学位論文要旨



No 123548
著者(漢字) 清水,洋輔
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ヨウスケ
標題(和) 微小管系モーターの構造と運動機能の研究
標題(洋)
報告番号 123548
報告番号 甲23548
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3252号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之,倉優
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 准教授 足立,博之
 東京大学 准教授 永田,宏次
内容要旨 要旨を表示する

細胞内の運動は、モータータンパク質と呼ばれるさまざまな種類のタンパク質が、ATP 加水分解により放出されるエネルギーを用いて、各タンパク質に固有のレール上を移動することにより行われる。キネシンとダイニンは、いずれも細胞骨格を形成する微小管をレールとするモータータンパク質であるが、そのアミノ酸配列や立体構造は大きく異なる。

キネシンは細胞内物質輸送や染色体分離などに関与する。ダイニンは、鞭毛や繊毛などにおいて波打ち運動を引き起こす軸糸ダイニンと、キネシンと同様に細胞内においてカーゴ輸送や染色体分離などに関与する細胞質ダイニンに区分される。キネシンについては、その運動や構造に関するさまざまな研究が進められてきたが、運動の詳細なメカニズムは未だ不明である。ダイニンはキネシンに比べて理解が遅れており、運動機構の解明に繋がるものとして、構造解析が待たれている。

本研究では、キネシンとダイニンの構造的特性を研究し、運動機構との関係についての知見を得ることを目的とした。

1. Unc104 について

キネシンのモータードメイン (ATPase 部位を含む球状ドメイン) に続くストーク領域は、α-ヘリカル・コイルドコイルを形成し二量化する能力があるといわれている。多くのキネシンは二量体 1 分子で連続的に運動できると知られており、これをプロセッシブ性という。運動モデルとしては、ストーク領域の二量化を利用した「雲梯モデル」が提唱されている。

Unc104 のストーク領域には、α-ヘリカル・コイルドコイルの形成が予想される配列がある。しかし Unc104/KIF1A は、溶液中では単量体と報告されており、「雲梯モデル」とは異なる機構によって運動性を発揮している可能性がある。KIF1A モータードメイン単量体コンストラクトは、0.14μm/s という遅い速度ではあるが、プロセッシブに運動しうると報告されている。一方 Unc104 を人為的に二量化させたコンストラクトは、1.6μm/s でプロセッシブに運動するという報告もあり、Unc104/KIF1A は生体中においては二量体を形成し、通常のキネシンと同様のメカニズムにより運動している可能性も示唆されている。

1-1. Unc104 のコイルドコイル領域の二量化解析

我々は線虫 Unc104 の二量体形成能の検証が重要であると考え、α-ヘリカル・コイルドコイル形成が予測される領域のペプチドセグメントを合成し、CD スペクトル測定などを用いて解析した。

Unc104 のコイルドコイル形成領域は、アミノ酸配列からα-ヘリカル・コイルドコイル形成を熱力学的パラメータを用いて予測するプログラム Amphisearch により予測し、それをもとに合成するペプチドセグメントを決定した。

各ペプチドセグメントについて、CD 測定を行った。α-ヘリックスに特徴的な CD スペクトルを示したものについては、222 nm CD 強度の濃度依存性測定および温度依存性測定を行い、得られたデータに対し、単量体と二量体の平衡を仮定した 2 状態転移の理論曲線へのフィッティングを行って熱力学的パラメータを決定した。また超遠心分析により、ペプチドが実際に二量体を形成していることを確認した。

各ペプチドの熱力学的パラメータを比較・検討することで、二量化に重要な領域の特定を行った。Unc104 においてα-ヘリックスの形成・維持に重要であると思われる配列は、Useg03 ペプチドセグメントの配列である (N354-E388) であると判明した (図 1) 。Useg03 の解離定数 Kd は約 5μM と見積もられたが、これはヒトキネシンにおける対応セグメント (N332-R369) の値である 62 nM よりも 2 桁大きく、二量化能は比較的低いといえる。しかし 5 μM は (100 nm)3 空間中に 3 分子、あるいは Unc104 の全長タンパク質濃度 1 mg/ml 弱に相当する。生体中においては、例えばモータータンパク質の微小管への集合などにより局所的に 5μM 以上となることで二量化し、通常のキネシンと同様の「雲梯モデル」によりプロセッシブに運動する可能性が示唆される。

本研究により Unc104/KIF1A の運動性が、タンパク質濃度によって制御されている可能性が提示された。つまりそれは、高濃度においてはダイマーとなって高速で運動し、低濃度においてはモノマーで低速で運動している可能性である。本研究は、タンパク質濃度による生体運動のユニークな制御システムへの重要な示唆を与えるものである。

2. ダイニンストークヘッドについて

ダイニン重鎖はリング状のヘッドと、そこから突き出た 2 つの部位、太いテールと細いストークから構成されている。ヘッドは 6 つの AAA ドメインをタンデムに含み、その中で最も N 末端側にある AAA1 は ATPase 活性を示し、運動性に極めて重要である。ストークは AAA4 と AAA5 の間から突き出ており、10~15μm の逆平行α-ヘリカル・コイルドコイルと、その先端にある約 120 残基の球状部位、ダイニンストークヘッド (DSH) からなる。

DSH は微小管結合部位であると報告されており、ヘッドの ATP 加水分解サイクルの各段階に応じて、可逆的に微小管との結合と解離を繰り返していると考えられる。しかし DSH は酵素部位であるヘッドの AAA1 から離れており、酵素反応の情報をどのように DSH まで伝達しているかについて疑問が生じる。Gibbons らは、酵素反応サイクルの進行に応じて逆平行コイルドコイルの疎水性残基のレジストリがずれ、その結果 DSH に構造変化が起こり、それにより微小管結合能が制御される、という仮説を提唱している。

2-1. ダイニンストークヘッドの NMR 帰属とリガンド結合

DSH の構造解析は、微小管との可逆的な結合・解離の仕組みの解明や、ヘッドの酵素反応との共役の解明に繋がるものと期待される。我々はその第 1 歩として、フリーの DSH の構造解析を目指すこととした。

我々はマウス細胞質ダイニン重鎖の DSH および逆平行コイルドコイルの一部に対応する、136 アミノ酸残基を含むタンパク質の発現系を構築し、これを "DS(8:5)" と名付けた。微小管との共沈実験により、精製された DS(8:5) に微小管結合能があることが確かめられ、それゆえ正しく折り畳まれていることが示唆された。

次に、安定同位体ラベルした DS(8:5) サンプルを用い、種々の NMR 測定を行った。DS(8:5) は空気やガラス表面との接触により劣化することが判明したが、ガラス管壁のシリコナイズにより、解析に足るシグナルを得ることができた。得られたシグナルをもとに主鎖連鎖帰属を行い、主鎖 N-H シグナルの 94 % を同定した (図 2) 。

得られた化学シフトを用い、構造予測プログラムから 2 次構造の予測を得た。pI の低い微小管との結合には、塩基性残基が重要であると考えられる。配列アライメントから、 K58, R61, R66 周辺、および R86, K88, K90, K91 が、微小管結合に重要と推測された。今回得られた 2 次構造予測によると、これらの残基のほとんどはα-ヘリックス上の構成要素であり、それゆえ溶媒側に露出していると考えられる。

いくつかの NMR シグナルは時間とともに増大した。これらは劣化によるものと考えられ、別途帰属した結果、N 末端の残基である E2~I12 に対応するものであった。また 2 次構造予測から、本来は逆平行α-ヘリカル・コイルドコイルを形成するべき両末端領域が、α-ヘリックスを形成していないことが示唆された。DS(8:5) は、恐らくドメインを切り出したことにより、両末端領域が正しい構造を取ることができないため、劣化しやすいものと考えられる。

微小管上のダイニン結合サイトと考えられている β-チューブリン α-ヘリックス 12 の配列を、そのまま含む B12st とタンデムに含む B12TN の 2 つのペプチドを化学合成し、222 nm CD 強度の TFE 濃度依存性を測定したところ、B12TN は B12st よりも α-ヘリックス性が高いことが判明した。各ペプチドを DS(8:5) と混合させたところ、B12TN との混合時のみ沈殿を生じたが、逆相 HPLC 分析により、沈殿は DS(8:5) と B12TN の化学量論的な結合によることが明らかとなった。これらの結果は、β-チューブリンα-ヘリックス 12 がダイニンとの結合に重要であるとの仮説を支持し、その配列が正しくα-ヘリックスを形成することが結合の鍵になることを示唆している。

3. まとめ

本研究では、微小管系モーターであるキネシンとダイニンに着目し、その構造的特性を研究した。化学合成ペプチドを用いた Unc104 キネシンのストーク領域の解析から、溶液中では単量体といわれていた Unc104 が局所的に高濃度となることで二量化しうることを示し、その運動性がタンパク質濃度により制御されるという、ユニークな制御機構を提唱した。ダイニンストークヘッドについては NMR シグナルの帰属に成功し、今後進むであろう完全な構造解析へ向けた足がかりを得るとともに、微小管上における結合サイトについての知見を得た。本研究は、キネシンとダイニンの構造的研究、およびそれをもとにした機能の解明に向け、大きな貢献をもたらすと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、微小管系モータータンパク質であるキネシンおよびダイニンについて、その構造学的な研究から運動機能への関与について明らかにすることを目的としたものである、本論文は第一章『序論』、第二章『Unc104のコイルドコイル領域の二量化解析』、第三章『ダイニンストークヘッドのNMR帰属とリガンド結合』、第四章『総括』め全4章からなる。

第一章では、キネシンとダイニンおよび微小管の系について述べている。細胞質中において、キネシンやダイニンは微小管をレールとし、カーゴ輸送や細胞分裂の進行に関与する。鞭毛や繊毛において、「9+2.構造」を形成している微小管上に配置されたダイニンは、波打ち運動に必須である。このように、キネシンおよびダイニンは細胞機能に重要な役割を担っている。しかしキネシンについては、その詳細な運動メカニズムは未だ明らかではない。ダイニンについては分子構造が解明されておらず、運動機構についても謎が多い。本論文におけるキネシンおよびダイニンの構造学的研究は、モータータンパク質に対する理解のためのみならず、細胞機能への重要な知見を与えるためにも極めて意義深く、研究対象として非常に興味深いことが説明されている。

第二章では、キネシンのー種であるUnc104について述べている。キネシン・スーパーファミリーに属する多くの構成員は、ストーク領域のコイルドコイル形成による二量体化により、運動性を発揮することが知られている。しかしUnc104およびそれと相同のKIFIAは、溶液中で単量体との報告がある。本研究ではUnc104の二量体化能に着目し、その検証によりUnc104の運動機構についての考察を行っている。この実験のために、ストーク領域についてコイルドコイル形成の可能性が高い箇所をプログラムにより予測し、'その位置の配列を含むペプチドセグメントを20種類以上合成し精製している。CDスペクトルおよび超遠心分析により、ストーク領域のペプチドがα-ヘリカル・コイルドコイルを形成していることが強く示唆される結果を得ている。また網羅的なCD強度の濃度依存性測定・温度依存性測定により、コイルドコイルの形成・維持に重要な最短の領域を同定し、その解離定数が5pMであることを明らかにしている。この値はヒトキネシンの対応ペプチドセグメントのもの(62nM)に比べ2桁大きく、それゆえUnc104の二量体化能は比較的低いといえる。しかし本研究により、Unc104が微小管上への集合などにより局所的に高濃度となることで5亘Mを達成して二量体化しうることが提示され、Unc104の運動機構が他のキネシンと同様に二量体化によるものであると示唆されている。またUnc104の運動性がモータータンパク質の濃度で制御されているという、類例のないユニークなモデルが提唱されている。

第三章では、ダイニンの微小管結合部位であるダイニンストークヘッド(DSH)について述べている。ダイニンは酵素部位であるヘッドのATPaseサイクルの進行に応じ、微小管結合能を可逆的に変化させていると考えられているが、ヘッドとDSHは離れており、酵素反応の情報伝達の機構は明らかではない。本研究ではDSHのNMR解析および相互作用解析により、微小管への結合機構に対する考察を行っている。マウスDSHサンプルについて・大腸菌による発現系を用いた大量発現および精製に成功し、微小管との共沈実験により正しく折り畳まれているであろうことを確認している。このDSHサンプルはガラス表面や空気との接触により劣化を起こし、また測定時の濃度を0.13mM程度までしか高められないという困難な性質を持っていたが、条件検討を重ねることで有効なNMRシグナルを取得し、主鎖連鎖帰属と2次構造予測に初めて成功している。それにより、塩基性残基に富む2つの領域がα-ヘリックスを形成していることを明らかにし、これらの箇所が塩基性残基を溶媒側に露出されることで、pIの低い微小管との結合に関与すると推測している。また、微小管上のダイニン結合部位と考えられている6一チューブリンα・ヘリックス12について、この配列を含むペプチド2つを化学合成し、よりα-ヘリックス性の高いペプチドのみがDSHと結合しうることを報告し、この箇所がダイニン結合部位であろうことを直接的に示している。

第四章では総括を述べ、Unc104については運動機構の解明に向けて、PSHについては今後進むであろう完全な構造解析へ向けて、今後の展望を述べている。

以上のように、本研究で得られた知見は学術的に意義深く、大きく貢献するものであると考えられる。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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