学位論文要旨



No 123570
著者(漢字) 髙橋,一敏
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,カズトシ
標題(和) リボヌクレアーゼ型トキシンの構造と機能の研究
標題(洋)
報告番号 123570
報告番号 甲23570
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3274号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 准教授 足立,博之
 東京大学 准教授 日高,真誠
内容要旨 要旨を表示する

生命現象は、構成する因子間の特異的相互作用から成り立っている。こうした相互作用の特異性を決定する仕組みを明らかにすることは、生命の素反応を理解する上で非常に重要である。本研究では、tRNAを特異的に切断するリボヌクレアーゼであるコリシンD, およびzymocinの基質認識機構を明らかにすることを目的としている。tRNAは73-93塩基からなり、全ての生物種間で配列保存性の高い塩基も存在するが、大部分の配列は全く異なっている。一方、すでに決定されているtRNAの立体構造を比較すると、アンチコドンアームとアミノ酸のアクセプターアームを頂点とする非常に似たL字構造をとっている。このように、それぞれが「似て非なる」多数のtRNA分子種の中から、tRNA特異的リボヌクレアーゼは標的となるtRNAのみを認識し、切断する。

1. コリシンDの基質認識・反応機構の解明に向けたX線結晶構造解析

これまでの生化学的実験結果に加え、D-CRDの基質認識・反応機構を立体構造情報に基づいて解釈するために、 (1) D-CRD/ImmD複合体 (2) D-CRD単体 (3) D-CRD/基質RNA複合体 のX線結晶構造が必要であると考えた(Fig. 1)。我々は、すでに(1) D-CRD/ImmD複合体の立体構造を2.3 Aの解像度で明らかにしており、これよりImmDがD-CRDの触媒残基と考えられるHis611に覆いかぶさるように結合し、活性中心を直接マスクすることで活性を阻害することが分かった。また、ImmDは基質RNAを擬態することでD-CRDと結合していることが考えられた(molecular mimicry)。

そこで、本研究では、まず(2) D-CRD単体の結晶化を行い、立体構造を1.8 Aの解像度で明らかにした。D-CRD/ImmDのD-CRD部分と比較した結果、ImmDの有無により構造はほとんど変化しなかった。D-CRD単体では、最高で0.84 Aの反射が得られる程のよい結晶を得ることに成功し、1.2 Aの解像度で立体構造を得たが、R-factorの値が26%付近から下がらなかった。現在、クライオプロテクタント条件の改善などを検討している。D-CRD単体の立体構造をもとにし、触媒活性に必須なHis611近傍のアミノ酸に対して変異導入実験を行い、Lys608, Lys610, Arg651, Trp679が活性に重要であることが分かった。また、D-CRDのtRNA切断反応のpH依存性を測定したところ、pH8.5を最大とし、pH6からpH10までのカーブを描いた。得られた触媒残基候補の空間配置や反応のpH依存性より、His611(遊離状態で側鎖のpKa=6.04)が一般塩基触媒として、Lys608(同じくpKa=10.79)が一般酸触媒として働いているモデルが考えられる。これは、もう一つのtRNA特異的リボヌクレアーゼであるコリシンE5や、既知のRNaseの反応機構とは全く異なるものである。更に、Trp679は、その疎水性のインドール環が、tRNAのA38塩基とスタックすることにより、切断部位のヌクレオチドを固定していると考えている。

さらに、(3) D-CRD/基質RNA複合体の結晶化を試みた。野生型D-CRDは基質tRNAを切断してしまうため、安定な複合体を形成させるために、酵素活性を失わせたD-CRD、もしくは切断を受けない基質アナログの使用を検討した。そこで、数種類のD-CRD点変異体、基質RNAへの変異導入や切断部位であるA38の2'-OHを修飾したRNAを作製し共結晶化を行ったが、現時点で結晶は得られていない。

2. CRDとtRNAのドッキングモデル

Lys608が一般酸触媒、His611が一般塩基触媒、Trp679が塩基認識に関わることを前提として、既知のtRNAの立体構造とD-CRDの立体構造をSwiss - PdbViewerを用いてマニュアルドッキングさせた。ドッキングに際しては、tRNAの切断部位であるA38の2'-OHを挟んで、活性残基であるLys608のアミノ基とHis611のインドール環をインラインに配置し、Trp679がA38の塩基とスタックするように配置した(Fig. 2)。このドッキングデータをもとに、分子動力学法を用いて安定性の評価を行った結果、上記のモデルは無理のないものである事がわかった。また、ImmDは、基質RNAがD-CRDに認識される機構を擬態してD-CRDと結合しているという我々の仮説と矛盾しなかった1)。なお、分子動力学法は、AMBERバージョン8のsanderモジュールを用いて行った。

3. 酵母Kluyveromyces lactis が生産するキラートキシンzymocinについての解析

本研究の遂行中、酵母Kluyveromyces lactisが生産してSaccharomyces cerevisiaeを殺すキラートキシンzymocinが、mcm5s2 UUC (mcm5s2 U: 5-methoxycarbonylmethyl-2-thiouridine )をアンチコドンとするtRNAGlu の34-35番目の塩基間(mcm5s2 UとUの間)で特異的に切断するtRNaseであることが報告された。zymocinが、コリシンDやコリシンE5と似た作用を持ち、真核生物で初めてのtRNA特異的リボヌクレアーゼであることから、zymocinの酵素学的諸性質を明らかにし、tRNA特異的リボヌクレアーゼの基質認識・反応機構について更に知見を得たいと考えた。そこで、まずX線結晶構造解析を試みた。K. lactisが持つpGKL1プラスミドから、zymocinの活性ドメイン(gamma-サブユニット)をコードする遺伝子を大腸菌発現ベクターにクローニングし、大腸菌の稀少コドンtRNAの供給を行う事で大腸菌内での発現、精製に成功した。後述する酵母Pichia inositovoraが生産するキラートキシンとの相同性を参考にした変異導入実験、および精製したgamma-サブユニットを用いた生化学的実験により、Arg168が活性に必須であること、およびpH7.5付近で最大活性を示す事が分かった。その後、gamma-サブユニット単体の結晶化に取り組んでいるが、現在までに結晶は得られていない。そこでgamma-サブユニットとインヒビターとの共結晶構造を得ることを目指した。なお、キラープラスミド上にzymocinの殺菌活性を免れる免疫性(immunity)遺伝子は同定されているものの、実際にこれがヌクレアーゼ型コリシンのように、gamma-サブユニットに対するインヒビターを作っている実験証拠はなかった。そこで、gamma-サブユニット遺伝子とimmunity遺伝子とをそれぞれ大腸菌内で発現し、タンパク質を精製した後、非変性ゲル電気泳動による結合性と、gamma-サブユニット活性に対する阻害活性を確認し、免疫性の正体が、gamma-サブユニットに対するインヒビタータンパク質であることを実証した。現在、複合体での結晶化を試みている。

4. 酵母Pihica inositovoraが生産するキラートキシンはRNase活性を有する

zymocinがtRNaseであるという報告を受け、酵母キラーの中に、コリシンDやE5のような、tRNA特異的リボヌクレアーゼファミリーが広がっている可能性を考え、まずPichia inositovoraが生産するキラートキシンに着目した。このキラートキシンは、S. cerevisiaeに対して弱い致死作用を示し、zymocinの-サブユニットとアミノ酸レベルで12.5%の低い相同性を示すドメインを持つ。酵母total RNAに対する切断活性を測定するために、この対応遺伝子を大腸菌発現ベクターにクローニングし、大腸菌での発現を試みたところ明らかな生育阻害を示し、この大腸菌より調製したtotal RNAはスメア状になっていた。この発現系でわずかに発現したキラートキシンを精製し、酵母から抽出したtotal RNAと反応させたところ、total RNA全体をスメア状に切断する活性を持つことを確認できた。さらに、zymocinのArg168に対応するP. inositovora由来キラートキシンのArg163を変異させるとRNase活性がなくなるという類似性を示した。一方、酵母野生株と、mcm5s2 U修飾酵素を欠失した△ELP3株から抽出したtotal RNAを基質とし、tRNAGlu UUCに対するプローブでノザン解析したところ、tRNAGlu UUCのアンチコドン1文字目の修飾がなくなることでzymocinは切断活性を著しく低下させるのに対して、P. inositovora由来キラートキシンは切断活性を上昇させるという点で相違が見られた。このキラートキシンの立体構造を解析することで、両者の酵素学的諸性質の相違の由来について明らかに出来ると期待される。新規tRNase zymocin, 新規RNase P. inositovoraトキシンが見つかった事により、酵母の生存戦略としてRNAを標的としたトキシンが広く普及していることが考えられる。

まとめ

本研究では、立体構造と生化学的データを元に、コリシンDの反応機構としてLys608が一般酸触媒、His611が一般塩基触媒、Trp679が基質認識に関わるという、新規モデルを提唱した。また、分子動力学法によるモデリングは、ImmDが基質RNAを擬態するという仮説を支持した。また酵母K. lactisのキラートキシンzymocinとの類似性から酵母P. inositovoraのキラートキシンが新規リボヌクレアーゼ型トキシンであることを見出した。活性に重要なArgの存在、直鎖状プラスミドにコードされているという点で酷似しているが、認識における修飾塩基の必要性や比活性に相違が見られる。今後立体構造を明らかにすれば、これらの類似性・相違性が生じる理由を解明するための大きな知見が得られるだろう。

1) Yajima, S., Nakanishi, K., Takahashi, T et al. Biochem. Biophys. Res. Commun. 322, 966-73 (2004).2) Takahashi, T et al. Acta Crystallographica Section F. 62, 29-31 (2006)

Fig. 1 : 結晶構造解析、および、ドッキングモデルから得られた構造

Fig. 2 : D-CRDの活性中心構造。AMPは反応機構から予想される位置に配置した(赤丸がAMPの2'-OHを表す)

審査要旨 要旨を表示する

生命現象は、構成する因子間の特異的相互作用から成り立っている。こうした相互作用の特異性を決定する仕組みを明らかにすることは、生命の素反応を理解する上で重要である。本研究は、tRNAを特異的に切断するリボヌクレアーゼとして、大腸菌が生産するコリシンD,および酵母Kluyveromyces lactisが生産するzymocinの基質認識機構を明らかにすることを目的とした。本論文では、コリシンDの活性ドメインであるD-CRD単体の立体構造を明らかにすると共に、生化学的実験、計算機を用いたシミュレーションによって、コリシンDの立体構造に基づいた、tRNAの特異的認識及び切断反応の機構を明らかにした。また、zymocinの触媒に関与するアミノ酸を推測すると共に、その免疫性がImmunityタンパク質の直接結合によることを明らかにした。さらに、zymocinとの相同性から、酵母Pichia inositovoraが生産するキラートキシンがRNaseである事を発見した。本論文は序章、および7章よりなる。

序章では研究の背景と目的を論じている。1章では、D-CDR単体の立体構造を明らかにした。すでに、D-CRD/ImmD複合体の立体構造を得ていたが、D-CRDが、特異的阻害タンパク質ImmDとの結合により構造変化を起こす可能性が考えられた。しかし、実際に得られたD-CRD単体の立体構造は、D-CRD/ImmD複合体中のD-CRDとほぼ同一であった。

2章において、コリシンDのtRNA切断活性(tRNase活性)にとって重要なアミノ酸を、立体構造をもとに推測し、殺菌活性試験によりそれらのアミノ酸の重要性を評価した。また、コリシンDのtRNase活性のpH依存性を測定した。これらを踏まえて、Lys608が一般酸触媒であり、His611が一般塩基触媒であると推定した。

3章において、D-CRD/基質RNA複合体の結晶化の試みを論じている。現段階ではその結晶が得られていないため、D-CRD/基質RNA複合体の立体構造は明らかになっていないが、試みの過程で得られたコリシンDの基質認識における特徴を述べている。

4章において、D-CRDと基質RNAを計算機上で組み合わせたドッキングモデルを構築した。得られたモデルは、生化学的実験結果と矛盾しないものであり、さらに、分子動力学法による構造最適化により、基質RNAのA38が結合に際してフリップアウトし、コリシンDのTrp679とスタッキングすることが推定された。これは生化学実験データをよく説明するものであり、これらをもとに、コリシンDの反応機構モデルを提唱した。

5章および6章では、酵母K.lactisだ5が生産するtRNaseであるzymocinのγサブユニット(KLγ)、およびこれとの配列相同性からtRNaseであると予測された、酵母P.inositovoraが生産するキラートキシンのγ-likeサブユニット(PIγ)の、酵素学的解析を行った。まず、5章において、KLγの大腸菌での発現系を構築し、結晶化に取り組むとともに、触媒残基を推定してtRNase反応機構を提唱した。また、zymocih生産菌がzymocinで死なないための免疫遺伝子は予め知られていたが、その産物であるImmunityタンパク質を精製し、これがKLγの阻害タンパク質として機能することを証明した。6章では、PIγの大腸菌での発現系を構築し、得られたPIγの機能解析を行い、PIγがUU配列を標的とするリボヌクレァーゼであることを明らかにした。また、KIγとPIγのアミノ酸配列比較を行うことで、PIγの触媒残基を推定した。

7章では、以上の総括を行い、今後の研究の発展性について議論した。また、キラートキシンとしてのtRNaseが、高い基質特異性を獲得した原因を考察している。

以上、本論文は、原核生物と真核生物にわたる新しい機能ファミリーである、tRNA特異的リボヌクレアーゼおよびその類縁リボヌクレアーゼについて、構造情報をもとにしたそれぞれの基質特異性と酵素反応機構を明らかにしたものである。これらの知見は、学術上、また応用上きわめて価値の高いものであり、審査委員一同は本論文が博士(農学)に値するものと認めた。

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