学位論文要旨



No 123557
著者(漢字) 佐々木,大介
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ダイスケ
標題(和) 嫌気性消化における微生物群集の構造と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 123557
報告番号 甲23557
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3261号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 准教授 若木,高善
 東京大学 准教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

地球上の化石資源の枯渇が深刻化している一方で、古紙、食品廃棄物、各種汚泥、廃木材といった未利用バイオマスは年々増加している。これらの廃棄物を生物学的に有価物に転換する技術として、水素発酵やメタン発酵に代表される嫌気性消化がある。嫌気性消化プロセスは嫌気的に生育する微生物の働きにより高分子有機物を水素やメタン、二酸化炭素に還元分解するものであり、可溶化(加水分解)過程、酸生成(低級脂肪酸・水素生成)過程、メタン生成過程の3段階からなる。これらの反応は複数の微生物種によって同時並行的に行われる複雑な反応である。しかしながら、好気性処理の代表である活性汚泥法に比べて曝気を必要としないこと、余剰汚泥の削減および燃料ガスである水素やメタンを得ることが可能であるため、省エネルギー且つエネルギー回収型の廃水処理となる。嫌気性消化は、基質の種類、反応温度、pH、滞留時間などの運転条件や微量金属の有無、酸化還元電位によっても大きく影響を受け、一般的に中温よりも高温処理の方が分解効率が高いということが知られている。近年では高効率化を目的に、新しい構造・形式のリアクターが開発され、様々な廃水への適応例も増えている。この進展にはエンジニアリング的な検討だけではなく、メタン生成アーキアや酸生成細菌の同定、メタン生成の生化学的機構の解明、遺伝子プローブによる種の同定など、微生物の生態生理の知見が発展したことも貢献している。しかしこれまでの嫌気性消化の研究は微生物の機能や相互作用を対象とし、運転の安定化や利便性のために比較的単純な基質を用いたものが多く、廃棄物の高効率処理に関わる微生物群集としての構造やその機能を評価した研究は少ない。

そこで本研究では、有機性廃棄物として実際の生ごみの組成に近い固形分を含む廃水を調製し、これを高効率に分解するラボスケールの高温嫌気リアクターを研究対象とした。嫌気性消化による物理化学的性状をモニターするとともに、発酵液を様々な分子生物学的手法を用いて解析を行うことで、微生物群集の構造、生態生理、微生物間相互作用の解明を試みた。

1. 水素発酵における細菌群集の構造と機能

有機物からの水素発酵とは、運転条件の制御によってメタン生成菌の生育を抑制し、可溶化・酸生成過程までのみを進行させることで生じる余剰電子を水素ガスとして回収する発酵様式である。水素発酵はメタン発酵と比較すると研究された歴史は浅く、その研究の多くは単一微生物による人工培地の水素生成の検討であった。また嫌気性消化プロセスの観点から、水素発酵反応のみの不安定性や基質が限られるなどの問題点がある。本研究では、嫌気性ミクロフローラによる有機性廃棄物からの可溶化および水素発酵の最適化のため、pHと水理学的滞留時間(HRT)を制御したリアクターを運転し、定常状態時の細菌群集構造を解析することで微生物(群)と発酵様式を関連付けることを目的とした。

1) リアクターパフォーマンス 完全撹拌混合型嫌気発酵槽(CFSTR)に模擬生ごみ廃水(2%ドッグフードスラリー+紙ゴミ)を満たし、汚泥コンポストから集積した嫌気性ミクロフローラを接種した。pH:5、6、7、8およびHRT:0.5、0.7、1.0、2.0、3.0、4.0、6.0日の範囲でそれぞれを一定に制御し、反応温度:60℃で培養定常状態まで連続運転した。水素ガス生成は比較的低いpH(5,6)且つ短いHRT(<1.0日)で、特にpH6、HRT 0.5日の運転時に顕著な生成が観察され、200 mmol l-1 reactor day-1に達した。しかしこの時の可溶化率は5%以下と低かった。一方、可溶化率は中・アルカリ性pH(7,8)且つ長いHRT(>4.0日)の運転において60%程度と高い値を示したものの、水素ガス生成は認められなかった。

2) 細菌群集の構造解析 各運転の定常期の発酵液からゲノムDNAを抽出し、細菌の16S rRNA 遺伝子を標的としたTerminal Restriction Fragment Length Polymorphism(T-RFLP)による群集構造のフィンガープリント解析を行い、その結果を主成分分析(PCA; Principal Component Analysis)に供したところ、pHやHRTによるプロットの違いが観察された。また、特徴的な発酵様式とプロファイルを示した運転についてクローンライブラリを作製し、その塩基配列の系統解析を行った。その結果、水素発酵が活発な運転ではThermoanaerobacterium thermosaccharolyticum(99-100%)が主要な細菌として同定された。本菌は糖資化性酸生成菌であり、酢酸・酪酸発酵により高効率に水素を生成する細菌であった。また、可溶化率が高い運転では、固形性都市ごみ(MSW; Municipal Solid Waste)中のタンパク質や繊維分分解などに関わると考えられる未培養細菌群(MSW cluster)に属する細菌やセルロース分解能を有するClostridium stercorarium(94, 97-100%)が主要だった。高効率な水素生成や可溶化に寄与する細菌(群)とパフォーマンスに相関があること、またその運転条件に関する知見が得られた。

2. メタン発酵における微生物群集の構造と機能

メタン発酵は有機物の可溶化、酸生成に続き、嫌気性消化の最末端段階を担うメタン生成アーキアの共生により、メタンや二酸化炭素をガスとして発生させる発酵様式である。酸生成過程で生じる低級脂肪酸は、共生酸化により酢酸や水素、二酸化炭素に変換され、水素/二酸化炭素は水素資化性メタン生成菌によりメタンへと変換される。酢酸はメタン生成環境において最も重要な中間代謝産物であり、嫌気環境下における酢酸からメタン生成反応は、全有機物分解の70%を占めるとされる。還元的酢酸生成の逆反応(酸化的酢酸分解)により共生酸化される場合、または硫酸塩などの無機電子受容体が存在し、還元細菌の電子供与体となる場合、酢酸は二酸化炭素へと酸化分解され、水素資化性メタン生成菌によりメタンへと変換される。また直接に、酢酸資化性メタン生成菌によりメタンと二酸化炭素にも変換され得る。本研究では、高効率メタン発酵リアクターを対象として、負荷変動における微生物群集の変遷とその構造、さらに酢酸からのメタン生成経路の解明を目的とした。

1) リアクターパフォーマンス CFSTRに生ごみ処理メタン発酵汚泥を満たし、模擬生ごみ廃水(2%ドッグフードスラリー)を処理する高温メタン発酵リアクター(55℃)を連続運転した。HRTを10.0→8.0→6.7→5.0→4.0日と段階的に短くして有機物負荷量を上げ、各HRTで十分な運転期間を取った運転のパフォーマンスをモニターした。HRT 4.0日の定常状態時においては、ガス生成量:3400~4000 ml day-1(CH4:85~90%、CO2:5~10%、H2:1%未満)、COD除去率とSS除去率:60~70%、低級脂肪酸として検出された酢酸とプロピオン酸がどちらも4mM以下と低い濃度を維持していた。また、メタン発酵の運転指標であるCODのメタンガス化率は90%以上の高い値であり、長期運転において安定且つ高効率なメタン発酵リアクターの構築に成功した。

2) 微生物群集の構造解析 HRTの変遷およびパフォーマンスの変化に伴う微生物群集の変遷を、細菌、アーキアの16S rRNA遺伝子を標的としたそれぞれのプライマーセットを用いたT-RFLPにより解析した。検出されたT-RFs(Terminal Restriction Fragments)の相対量の比較、PCAによるプロットの比較を行った。また、HRT 4.0日の定常状態におけるクローンライブラリを作製と系統解析、16S rRNAの dot blot hybridizationによるメタン生成菌の活性の定量を行った。

細菌群集のT-RFLPにおいては18個のT-RFs が検出され、変遷を比較するにはプロファイルが複雑であったが、3つの主要なT-RFが検出された。T-RFの相対量ならびにクローンライブラリでの相対量が最も多かったのは、Thermotogales目に属する発酵性の細菌であり、特に硫酸イオンの存在時は単独に酢酸を酸化分解し、非存在時は水素資化性メタン生成菌との共生により酢酸酸化を行うと考えられる未培養細菌であった。次いで、MSW clusterに属する未培養細菌、繊維分分解に関連すると考えられるにClostridiales目に属する未培養細菌であった。また、PCAによる解析では、十分に定常状態に至っていると考えられるポイントにおいても細菌群集は変遷し続けた。細菌群集はその複雑さから、それぞれの量を増減させることで運転状況の変化による有機物の負荷量や状態に対応し、常に有機物分解の群集としての微妙なバランスを保ちながら変化し続けていると示唆された。一方、アーキアの構造は細菌に比べてシンプルであり5つの T-RFs が検出され、2つの主要なT-RFが検出された。これらは、Methanoculleus.sp(水素資化性メタン生成菌)とMethanosarcina.sp(酢酸資化性メタン生成菌)であり、運転が高負荷且つ長期化するにつれてMethanoculleus.spが唯一主要となり、DNAおよびRNAにおいて全体メタン生成アーキアの90%近くを占めた。PCAにおいても群集としての集積が観察された。本メタン発酵の高効率なメタン生成には水素資化性メタン生成菌の寄与が大きいことが明らかとなった。また、固形分を多く含む廃水を用いたメタン発酵では、可溶化過程が律速となる。そこで発酵液を固形・液体画分に分離して群集構造を比較したところ、固形分特異的にタンパク質分解や繊維分分解に関わる未培養細菌、凝集性をもつ酢酸資化性メタン生成菌が高頻度に検出され、これらが安定なメタン生成に大きく寄与していることが示唆された。

3) 酢酸分解経路の解析 安定同位体標識された4mMの酢酸を添加したバッチ培養による気相に発生したガスをGC-MSで解析し、13CH4・13CO2の同位体分布からメタン生成過程における酢酸の変換経路の比率を評価した。その結果、酢酸酸化細菌と水素資化性メタン生成菌によるメタン生成が74-88%、酢酸資化性メタン生成菌によるメタン生成が12-26%程度であることが明らかになった。

3. まとめ

嫌気性ミクロフローラの接種による水素発酵(酸生成)について、エンジニアリングおよび微生物学的な知見を新規に得た。またメタン発酵における固形分の影響、酢酸酸化細菌と水素資化性メタン生成菌の共役による高効率な酢酸分解からメタン生成が起こっていることを高温嫌気発酵においてはじめて明らかにした。これらの研究により、高効率な水素発酵およびその後段となるメタン発酵において、微生物群集の構造とその機能に関する新規な知見を見出した。

審査要旨 要旨を表示する

化石燃料の枯渇が深刻化している一方で、生ごみ、各種汚泥などの未利用バイオマスは年々増加している。特に未利用バイオマスの大部分を占める生ごみは、水分含量が多く、焼却や埋立てによる処理が難しい状況にあう。そのため生ごみからエネルギー回収は重要な課題であり、その技術としては嫌気性消化法が挙げられる。嫌気性消化のプロセスは嫌気的に生育する微生物の働きにより高分子有機物を水素やメタン、二酸化炭素に還元分解するものであり、可溶化過程、酸生成過程、メタン生成過程の3段階からなる。これらの反応は複数の微生物種によって同時並行的に行われる複雑な反応である。本研究では、模擬生ごみを処理する水素発酵、メタン発酵を対象として、高効率なリアクターの構築と、高効率処理に関与する微生物群集の構造と機能を明らかにすることを目的とした。生ごみからの嫌気性消化における各代謝段階に関与する微生物の知見は、安定なリアクターの運転維持や、さらにはエネルギー回収の高効率化につながると期待される。

1.高効率な可溶化および水素発酵の研究

水素発酵とは、運転条件の制御によってメタン生成菌の生育を抑制し、可溶化・酸生成過程までのみを進行させることで生じる余剰電子を水素ガスとして回収する発酵様式である。しかし固形分を含む廃棄物からの高効率な水素発酵に関する報告はない。、そこで、嫌気性ミクロフローラの接種による可溶化および水素発酵の最適化のため、pHと水理学的滞留時間(HRT)を制御したリアクターを運転した。各運転め定常状態時の細菌群集構造を解析することで、発酵様式と細菌を特徴付けることを目的とした。解析の結果、弱酸性のpH(5,6)且つ短いHRT(<1.0日)の運転で、顕著な水素ガス生成が観察された。その回収率は、他の水素発酵の報告と比較して非常に高い値であった。水素生成が活発な運転ではThermoanaerobacterium thermosaccharolyticumが主要な細菌として同定された。一方、中・アルカリ性pH(7,8)且つ長いHRT(>4,0日)の運転において、可溶化の効率が高いことが明らかになった。可溶化率が高い運転では、生ごみ中のタンパク質や繊維分分解などに関わると考えられる未培養細菌群やセルロース分解能を有するClostridium stercorariunが優占化していた。

2.高効率なメタン発酵の研究

メタン発酵は有機物の可溶化、酸生成過程に続き、嫌気性消化の最末端段階を担うメタン生成菌の共生により、メタンや二酸化炭素を発生させる発酵様式である。酸生成過程で生じる低級脂肪酸は共生酸化によってのみ酢酸や水素、二酸化炭素に分解され、メタン生成菌によりメタンへと変換される。特に酢酸は嫌気的有機物分解における中心中間代謝産物であり、酢酸からメタン生成反応は全有機物分解の70%を占めると報告されている。しかし酢酸の分解経路は知られているものの、その寄与の割合に関する知見はない。またメタン発酵は未利用バイオマスの有効利用を目的に研究開発が進んでいるが、生ごみのような負荷量が高い廃棄物を長期間、高効率に処理するメタン発酵リアクターを解析した研究は少なく、その理解は十分ではない。そこで本研究では、はじめに模擬生ごみを高効率に処理するメタン発酵を構築し、次に各発酵段階を担う微生物群集の経時的および空間的な変遷、さらにはメタン生成活性、酢酸からのメタン生成経路を解明することを目的とした。

HRTを段階的に短くして負荷量を上げる運転により、最終的にHRT4.0日という短い滞留時間にもかかわらず、長期間、安定で高効率なメタン発酵リアクターの構築に成功した。次に、経時的に採取した発酵液をもとに、HRTの変化に伴う微生物群集の変遷、商効率運転時の微生物種を、細菌・アーキアのT-RFLPおよびTAクローニングにより解析した。その結果、本メタン発酵における細菌群集は、十分に定常状態に至っていると考えられる地点においても変遷し続け、アーキア群集は1種に集積していることが明らかとなった。高効率運転時に最も優占化していた細菌は、Thermotogalesに属する未培養細菌であり、酢酸の酸化分解を担うと示唆された。また模擬生ごみの固形分上では、タシパク質や繊維分分解に関与する細菌群が優占化しており、これらは高効率な可溶化を担っているものと考えられた。一方、アーキアでは水素資化性メタン生成菌であるMethanoculleus thermopyilusが唯一、優占化して検出された。しかし固形分上でのみ、酢酸資化性メタン生成菌のMetyanosarcina thermophiaが優占化して検出された。それらのメタン生成活性をrRNAの定量により見積もったところ、水素資化性メタン生成菌の活性が検出されたメタン生成菌のうちの90%以上を占め、優先化していた。よって、高効率メタン発酵時には水素からのメタン生成が、主要な役割を担っていることが明らかになった。さらに、安定同位体標識された酢酸を用いて、発生したガスの同位体分布から酢酸の分解経路の比率を算出した。その結果、酢酸酸化細菌と水素資化性メタン生成菌によるメタン生成が約80%、酢酸資化性メタン生成菌によるメタン生成が約20%であることが明らかになった。

本研究では、嫌気性ミクロ7ローラの接種による高効率な水素発酵について、エンジニアリングおよび微生物学的な知見を新規に得た。本研究による高効率な水素生成に関する知見は、実機の水素発酵の運転に役立つと期待される。メタン発酵では、酢酸酸化細菌と水素資化性メタン生成菌の共役による高効率な酢酸分解によって、メタンが生成されていることをはじめて明らかにした。また固形分上に存在する微生物を直接的に検出し、評価した。以上、本研究は、目的の発酵様式に最適なミクロフローラのデザイン化を可能とする道を切り開いたものとして、応用上また学術上寄与するところが多い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位としてふさわしいと認めた。

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