学位論文要旨



No 123547
著者(漢字) 梅田,幸子
著者(英字)
著者(カナ) ウメダ,ユキコ
標題(和) 小腸CD3-IL-2R+細胞のIgA産生制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 123547
報告番号 甲23547
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3251号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 准教授 戸塚,護
 東京大学 准教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

生体は多種多様な微生物や抗原などの侵入の危険に曝され、それに対する防御機構を確立してきた。その機構の一つに腸管におけるIgA産生が挙げられる。IgAは腸管で、成人体重1 kgあたり66 mg/dayも産生され、細菌やウイルスなどに結合し有害な毒素を中和したり、これらの生体内への侵入を防いだりする機能がある。小腸パイエル板 (PP) は他のリンパ節とは異なり、IgA+B細胞が高頻度に生成されている。それではなぜ、小腸ではIgA産生が亢進しているのかという疑問が生じる。これについてIgA産生を促進する液性因子に関しては研究が進んだが、どの細胞群がそれら因子を供給しているのかについて不明な点が多く残っている。

これまでの研究により、抗原未感作B細胞がIgA+B細胞へとクラススイッチを起こすにはTGF-bやAPRIL、BAFFといったサイトカインが作用し、さらにIgA分泌にはIL-5やIL-6が重要な役割を果たすことが報告されている。そこで本研究室では、小腸IgA産生の誘導部位であるPPにおいてIL-5産生細胞を探索したところ、PP CD3-IL-2R+細胞がIL-2刺激に応答する主要な新規IL-5産生細胞であり、IL-5依存的にIgA分泌を促進することを報告してきた。本研究においては未だ不明な点が多い腸管IgA産生システムの中で、PP CD3-IL-2R+細胞の果たす特徴的な役割について示すことを目的とした。特に、PP CD3-IL-2R+細胞が腸内細菌およびウイルス感染刺激を受けて活性化しIL-5依存的にB細胞のIgA抗体産生を促進させると共に、自身もダイナミックに移動する可能性について解析した。

PP CD3-IL-2R+細胞のTLR発現とTLRリガンド刺激及びウイルス感染に対する応答性

PP CD3-IL-2R+細胞が腸管微生物刺激に応答する可能性を模索した。すなわち近年菌体やウイルスの構成成分を認識するレセプターとして報告されているToll-like receptors (TLRs) に着目し、その発現をRT-PCR法を用いて定量した。解析の結果、PP CD3-IL-2R+細胞はTLR1、TLR2、TLR3、TLR4、TLR6、TLR7、TLR8、TLR9を発現し、特にウイルス成分を認識するTLR3、TLR7、TLR8の発現がCD4+ T細胞と樹状細胞に比べ顕著に高いことが明らかとなった。発現の確認できたTLRの各リガンドで本細胞を刺激した結果、lipoteichoic acid (TLR2)、lipopolysaccharide (TLR4)、R848 (TLR7/8)、CpG DNA (TLR9) 刺激によりIL-5 mRNA発現が上昇した。特にTLR3のリガンドである二本鎖RNA (poly I:C) 刺激によりIL-5 mRNA発現が強く誘導された。二本鎖RNAはウイルスに特有の構造である。そこでH1N1型のインフルエンザウイルスであるPR8をPP CD3-IL-2R+細胞に感染させたところIL-5 mRNA発現が急上昇した。これらの結果からPP CD3-IL-2R+細胞は腸内細菌やウイルスの初期感染を認識する可能性が示された。

PP CD3-IL-2R+細胞はpoly I:C刺激を受けるとIL-5依存的にB細胞のIgA産生を促進する

二本鎖RNA構造のモデルであるpoly I:CがIL-5 mRNA発現を強く誘導したことから、poly I:C刺激によるPP CD3-IL-2R+細胞の応答性を解析した。解析の結果、PP CD3-IL-2R+細胞はpoly I:C刺激を受けるとIL-5 mRNAを高発現するとともに、IL-5を分泌することも示された。そこで、poly I:Cで刺激したPP CD3-IL-2R+細胞のIgA産生促進効果についてin vitroの系で解析した。PP由来のB220+B細胞とPP CD3-IL-2R+細胞をpoly I:C刺激下で培養し、分泌IgA量を測定した。この時、IL-5中和抗体の効果も調べた。その結果、PP CD3-IL-2R+細胞はpoly I:C刺激を受けるとIL-5依存的にB細胞のIgA産生を促進することが示された。一方、脾臓 (SPL) CD3-IL-2R+細胞はIgA産生促進効果を示さなかった。

以上の結果を踏まえ、poly I:C刺激したPP CD3-IL-2R+細胞をマウス腹腔に移入し、糞中IgA量を測定した。またPP、SPL、腸間膜リンパ節 (MLN)、粘膜固有層 (LP) 中のIgA+細胞の割合をFACSで解析した。その結果、コントロール群に比べてpoly I:C刺激したPP CD3-IL-2R+細胞移入群では糞中IgA量と、PPおよびLP中のIgA+細胞の割合が有意に上昇した。以上の結果からpoly I:C刺激したPP CD3-IL-2R+細胞がIgA抗体産生を促進することがin vivoでも示された。

PP CD3-IL-2R+細胞はpoly I:C刺激を受けると粘膜固有層へと移動する

Poly I:C刺激したPP CD3-IL-2R+細胞を移入したレシピエントマウスのPP、LP中IgA+B細胞の割合が増加したが、SPL、MLNではコントロール群に比べて有意な増加は認められなかった。この結果はpoly I:Cで刺激したPP CD3-IL-2R+細胞が腸管特異的に移動し、IgA産生を促進したことを示唆する。そこで、poly I:C刺激によってPP CD3-IL-2R+細胞が獲得する移動能について、リンパ球の移動に重要な役割を果たすケモカインレセプター発現について解析した。その結果、PP CD3-IL-2R+細胞は腸管およびLPへの移動に重要な役割を果たすCCR9をpoly I:C刺激の後に高発現する事が確認された。さらに、LP由来のCD3-IL-2R+細胞がCCR9を強く発現することから、PP CD3-IL-2R+細胞はpoly I:C刺激を受けた後、CCR9を発現しLPへと移動する可能性が示唆された。そこで、CD45.2を発現するマウス由来のPP CD3-IL-2R+細胞をpoly I:C刺激後、CD45.1を発現するマウス腹腔に移入し、CD45.2+移入細胞の移動先臓器を解析した。その結果、poly I:C刺激したPP CD3-IL-2R+細胞はLPで多く検出された。一方、無刺激のPP CD3-IL-2R+細胞はPPで多く検出された。以上の結果からPP CD3-IL-2R+細胞はウイルス成分 (poly I:C) を認識してCCR9を発現し、LPへと移動することが示された。

腸内共生細菌による刺激もMyD88シグナル依存的にPP CD3-IL-2R+細胞を活性化させIgA産生を促進する

PP CD3-IL-2R+細胞はTLR3、TLR7/8のほかに菌体成分を認識するTLR1、TLR2、TLR4、TLR6、TLR9を発現し、これらリガンド刺激に応じてIL-5 mRNAを発現した。そこでPP CD3-IL-2R+細胞が腸内共生細菌刺激により活性化し、IgA産生を促進する可能性を検討した。

これまで腸内が完全に無菌のマウス (GFマウス) において腸管IgA量の低下が報告されている。そこで、GFマウスからPP CD3-IL-2R+細胞を精製し、IL-5 mRNA発現を定量した。その結果、SPF環境下で飼育したマウスに比べてIL-5 mRNA発現が低下していた。またGFマウスのPP CD3-IL-2R+細胞と抗原未感作B細胞を共培養した結果、IgA産生促進効果はSPFマウスに比べて低下しており、この低下はLPS刺激により回復した。以上の結果からGFマウスの腸管IgA量の低下はPP CD3-IL-2R+細胞が腸内細菌刺激を受けていないことに起因することが示された。

TLR1、TLR2、TLR4、TLR6、TLR9はTLR3と異なり刺激を認識すると細胞内アダプター分子であるMyD88を介してシグナルを下流へと伝達する。そこでPP CD3-IL-2R+細胞のIgA産生促進効果におけるMyD88シグナルの寄与を解析した。まず、MyD88 KOマウスのPP CD3-IL-2R+細胞を解析したところ、野生型マウスに比べてIL-5 mRNA発現が低下していた。次に、MyD88 KOマウスのPP CD3-IL-2R+細胞を抗原未感作B細胞と共培養した結果、IgA産生促進能の低下が示された。以上の結果から、PP CD3-IL-2R+細胞は腸内細菌刺激にも応じてB細胞のIgA抗体産生を促進し、この機能はMyD88シグナルに依存することが示された。

総括・まとめ

本研究によってPP CD3-IL-2R+細胞はTLR familyの中でもウイルス成分を認識するTLR3、TLR7/8を強く発現し、poly I:C刺激によってIL-5依存的にB細胞のIgA産生を促進することが示された。また、H1N1型のインフルエンザウイルス感染によりIL-5 mRNAを高産生したことから、初期のウイルス感染を認識する可能性が考えられた。さらに細菌を認識するTLRも発現し腸内細菌刺激に応じてIL-5 mRNA発現を上昇させた。以上の結果から、PP CD3-IL-2R+細胞は腸内細菌に刺激されIgA産生を促進すると共に、ウイルス侵入時には素早く強く活性化され、さらにIgA産生を促進しウイルス毒素を中和したり生体内への侵入を防ぐ可能性が考えられる。

本研究により腸管IgA産生機構におけるPP CD3-IL-2R+細胞の特徴的役割を示した。本研究結果は、PP CD3-IL-2R+細胞をターゲットとした食品成分等の探索研究やワクチン開発への有益な基礎知見となることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

腸管パイエル板(PP)には、免疫細胞が局在しIgA抗体産生が効率よく誘導されている。しかしこれまでIgA産生を促進する細胞群については未だ不明な点が多かった。本論文ではインターロイキン5(IL-5)を高産生し、IgA産生を促進するCD3-IL-2R+細胞の作用機序について解析を行った。

第一章ではPPCD3'IL-2R+細胞が腸内の微生物によって活性化される可能性を考え、本細胞におけるTo11-likereceptors(TLR)の発境を解析した。その結果、PPCD31L-2R+細胞はTLR1、TLR2、TLR3、TLR4、TLR6、皿R7、TLR8、TLR9を発現し、TLRのリガンドであるLrA、LPS、R848、CpGDNA刺激によりIL-5mRNA発現を上昇させた。特にウイルス成分を認識するTLR3、TLR7、TLR8の発現が高く、TLR3リガンドである2本鎖RNA(polyI:C)刺激によりIL-5mRNA発現が強く誘導された。2本鎖RNAはウイルスに特有の構造である。そこでインフルエンザウイルスを本細胞に感染させたところIL-5mRNA発現が急上昇したことから、本細胞はウイルス感染を認識する可能性が示された。

第二章ではPPCD3'IL2R+細胞のIgA産生促進機能について、本細胞が最も強く応答したpolyI:cを用いて解析をすすめた。その結果、PPcD3.IL-2R+細胞はpolyI:c刺激を受けるとIL5.依存的!こB細胞のIgA産生を促進することが明らかになった。次に、polyI:c刺激したPPCD3-IL-2R+細胞をマウ界腹腔に移入したところ、レシピエントマウスの糞中IgA量、PPおよび粘膜固有層(LP)中のIgA+細胞の割合がコントロール群に比較して有意に上昇した。この機能は脾臓cD31L-2R+細胞は見られなかった。以上の結果からpolyI:c刺激したPPCD3-IL-2R+細胞はIgA産生を促進することがin vitro、in vivoの両系で示された。

第三章では、polyI:c刺激したPPcD3-IL-2良+細胞がレシピエントマウスの腸管特異的にIgA産生を誘導したことから、polyI:C刺激後に本細胞が獲得する移動能について解析した。polyI:c刺激後にリンが球の移動に重要な役割を果たすケモカインレセプターの発現を解析したところ、本細胞はLPへの移動に重要なCCR9を高発現した。そこで、Cb45.2発現マウスのPPCD3-IL-2R+細胞を、CD45.1発現マウスに移入し、移入細胞の移動先を解析した。その結果、polyI:c刺激したPPcD3-IL-2R+細胞はLPで、無刺激の細胞はPPで多く検出された。以上の結果からPP.cD31L-2R"細胞はウイルス成分(polyI:c)を認識してccR9を発現し、LPへと移動することが示された。

第四章ではPPCD3.IL-2R+細胞がTLR1、TLR2、TLR4、TLR6、TLR9を発現することから本細胞が腸内共生細菌の刺激を受け、IgA'産生を促進する可能性を検討した。これまで腸内が無菌のマウス(GFマウス)における腸管IgA量の低下が報告されている。そこでこ.の低下が、細菌刺激を受けない'PPCD391L-2R+細胞の低応答化によると推測し、解析を進めた。その結果、GFマウスのPPCD3'IL2R+細胞はIL5mRNA発現が低く、さらにB細胞と共培養した結果、IgA産生促進効果がSPFマウスに比べて低下していた。

腸内細菌成分はTLRに認識された後、細胞内アダプター分子であるMyD88を介して伝達される。そこで、次にPPcD31L-2R+細胞のIgA産生促進機能におけるMyD88シグナルの寄与を解析した。まず、MyD88欠損マウスのPPCD31L-2R+細胞を解析したところ、野生型マウスに比べて耳一5mRNA発現が低下しており、さらにB細胞との共培薬の結果、IgA産生促進機能の低下が示された。以上の結果から、PPCD3-IL-2R+細胞は腸内細菌刺激にも応じてB細胞のIgA産生を促進し、この機能にはMyD88シグナルが重要であることが示された。

本論文では、腸管cD3-IL-2R+細胞のIgA誘導機能にTLR刺激とMyD88シグナルが重要であることを示した。腸管CD3'IL-2R+細胞は、腸内細菌に刺激されIgA産生を促進すると共に、ウイルス侵入時にはさらに強く応答し、LPへ移動してIgA産生を促進しウイルス感染から生体を防御すると考えられた。本論文は、PPCD31L-2R+細胞が関与する新規腸管IgA産生経路を提示したもので、学術的にも応用的にも貢献することが多い。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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