学位論文要旨



No 123555
著者(漢字) 宮園,健一
著者(英字)
著者(カナ) ミヤゾノ,ケンイチ
標題(和) ホメオドメインタンパク質AristalessとClawlessによる共同的なDNA認識機構の構造機能解析
標題(洋)
報告番号 123555
報告番号 甲23555
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3259号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 教授 篠崎,和子
 東京大学 准教授 小嶋,徹也
 東京大学 准教授 永田,宏次
内容要旨 要旨を表示する

ホメオドメインは、60残基の高度に保存されたアミノ酸配列からなる、真核生物の中で最も広範な転写調節因子群の一つであり、生物の発生や分化に非常に大きく関係することが知られている。ホメオドメインはN末端のアーム構造とそれに続く三本のαヘリックスからなるタンパク質で、アミノ酸配列の保存性からも予測されるとおり、その立体構造も非常に高く保存されていることが知られている。アミノ酸配列や立体構造の高い保存性のため、ホメオドメインが認識できるDNA塩基配列の種類は非常に限られており、その一般的な認識配列は5'-TAATNN-3'である。この様な認識配列の多様性の乏しさにもかかわらず、ホメオドメインタンパク質は、発生や分化に関係する多岐にわたる遺伝子の発現制御を精密に行うことができる。認識できる塩基配列の多様性の乏しさと、多岐にわたる遺伝子の発現制御機構の間には一見矛盾があるように思えるが、ホメオドメインタンパク質は、他の因子(ホメオドメインを含む別の転写調節因子等)と共同的にDNAと相互作用することによって多様性を獲得している。

ショウジョウバエの肢形成に関与する二つの転写調節因子Aristaless(Al)とClawless(Cll)はともにホメオドメインを有するタンパク質である。AlとCllは、共同的に作用することによって、肢形成に関与する別の遺伝子Barの発現を抑制することが知られている。現在までに、二つのホメオドメインによる共同的なDNA結合機構を解明した立体構造解析の例はいくつか存在するが、AlとCllは既存のDNA結合機構とは全く異なる新規の機構で共同的にDNAに結合することが示唆された。そこで我々は、AlとCllによる共同的なDNA結合に関与する分子機構の構造学的な基盤を解明するため、これらのタンパク質とその認識配列を含むDNAとの三者複合体の立体構造をX線結晶構造解析法により決定した。

1.共同的なDNA結合に関与する最小領域の決定

一般的に真核生物の転写調節因子には、特定の立体構造をとらない、もしくは別のタンパク質と結合して初めて特定の立体構造をとるような、立体構造上不安定な領域が多く含まれる。この様な領域は、タンパク質‐DNA複合体の結晶化に悪影響を及ぼす場合が多々ある。そのため、始めにAlおよびCllの三者複合体形成に関わる最小領域の同定を行った。類縁タンパク質とのアミノ酸配列の比較を行うと、Alはそのホメオドメイン領域にのみおいて、そしてCllはそのホメオドメイン領域とその上流14残基(図1 N3-N2)、下流6残基の領域(図1 C1-C2)において、そのアミノ酸配列が高度に保存されていることが示された。Alのホメオドメイン領域、N末端およびC末端の長さを少しずつ変化させたCllコンストラクトを大腸菌の系を用いて大量調製し、ゲルシフトアッセイによりそれらの共同的なDNA結合能を調べた。その結果、AlおよびCllによる共同的なDNA結合機構には、上記のアミノ酸配列上保存された領域が必須であることが示された(図1)。

2.Al-Cll-DNA三者複合体構造解析

AlおよびCllの三者複合体形成に必須な最小領域を含むコンストラクトを用い、ホメオドメイン単独の結晶構造解析およびAl-Cll-DNA三者複合体の結晶構造解析を行った。Al-Cll-DNA三者複合体の結晶は、PEG3350を沈殿剤とする条件で得られた。得られた結晶を用い、放射光施設Photon Factory(筑波)のビームラインAR-NW12にてX線回折データの収集を行ったところ、最高分解能が2.7ÅのX線回折データの取得に成功した。結晶の空間群はP212121、格子定数は、a = 70.93, b = 85.40, c = 110.68(Å)であった。このX線回折データを用い、分子置換法によってAl-Cll-DNA三者複合体の結晶構造を決定することに成功した(図2)。

構造解析の結果、AlとCllによる塩基配列認識機構を明らかにすることができた(図3)。AlとCllは共存条件下で5'-TTAATTAATTG-3'の11塩基対のDNAを認識することが知られているが、このうちの前半部分(5'-TTAATNA-3')がAlによって、後半部分(5'-TAATTG-3')がCllによって認識されることが明らかになった。Alによる塩基認識は、ホメオドメインに共通な典型的な機構での塩基認識であったが、Cllによる塩基認識には独自の機構が存在していた。Cllのホメオドメイン上流保存領域に存在する二つの残基、Arg-5とHis-10はminor groove側からDNAに近づき、三つの塩基(図3のT12、T13、G14 )の認識に関係していた。この様な塩基認識機構は、Al-Cll-DNA三者複合体で初めて見られた特徴的な構造である。

3.AlとCllの共同的なDNA結合機構

Al-Cll-DNA三者複合体の構造を決定したことにより、AlとCllによる共同的なDNA結合機構に関与すると考えられる特徴的な部分構造が明らかになった。一つ目はCllの保存領域の末端に位置する残基とAlとの二つの塩橋形成である。Cllホメオドメイン上流に位置するArg-14はAlのGlu32と(図4 site 1)、Cllホメオドメイン下流に位置するGlu62はAlのArg44と(図4 site 2)それぞれ塩橋を形成していた。この相互作用によって、CllはDNA結合領域の末端構造を安定化し、DNAからの解離を抑制しているものと考えられる。この二つの塩橋形成は、Cll結合部位に隣接した形でAlがDNAに結合していて初めて起こるものであり、AlとCllの共同的なDNA結合機構に大きな寄与をもたらすものと予測される。

二つ目は、DNAの構造変化である。Cllホメオドメイン上流の保存領域に存在するTyr-8は複合体構造中でDNAのバックボーンをAl側に押し上げる働きをしており、それにより湾曲したDNA自身もAlによって安定に保持されている(図5)。この機構により、CllのArg-5やHis-10が塩基に近づきやすくなり、これらの残基によるminor groove側からの特徴的な塩基認識が可能となるものと考えられる。

Cllホメオドメイン上流の保存領域に存在するDNAとの接触に関与する残基(Arg-5, Tyr-8, His-10)やAlとの分子間塩橋形成に関与する残基(Arg-14, Glu62)のアラニン変異体を作成し、これらの残基の構造上の重要性を評価した。その結果、どの変異体に関してもNativeのものと比較して三者複合体形成能が低下しており、これらの残基がAlとCllの共同的なDNA結合に重要であることが示唆された。

まとめ

本研究により、Al-Cll-DNA三者複合体の立体構造を決定することができた。その結果、AlとCllによる共同的なDNA結合様式は、既存のものとは全く異なる新規の機構によりもたらされることが明らかになった。今回得られた立体構造の中で最も特徴的な点は、Cllホメオドメインの上流および下流の領域が、AlとCllの共同的なDNA結合に大きく関与しているという点である。同様の領域を有するホメオドメインタンパク質の数は多くは無いが、この様な特徴を持つホメオドメインタンパク質と共同的に作用することにより、他の多くのホメオドメインタンパク質がより広範な塩基配列認識の多様性を獲得できるものと考えられる。

図1 Cllの三者複合体形成に必須な最小領域

図2 Al-Cll-DNA三者複合体構造

図3 AlとCllの塩基認識機構

図4 複合体中に見られる分子間塩橋形成

図5 Cll Tyr-8によるDNA構造変化

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、ショウジョウバエの肢形成にかかわる転写調節因子Aristaless(以降Al)とClawless(以降Cll)の共同的なDNA結合機構を解明するべく、X線結晶構造解析によりAl-Cll-DNA三者複合体の結晶構造を決定し、その共同的なDNA結合にかかわる分子機構の解明を行っている。本論文は、第一章『序論』、第二章『発現コンストラクトの最適化』、第三章『Al及びCllのホメオドメイン単独構造』、第四章『Al-Cll-DNA三者複合体の結晶構造解析』、第五章『変異体解析』、第六章『総合討論』の全六章からなる。

第二章では、AlとCllの共同的なDNA結合に関与する最小領域の決定を行っている。AlおよびCllはそのヒトホモログであるCART1およびHoxl1L1と同様の機構において共同的な三者複合体形成を行うこという知見から、共同的なDNA結合に関与する領域は各々のタンパク質問で高く保存されていると予測し、アミノ酸配列の比較から共通する領域の同定を行っている。アミノ酸配列比較から予測された三者複合体形成に関与すると考えられる領域の重要性は、長さを少しずつ変化させたタンパク質コンストラクトを大腸菌のタンパク質発現系を用い大量調製し、それらを用いてゲルシフトアッセイを行うことによって確認している。ゲルシフトアッセイの結果から、Alはそのホメオドメイン領域が、C11はそのホメオドメイン領域およびその上流14残基及び下流8残基が共同的なDNA結合に関与していることを明らかにしている。このようにして求められたホメオドメインの上流及び下流の領域の三者複合体形成に対する寄与は本論文において初めて明らかにされた機構であることを述べている。

第三章及び第四章では、第二章で決定した領域を含むタンパク質コンストラクトを利用して、タンパク質の結晶構造解析を行い、その構造学的な基盤の解明を行っている。本論文では、Alホメオドメイン単独の立体構造、CUのヒトホモログであるHoxl1L1のホメオドメイン単独の立体構造、Al-Cll-DNA三者複合体の立体構造が、それぞれX線結晶構造解析法によって決定されている。得られた結晶構造の解釈から、AlとCllによる共同的なDNA塩基認識機構及び共同的なDNA結合機構に関与する分子機構を解明している。AlとCllは、そのホメオドメイン領域およびCllホメオドメイン上流領域によって塩基認識を行うことを明らかにしている。Cllのホメオドメイン上流保存領域に存在する二つの残基Arg-5とHis-10は、minor groove側からDNAに近づき、三つの塩基の認識に関係していることを突き止め、この様な塩基認識機構は、Al-Cll-DNA三者複合体で初めて見られた特徴的な構造であると述べている。また、AlとCllによる共同的なDNA結合機構に関する分子機構に関しても考察を行っている。本論文で決定されたAl-Cll-DNA複合体立体構造を解析することにより、共同的なDNA結合には、二つの特徴的な分子機構が関与していると述べている。一つ目はAlとCllの間に見られる塩橋形成による複合体の安定化機構、二つ目はAlとCllホメオドメイン上流領域の共同的な作用によるDNA minor grooveの拡張機構である。これらのAl-Cll-DNA三者複合体で初めて観察された特徴的な分子機構が、二つのホメオドメインの共同的なDNA結合に関与していると考察している。また、ホメオドメィン単独の立体構造と、三者複合体構造中に見られるホメオドメインの立体構造を比較することにより・共同的なDNA結合には、ホメオドメイン領域の構造上の特徴は関与していないであろうと考察している。

第五章では、AlとCllの共同的なDNA結合に関与すると考えられた残基の変異体を作成し、その構造上の重要性の評価を行っている。各残基のアラニン変異体を作成し、ゲルシフトアッセイにより共同的な三者複合形成能を評価した結果、各変異体の示す共同的なDNA結合能は優位に低下しており、構造から予測された共同的なDNA結合に関与すると考えられる分子間相互作用が、実際構造上重要な意義を持つことが示されている。

第六章では、これまでに得られている知見をもとにAlとCllがもたらす共同的なDNA結合機構のモデルを提唱している。提唱されている三者複合体形成モデルは、これまでの研究結果に基づいており、十分信頼性のおける妥当なモデルであると言える。また、Cllのホメオドメインタンパク質としての特徴に関しても述べられており、Cllは他のホメオドメインとも共同的にDNAに対し結合できるのではないかと考察されている。

各研究はすべて論理的に行われており、最終的に得られた知見は新規性が極めて高く、かっその妥当性も申し分ない。また、9本研究は学術上非常に興味を置かれている分野において、全く新規の機構を提唱するに至っている。そのため、本研究で得られた知見は、学術上貢献するところ大であると考えられる。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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