No | 123554 | |
著者(漢字) | 増口,潔 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マシグチ,キヨシ | |
標題(和) | 穀類種子糊粉層におけるアラビノガラクタン蛋白質の生理機能に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 123554 | |
報告番号 | 甲23554 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3258号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | アラビノガラクタン蛋白質 (AGP)はHydroxyproline-rich glycoproteinファミリーに属し、植物の様々な成長過程に関与することが示唆されている植物特有の細胞壁蛋白質である。分子量の90%以上がタイプII型アラビノガラクタン糖鎖により構成されている。AGPはβ-glucosyl Yariv試薬 (β-GlcY)と呼ばれる人工的なフェニルアゾ化合物と特異的な結合を示すことから、β-GlcYはAGPの精製、定量・検出、機能解析に利用することが出来る。また,多くのAGPがglycosylphosphatidylinositol (GPI) アンカー型の蛋白質であることが示され、その生理機能の発現メカニズムが注目されている。 ジベレリン (GA)は植物の発芽に重要な植物ホルモンである。穀類種子発芽過程において,胚で生合成されたGAは、胚乳に存在する貯蔵物質の分解を行うために、糊粉層での加水分解酵素等の合成を誘導するが、この系はGA研究における重要なモデル実験系となっている。 本博士論文は、大麦種子糊粉層プロトプラストにおけるGAによるβ-アミラーゼの誘導がβ-GlcYにより抑制されるという既知の知見に基づき、AGPの生理機能とGA情報伝達系の関連性を追求することを目的とした。第1章ではマイクロアレイ解析により、β-GlcYが糊粉層細胞に与える遺伝子発現への効果を調べ、GA情報伝達系との接点を追求した。第2、第3章では糊粉層に存在するβ-GlcY反応性のAGPの単離・同定、機能解析を行った。また、イネ糊粉層より同定した糊粉層特異的なAGPは特徴的なドメイン構造を有していたことから、第4章では植物における同AGPファミリーの生理機能の網羅的解明を目指し、シロイヌナズナ遺伝子破壊株を用いた機能解析を行った。 第1章 糊粉層プロトプラストのヤリブ試薬に対する遺伝子発現応答の解析1) β-GlcYが大麦糊粉層におけるGA情報伝達系をどの程度特異的且つ普遍的に阻害するかを追求するとともに、β-GlcYの抑制作用のメカニズムの糸口を見いだすことを目的に、22K Barley1 GeneChipを用いてDNAマイクロアレイ解析を行った。その結果、β-GlcYがGA誘導性遺伝子の80 %の遺伝子の発現に対して阻害効果を持つことを明らかにした。一方、β-GlcYが防御応答関連遺伝子の発現を変化させることも判明し、β-GlcYが防御応答情報伝達系を介してGA情報伝達系を阻害している可能性が伺われた。そこで、ジャスモン酸 (JA)、OPDA、エリシター、サリチル酸、過酸化水素といった防御応答誘因物質がGA誘導性のα-アミラーゼ活性やプログラム細胞死に与える影響を調べた結果、これらの因子がβ-GlcY同様に、GA情報伝達を阻害することを見出した。 一方、β-GlcYとJAには誘導する遺伝子について共通性が見られたが、β-GlcY添加後のJA内生量の増加、JA生合成遺伝子の発現上昇は認められず、β-GlcYによるJA内生量の増加によって生じる防御応答反応の関与は否定された。また、GA情報伝達の既知の制御因子の発現を調べた結果、正の因子Ca2+-ATPaseのGAによる発現誘導のβ-GlcYによる阻害、負の因子NAK型キナーゼ (HvEsi47)やWRKY転写因子 (HvWRKY38、HvWRKY51)のβ-GlcYによる発現量増加が、β-GlcYの糊粉層細胞におけるGA情報伝達阻害の一因になっている可能性が示された。 第2章 糊粉層に存在するAGPの単離・同定2) 糊粉層組織に富む米糠を用いて、糊粉層AGPの大量精製を行った。逆相HPLC上で2つの主要なAGP画分 (Fr. A、Fr. B) と少量の別のAGP画分 (Fr. C) が検出された。各部位から精製したAGPを比較した結果、Fr. Bは糊粉層特異的なAGPであることが示された。これらの溶出パターンは大麦糊粉層のAGPと非常に良い一致を示した。 次に糊粉層プロトプラストで機能するAGPは、膜結合型のGPIアンカー型AGPである可能性が高いために、膜画分特異的なAGPが存在する可能性を検討した。全AGPの大部分が可溶性画分に観察され、約1 %のAGPが膜画分より得られた。PI-PLC処理により膜画分AGPからGPIアンカーが切断されたAGPの溶出パターンが可溶性画分と類似したことから、膜画分のAGPはFr. AからFr. CのAGPのGPIアンカー結合型として一時的に細胞膜上に局在しているものであり、その後、細胞膜から細胞外へ放出されるものと考えられた。 HFによる脱糖鎖処理後、逆相HPLCで分画したサンプルのN末端シークエンス等により、Fr. Aから古典的なAGP (OsAGP1)とペプチド性AGPであるAGペプチド (OsAGPEP1~3) の配列を得た。 上記の精製法に加え、ゲル濾過HPLCや酵素分解によるβ-GlcY反応性ペプチドの取得により、糊粉層特異的Fr. Bの本体はEarly nodulin様蛋白質 (ENODL)であるOsENODL1、Fr. Cの本体は脂質輸送蛋白質様蛋白質 (OsLTPL1)であることを示した。この2つのAGPは新規なキメラ型AGPであり、同定した全AGPはGPIアンカー付加配列を持っていた。同定したAGPをコードする遺伝子の部位別発現を調査した結果、OsAGP1、OsAGPEP1~3、OsLTPL1は全身で発現が観察されたのに対し、OsENODL1は種子成熟過程後期及び吸水後の糊粉層でのみ発現が認められた。 第3章 OsENODL1の機能解析 糊粉層特異的な新規AGP、OsENODL1の機能解明を目指した。種子を用いた発現解析よりOsENODL1がアブシジン酸 (ABA)応答性遺伝子であることが判明し、ABAが機能する種子成熟過程後期にOsENODL1が機能を持つことが示唆された。また、イネゲノム中には多くのENODL遺伝子が存在していたが、OsENODL1と最も相同性の高い遺伝子、OsENODL2の発現を調べたところ、同時期の糊粉層において発現が見られたことから、OsENODL2がOsENODL1の機能を相補する可能性が考えられた。 次に各種形質転換イネを作製し、研究を行った。OsENODL1-GFP融合蛋白質は細胞周辺部に蛍光が観察され、第2章の結果と同様に、OsENODL1が細胞膜、細胞外において機能していることが示唆された。 OsENODL1の過剰発現、RNAi発現抑制イネにおいては、通常生育条件下における植物体の様子、種子の形状や発芽等の形質に変化は認められなかった。また、OsENODL1が防御応答に関与する可能性を検討すべく、イネ防御応答関連遺伝子の発現をOsENODL1過剰発現イネにおいて調査したが、発現の変化は認められなかった。一方、RNAiによりOsENODL1、OsENODL2を共に発現抑制させた形質転換イネでは、多くの個体が不稔となった。また、種子が形成された個体ではOsENODL1、OsENODL2の発現は抑制されておらず、種子形成までのいずれかの過程において、両遺伝子が重複した重要な機能を持つ可能性が考えられた。 さらにOsENODL1が持つplastocyanin-likeドメインに注目し、研究を進めた。OsENODL1が有するplastocyanin-likeドメインには銅結合に必要なアミノ酸残基が保存されておらず、銅結合能はないと思われた。大麦糊粉層cDNAライブラリーを作製し、酵母two-hybrid法による相互作用蛋白質の検討を行った結果、防御応答に機能を有するxylanase inhibitorとの特異的な相互作用が観察された。 第4章 シロイヌナズナENODLファミリーの機能解析 ENODLの植物体内における機能解明の一端を担うことを期待し、シロイヌナズナを用いてのENODLファミリーの機能解析を行った。データベース検索により、シロイヌナズナには21個のENODL (AtENODL1~AtENODL21)が存在することを明らかにした。これらの持つplastocyanin-likeドメインには、OsENODL1同様、銅結合に必要なアミノ酸残基が保存されておらず、銅結合能を有するplastocyanin-likeドメインを持つ他の細胞外蛋白質ファミリーとは異なる進化をしていることが系統樹解析により明らかとなった。 それぞれのENODL遺伝子の遺伝子破壊株を入手し、各々のホモラインを選抜した。その後、通常生育条件下における生育や形態の変化を調査したが、atenodl11が野生型に比べ背丈が低くなるという点以外に、ENODL遺伝子破壊株と野生型との間に差は認められなかった。 さらにENODL間での遺伝子機能の重複の可能性を考慮し、相同性の高いENODLの遺伝子破壊株の掛け合わせによる二重遺伝子破壊株 (dKO)の作製を行った。現在までに、AtENODL1/2、AtENODL3/4、AtENODL11/12、AtENODL14/15のdKO株の通常生育条件下における野生型との生育の差や形態の変化は見出せていない。一方、atenodl5とatenodl6を掛け合わせた場合にdKO株の作成が出来ず、AtENODL5 / atenodl5; atenodl6 / atenodl6の後代種子から得られた植物体の遺伝子型を調査した結果、AtENODL5 / AtENODL5とAtENODL5 / atenodl5となる植物個体の比は約1 : 1となり、dKO株 (atenodl5 / atenodl5)となるものは約1 %であった。このことから、AtENODL5とAtENODL6が生殖時に重要な機能を有するENODLであることが明らかとなった。 総括 本博士論文では、穀類糊粉層のGA情報伝達が、これまで知られていたABA情報伝達以外にも、防御応答情報伝達により阻害されるということを示した。また、AGPの新しい機能として、植物の防御応答に関与する可能性が示唆された。AGPが細胞外と細胞内を繋ぐリンカー蛋白質であるという報告例や、AGPが防御応答初期に発生する活性酸素により架橋されるという報告例があり、AGPが防御応答時に何らかのセンサーとしての役割を担っている可能性が考えられる。 一方、穀類糊粉層特異的に存在するAGPとしてOsENODL1を同定したが、形質転換イネを用いた解析による機能解明には至らなかった。今後、xylanase inhibitorとの相互作用の追求、形質転換イネの防御応答誘因物質等に対する感受性を検討することにより、AGPが防御応答に関与する可能性が明らかになると考えられる。 また、OsENODL1/OsENODL2の共発現抑制株やシロイヌナズナのAtENODL5/AtENODL6のdKO株の詳細な解析を通して、植物の生殖過程や種子形成過程におけるENODLの関与が明らかにされることにより、この機能未知の新規AGPファミリーの機能の一端が解明されるものと期待される。 | |
審査要旨 | アラビノガラクタン蛋白質(AGP)はHydroxyproline-rich glycoproteinファミリーに属し、植物の様々な成長過程に関与することが示唆されている植物特有の細胞壁蛋白質である。AGPはβ-glucosyl Yariv試薬(β-GlcY)と呼ばれる人工的なフェニルアゾ化合物と特異的な結合を示すことから、β-GlcYはAGPの精製、定量・検出、機能解析に利用することが出来る。また,多くのAGPがglycosylphosphatidylinositol(GPI)アンカー型の蛋白質であることが示され、その生理機能の発現メカニズムが注目されている。一方、ジベレリン(GA)は植物の発芽に重要な植物ホルモンである。穀類種子発芽過程において,胚で生合成されたGAは、胚乳に存在する貯蔵物質の分解を行うために、糊粉層での加水分解酵素等の合成を誘導するが、この系はGA研究における重要なモデル実験系となっている。 本博士論文は、大麦種子糊粉層プロトプラストにおけるGAによるα-アミラーゼの誘導がβ-GlcYにより抑制されるという既知の知見に基づき、AGPの生理報伝達系の関連性を追求することを目的としており、4章よりなる。 第1章ではマイクロアレイ解析により、β-GlcYが糊粉層細胞に与える遺伝子発現への効果を調べ、GA情報伝達系との接点を追求した。その結果、β-GlcYがGA誘導性遺伝子の発現に対して阻害効果を持つだけでなく、防御応答関連遺伝子の発現を変化させることも判明し、β-GlcYが防御応答情報伝達系を介してGA情報伝達系を阻害している可能性が伺われた。そこで、ジャスモン酸(JA)、OPDA、エリシター、サリチル酸、過酸化水素といった防御応答誘因物質がGA誘導性のα-アミラーゼ活性やプログラム細胞死に与える影響を調べた結果、これらの因子がβ-GlcY同様に、GA情報伝達を阻害することを見出した。また、GA情報伝達の既知の制御因子の発現を調べた結果、正の因子Ca2+-ATPaseのGAによる発現誘導のβ-GlcYによる阻害、負の因子NAK型キナーゼ(HvEsi47)やWRKY転写園子(HvWRKY38、HvWRKY51)のβ-GlcYによる発現量増加が、β-GlcYの糊粉層細胞におけるGA情報伝達阻害の一因になっている可能性が示された。 第2章では糊粉層に存在するβ-GlcY反応性のAGPの単離・同定、機能解析を行った。糊粉層組織に富む米糠を用いてAGPの大量精製を行い、糊粉層特異的なAGPの単離に成功した。ゲル濾過HPLCや酵素分解によるβ-GlcY反応性ペプチドの取得により、糊粉層特異的AGPの本体はEarly nodulin様蛋白質(ENODL)であるOsENODL1であることを示した。このAGPは新規なキメラ型AGPであり、GPIアンカー付加配列を持っていた。同定したAGPをコードする遺伝子の部位別発現を調査した結果、OsENODL1は種子成熟過程後期及び吸水後の糊粉層でのみ発現が認められた。 第3章では糊粉層特異的な新規AGP、OsENODL1の機能解明を目指した。まずOsENODL1と最も相同性の高い遺伝子、OsENODL2の発現を調べたところ、同時期の糊粉層において発現が見られたことから、OsENODL2がOsENODL1の機能を相補する可能性が考えられた。形質転換イネを作製し、研究を行ったところ、OsENODL1-GFP融合蛋白質は細胞周辺部に蛍光が観察されたことより、OsENODL1が細胞膜、細胞外において機能している.ことが示唆された。RNAiに、よりOsENODL1、OsENODL2を共に発現抑制させた形質転換イネでは、多くの個体が不稔となった。また、種子が形成された個体ではOsENODL1、OsENODL2の発現は抑制されておらず、種子形成までのいずれかの過程において、両遺伝子が重複した重要な機能を持つ可能性が考えられた。さらにOsENODL1が持つplastocyanin-likeドメインに注目し、研究を進めた。OsENODL1が有するplastocyanin-likeドメインには銅結合に必要なアミノ酸残基が保存されておらず、銅結合能はないと思われた。大麦糊粉層cDNAライブラリーを作製し、酵母two-hybrid法による相互作用蛋白質の検討を行った結果、防御応答に機能を有するxylanase inhibitorとの特異的な相互作用が観察された。 第4章ではENODLの植物体内における機能解明の一端を担うことを期待し、シロイヌナズナを用いてのENODLファミリーの機能解析を行った。データベース検索により、シロイヌナズナには21個のENODL(AtENODL1~AtENODL21)が存在することを明らかにした。それぞれのENODL遺伝子の遺伝子破壊株ホモラインについて通常生育条件下における生育や形態の変化を調査したが、atenodl11が野生型に比べ背丈が低くなるという点以外に、ENODL遺伝子破壊株と野生型との間に差は認められなかった。さらにENODL間での遺伝子機能の重複の可能性を考慮し、相同性の高いENODLの遺伝子破壊株の掛け合わせによる二重遺伝子破壊株の作製を行った。この結果、AtENODL5とAtENODL6が生殖時に重要な機能を有するENODLであることが明らかとなった。 以上、本研究はAGPの新しい機能として、植物の防御応答に関与する可能性を提示しただけでなく、生殖生長における役割も示唆したものであり、学術的にも応用的にも寄与するところが多い。よって審査委員一同は、本研究が博士(農学)の学位論文とし'て価値あるものと認めた。 | |
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