学位論文要旨



No 123564
著者(漢字) 奥田,傑
著者(英字)
著者(カナ) オクダ,スグル
標題(和) In vivo光架橋法によるLol因子間の相互作用解析
標題(洋)
報告番号 123564
報告番号 甲23564
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3268号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 准教授 前田,達哉
 東京大学 准教授 大西,康夫
 東京大学 准教授 西山,賢一
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

グラム陰性細菌である大腸菌は、外膜、ペリプラズム空間、内膜、および細胞質の4つのコンパートメントから成り立っている。外膜と内膜にはN末端のシステイン残基が脂質で修飾されたリポ蛋白質が約90種類存在しており、細胞の形態維持、細胞分裂、物質輸送、薬剤排出など多くの重要な細胞機能を担っている。

リポ蛋白質は、大腸菌の生育に必須な5つのLol因子によって正しく局在化する。外膜局在化シグナルを持つリポ蛋白質は内膜上で成熟体となり、内膜に存在するABCトランスポーターLolCDE複合体によって認識され、ATPの加水分解エネルギーを利用してLolAと1:1の水溶性複合体を形成し、内膜から遊離する。LolAとの複合体となった外膜リポ蛋白質はペリプラズム空間を横断した後、親和性の差によりエネルギー非依存的に外膜リポ蛋白質受容体LolBへと受け渡され、LolBの働きにより外膜に組み込まれる。一方、内膜局在化シグナルを持つリポ蛋白質はLolCDEによる認識を回避するため、内膜に局在する。

LolAはリポ蛋白質局在化機構の中心に位置し、リポ蛋白質を含めたすべての因子と相互作用すると考えられる。したがって、LolAの詳細な機能解析は、リポ蛋白質局在化機構を分子レベルで理解するために重要と考えられる。そこで本研究では、

1) LolAとLolBの結晶構造の比較により、機能に重要であると推測されるLolAのC末端領域の欠失変異体を作製し、その機能解析を行った。

2) Lol因子間の相互作用を解明するため、LolAに部位特異的に光架橋性の分子を導入し、in vivoで各因子との相互作用を解析した。

2. LolAのC末端欠失変異体の機能解析

LolAとLolBは結晶構造解析の結果、互いの一次構造の相同性は低いにも関わらず、立体構造はよく似ており、LolABフォールドという特徴的な立体構造をとっていることが明らかとなった。共に11本の逆平行β-ストランドにより構成されるハーフバレルに、3本のα-ヘリックスの蓋がついたような構造をとっており、その内部は疎水的なキャビティを形成している。LolAのC末端には、LolBには存在しない短いヘリックス(310)と平行β-ストランド(β12)を含むループ領域が存在しており、C末端領域の構造上の違いが両因子の機能の違いに寄与していると推測される。そこで、本研究では図1に示した12種類のLolAのC末端欠失変異体を作製し、それらの機能を解析することによりC末端領域の役割を解明することを試みた。

これらのLolA変異体を単独で発現させた大腸菌の生育を調べたところ、β12を欠失させた変異体(例:C6)を単独で発現させた大腸菌の生育は一時的に低下したのに対し、310ヘリックスを欠失させた変異体(例:C8)を単独で発現させた大腸菌は生育することができなかった。また、これらの変異体のリポ蛋白質遊離活性、受け渡し活性は共に低下しており、C末端領域の重要性が示された。さらに、これらの変異体とリポ蛋白質との複合体は安定性が低下していたことから、LolAのC末端領域はリポ蛋白質との安定な複合体を形成するために重要な役割を果たしていることが示唆された。特にC8はリポ蛋白質と安定な複合体を形成できないため、膜のような疎水性物質が存在すると容易にリポ蛋白質を失った。これらの結果は、LolAのC末端領域の重要性を明らかにするだけでなく、LolA、LolBの共通の構造である疎水的キャビティがリポ蛋白質との結合サイトであることを示唆している。

3. In vivo光架橋法によるLol因子間の相互作用解析

Lolシステムによるリポ蛋白質の輸送機構は、これまでに変異体の機能解析や結晶構造の解析から進められてきた。その結果、それぞれの因子の作動機構は、かなり詳細に明らかになっている。しかし、リポ蛋白質の受け渡し反応を引き起こすLolCDEとLolA、LolAとLolB間にどのような相互作用があるかは全く不明である。この理由として、これらのLol因子間の相互作用はごく一過的であることが考えられる。Lol因子間の相互作用解析はリポ蛋白質の輸送機構を理解する上での最重要課題の一つであるが、これらの相互作用を解析するには、新たな実験系の導入が必要である。

蛋白質の相互作用解析法の一つとして、in vitroでの光架橋反応がある。しかし、in vitroでの光架橋反応は、まず光架橋性のアミノ酸をtRNAに結合させ、そのアミノアシルtRNAを用いて翻訳を行い、その後精製、光架橋、と手間がかかるため網羅的解析には適していない。そこで近年、生体内で光架橋性の人工的なアミノ酸を蛋白質に導入する技術が開発され、in vivoでの光架橋反応が可能になった。この実験系では細胞内で部位特異的に光架橋性のアミノ酸を導入した蛋白質を発現させ、細胞に特定の波長の光を照射するだけで光架橋反応が起こるため、in vitroの実験系と比較すると簡易で、網羅的な解析にも有効な手段と考えられる。また、架橋反応がin vivoで行われるため、より生体内での状態を反映した結果が得られることが期待される。そこで本研究では、in vivo光架橋法を用いてLolAを中心としたLol因子間の相互作用解析を試みた。

プラスミドpSup-BpaRS-6TRNは、pBPA(p-benzoyl phenylalanine) (図2)と結合するamber suppressor tRNAと、pBPA-tRNAを合成するアミノアシルtRNA合成酵素の両方を発現する。プラスミドpCDF-Duet-LolA-FLAG は、LolA-FLAGの任意の部位をamber codon (TAG)に変えたLolA変異体を発現させる。これら2種のプラスミドを大腸菌BL21に導入した。amber suppressor tRNAがamber codonを認識してpBPAを導入するため、この株では任意の残基にpBPAを導入したLolA変異体を発現させることが可能である。変異を導入する部位は、分子全体に分布するように選んだ。図3でstick modelで側鎖を表示した残基がpBPAを導入した位置である。さらにこの株に、LolAとの相互作用を解析したい蛋白質(LolCDE、または可溶性にしたLolB変異体mLolB-his)を発現させるプラスミドを導入し、LolA変異体と同時に過剰発現させた。この菌体に365 nmのUV光を照射することにより、光架橋反応を行なった。また基質であるリポ蛋白質の一つPalを過剰発現させる際は、LolA変異体がコードされたDuet vectorから同時に過剰発現させた。光架橋反応を行った菌体を回収し、SDS-PAGE、Western blottingを行い、任意の抗体を用いて光架橋産物を検出した。

架橋実験の結果、図3に示したLolAのSide viewのハーフバレル上部(丸で囲んだ領域)がLolCとmLolBの両方との相互作用に重要な領域であることが明らかになった。すなわちLolAのこの領域が、LolCDEからのリポ蛋白質の受け取りとLolBへのリポ蛋白質の受け渡しの両方に関わっていると考えられる。LolAが、細胞質に存在するLolDと架橋されないのは予想通りだが、興味深いことにLolCと配列上相同性があり、膜配向性もよく似たLolEとは架橋されなかった。この結果は、これまでに解明されていないLolCとLolEの機能の違いを示していると考えられる。

Palと架橋した部位は、mLolB-hisやLolCと架橋した部位に加えて、LolAのキャビティの内部の残基(例:β1のF20、図3の矢印)に及んだ。この結果は、LolAはキャビティの内部にリポ蛋白質の一部を包み込むようにして輸送しているという、これまで考えられてきたモデルを支持している。

本研究はこれまで明らかでなかったLol因子間の相互作用解析を試みたものである。本研究により、LolAが他のLol因子と相互作用する際に重要な領域が明らかになった。現在までにin vivo光架橋法を用いて蛋白質同士の相互作用を解明した報告はほとんど例がない。したがって、この技術を用いてLol因子のように一過的な蛋白質同士の相互作用がうまく解析できたことは、他の蛋白質の機能解析にもすぐれた実験手法になると考えられる。近年、グラム陰性細菌の外膜蛋白質の組み込みに関与する複合体が解明され始め、その複雑な複合体の相互作用に注目が集まっている。in vivo光架橋法は、このような複雑な複合体の解析や新たな相互作用因子の探索にも適していると考えられ、今後様々な系に応用されることが予想される。

審査要旨 要旨を表示する

グラム陰性細菌である大腸菌の外膜と内膜にはN末端のシステイン残基が脂質で修飾されたリボ蛋白質が約90種類存在している。外膜局在化シグナルを持つリポ蛋白質は内膜上で成熟体となり、内膜に存在するABCトランスポーターLolCDE複合体によって認識され、ATPの加水分解エネルギーを利用してLolAと1:1の水溶性複合体を形成し、内膜から遊離する。LolAとの複合体となった外膜リポ蛋白質はペリプラズム空間を横断した後、親和性の差によりエネルギー非依存的に外膜リポ蛋白質受容体LolBへと受け渡され、LolBの働きにより外膜に組み込まれる。内膜局在化シグナルを持つリポ蛋白質はLolCDEによる認識を回避するため、内膜に局在する。本研究は、LolAとLolBの結晶構造の比較により、機能に重要であると推測されるLolAのC末端領域の役割を解析し、続いて、LolAに部位特異的に光架橋性の分子を導入し、in vivoで各因子との相互作用を解析したものである。

1.LolAのC末端欠失変異体の機能解析

LolAとLolBは結晶構造解析の結果、互いの一次構造の相同性は低いにも関わらず、立体構造はよく似ている。LolAのC末端には、LolBには存在しない短いヘリックス(3(10)ヘリックス)と平行β-ストランド(β12)を含むループ領域が存在しており、C末端領域の構造上の違いが両因子の機能の違いに寄与していると推測される。β12と3(10)ヘリックスを欠失させた変異体のリポ蛋白質遊離活性、受け渡し活性は共に低下しており、C末端領域の重要性が明らかになった。さらに、LolAのC末端領域はリポ蛋白質との安定な複合体を形成するために重要な役割を果たしていることが示された。

2.In vivo光架橋法によるLol因子間の相互作用解析

Lolシステムによるリポ蛋白質の輸送機構は、これまでに変異体の機能解析や結晶構造の解析から進められ、それぞれの因子の作動機構は、かなり詳細に明らかになっている。しかし、リポ蛋白質の受け渡し反応を引き起こすLolCDEとLolA、LolAとLolB間にどのような相互作用があるかは全く不明である。このごく一過的なLol因子間の相互作用を解析するため、in vivoでの光架橋反応を用いてLolAを中心としたLol因子間の相互作用を解析した。

光感受性化合物pBPA(p-benzoyl Phenylalanine)を任意の位置に導入したアンバーコドンに対応して挿入するため、古細菌由来のサプレッサーtRNAとアミノアシルtRNA合成酵素を大腸菌に導入し、任意の残基をアンバーコドン(TAG)に変換したLolA変異体を発現させた。さらにこの株に、LolAとの相互作用を解析したい蛋白質(LolcDE、または可溶性にしたLolB変異体mLolB-his)を発現させるプラスミドを導入し、LolA変異体と同時に過剰発現させた。この菌体に365nmのUV光を照射することにより、光架橋反応を行なった。また基質である外膜リポ蛋白質Palを過剰発現させた。光架橋反応産物は、SDS-PAGE、Western blottingにより検出した。

架橋実験の結果、LolAの疎水性キャビティーの入り口部分に存在する残基が、LolCやLolBとの相互作用に重要な領域であることが明らかになった。すなわちLolAのこの領域が、LolCDEからのリポ蛋白質の受け取りとLolBへのリポ蛋白質の受け渡しの両方に関わっていると考えられる。LolAが、細胞質に存在するLolDと架橋されないのは予想通りだが、興味深いことにLolCと配列上相同性があり、膜配向性もよく似たLolEとは架橋されなかった。この結果は、これまでに解明されていないLolCとLolEの機能の違いを示していると考えられる。

Palと架橋した部位は、LolBやLolCと架橋した部位に加えて、LolAのキャビティの内部の残基に及んだ。この結果は、LolAはキャビティの内部にリポ蛋白質の一部を包み込むようにして輸送しているという、これまで考えられてきたモデルを支持している。

以上、本論文は、LolAを中心としてこれまでに未知の因子間相互作用とLolAのC末端領域の役割を明らかにしたものであり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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