学位論文要旨



No 123569
著者(漢字) 鈴木,忠宏
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,タダヒロ
標題(和) Sesbania rostrata-Azorhizobium caulinodans ORS571共生系における形成変異株のスクリーニングおよび根粒形成異常株の原因遺伝子の機能解明
標題(洋)
報告番号 123569
報告番号 甲23569
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3273号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 准教授 藤原,徹
内容要旨 要旨を表示する

<はじめに>

根粒菌とマメ科植物の共生関係は、農業活動の場において経験的に受け入れられてきた。これは植物体に侵入した根粒菌が空気中の無機窒素を固定することで、植物に利用可能な窒素源が供給されるためである。ただし、根粒菌には宿主特異性があり、マメ科以外の作物には感染しない。そのため耕作に際しては、マメ科植物による輪作か、収益性の良い作物と混作することが必要となる。一方でマメ科植物に頼らずに化学肥料を施肥すれば、農地の画一性や生産効率は上昇するが、化学合成による窒素肥料の生産には多大なエネルギーを必要とする。近年の石油価格高騰や農地の劣化により、窒素固定微生物が持つ共生関係解明に向けた研究は、以前にも増して重要な意味を持っていると考えられる。その能力を収益性の高い作物やマメ科植物の生育に適さない土地の植物に付与することが出来れば、作物の生産効率向上と同時に、環境負荷を掛けずに土壌の改良を行う事が期待できるからである。しかしこれまでのところ、根粒菌感染時のシグナル応答に関する研究が主として実施され、ようやく宿主特異性に捉われない根粒菌の感染に関する知見が得られた段階である。他植物への応用を考慮すれば、共生後の宿主植物における応答反応を捉えてこれを再現する必要性が考えられるが、その研究は道半ばである。

そこで、本研究では根粒菌変異株を作製してスクリーニングを行い、特に感染初期以降、成熟までの間に変異が生じたと考えられる株に焦点を当てて研究を行った。そして、これにより共生状態の発達から維持に至る間の植物-微生物間相互作用に関する知見を得ることを目的とした。研究に際しては、その発達段階をより詳細に分類できる様、セスバニアの茎粒における感染システムを利用した。

<茎粒形成及び維持に異常をきたす変異株のスクリーニング>

スクリーニングに際し、セスバニアを宿主とする根粒菌A. caulinodans ORS571のTn5挿入変異株を作製した。これは、mini Tn5トランスポゾンpFAJ1819を大腸菌S17-1株から接合伝達法を用いて染色体上へランダムに組み込むことで作製された。この試験により10800株のカナマイシン耐性株を作製した後、播種後2週間のセスバニアの茎粒原基に対して変異株の接種試験を行った。この結果、感染後の変異株は108株得られた。これらは形成する茎粒の大きさと窒素固定能力の違い、加えてストレスに対する感受性を基にして各遺伝子の変異と共生関係への影響を分類,リスト化した。なお、大規模スクリーニングである為、複数の協同研究者と共に行った。(詳細は博士論文にて記述)

<cDNA-AFLP解析>

茎粒内部には感染細胞と呼ばれる根粒菌の侵入を許した細胞が存在し、その細胞内では植物由来のペリバクテロイド膜がバクテロイド化した根粒菌を包み込んでいる。このため根粒菌変異株がセスバニアの細胞に侵入することで、セスバニアの応答反応に違いが現れる事が考えられた。そして先のスクリーニングより得られた複数の変異株を用いて網羅的にセスバニアの遺伝子変化を追うことで、宿主植物の応答の変遷に関する知見が得られると期待された。そこでcDNA-AFLP (Amplified Fragment Length Polymorphism)法を用いて、遺伝情報の限られたセスバニアから網羅的に発現遺伝子の探索を行った。用いた変異株はAo2-C7, Ao10-B3, Ao15-E12, Ao68-C2の4株であった。Ao2-C7はunknown function、Ao15-E12, Ao68-C2はHypotheticalな、そしてAo10-B3はHypothetical outer membraneのタンパク質をコードする遺伝子にTn5が挿入されていた。これらの株は、遺伝情報より膜貫通領域とシグナルペプチド部位を保持すると予測された為、植物由来の膜構造であるペリバクテロイド膜と菌由来のバクテロイド膜の間における直接的なシグナル応答の変化を捉えられる可能性が考えられた。また、それぞれの変異株接種から生じた茎粒の表現型は、Ao15-E12, Ao68-C2が小型, 白色、 Ao2-C7がやや小型, 白色、そしてAo10-B3が標準型, 褐色茎粒を形成し、茎粒の発達段階が異なる株であった。これらの株を使用する事により、茎粒が形成され始めてから成熟に至る各段階において、顕著に変化する植物側の応答遺伝子を探索しようと試みたのである。cDNA-AFLPに際して使用した鋳型cDNAは、変異株を接種後12日経過して、それぞれの表現型が再現される段階に至ったセスバニア茎粒由来のmRNAより作製した。

cDNA-AFLP実施の結果、変異株毎に128通りの選択的増幅産物を作製し、ポリアクリルアミドゲルによる電気泳動を行った。泳動結果の検出により有意な違いの確認されたバンドパターンは速やかに切り出され、pGEM T-Easy vectorへ挿入した後配列を決定した。切り出されたバンドパターンの内、 全部で350サンプル余りの解読を実施し、最終的に133のセスバニア遺伝子を獲得した。これらの遺伝子が有する機能は代謝, 生合成, 生長, 老化, 病原応答或いは共生に関するなど多岐に亘り、共生時の膜間で生じているシグナル応答のみを捉えている訳ではなかった。しかし、その発現パターンには小型, 白色茎粒を形成する変異株(Ao2-C7, Ao15-E12, Ao68-C2)と成熟した褐色茎粒を形成する変異株(Ao10-B3)との間で顕著な違いが確認され、茎粒の形成段階と宿主植物の応答反応には何らかの規則性があるのではないかと考えられた。更にAo10-B3株を接種したサンプルは、Wild Typeや他の変異株と異なるバンドパターンを生じる頻度が高く、cDNA-AFLPで用いた変異株の中では最も植物に影響を与える変異株である事が示唆された。

<Ao10-B3株の解析>

cDNA-AFLPの結果、Ao10-B3株の接種がセスバニアに多様な遺伝子発現の変化を引き起こしていることが観察されたが、Ao10-B3株が変異させたタンパク質の本来持っている機能は未知であった。そこで次に詳細なAo10-B3株の性状分析を行った。Ao10-B3株は3766アミノ酸から成る巨大なタンパク質をコードする遺伝子の中間部位にTn5の挿入が生じた変異株である。この遺伝子に変異が生じても、free-livingにおけるWild Typeとの性状は変わらないが、共生時の窒素固定能力は茎粒が成熟段階に至るにつれ減少するという特徴を持っていた。構造予測より、このタンパク質はA. caulinodansの外膜上に局在しており、N末端側にシグナルペプチドが存在する一方、C末端側にはAutotransporter領域と呼ばれる機能部位が存在すると推測されA. Autotransporter for Nitrogen fixation1(以下AATN1)と名付けた。このような構造を持つタンパク質が司る分泌システムはType V secretion system (TVSS)と呼ばれ、グラム陰性のバクテリアで多くの報告がなされている。その機能は接着, 結合, 更に菌体の集合反応やバイオフィルムの形成, そして病原菌として他生物の細胞へ侵入を行う際に機能すると報告されている。Ao10-B3株はWild Typeと同様に宿主植物へ侵入していることから、AATN1の機能は侵入や感染という現象とは関係性が薄いと考えられた。また先の変異株スクリーニングにおいて、Ao10-B3株は形成される茎粒の表現型がWTとほぼ同一で、浸透圧などのストレスにも強い株として得られてきた。ただし、菌体の集合反応やバイオフィルムの形成に機能しているのであれば、菌体の密度変化には影響が生じる可能性もあると考えて、Free-living時における生育速度の変化と各段階での細胞の状態を、菌体量の測定と光学顕微鏡による観察にて比較した。しかしこれらの結果からもWild Typeとの顕著な差は確認されなかった。コロニー形成の観察においても特徴的な変化は存在せず、AATN1は既知のTVSSと同様の機能を司るものではないと推測された。しかしその一方、共生時の感染細胞内を透過型電子顕微鏡で観察すると、Wild Typeに比べてAo10-B3株のバクテロイドが形成するシンビオソームは膨張しているような形態が確認された。シンビオソームは根粒菌が産生するEPSと呼ばれる多糖類の層に護られた空間であると同時に、EPSは根粒菌を外部ストレスから護る防御物質としての機能も報告されている。この層が膨張しているように観察されたということは、バクテロイド化したAo10-B3株がストレスに抗する為EPS層を増大させた可能性が考えられ、そうした環境が窒素固定能力に対して負の影響を与えているのではないかと考えた。そこで、植物遺伝子との相関性を検証する為、cDNA-AFLPより得られたセスバニア遺伝子群から12の遺伝子を選抜し、時系列も考慮したRT-PCRを実施した。これらの植物遺伝子はそれぞれ共生窒素固定, 病原応答, 生長制御に関する機能を有すると考えられたものであった。RT-PCRの結果、窒素固定関連遺伝子に変化は見られず、最も変化が大きかったのは病原応答遺伝子群であった。ただし、変化の時期は一様ではなく、根粒菌の感染から茎粒が発達するまでの各段階で、植物側の病原応答反応は断続的に行われていることが示唆された。

<まとめ>

本研究では、茎粒の発達から維持の段階における共生機構を解明する事が目的であった。cDNA-AFLPの結果より、Ao10-B3株というWild Typeに近い表現型を示す変異株が、宿主植物の応答反応に強く影響していることを見出した。この結果は、茎粒の発達と同時に宿主と共生微生物との間におけるシグナルや物質の交換が一層盛んに行われている可能性を示唆した。将来、茎粒や根粒の維持を他の植物等で人工的に再現するためには、これまでのような感染初期に重要とされる遺伝子群以外の研究も一層進めていく必要があると考えられた。また、本研究ではAATN1の異常がどの段階で顕在化してくるのかを求めようと試みたが、変異株接種後3日目の感染初期段階では既に病原応答遺伝子の変化が見られた事、シンビオソームの形態やfree-livingでの生育状況等を考慮すると、恐らく感染細胞内への侵入から後、つまり共生状態の構築に至ってAATN1が初めて有効に機能しているのではないかと考えられた。近年TVSS型タンパク質の局在に関する研究が報告され、この種のタンパク質は菌体の先端やその周辺部に局在化して存在しているものが多いとされている。根粒菌は共生状態を迎えると通常の菌形態からバクテロイド形態へと変化する。こうした変化があるいはAATN1の機能にとって重要な要素であるかもしれない。今後本研究の進展により、AATN1の局在を確認し、共生機構の維持に対する影響が明らかにされる事を期待する。

ReferenceSuzuki S, Aono T, Lee KB, Suzuki T, Liu CT, Miwa H, Wakao S, Iki T, Oyaizu H. Appl Environ Microbiol., 73, 6650-9 (2007)
審査要旨 要旨を表示する

マメ科植物と根粒菌の共生によって形成される根粒の窒素固定は、地球レベルの窒素循環においてきわめて重要な反応である。マメ科植物による根粒形成能は他の植物も共通に保有する系を利用し、これを進化の過程で改変したものであり、この能力を他の植物に付与することは近い将来可能になるものと考えられる。本論文は、マメ科植物による根粒形成のメカニズムをSesbania rostrata - Azorhizobium caulinodans共生系を用いて根粒菌側遺伝子から解明したものである。

本論文は4章よりなり、序論に続く第2章では根粒菌Azorhizobium caulinodans ORS571株のTn5挿入変異株約10000株を用いて、根粒形成に関与する遺伝子で根粒の成熟および維持に関与すると考えられる変異株をスクリーニングし、約100株の変異株を選抜した。つぎに、選抜した変異株のTn5挿入領域の塩基配列解読およびそれぞれの根粒形状、窒素固定能などを調べ、これらのデータに基づいて7つのグループに分けた。第3章では、第2章で選抜された変異株から細胞膜に存在し、植物とのシグナル交換に関与する可能性が考えられる遺伝子にTn5が挿入された変異株3株を選び、根粒形成時の植物の遺伝子発現について、野生株とどのように異なるかを、cDNA-RFLP法を用いて調べた。この結果、細胞外膜のオートトランスポーター機能を有すると推定される巨大タンパク質(AATN1)に変異したと考えられる変異株Ao10-B3が植物の遺伝子発現を大きく変化させることを明らかとした。第4章では、まず変異株Ao10-B3の表現型がAATN1の変異に起因していることを遺伝子破壊と相補試験で確認した。つぎに、この遺伝子の変異が根粒形成にどのような影響をもたらすかを調べるため、根粒内の電子顕微鏡観察、根粒内の植物遺伝子の発現変化などを調べた。その結果、この遺伝子の変異は植物の病原応答遺伝子群の発現上昇を誘導し、根粒内の根粒菌細胞(バクテロイド)は若干肥大化していた。この肥大化は植物の病原応答に反応したものと考えられた。よって、この遺伝子の変異は植物の病原応答を誘導し、その結果、根粒が維持できないと結論付けた。

以上、本論文では根粒菌の根粒の維持に関与する遺伝子を世界で初めて見出したものであり、審査委員一同は学術上、応用上価値あるものと認め、博士(農学)の学位論文として十分な内容を含むものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク