学位論文要旨



No 123562
著者(漢字) 荒井,斉祐
著者(英字)
著者(カナ) アライ,セイスケ
標題(和) 出芽酵母におけるゴルジ体インヘリタンスの分子機構
標題(洋)
報告番号 123562
報告番号 甲23562
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3266号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 准教授 前田,達哉
 東京大学 准教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

真核生物は,細胞分裂に伴いそのオルガネラを娘細胞に適切に引き継がせる.これは,細胞の生存に必須である.特に,出芽酵母の様な非対称な細胞質分裂を行う生物では,分配の遅れや不足は,娘細胞にとって不利であり子孫を残すという観点から好ましくない.逆に,娘細胞へのオルガネラの過剰な分配は,母細胞の分裂後の生育,生存にとってダメージとなる.オルガネラの分配は,母細胞から娘細胞へとものを運ぶだけの単純な過程ではなく,オルガネラの生合成,その構造,機能維持等のメカニズムと密接に関係しており極めて重要である.

出芽酵母において,基本的にオルガネラは,母細胞から娘細胞へ伸びたアクチンケーブルの上を走るミオシン分子により行われている事がよく知られている.液胞,ミトコンドリア,ペルオキシソームについては,各々の分配を担うクラスVミオシンであるMyo2のレセプターが見いだされており,これらを正確に娘細胞へと分配するメカニズムの解析が比較的良く進んでいる.しかしながら,ゴルジ体の分配に関しては,上記のオルガネラと同様にアクチン-ミオシン系に依存している事が報告されているものの,その詳細な機構は不明である.

本研究は,まず,出芽時におけるゴルジ体の母細胞から娘細胞への分配においてミオシンとゴルジ体の結合を仲介するMyo2レセプター候補分子を見いだし,次いでその分子の詳細な機能解析を通じて,出芽酵母におけるゴルジ体インヘリタンスの分子機構を明らかにする事を目的とした.

1. ゴルジ体膜に局在するRet2とYpt11の結合

小胞体から出芽したCOPII小胞をearly Golgiとドッキングする段階で機能するsmall GTPaseでYpt/Rabファミリータンパク質に属するYpt1と,ゴルジ体から小胞体への逆行輸送を担う小胞を形成するCOP Iコート複合体の構成成分でありゴルジ体膜に局在するRet2が遺伝学的,物理的に相互作用する事,また,出芽酵母に存在するYpt1と相同性の高い他のYpt/Rabファミリータンパク質(Ypt6,7,10,11,31,32,51,53,Sec4の9種)とRet2の結合を検討した結果,Ypt11とRet2の結合は,他のYpt/Rabタンパク質との結合と比較して最も強い事が当研究室の過去の研究により示されていた.しかし,Saccharomyces Genome DatabaseにおいてYPT11の配列が修正され,従来の配列よりも186塩基上流からORFが始まり,アミノ酸が355でなく417に増えたタンパク質が,細胞内で機能する本来のYpt11である可能性が高い事が示唆された.そこで本研究においては,まず,このN末が延長した配列のYpt11もやはりRet2と強く結合するのかを確認し,また同時に,Ypt1を含めた10種のYpt/Rabタンパク質とRet2の結合についても比較検討した.GST融合Ypt/Rabタンパク質を大腸菌で大量発現させ,Glutathione-Sepharose beadsを用いて精製し,Ret2-3HAを発現させた酵母サイトゾルを用いてGST pull-down assayにより結合を検討した.その結果,再現性良くYpt1,6,11,32,Sec4とRet2の結合が認められ,その中でもやはりYpt11とRet2の結合が他のYpt/Rabタンパク質とRet2の結合に比べ顕著に強い事が確認された.また,mycタグでラベルしたRet2とHAタグでラベルしたYpt11を高発現させた酵母ライセートを用いて免疫沈降実験を行ったところ,両者は共沈する事が見いだされ,Ypt11とRet2はin vivoにおいても結合している事が明らかとなった.

Ypt11は,Myo2と結合する事,また,その結合を通じてミトコンドリアの娘細胞への分配,retentionに関与している事が東京大学理学部松井泰博士らにより報告されている.この事と,我々が見いだしたYpt11とゴルジ体膜に局在しているRet2が強く結合している事実を合わせて考え,Ypt11-Ret2複合体がアクチン依存的なゴルジ体の娘細胞への分配を担うMyo2レセプターとして機能しているのではないかと予想し以降の検討を行った.

2. Ypt11の過剰発現,遺伝子欠損がゴルジ体の細胞内局在に及ぼす影響

もし,Ypt11-Ret2複合体がゴルジ体の分配で機能しているのであれば,その欠損や結合を壊す事,また,その過剰発現はゴルジ体の局在に影響を及ぼすと考えられる.そこで,early Golgiとlate Golgiに局在しているRet2,early Golgiに局在するOch1,late Golgiに局在するSft2をGFPあるいはHAタグでラベルし,その局在に対するypt11の欠損や過剰発現の影響を蛍光顕微鏡により観察した.3つのマーカータンパク質は,野生株とypt11遺伝子欠損株において母細胞及び,娘細胞にほぼ均等に典型的な酵母のゴルジ体ドットとして観察された.GALプロモーターによりYpt11を過剰発現した細胞では,これらのマーカータンパク質が娘細胞へ偏って局在する細胞が数多く観察された.それに対し,Myo2との結合能が失われたYpt11変異体を過剰発現した細胞においては,全てのマーカータンパク質の娘細胞への集中は全く観察されなかった.次に,Ypt11とRet2の結合が上記の娘細胞へのゴルジ体の過剰な移行に必要かどうかを検討する為に,Error-prone PCR法によりRET2全長にランダムに変異を導入し,Ypt11との結合能が低下したret2温度感受性変異株の取得を試みた.その結果,Ypt11との結合能が明らかに低下しているret2温度感受性変異株を取得した.このret2温度感受性変異株において,Ret2,Och1,Sft2の局在は野生株と比較して全く変化は見られなかった.しかしながら,このret2温度感受性変異株でYpt11を過剰発現したところ,野生株においてYpt11を過剰発現した際に生じるゴルジ体の娘細胞への集中が全く観察されない事が分かった.また,Ypt11を過剰発現した細胞では,ミトコンドリアの娘細胞へ集中と著しい生育阻害が生じる事が報告されている.ret2温度感受性変異株において,Ypt11の局在,アクチン染色像に異常は見られず,また,Ypt11を過剰発現した際に生じるミトコンドリアの娘細胞への集中も観察された.しかしながら,ret2温度感受性変異株ではYpt11を過剰発現してもその生育に影響は全く生じなかった事から,Ypt11過剰発現による生育阻害はゴルジ体の娘細胞への過剰な分配が原因であると考えられた.

次に,late Golgiに特異的に局在する表在性の膜タンパク質であり,late Golgiの非常に良いマーカータンパク質として頻繁に用いられているSec7の局在について検討した.同じlate Golgiマーカータンパク質であるSec7がSft2と異なる点は,野生株において細胞周期の一時期にSec7は娘細胞に偏って局在する事である.Ypt11を過剰発現した細胞では,このSec7が娘細胞へ偏って局在する割合は約5%上昇するのみで大きな変化は見られなかった.しかし,非常に興味深い事に,ypt11遺伝子欠損株ではSec7の娘細胞への偏った局在が完全に失われる事を見いだした.さらに,Myo2との結合能が低下したypt11変異タンパク質を野生型タンパク質の替わりに発現する株,及びYpt11との結合能が低下したret2温度感受性変異株においてもSec7の娘細胞への偏った局在が殆ど認められなかった.以上の実験結果より,Ypt11が,おそらくはMyo2とRet2との結合を仲介する分子として機能する事により,ゴルジ体の娘細胞へのインヘリタンスに関与している事が強く示唆された.

3. GFPでラベルしたSec7の生細胞観察

Ypt11がゴルジ体の娘細胞へのアクチン依存的なインヘリタンスに関与しているなら,それは母細胞から娘細胞へとゴルジ体を輸送する経路で働いているのか,運ばれたゴルジ体を娘細胞に繋留する過程で機能をしているのか,またはその両方なのかを明らかにする為に,野生株,及びypt11遺伝子欠損株における,Sec7-3xGFPで可視化したlate Golgiの動きについて生細胞を用いたタイムラプス観察により比較検討した.その結果,野生株において,Sec7-3xGFPは母細胞から娘細胞へと極性を持った軌跡を示す細胞が観察された.それに対し,ypt11遺伝子欠損株において,野生株とは異なり,多くのSec7-3xGFPを持つゴルジ体槽は動きが殆ど無く停止した状態であった.また,幾つかのSec7において動きが観察されたが,その動きはランダムであり母細胞から娘細胞へと極性をもった軌跡を描くSec7は全く観察されず,その移動速度も野生株と比較して明らかに早かった事から,アクチン非依存性的な動きである事が推測された.さらに,アクチン重合阻害剤Lat-Aで処理した細胞においては,ypt11遺伝子欠損株におけるSec7と同様に殆ど停止した状態であった.次に,FLIP(fluorescence loss in photobleaching)を用いてSec7の動きを解析した.FLIPは,調べたい領域外の全細胞1/4-1/2程度をブリーチする操作を一定時間おきに繰り返す事によって,調べたい領域からmobileな分子が消失し,その結果,残ったimmobileな分子の蛍光量を測定する事が出来る手法である.本研究においては,Sec7の蛍光量について調べたい領域を母細胞全体とし,母細胞からSec7が移動してくる娘細胞全体をブリーチング領域とした.上記のタイムラプス観察より,野生株ではSec7は母細胞から娘細胞へと積極的に極性をもって運ばれているのに対し,ypt11遺伝子欠損株とLat-A処理細胞ではSec7は殆ど停止していた.この事から,おそらく野生株では母細胞における蛍光量の低下が,ypt11遺伝子欠損株とLat-A処理細胞と比較して早くなるという結果が得られると予想した.娘細胞全体の蛍光を1秒間隔でブリーチし続け,母細胞中に残ったSec7-GFPの蛍光量を測定した結果,母細胞中の蛍光半減期を示すHalf lifeの値が,野生株では64.9(arbitrary unit),ypt11遺伝子欠損株では162.0,Lat-A処理細胞では151.0と,予想通り野生株での母細胞中のSec7-GFPの蛍光半減期が2倍以上短い事が明らかとなった.この結果は,ypt11遺伝子欠損株では,ゴルジ体とMyo2を結ぶ事が出来ず,また,Lat-A処理細胞では運ぶレールであるアクチンケーブルが失われた事によりSec7が移動出来なくなった事に起因していると結論した.

以上,本研究によりゴルジ体は,ゴルジ体膜に存在しているRet2とYpt11が結合し,Ret2-Ypt11複合体にMyo2が結合する事でアクチンケーブルに沿って母細胞から娘細胞へと分配される事が初めて示された.

図.Myo2によるゴルジ体インヘリタンスの模式図

審査要旨 要旨を表示する

真核生物の様々なオルガネラは、細胞内を区切って高度な細胞機能を担い、細胞分裂に伴って適切に娘細胞に引き継がれる。非対称な細胞分裂を行う出芽酵母において、オルガネラはアクチンケーブル上を走るクラスVミオシンにより娘細胞に運ばれ、液胞・ミトコンドリア・ペルオキシソームでは、これらとミオシンをつなげる分子も明かにされている。本論文は、これまで未知であったゴルジ体の分配に関わる分子を発見し、詳細な機能解析を通じて、ゴルジ体インヘリタンスの分子機構を明らかにしたものである。

第一章では、ゴルジ体膜に局在するRet2とYpt11の結合について述べている。小胞輸送で機能するYpt/Rabファミリータンパク質10種と、逆行輸送小胞を形成するCOPIコート複合体の構成成分でゴルジ体膜に多く局在するRet2の結合を検討した。Ypt1,Ypt6,Ypt11,Ypt32,Sec4とRet2が結合し、中でもYpt11とRet2の結合が最も強かった。Ypt11はMyo2と結合しミトコンドリアの分配に関わると報告されており、ゴルジ体の分配にRet2-Ypt11複合体が関わることを予想した。

第二章では、Ypt11の過剰発現や遺伝子欠損がゴルジ体の細胞内局在に及ぼず影響について述べている。ゴルジ全般に局在するRet2、earlyゴルジのOch1、lateゴルジのSft2の局在を蛍光顕微鏡で観察した。3つのマーカーは、野生株とypt11欠損株において母細胞と娘細胞に均等に、典型的なゴルジ体ドットとして観察された。GALプロモーターによりYpt11を過剰発現すると、これらのマーカーが娘細胞に偏って局在する細胞が多数観察された。Myo2と結合しないYpt11変異体を過剰発現しても、全てのマーカーの娘細胞への集中は観察されなかった。次に、Error-prone PCR法でRET2全長にランダムに変異を導入し、Ypt11との結合能が低下したret2-u1温度感受性変異株を取得した。この変異株においてRet2、Och1、Sft2の局在は野生株と変わらないが、Ypt11を過剰発現しても娘細胞への集中が全く起きなかった。このときYpt11の局在やアクチン染色像に異常は見られず、ミトコンドリアの娘細胞への集中も観察された。

次に、lateゴルジマーカーの表在性膜タンパク質Sec7の局在を調べた。類似のlateゴルジマーカーSft2と異なり、Sec7は野生株で細胞周期の一時期に娘細胞に偏って局在する。Ypt11欠損株ではこのSec7の娘細胞偏在がまったく起こらなかった。さらに、Myo2との結合能が低下したypt11変異株、及びYpt11との結合能が低下したret2-u1変異株において、Sec7の娘細胞偏在は殆ど認められなかった。以上より、Ypt11が、Myo2とRet2を仲介する分子としてゴルジ体のインヘリタンスに関与している事が強く示唆された。

第三章では、GFP標識したSec7の生細胞観察について述べている。ゴルジ体の娘細胞へのアクチン依存的インヘリタンスにRet2-Ypt11が関与しているなら、それは母細胞から娘細胞にゴルジが移動する過程か、運ばれたゴルジを娘細胞に繋留しているのか、またはその両方かを明らかにする為、野生株およびypt11欠損株における、Sec7の動きを生細胞タイムラプス観察により比較検討した。野生株においては、Sec7が母細胞から娘細胞へ極性をもつ軌跡を示す細胞が観察された。それに対し、ypt11欠損株でSec7は動きが殆ど無く停止したままであった。さらに、アクチン重合阻害剤Lat-Aで処理した細胞では、ypt11欠損株と同様に殆ど停止したままであった。次に、FLIPでSec7の動きを定量的に解析した。FLIPは、調べたい領域外のブリーチを繰り返し、調べたい領域に残る分子の蛍光量を,測定する。娘細胞をブリーチし、母細胞の蛍光量を測定した。蛍光半減期(sec)は、野生株で65、ypt11欠損株で162、Lat-A処理細胞で151と、無処理・野生株の蛍光半減期が2倍短かった。これらはypt11欠損株ではゴルジ体とMyo2がつながれず、Lat-A処理ではレールが失われるためで、Ret2-Ypt11はゴルジの移動に関わると考えられる。

以上、本論文は、ゴルジ膜上のRet2とYpt11が結合し、この複合体にMyo2が結合して、酵母ゴルジ体がアクチンケーブルに沿って母細胞から娘細胞に分配されることを初めて明らかにしたもので、これらの研究成果は、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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