学位論文要旨



No 123565
著者(漢字) 小口,友樹
著者(英字)
著者(カナ) オグチ,ユウキ
標題(和) 蛍光基質を用いたLolAとLolBのHydrophodic Cavityの解析
標題(洋)
報告番号 123565
報告番号 甲23565
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3269号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 准教授 田中,寛
 東京大学 准教授 西山,賢一
内容要旨 要旨を表示する

グラム陰性菌である大腸菌は細胞質膜の外にもう1つ膜構造を有するため、細胞質、内膜、ペリプラズム空間、および外膜の4つのコンパートメントから成り立っている。大腸菌の内膜と外膜には、N末端のシステイン残基が脂質で修飾されて膜にアンカーしているリポ蛋白質とよばれるものが約90種類存在し、それらは形態維持、薬剤排出、細胞分裂、蛋白質局在化など多くの重要な細胞機能を担っている。

外膜特異的に局在するリポ蛋白質はシグナルペプチドをもつ前駆体として細胞質で合成され、膜内在性の3種の酵素により内膜上で脂質修飾を受けて成熟体となる。その後外膜リポ蛋白質は内膜に存在するABCトランスポーターLolCDE複合体によってATP依存的に内膜から遊離させられ、リポ蛋白質特異的シャペロンLolAと1:1の水溶性複合体を形成する。LolAと複合体を形成した外膜リポ蛋白質はペリプラズム空間を横断した後、自身も外膜リポ蛋白質であるLolBへとエネルギー非依存的に受け渡され、その後LolBによって外膜に挿入されることで局在化が完了する。

X線結晶構造解析より、LolAとLolBの構造はよく似ており、両者ともハーフバレルと呼ばれる構造をとっており、リポタンパク質が結合すると考えられる疎水的なCavityとそれを覆うα-helixの蓋を有していることが明らかにされた(図1)。α-helixの蓋はLolAでは閉じられているのに対し、LolBでは閉じられていなかった。またLolBにおいてのみ、結晶化を行なう際に使用した緩衝液に含まれる沈殿剤PEGMMEを疎水的なCavityにとらえた構造が得られた。

最近、LolAの蓋の開閉を担っていると考えられている残基に変異を導入したLolA(R43L)変異体のX線結晶構造解析が行なわれ、2種類の構造が存在していることが明らかになった。1つは野生型のLolAと基本的に同じ構造をしており、Cavityがα-helixの蓋によって閉じられた構造(Closedform)をしていた。もう一方ではα-helixの蓋が大きく移動しており、Cavityが溶媒へと露出した構造(Open form)をとっていた(図2)。野生型のLolAが構造解析された際にはOpen formは観察されなかった。LolA(R43L)では、α-helixの蓋をつなぎ止めていた43番目のArgがLeuに置換されたため、α-helixの蓋に可動性が生じたと考えられた。しかし実際にLolAがClosed formやOpen formをとるかは不明であった。また、これまでにLolBの構造変化に関する知見も得られていない。LolAやLolBが実際に大きな構造変化をするのであれば、それらを解析する事はLolAやLolBのリポ蛋白質との相互作用を理解する上でも非常に興味深い。

そこで本研究では始めにLolA(R43L)の構造解析で得られた知見をもとに、蛍光試薬を用いてLolAの構造変化の解析を行なった。

LolAのClosed form、Open formの検証

蛍光試薬であるbis-ANSは水溶液中ではほとんど蛍光が検出されないが、蛋白質の疎水的な部位と相互作用すると蛍光強度が著しく増加する。精製したLolA、LolA(R43L)にbis-ANsを加え蛍光強度の測定を行なった。LolAを加えた場合は蛍光強度の増加はわずかであった。一方LolA(R43L)を加えた場合は非常に大きな蛍光強度の増加が見られた。この結果より、LolAはそのほとんどがClosedformとして存在しており、bis-ANSがCavityに入る事ができないと考えられる。一方、LolA(R43L)の中にはOpen formが存在するため、疎水的Cavityにbis-ANSが作用できると推察された。

LolA-リボ蛋白質複合体のClosed form、Open formの検証

LolAはそのほとんどがClosed formとして存在している事が示唆されたが、リポ蛋白質と複合体を形成する際にはOpen formへ変換されると考えられる。そこで実際にLolAとリポ蛋白質の複合体を発現精製し、bis-ANSの結合を調べた。LolA-リポ蛋白質複合体は同一のプラスミド上でLolAと外膜リポ蛋白質であるPalを過剰発現させることで、LolAとPalの比率が1:1の複合体を精製した。1)LolA-Palにbis-ANSを加えたところ、LolA(R43L)にbis-ANSを加えた場合と同程度まで蛍光強度が大きく増加した。

次にLolA(R43L)がどの程度の比率でOpen formを形成しているのかを明らかにすることを目的とし、LolA(R43L)-Pal複合体として精製し、bis-ANSによる検証を行なった。LolA(R43L)-Palにbis-ANSを加えたところ、蛍光強度の増加はLolA-PalやLolA(R43L)にbis-ANSを加えた場合と同程度であった。また、bis-ANSの最大蛍光強度を示す波長がほぼ一致した。これらのことからbis-ANSはLolA-Pal、LolA(R43L)およびLolA(R43L)。Palと相互作用する際、同じ部位に作用している事が推察された。またLolAもリポ蛋白質と複合体を形成する際にはOpenformへと変換されること、ならびにLolA(R43L)の大部分はOpen formとして存在していることが示唆された。

LolシステムにおけるLolAのリサイクルシステムの解析

大腸菌のペリプラズム画分を調製した際、LolAとリポ蛋白質の中間体が観察されないことから、LolAによるリポ蛋白質の輸送は迅速に行なわれると考えられている。また主要外膜リポ蛋白質Lppは細胞あたり105~106分子ほど存在するのに対し、LolAは150-300分子ほどしか存在しない。これらのことから、LolAはLolシステムにおいて一度リポ蛋白質と複合体を形成し、LolBへとリポ蛋白質を受け渡しフリーとなった後、繰り返しリポ蛋白質と複合体を形成すると考えられている。(LolAのリサイクル)

大腸菌スフェロプラストにLolA-Palを加えたところ、リポ蛋白質の遊離は観察されなかったが、LolA-PalにLolBの脂質修飾部分を除き可溶性となったLolB変異体であるmLolBを加え、PalをmLolBに受け渡しフリーとなったLolAのみを精製したところ、リボ蛋白質遊離活性を有していた。またLolA-Palより得られたLolAにbis-ANSを加えたところ、LolA-Palを加えた場合よりも蛍光強度は大きく減少していた。以上の結果より、LolシステムにおいてLolAはリサイクルされていることが示唆された。さらにLolAは基質であるリボ蛋白質の結合の有無で可逆的にClosed formとOpen formを形成している事が示唆された。

mLolBの構造変化の解析

LolAとは異なり、LolBではCavityに沈殿剤PEGMMEをとらえた結晶が得られたことから、LolBは少なくとも一部がOpen formとなっていると考えられている(図2)。そこでフリーのmしolBとmLolB-Pal複合体を精製し、bis-ANSの結合を調べた。

mblBにbis-ANSを加えた場合はLolAに加えた場合と比較して数倍程度の蛍光強度の増加が見られた。次にmLolB-Palにbis-ANSを加えた場合、mLolBを加えた場合よりも蛍光強度がさらに大きく増加した。これらの結果から、mLolBは単独でもCavityが溶媒へと露出しており、bis-ANSが作用する事が可能になっていると考えられる。しかしmLolB-Palにおけるbis-ANSの蛍光強度の著しい増加から、mLolBはリポ蛋白質と複合体を形成する際、Cavityはさらに大きく開くことが推察された。

まとめ

本研究では蛍光試薬を用いてLolAとLolBに基質が結合した状態とフリーの状熊の疎水的CavityのClosed form、Open formの検証を行なった。その結果、LolAとLolBは基質の結合に共役してClosed formからOpen formへと構造変化することが明らかとなった。また本研究において、リボ蛋白質と複合体を形成する際のLolBの構造変化に関する知見が初めて得られた。本研究結果はLolシステムの解明のみならず多くの輸送システムの理解を深める上で重要な知見を与えると考えている。

1) Watanabe, S., Oguchi, Y., Yokota, N., and Tokuda, H. Protein Sci, 16, 2741-2749 (2007)

図1.しolAとLol8の構造

図2.LolA(R43L}のClosed formとOpen form(Top View)

審査要旨 要旨を表示する

グラム陰性菌である大腸菌の内膜と外膜には、N末端のシステイン残基が脂質で修飾されて膜にアンカーしているリポ蛋白質が約90種類存在している。外膜特異的リポ蛋白質は、内膜に存在するABCトランスポーターLolCDE複合体によってATP依存的に内膜から遊離させられ、リポ蛋白質特異的シャペロンLolAと1:1の水溶性複合体を形成する。ズリプラズム空間を横断した後、LolBへとエネルギー非依存的に受け渡され、その後LolBによって外膜に挿入されることで局在化が完了する。LolAとLolBの構造はよく似ており、両者ともリポタンパク質が結合すると考えられる疎水的なキャビティとα-helixの蓋を有している。LolAの蓋の開閉には、43番目のArg残基による水素結合の形成は重要と考えられている。実際この残基がLeuに変異したLolA(R43L)のX線結晶構造は、野生型のLolAと同じ閉じた構造だけでなく、疎水的なキャビティが溶媒へと露出した開いだ構造であった。本論文は、リポ蛋白質の結合部位であると推測される疎水的なキャビティの開閉をモニターする実験系を確立すると共に、キャビティの性質を解析したものである。

蛍光試薬bis-ANSは蛋白質の疎水的な部位と相互作用すると蛍光強度が上昇する。LolA、LolA(R43L)にbis-ANSを加え蛍光強度の測定を行なった。LolAはbis-ANSの蛍光強度を増加しなかったが、LolA(R43L)は非常に強く蛍光強度を増加した。LolAの疎水的なキャビティは、ほとんどが閉じられているが、LolA(R43Dでは開いていると推測された。

外膜リポ蛋白質Palと複合体を形成したLolAは、bis-ANSの蛍光強度が大きく増加じた。一方、LolA(R43D-Pal複合体存在下のbis-ANS蛍光強度は、LolA-PalやLolA(R43L)にbis-ANSを加えた場合と同程度であった。LolAがリポ蛋白質と複合体を形成したときは、疎水的なキャビティは開いていると考えられる。

LolAはLolシステムにおいて一度リポ蛋白質と複合体を形成し、LolBへとリポ蛋白質を受け渡しフリーとなった後、繰り返しリポ蛋白質と複合体を形成すると考えられている。大腸菌スフェロプラストにLolA-Palを加えたところ、リポ蛋白質の遊離は観察されなかったが、LolA-PalにLolBの脂質修飾部分を除き可溶性となったLolB変異体であるmLolBを加え、PalをmLolBに受け渡しフリーとなったLolAのみを精製したところ、リポ蛋白質遊離活性を有していた。またLolA-Palより得られたLolAにbis-ANSを加えたところ、LolA-Palを加えた場合よりも蛍光強度は大きく減少していた。以上の結果より、LolシステムにおいてLolAはリサイクルされていることが示唆された。mLolBとmLolB-Pal複合体を精製し、bis-ANSの結合を調べ、mLolBのキャビティもPalを結合すると開くことを明らかにした。これらの結果から、LolAとmLolBはどちらも基質であるリポ蛋白質の結合の有無で可逆的に閉じた構造と開いた構造をしていると考えられる。

以上、本論文は、LolAとmLolBの疎水的キャビティの開閉がリポ蛋白質の結合によって引き起こされることを示したものであり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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