスミドを構築し、細胞に野生型SREBP-2もしくは変異体SREBP-2とSUMO-1を共発現させ、SREBP-2野生型及び変異体のSUMO-1化量を調べた。その結果、SREBP-2 (S455A)のSUMO-1化量は野生型より多く、SREBP-2 (S455D)のSUMO-1量はほとんど検出されなかった。このことからSREBP-2のSUMO-1化修飾にSer455が重要であることが示唆された。このSer455は、MAPKカスケード活性化によりリン酸化修飾を受けるので、MAPK活性化剤としてPMA, IGF-(insulin like growth factor)-1またMAPKカスケード阻害剤としてMEK阻害U0126による野生型SREBP-2のSUMO-1化量への影響を調べた。その結果、PMA, IGF-1によりSREBP-2のSUMO-1化修飾は減少、U0126により増加した。一方で、変異体SREBP-2 (S455A)のSUMO-1化量に変化はなかった。

また、SREBPsはインシュリン等の刺激によりリン酸化修飾を受け、その転写活性が上昇することが報告されている。そこで、その転写活性調節にSUMO-1化修飾が直接関与しているか検討した。GAL4-UASシステムを用い、IGF-1による野生型SREBP-2、リン酸化を受けない変異体SREBP-2 (S455A)もしくはSUMO-1化修飾を受けない変異体SREBP-2 (K464R)の転写活性への影響を調べた結果、IGF-1により野生型SREBP-2の転写活性は上昇した。一方、変異体SREBP-2、二者での変化は見られなかった。

以上のことから、SREBP-2のSUMO-1化修飾に、SUMO-1 化部位近傍のSer455の状態が重要であること、また、IGF-1によるMAPKを介した生理的刺激に応答しSUMO-1 化修飾が減少し、SREBPの活性が正に制御されることが明らかとなった。SREBPのSUMO-1化修飾は、Growth factorによる細胞膜脂質供給促進メカニズムに関与する生理学的に重要な翻訳後調節であると言える。

3. SUMO-1化修飾によるSREBP活性調節抑制機構の解明

本章では、SUMO-1化修飾によりSREBPの活性は負に制御される分子メカニズムに関して詳細に検討し、その一端を明らかにした。

はじめに、SREBPのSUMO-1化修飾による活性の抑制に、転写共役抑制因子の関与を考え、その1つであるヒストンデアセチラーゼ (HDAC)ファミリーが関与しているかについて調べた。HDAC活性阻害剤であるトリコスタチンA (TSA)による野生型SREBP-2及びSUMO化修飾を受けない変異体SREBP-2 (K464R) の転写活性への影響を調べた。その結果、TSA処理により野生型SREBPの転写活性は、変異体SREBP-2の転写活性程度まで、有意に上昇したが、変異体SREBP-2の転写活性に変化は無く、SUMO-1化修飾によるSREBPの転写活性抑制にHDACファミリーが関与していることが示された。そこで、どのHDAC分子がSREBPの活性調節に関与しているか調べるために、細胞に、種々のHDAC及びSRBEPを共発現させ、その相互作用を検討した結果、HDAC3とSREBP-2の相互作用が確認された。そこで、HDAC3と変異体SREBP-2 (K464R)の相互作用を調べたところ、その相互作用は見られなかった。また、SREBPの応答遺伝子のプロモーター内SRE上でも同様の相互作用が見られるか調べるために、野生型もしくは変異型SREBP-2及びHDAC3を共発現した細胞を用いてChIPアッセイを行った結果、SRE上でも同様の結果が得られた。以上より、SREBPのSUMO-1化修飾依存的にHDAC3がリクルートされることが明らかとなった。この現象が、SUMO化修飾によるSREBPの転写活性低下に関与しているかを調べるために、siRNA法を用い、内因性HDAC3をノックダウンし、SREBP応答遺伝子群のmRNAレベル及び野生型SREBP-2及び変異体SREBP-2 (K464R)の転写活性を調べた結果、siHDAC3によりSREBP応答遺伝子群のmRNAは上昇傾向にあり、野生型SREBP-2の転写活性は有意に上昇したのに対し、変異体SREBP-2(K464R)の転写活性に変化はなかった。さらにsiHDAC3によるLDL受容体タンパク質発現亢進をDiI-LDL取り込み実験により調べた結果、HDAC3発現低下によりLDLの取り込みは有意に上昇した。

以上より、SREBP-2はSUMO化修飾依存的にHDAC3をリクルートし、その活性が負に調節されることが明らかとなった。

4.まとめ

これまで、脂質代謝を包括的に制御する転写因子SREBPの活性調節には、小胞体-ゴルジにおけるプロセシングによる活性化機構に焦点があてられてきた。厳密なプロセシング機構は、核内での精巧な活性調節が行われて初めて意味をなすことから、核内で行われている活性調節についても詳細を明らかにすることは、恒常的な脂質代謝制御機構の総合的理解につながるものと期待される。

本研究により、SREBPの核内における質的な調節機構の一端が明らかとなった。核内におけるSREBP-2のSUMO-1化修飾に、SUMO-1 化部位近傍のSer455の状態が重要であること、また、Growth factorであるIGF-1によるMAPKを介した生理的刺激に応答しSUMO-1 化修飾が減少し、SREBPの活性が正に制御されることを示した。さらにそのSUMO-1化修飾によるSREBP-2の活性減少は、SREBP-2のSUMO化修飾依存的なHDAC3のリクルートに起因することを示した。

以上のことから、SREBPのSUMO-1化修飾は、Growth factorによる細胞への膜脂質供給メカニズムに関与する生理学的に重要な翻訳後調節であると結論した。

1) Kanayama, T., Arito, M., So, K., Hachimura, S., Inoue, J. and Sato, R. (2007) J. Biol. Chem., 282, 10290-102982) Hirano, Y., Yoshida, M., Shimizu, M. and Sato, R. (2001) J. Biol. Chem., 276, 36431-36437.3) Hirano, Y., Murata, S., Tanaka, K., Shimizu, M. and Sato, R. (2003) J. Biol. Chem., 278, 16809-16819
審査要旨 要旨を表示する

SREBP (sterol regulatory element binding protein)は、脂質代謝関連遺伝子を包括的に制御する転写因子である。従って、SREBPの活性調節機構に関する知見を重ねることは、脂質代謝異常が原因である生活習慣病の予防、治療法確立への一助となると期待される。

SREBPは小胞体膜上で前駆体として合成され、小胞体からゴルジへの移行及びプロセシングによる活性化機構を経て、核移行後、脂質合成系の遺伝子群の転写を正に制御する。この活性化機構は、細胞内コレステロール量により厳密に調節されている。また、核内におけるSREBPは、転写共役因子や核内受容体との相互作南や翻訳後修飾によりその活性が調節されていることが明らかになりつつある。

当研究室の研究で、核内でSREBPがユビキチン化修飾を受け、26Sプロテアソーム系において分解されるという「量的調節」を受けること、また、SUMO (small ubiquitin like modifier)-1化修飾を受け、その活性が負に制御されるという「質的調節」を受けることを明らかにしてきた。そこで、本研究では、核内における「質的調節」機構の一端を明らかにするために、SREBPのSUMO-1化修飾調節機構、SUMO-1化修飾による転写活性抑制の分子機構を解明することを目的とした。

第二章では、SREBPのSUMO-1化の生理的意義付けを目的とし、その調節機構を明らかにした。SREBP-1a12のアミノ酸配列を調べた結果、SREBPI a/2両方とも、SUMO-1化部位の近傍に、「MAPKによりリン酸化を受ける」Ser残基が存在していた。SREBP-2では、SUMO-1化修飾部位であるLys464残基の近傍、432番目と455番目にSer残基が存在している。これら残基のSUMO-1化修飾への関与を検討するために、リン酸化を受けないSREBP-2(S432A)又は(S455A)、リン酸化修飾をミミックしたSREBP-2(S455D)のSUMO。1化量を調べた結果、SREBP-2(S455A)のSUMO-1化量は野生型より多く、SREBP-2(S455D)のSUMO-1量はほとんど検出されなかった。さらに、MAPK活性化剤としてPMA,lGF-1またMAPKカスケード阻害剤としてU0126によるSREBP-2のSUMO-1化量への影響を調べた結果、PMA,IGF-1により野生型SREBP-2のSUMO-1化量は減少、UO126により増加したが、SREBP-2(S455A)のSUMO-1化量に変化はなかった。さらに、IGF-1による野生型SREBP-2、SREBP-2(S455A)、SREBP-2(K464R)の転写活性への影響を調べた結果、IGF-1により野生型SREBP-2の転写活性は上昇した一方、両変異体SREBP-2には、影響が無かった。以上より、SREBP-2のSUMO-1化修飾に、SUMO-1化部位近傍のSer455の状態が重要であること、1GF-1によるMAPKを介した生理的刺激に応答しSUMO-1化修飾が減少し、SREBPの活性が正に制御されることを明らかにし、SREBPのSUMO-1化修飾は、Growthfactorによる細胞膜脂質供給促進メカニズムに関与する生理学的に重要な翻訳後調節であると結論付けた。

第三章では、SUMO-1化修飾によりSREBPの活性が負に制御される分子機構の一端を明らかにした。その機構の1つとして、転写共役抑制因子の関与を考え、HDAC(Histone deacetylase)ファミリーの関与を検討した。HDAC阻害剤により、野生型SREBPの転写活性が上昇するが、SREBP(K464R)に影響がないことから、HDACファミリーがSUMO-1化修飾を受けたSREBPの転写活性に関与することを見出した。次に、細胞内及び応答遺伝子のプロモーター上で、HDAC3複合体が、野生型SREBP-2と相互作用すること,また、SREBP(K464R)とは相互作用しないことを示した。さらに、内因性HDAC3のノックダウンにより、野生型SREBP-2の転写活性は上昇するが、SREBP-2(K464R)には影響が無いこと、SREBP応答遺伝子発現が上昇すること、LDLRの発現亢進によりLDL取り込みが上昇することを示した。以上より、SREBP-2はSUMO-1化修飾依存的にHDAC3をリクルートし、その活性が負に制御されると結論付けた。

本論文で、SREBPの詳細なSUMO-1化調節機構及びSUMO-1化修飾による活性抑制機構が明らかとなり、恒常的な脂質代謝制御機構の包括的理解に繋がると考える。

よって審査委員一同は、本研究が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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