学位論文要旨



No 123550
著者(漢字) 土居,史尚
著者(英字)
著者(カナ) ドイ,フミナオ
標題(和) 新規なアプローチによる生物活性複素環化合物の合成研究
標題(洋)
報告番号 123550
報告番号 甲23550
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3254号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,秀典
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 講師 石神,健
内容要旨 要旨を表示する

21世紀において最も期待される技術として医療技術と環境技術があげられる。こうした中、有機合成の手法は医・農薬など多分野で今や必須の技術になっており、「モノつくり」の視点から医療、環境問題ともに重要な役割を担っている。ゆたかな生活に貢献するとともに、環境に配慮して手法や効率面など「つくり方」も視野にいれて行わなければならない。筆者は、環境調和型の電極反応を鍵反応としたHeliannuol類の合成研究と効率合成を指向した神経保護活性を有するKaitocephalinの合成研究を行った。

(1)Heliannuol類の合成

電極反応は電子そのものが反応し「廃棄物」を出さずに「重金属」と同様の反応を行えることから、有害物質を使用しない、出さないというグリーンケミストリーの観点から近年注目されつつある。電極を設置して、電源をONにして電流を流すだけという操作の簡便さや、それに伴う安全性、さらに経済性の高さなどが評価できる。Fig.1に本研究で使用した電極装置の図を示した。反応容器を兼ねたカーボンビーカーを陽(+)極とし、白金線を陰(-)極として電源につなぐだけで設置できる簡単な装置である。あとは溶媒に基質を溶かしてこれに電流を流せば反応が進行する。

電極反応を用いたフェノール類の酸化反応としてo -ハロゲン化フェノール誘導体1を陽極酸化に付すことでカチオン中間体2を経由しスピロジエノン化合物3が得られることが知られている(Scheme1)。さらにスピロジエノン体3はLewis酸を作用させると室温以下で容易に環拡大型の1,2-転位反応が進行し、臭素を避けて転位した5を主生成物とした6-ヒドロキシクロマン化合物(5および6)を与える。この一連の反応は新規な6-ヒドロキシクロマン型骨格の構築法となりうる。筆者は電極反応を鍵反応とするこの構築法を用いて天然物合成に応用することとした。

Fig.2に本合成研究のターゲット化合物であるheliannuol C, E, Kを示した。Heliannuol類 はスペイン産ヒマワリ(Helianthus annus L. cv. SH-222)より単離されたセスキテルペンであり、アレロケミカルズ(他感物質)に分類される生物活性物質である。これらは植物伸長阻害活性を示すことから環境にやさしい除草剤として期待されている。現在までにhalinnauol A-Lが単離、構造決定されているがheliannuol Eはこれらの中で唯一6-ヒドロキシクロマン骨格を有している。筆者は先の合成法が容易に適用できるheliannuol Eの合成研究から着手した。

出発原料である既知アルデヒド7から3工程で炭素伸長を行いジエステル体8へと導き、PLEを用いた酵素加水分解反応で非対称化しベンジル位の不斉点を構築した。得られたモノカルボン酸を(R)-フェニルエチルアミンと縮合した後、再結晶により100%deで9を得ることができた。化合物9よりWittig反応、Sharplessの不斉ジヒドロキシル化による2級水酸基の導入を経て電解基質10へと導いた。化合物10を陽極酸化に付したところスピロジエノン体11が良好な収率で得られ、さらにBF3・OEt2を作用させると転位反応も容易に進行し、望むクロマン型化合物12、13の混合物が得られた。これらは脱臭素化、メトキシメチル化、脱アセチル化を経て14、15に導くと分離精製が可能となり、天然物と同骨格を有する14が優先的に得られていることが判った。最後にベンジル位のエキソオレフィンの構築と脱保護を行い、(8S,10S)-heliannuol Eの合成を達成した。また天然物の立体化学は(8S,10S)体と報告されていたが、旋光度の符号が異なったことから、本合成研究により天然物の絶対立体配置を8R,10Rと構造訂正を行うに至った。

本合成法を拡張させ陽極反応による六員環スピロジエノン中間体を構築することで七、八員環を有する(-)- heliannuol Cおよび(±)-heliannuol Kの全合成も達成した。

(2)Kaitocephalinの合成

グルタミン酸は神経細胞間の情報伝達を担う重要な興奮性の神経伝達物質であり、グルタミン酸受容体の活性化を介して学習や記憶など様々な神経機能を調節している。あらゆる細胞に存在し神経伝達物質として働くグルタミン酸であるが、過剰なグルタミン酸神経伝達は脳、神経疾患を惹き起こす興奮毒性を併せ持つ。例えば脳卒中などの脳虚血時の際には大量にグルタミン酸が放出されるが、これにより惹き起こされる興奮毒性が神経細胞死へと至らしめることが知られている。高齢化社会の進んだ日本では脳卒中は三大死因の一つとなっており、また死に至らずとも重度の後遺症を残すことから重要な医療問題のひとつとなっている。また癲癇などの痙攣発作もグルタミン酸による興奮毒作用を原因とする。これらの疾患に対応する特効薬は未だに存在しないため、グルタミン酸受容体に対する効果的な拮抗剤の探索が創薬の分野では精力的に行われている。

Kaitocephalinは1997年に糸状菌Eupenicillium shearii PF1191から単離された化合物であり、その構造は3つのアミノ酸が炭素-炭素間で結合したユニークな構造のアミノ酸である。本化合物はNMDA,AMPA受容体に対して強力な拮抗作用を示し、グルタミン酸が惹き起こす神経細胞への興奮毒性に対し強力なアンタゴニスト作用を示すことから、脳卒中などの疾患に対する神経保護薬のリード化合物として期待される。また細胞毒性も低く、魅力的な天然有機化合物であるが、kaitocephalinは現在天然からは得られなくなっており、有機合成法でしか供給できなくなっている。これまでに3例の全合成が報告されているが、いずれも効率的な合成法とは言い難い。これらを背景とし筆者は今後の生物学的試験などのためにも効率に供給できる合成法の確立を目的とし合成研究に着手した。

合成戦略をScheme3に示した。過去の知見よりグルタミン酸骨格部分(C1-C4とC18)がアンタゴニスト活性に重要であることが判っている。筆者は右側グルタミン酸骨格部分における構造活性相関研究のアナログ合成にも対応できるルートを指向し、C1-C3部分を合成の後半に導入する合成戦略を計画した。Kaitocephalinは、天然物に対応する官能基を有する化合物16の脱保護で得ることとし、16はピロリジン骨格の化合物17の2位への炭素鎖の導入で得られると考えた。ピロリジン体17は還元的アミノ化反応を経てケトン18から導くこととし、18はアリルグリシン保護体に対しオレフィンメタセシスによるホモカップリングを行い、Wacker酸化を行うことで得られると予想した。この計画を元に合成研究を行った。

既知の(S)-アリルグリシン保護体19をGrubbs試薬を用いてホモカップリングし20とし、続いてWacker酸化に付すことでケトン21を得た。次に接触水素化にて還元的アミノ化を行い、ピロリジン環を構築した後、一級アミンを選択的にアシル化し、モノアミド体22を得ることができた。化合物19からわずか4工程で天然物の左側部分を効率的に構築できた。続いてNBSを用いて 22のピロリジン環を位置選択的な酸化によりイミン体27へと変換した。

左側部分の合成に成功したので次にC1-C3部分の導入を行った。Barbier反応により23にアリル基を立体選択的に望みの立体化学で導入することができ、この段階でベンジルエステル体へと変換し化合物24を得た。続いてオレフィン位置の移動とアリル位の酸化を行いアルコール25へと導いた。次にmCPBAによるエポキシ化を行ったところ、反応は立体選択的に進行し望む立体化学を有するエポキシ体26を容易に得ることができた。アジド基の導入は宮下らの条件を用ることで可能であったが、フェノールの脱ベンジル化も起こってしまったことから、再度ベンジル化することでアジド体27を得ている。アジド基を還元してCbz体へと変換した後、一級アルコールの酸化によりカルボン酸28とした。最後に接触水素化により脱保護を行ってKaitocephalinへと導くことができた。

化合物19より18工程総収率7.4%であり、従来の合成法よりもはるかに効率的な合成を確立することができた。

まとめ

以上筆者は、heliannuol 類とkaitocephalinの合成を行った。Heliannuol類の合成では環境調和を意識した電極反応を天然物合成に組み込むことに成功した。グリーンケミストリー的手法の実用化に一歩貢献できたといえる。またkaitocephalinの合成ではこれまでより効率的で実用的な合成法を確立することができた。これによりグラムスケールの供給も可能であり、神経生物学や医薬の分野に貢献できると考えている。

Fig. 1

Scheme 1

Fig. 2

Scheme 2

Scheme 3

Scheme 4

Scheme 5

審査要旨 要旨を表示する

21世紀において最も注目される技術として医療技術や環境技術があげられる。有機合成の手法は多分野で必須の技術となったが、「モノつくり」の視点から医療、環境問題においても重要な役割を担っている。今後の有機合成は豊かな生活に貢献するとともに、手法や効率面などの点で環境への配慮も必要となる。本論文は医療、環境問題を視野に入れた生物活性天然有機化合物の合成研究に関して論じたものであり、二部より構成されている。

第一部では、環境調和型の電極反応を鍵反応としてHeliannuol類の合成研究を行っている。環境問題が深刻化する近年、化学における合成的手法も環境調和型の手法を開発する動きが活発である。そのような中、廃棄物を出さず、重金属試薬と同様の反応を行える長所を持つ電極反応は、グリーンケミストリーの観点から近年注目されつつある。また操作の簡便さや、安全性、さらに経済性の高さなども評価されている。ところがこれらの優れた長所があるにも関わらず、化学選択性の低さやスケールアップが困難であるなどの欠点により、電極反応の実用化の試みはほとんどされていない。そこで本研究では、陽極酸化反応によるスピロジエノン構築および環拡大の転位反応を鍵反応とし、天然物合成へ適用した。検討の結果、陽極酸化にニトロメタンを用いることで、良好な収率でスピロジエノン化のスケールアップに成功した。本条件を用いることで6, 7, 8員環骨格を有するHeliannuol C, E, Kの全合成を達成することができた。また、これによりheliannuol Eの立体化学は従来の報告とは異なり、8R,10Rであると構造訂正を行うに至った。本研究は電極反応が実用可能であり、有機合成の一手法となりうることを示しており、グリーンケミストリーの発展に貢献できる結果となった。

第二部では神経保護活性を有するKaitocephalinの合成研究を行っている。Kaitocephalinは1997年に糸状菌Eupenicillium shearii PF1191から単離された化合物であり、グルタミン酸が惹き起こす神経細胞への興奮毒性に対する強力なアンタゴニスト作用から、神経保護薬のリード化合物として期待される。魅力的な活性を有するものの、現在天然からは得られなくなったため、詳細な生物試験は行われていない。そのため有機合成法による供給が求められ、これまでに3例の全合成が報告されている。しかしいずれも効率的な合成法ではなく、大量合成には適していない。これらを背景に本研究ではグラムスケールの合成が可能となる、効率な合成法の確立を目的とし合成研究を行った。既知の(S)-アリルグリシン保護体を出発原料とし、オレフィンメタセシスによるホモカップリング、続くWacker酸化により擬似対称ケトンへと導いた。これを接触水素化し、還元的アミノ化を行った後、一級アミンの選択的なアシル化によりピロリジンを得ることができた。わずか4工程でKaitocephalinの中央から左側部分を効率的に構築できている。

続いて右側骨格の構築を行った。ピロリジンに対し、アリル基の導入とエポキシ化を立体選択的に行い、望む立体化学を有するエポキシアルコールへと変換した。これに対しアジド化を行い、天然物2位に相当する位置に窒素官能基を導入し、官能基変換および脱保護を経てKaitocephalinの全合成を達成した。18工程総収率9%と他の合成例よりも効率的な合成法を確立することに成功した。

以上本論文は、「新規なアプローチによる複素環化合物の合成研究」を基盤として、電極反応の天然物合成への応用と、神経保護活性を有するKaitocephalinの効率的な合成に関する研究をまとめたものであり、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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